刑法H18-1
刑法H18-1【問題】 病院長である医師甲は,その病院に入院中の患者Xの主治医Aから,Xに対する治療方法についての相談を受けた。 Xに対して恨みをもっていた甲は,特異体質を持つXに特定のある治療薬を投与すれば副作用により死に至ることを知っていたことから,Aをしてその治療薬をXに投与させてXを殺害しようと考えた。そして,甲は,Aが日ごろから研修医乙に患者の検査等をすべて任せて乙からの報告を漫然と信用して投薬を行っていることを知っており,かつ,乙がAの指導方法に不満を募らせていることも知っていたので,AにXの特異体質に気付かせないままその治療薬を投与させるため,乙を仲間に引き入れることにした。 そこで,甲は,乙に対し,「Xに特異体質があるので,特定のある治療薬を投与すれば,Xは,死に至ることはないが,聴力を失う。」旨うそを言い,Aの治療行為を失敗させることによってAの信用を失わせようと持ち掛けた。すると,乙は,これを承諾し,甲に対し,「AからXの検査を指示されたときは,Aに『Xに特異体質はない。』旨うその報告をする。」と提案し,甲は,これを了承した。 その上で,甲は,Aに対し,その治療薬を投与してXを治療するよう指示した。そこで,Aは,乙に対し,Xの特異体質の有無について検査するよう指示したが,乙は,Xに対する検査をしないまま,Aに対し,「Xを検査した結果,特異体質はなかった。」旨報告した。 Aは,本来,自らXの特異体質の有無を確認すべき注意義務があり,もし,AがXの特異体質の有無を自ら確認していれば,Xの特異体質に気付いて副作用により死に至ることを予見し,その投薬をやめることができた。しかし,Aは,実際には,その確認をせず,軽率にも乙の報告を漫然と信用したため,Xの特異体質に気付かないまま,Xに対し,その治療薬を投与してしまった。その結果,Xは,副作用に基づく心不全により死亡した。 甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。 【答案】第一 甲の罪責 1 甲が、乙と通じて、Aをして特異体質を持つ患者Xに特定の治療薬を投与させ、その副作用でXを心不全で死亡させた行為につき、殺人罪(199条)が成立するか。 (1) 甲は、Aが日ごろから研修医乙に患者の検査等をすべて任せて乙からの報告を漫然と信用して投薬を行っていることを知っていた。にもかかわらず、乙とつうじて「Xには特異体質はない」とAに信じこませた。その結果、甲の意図したとおり、Aは投薬し、Xは副作用で死亡した。 そうすると、甲の一連の行為には、Aを意図のまま道具として利用していることから、殺人罪の間接正犯の実行行為性が認められる。 ここで、Aは本来自らXの特異体質の有無を確認すべき注意義務があり、それを怠ったために指示通りに投薬してしまったという過失があり、業務上過失致死罪(211条1項)が成立する。しかし、他人の過失行為も支配可能であるから、甲には、道具であるAの過失行為を利用した間接正犯の実行行為性があるといえる。 (2)次に、甲の行為とA死亡の結果との間に因果関係が認められるか。 因果関係は、帰責の範囲を適正化するため、条件関係の存在を前提として、当該行為から当該結果の発生が相当であるときに認められる。そして、因果関係は客観的帰責の問題なので、行為時に存する全事情と一般に予測される行為後の事情を基礎事情とすべきと考える。 本問では、特異体質の患者Xに特定の投薬をすれば副作用によって死に至ることが基礎事情となる。そうすると、甲の行為からAの死亡の結果の発生は相当であるといえるから、因果関係が認められる。 (3)甲には、X殺害の構成要件的故意(38条1項)がある。 (4)よって、Xに対する殺人罪(199条)の間接正犯が成立する。 2 甲が、乙とつうじて、Aに「Xには特異体質はない」と信じこませ、投薬によるXの死亡に仕向けた行為につき、殺人罪の共同正犯(60条)が成立するか。 (1)乙には、「投薬によりXは聴力を失う」という傷害罪(204条)の故意しかない。そこで、ことなる構成要件間で共同正犯が成立するか。 共同正犯とは、「犯罪」を「共同」することであるから、ことなる構成要件間では原則として成立しないが、実質的に重なり合う場合には成立しうる(部分的犯罪共同説)。 殺人罪と傷害罪では、生命・身体の安全を保護法益とし、これを侵害する行為である点で実質的に重なり合っており、共同正犯が成立する。 (2)よって、後述する乙の傷害致死罪(205条)とのあいだでXに対する殺人罪の共同正犯(60条、199条)が成立する。 3 まとめ 以上、甲には、Xに対する、Aを利用した殺人罪の間接正犯(199条)と、乙とのあいだでの殺人罪の共同正犯(60条、199条)が成立する。両罪は、Aの生命という同一法益を対象とし、行為も重なっており、殺人罪(199条)包括一罪として評価される。第二 乙の罪責 乙が、甲と通じて、Aに『Xに特異体質はない。』旨うその検査報告をし、その結果、AをしてXに副作用の生じる投薬をさせ、Xを死亡させた行為につき、 1 まず、殺人罪(199条)は成立しない。乙には、殺人罪の構成要件的故意を欠くからである。 2 では、傷害致死罪(205条)の共同正犯(60条)が成立するか。 (1)甲の殺人罪ということなる構成要件間であっても、すでに見たとおり共同正犯は成立しうる。 (2)傷害致死罪は結果的加重犯である。そこで、結果的加重犯の共同正犯も成立するか。 思うに、結果的加重犯は、基本犯に加重結果発生の危険があるので重く処罰される。とすれば、基本犯の共同行為と加重結果に相当因果関係があるかぎり、結果的加重犯の共同正犯が成立する。 本問では、甲乙が共謀して、Xに対する傷害の共同行為を行っている。そして、共同行為とX死亡の結果と間に相当因果関係が認められる。そうすると、傷害致死罪の共同正犯が成立しうる。 (3)乙は、甲から投薬によりXが聴力を失うと聞かされたのに、Aの治療行為を失敗させることによってAの信用を失わせようと甲に加担したので、傷害罪の構成要件的故意(38条1項)がある。 (4)よって、Xに対する傷害致死罪(205条)が成立し、同罪の限度で甲と共同正犯となる。 以上[コメント]ブログをはじめて1年たちました。みなさん、いつもありがとうございます。答案はほとんど書きかえました。スッキリ構成するのがほねおりです。画像は、児島惟謙先生。