|
カテゴリ:夏期合宿
去年の合宿には東大生4名を始め,たくさんの大学生スタッフ(すべて卒塾生)が参加しました(中には社会人もいました)。今年ももちろん彼らのヘルプを期待しています。 今でこそ,卒塾生の数も多く,「遊びたい心」(失礼!いろいろな活動)を犠牲にして,たくさんの大学生スタッフが合宿の協力をしてくれます。でも,もちろん最初からそうではありませんでした。 最初の2年間(多分)は,大学の後輩のK君がわざわざ東京から来て手伝ってくれました。 彼は,高校時代全国模試でトップをとったこともある人です。(今は,3人の子持ち!)その上,いろいろ気が付いて,しかも優しく,ホントに東大生には珍しいような素敵な人でした。彼のような大学生を輩出しようという一つのモデルに今でもなっています。 彼は,別府出身です。そうです。庭を掘ると温泉が湧き出るという。ある時,風呂から出てきたK君に「湯加減」を尋ねると,「まあまあ」とのこと。「それはそれは」ということで,その後風呂に入ると・・・何と,手も浸かりません。もちろん,熱くて(笑)。やっぱり,温泉の本場の人は違うな,と「結婚式のスピーチ」で述べたのを思い出します。 「旧食堂」が出来た時には,塾外からM君(現役東大生)に来てもらいました。合宿中M君の「彼女」が急逝しました。喪服を貸してあげたり・・・命の儚さを思ったり・・・。 それから,(たぶん)2年間くらいは私の学生時代の親友のI君が来てくれました。彼は,大学卒業後,また受験し,今は精神科医として(恐らく)活躍しています(笑)。 そうこうするうちに,初代の高校部の卒塾生(塾発足当初小6...この学年が塾を引っ張ってきたのです。成績面でも。)が大学生になり,以後延々と続く,卒塾生による合宿スタッフ制度が出来上がりました。 中でも記憶に残るのは,初代の早稲田大のA君,その2歳下の慶応大のN君です。特にN君は大学生時代,そして(「休暇」をとってまで)社会人になっても,(たぶん)6年間は来てくれたと思います。感謝しています。 そのパワーとスピードは尋常ではありませんでした。もう「時効」だろうと思いますが・・・炎天下のグラウンド整備を一緒にして,冷蔵庫の裏に隠れて2人で飲んだビールの味は格別でした!(当時は,講師室などありませんでしたから。) スタッフを思い出すと,本当に,よく働く人たちでした。そうした幸運を感謝せずにはいられません。彼らなしでは,4分の1世紀以上に及ぶ「レーゼクライスの合宿」は不可能だったでしょう。 しかし,ふと思ったのですが,長い期間続けて合宿に来たのは,ほとんど男子です。女子は殆ど続きませんし,数も少ないですね。(Mさん・Mさん・Hさん・Tさんを除き)やっぱり,女子は,行った所で根付くのかも?やっぱり男女は違いますね,という暴言を吐いて,また次回! 写真は、最初の1枚が1981年のもの。写真からスキャンしたもの。2枚目は「中庭」での果物時間。スイカを切っているのが私(笑)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.07.12 11:50:56
コメント(0) | コメントを書く
[夏期合宿] カテゴリの最新記事
|
|