|
カテゴリ:カテゴリ未分類
「もうひとつのラスト」 ひとりよがりのエピローグ
(3)ご褒美 沢田 佳
「あの日、わたし、あなたに抱いてもらいたかった。そしたらあっちへ行く不安なんか氷のように解けて無くなっていたわ・・・」 そう言った香瑠(かおる)の口も目も怒ってはいなかったけれど、ぼくの胸を充分に痛めつけた。 さらに、 「美佐子さんとお付き合いしてたのに・・・」 え! 「信じられないわ、避妊の用意をしていなかったなんて」 返す言葉もなかったけど、香瑠をぼくの新しくなった「ウォーターサイド」 (といっても2階の居住区分を増築しただけなんだけれども・・・)に誘おうと、ぼくの首にまわされていた彼女の両の腕をほどき・・・ ぼくは香瑠の肩を片腕で抱き寄せていたのだが、その手を下ろそうととした。 「その手を離したら許さないから」ときた。 ぼくは『いばら姫』の仰せに従う・というより身体が勝手に反応した、それが正しい。 彼女は横目でぼくを見上げて嬉しそうにしてる。 「今は、ちゃんとしてるんでしょ?」 「ああ、砂漠の住人でも日傘くらいは持ってないとね」 あらあら、香瑠はそう言うとぼくの顔を覗き込みながら後を続けた。 「大人になったのね、えらいわ」 ぼくは一言も返さずに鍵を差込み、ドアを開けて片腕で香瑠の肩を抱いたまま店の中に入り、後ろ手にドアを閉めロックした。 ふー! 香瑠のため息だ。ひとあたり水槽を眺めてから、ぼくに視線を戻した。 「この眺め、何度も夢に見たわ、あっちにいた時」 「ぼくの次に、だろ?」 「もちろんよ修司、あなたが一番に決ってる」 香瑠はぼくの目を見つめながらそう言うと、唇を近づけてきた。長い、長いキスだった。 10年分の思いがこもっている。 でも二人にはわかっていた。どれだけ長く濃厚なキスでも決して満足できないってことが。やがて唇が離れた時、香瑠が言った。 「わたしのお尻をなでている誰かさんは、ちっとも変らないのね」でも君は嬉しそう。 「まあ、そう言わないで。彼はこの10年間、君を想って浮気ひとつしなかったんだから」 「そうなの?」 うん、「本当に?」 うん、「トラッシュに誓ってもいいって言ってる」 「クスッ」 香瑠は、その陶磁器のように白く、形の整った鼻先で笑ってから 「わかった、信じてあげる」 そう言うと、彼女のお尻をなでていたぼくの左手を掴み、顔の前に持ち上げて優しくさすりながら 「えらかったのね、これからはいつでも好きなだけ触らせてあげる。ご褒美よ」 「よかったねぇ」ぼくは自分の左手を見ながら、まるでペットに言うようにそう言った。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.03.03 03:49:08
コメント(0) | コメントを書く |