刑事訴訟法H18-1
刑事訴訟法 平成18年第1問【問題】 警察官Aは,甲に対する覚せい剤譲渡被疑事件につき,捜索場所を甲の自宅である「Xマンション101号室」,差し押さえるべき物を「取引メモ,電話番号帳,覚せい剤の小分け道具」とする捜索差押許可状を得て,同僚警察官らとともに,甲宅に赴いた。 玄関ドアを開けた甲に,Aが捜索差押許可状を呈示して室内に入ったところ,その場にいた乙が,テーブル上にあった物をつかみ,それをポケットに入れると,ベランダから外に逃げ出した。これを見たAらは,直ちに乙を追い掛け,甲宅から300 メートルほど離れた路上で転倒した乙に追い付いた。Aは,乙に対しポケット内の物を出すように要求したが,乙がこれを拒否したため,その身体を押さえ付けて,ポケット内を探り,覚せい剤粉末が入ったビニール袋を発見した。Aは,乙を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し,その覚せい剤入りビニール袋を差し押さえた。 以上の警察官の行為は適法か。 【答案】 1 Aが覚せい剤粉末入りビニール袋を発見した行為 (1)この行為は、甲宅から300メートルほど離れた路上で行われている。そこで、捜索場所を「Xマンション101号室」とする本問令状の執行として適法か。 乙は、令状の執行開始後、テーブル上にあった物をポケットに入れてベランダから逃げ出したので、捜索場所内にあった「差し押えるべき物」(219条1項)を隠匿したとの合理的疑いを生じさせる。 したがって、Aらが直ちに乙を追いかけ、持ち出した物の捜索をしようとしたことは、令状執行の実効性確保のため「必要な処分」(222条1項、111条1項)であり、「捜索すべき場所」(219条1項)の延長として適法といえる。 (2)次に、乙のポケット内を探ったことは、室内にいた被疑者以外の第三者の身体を捜索するものである。そこで、捜索すべき「場所」の令状の執行として適法か。 捜索すべき「場所」と「身体」を区別する法の趣旨から、本問令状の執行として令状に記載のない「身体」を捜索することは原則として許されない。しかし、捜索場所内にいた第三者が、「差し押えるべき物」を隠匿したと合理的に疑われる場合には、「場所」の捜索の実効性の確保のため、身体まで捜索を執行することはやむをえない。 本問では、捜索場所内にいた乙が、「差し押えるべき物」をポケットに隠匿したと合理的に疑われる場合にあたる。よって、乙のポケットを探ったことは、令状の執行として適法である。 (3)もっとも、本来であれば、隠匿した物の提出を求めるのが相当である。にもかかわらず、ポケット内の捜索にさいして、Aが乙の身体を押さえ付けた行為は、適法か。 Aは当初乙にポケット内の物を出すように要求した。しかし、乙は拒否した。乙が、隠匿・逃亡したこと、令状記載の「差し押えるべき物」が容易に隠匿・隠滅可能なものであることからすれば、捜索目的を遂げるため、このような有形力の行使もやむをえない。よって、「必要な処分」といえる。 (4)以上より、Aが乙のポケット内を探り、覚せい剤粉末が入ったビニール袋を発見した行為は、適法である。 2 Aが乙を現行犯逮捕した行為 Aは、乙がポケット内に覚せい剤粉末が入ったビニール袋を有するのを現認しており、乙を覚せい剤所持の「現行犯人」として逮捕した行為は、適法である(憲法33条、法212条1項、213条)。 3 Aが覚せい剤入りビニール袋を差し押えた行為 (1)Aが乙のポケット内から発見した入りビニール袋を差し押えた行為は、令状執行としては不適法である。覚せい剤は、「差し押えるべき物」に記載を欠くからである。 (2)もっとも、逮捕現場の差押(220条1項2号、憲法35条参照)として適法である。 以上