商法H18-1
商法H18-1【問題】 Aは,個人で営んできた自動車修理業を会社形態で営むこととし,友人Dにも出資してもらい,甲株式会社を設立した。甲社は,取締役会及び監査役は置くが,会計参与及び会計監査人は置かないものとされ,取締役には,Aのほか,以前からAに雇われていた修理工のB及びCが選任されるとともに,監査役には,Aの妻Eが選任され,また,代表取締役には,Aが選定された(以上の甲社成立までの手続には,何ら瑕疵はなかった。)。 ところが,甲社では,取締役会が1回も開催されず,その経営は,Aが独断で行っていた。そのため,Aは,知人Fから持ち掛けられた事業拡張のための不動産の購入の話にも安易に乗ってしまい,Fに言われるまま,手付名目で甲社の資金3000万円をFに交付したところ,Fがこれを持ち逃げして行方不明となってしまい,その結果,甲社は,資金繰りに窮することとなった。 1 甲社の株主であるDは,A,B,C及びEに対し,会社法上,それぞれどのような責任を追及することができるか。 2 AがFに3000万円を交付する前の時点において,この事実を知った甲社の株主であるD及び監査役であるEは,Aに対し,会社法上,それぞれどのような請求をすることができたか。 【答案】 小 問 1 1 代表取締役Aに対する責任追及 (1)Aが、独断で知人Fと不動産購入の取引にはいり、甲社の資金3000万円を交付したことは、任務懈怠(423条1項)にあたるか。 3000万円は甲社をして資金繰りに窮させる金額なので、交付には「重要な財産の処分」にかんする取締役会決議を要する(362条4項1号)。そうすると、Aの独断専行は、善管注意義務(330条、民法644条)、忠実義務(355条)に違反する任務懈怠(423条1項)にあたる。 その結果、Fに3000万円を持ち逃げされるという「損害」が生じた。 よって、Dは、甲社に対し、Aの損害賠償責任(423条1項)を追及する訴えを提起するよう請求できる(847条1項本文)。また、要件をみたせば自ら代表訴訟により責任を追及できる(同条4項)。 (2)Dは、Aに対し、429条1項の損害賠償責任を追及することができるか。 同条項の趣旨は、株式会社の活動が役員等に依存し、社会的影響が大きいことから、役員等の責任を加重し、第三者を保護することにある。そこで、「悪意又は重大な過失」は、第三者の損害についてでなく、任務懈怠についてあれば足り、「損害」は、直接損害にかぎらず、間接損害もふくむ。また、「第三者」には、間接損害を受けた株主もふくむ。 Aの独断専行は、任務懈怠について「悪意又は重大な過失」が認められる。会社の窮迫のために株主Dに生じた株価の下落といった間接損害なども「損害」にあたる。そして、株主Dも「第三者」にあたる。 したがって、Dは、Aに対し、責任追及できる(429条1項)。 (3)Dは、Aを株主総会決議により解任するという手段で経営責任を追及することができる(339条1項)。 そして、法定の要件を満たせば、解任の訴えにより同責任を追及することができる(同条4項)。 2 取締役B・Cに対する責任追及 (1)B・Cは、取締役会の構成員たる取締役(362条1項)として、Aの業務執行を監督する職責を負う(362条2項)。ところが、B・Cは、甲社では1度も取締役会が開かれていなかったのに、取締役会の招集を請求(366条1項)せず、Aの独断経営を放置した。そして、Aの独断をゆるし、3000万円の持ち逃げを防げなかった。よって、任務懈怠が認められる。 したがって、Dは、甲社に対し、B・Cに損害賠償責任(423条1項)を追及する訴えを提起するよう請求できる(847条1項本文)。また、要件をみたせば自ら代表訴訟によりB・Cの責任を追及できる(同条4項)。 (2)Dは、B・Cに対し、その任務懈怠によって自己に生じた損害の賠償責任を追及できる(429条1項)。 (3)Dは、B・Cを株主総会決議により解任するという手段で経営責任を追及できる(339条1項)。 そして、法定の要件を満たせば、解任の訴えにより同責任を追及できる(同条4項)。 3 監査役Eに対する責任追及 (1)Eは、監査役としてAら取締役の職務の執行を監査し、その適正を図るべき職責がある(381条)。 ところが、Eは、甲社では1度も取締役会が開かれていなかったのに、取締役会の招集を請求(383条1項)しなかった。そして、Aの独断をゆるし、3000万円の持ち逃げを防げなかった。よって、任務懈怠が認められる。 したがって、Dは、甲社に対し、Eに損害賠償責任(423条1項)を追及する訴えを提起するよう請求できる(847条1項本文)。また、要件をみたせば自ら代表訴訟によりEの責任を追及できる(同条4項)。 (2)Dは、Eに対し、その任務懈怠によって自己に生じた損害の賠償責任を追及できる(429条1項)。 (3)Dは、Eを株主総会決議により解任するという手段で責任を追及できる(339条1項)。 そして、法定の要件を満たせば、解任の訴えにより同責任を追及できる(同条4項)。 4 名目取締役・監査役 なお、BCは、以前からAに雇われていた修理工であり、名目取締役である。また、EはAの妻であり、名目監査役といわざるをえない。としても、「取締役」「監査役」に選任された以上、上記責任を免れない。 小 問 2 金銭交付前の場合 1 株主DのAに対する請求 (1)Aが、取締役会に諮らずに、本件不動産購入を独断で決めたことは、「法令に違反する行為」(360条1項)にあたる。そして、会社資金3000万円が流出すれば、会社は資金繰りに窮することになり、「著しい損害が生ずるおそれ」がある。したがって、Dは、法定の要件を満たせば、Aの行為の差止請求ができる(360条1項)。 (2)次に、Dは、Aが「法令に違反する行為」をしたことを理由に取締役会の招集を請求できる(367条1項)。 2 監査役EのAに対する請求 (1)Eは、Aが「法令に違反する行為」をし、会社に「著しい損害が生ずるおそれがある」ので、Aに対し、行為の差止請求ができる(385条1項)。 (2)また、次に、Dは、Aに「法令に違反する事実」(382条)があることを理由に取締役会の招集を請求できる(383条2項)。 以上