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カテゴリ:ニュースな日々
通勤風景はまるで"ゾンビ"の群れ…個性を殺して働き続けた50代を待ち受ける絶望の正体 - 記事詳細|Infoseekニュース 幸せな人生を送るためには、なにが重要なのか。テレビ朝日・元アメリカ総局長の岡田豊さんは「アメリカから戻ったとき、日本の通勤風景に強い違和感を抱いた。日本人は会社や社会の価値観に縛られすぎている」という――。※本稿は、岡田豊『自考』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。■無言で人をかき分けて降… 直接記事とは関係ないが通勤風景の中で見る「不自然な常識」に疑問があるので書いてみたい。 通勤風景は一方通行ではない 記事の中にも通勤電車を降りたとたんに訪れる、殺伐とした光景が書かれている。 しかし、視点が自分と同じ電車に乗り合わせた人、一緒に電車を降りた人しか書かれていない。 実際にはその電車に乗ろうとしている人もいて、階段ではすれ違うはずなのだ。 ところが電車を降りた大勢の人は、階段の横幅いっぱいに広がって上り、上から降りてくる人のことを考えない。 足元には矢印が書かれていて、上り下りの人がどちら側を歩くか書かれているが、そんなことはお構いなし。 しかも、みな自分の足元やスマホばかりを見ていて上から降りてくる人がいるかどうかを気にもしない。 階段で起こる正面衝突 階段で上り下りの人が交錯し、しかも前を見ずに上りの矢印を逆行して上って来る人と階段を下りようとする人が正面からぶつかってしまうことになる。 しかも、下りの人はそれをよけるにも階段の幅いっぱいに上がって来る人がいるのだから、よけようがない。 それでも到着した電車に乗りたい人は急いで下りるしかない。 そうするとそこで何が起こるか。 肩が触れようものなら、どういう訳か「ルールを守っていない」逆行して上る人から罵声を浴びることになるのだ。 矢印に従って階段の端を降りようとしているのに、ルールを守っていない人が「当然の顔をして怒る」のだ。 ルールを守れない日本人 これはどこかで聞いたような話ではないだろうか? あおり運転と同じなのだ。 制限速度を超過したスピードで走りたいのに前を制限速度で走っている車がいて邪魔だから、後ろからあおる。 それと全く同じで、「他の大勢の人と同じことをしている」自分は正しく、「それを邪魔する(ルールを守っている)ヤツは間違っている」そう考えるのだ。 これは「営業自粛要請を受け入れない店が悪い」とか、自分勝手なルールの解釈で他者を攻撃するのと同じだ。 もっと言えば、よく問題になる「談合」も全く同じで、「昔から業界内で行われていることに反対するヤツは悪者」と言う発想になる。 談合・賄賂・悪慣習を無くしたければスピード違反の取り締まり強化を つまり、ルール違反であっても、「みんながやっていることは正しい」と言う間違った感覚を一掃しなければ、これらの問題は解決しないと私は考えている。 その代表格が「スピード違反」ではないだろうか。 あおり運転の被害者となる理由の何番目かが「制限速度を守っていたから」である。 こんな状況がなくならない限り、あおり運転も、談合もなくならない。 「ルールを守るヤツがいて迷惑」と言う感覚が「異常」であることを認識させることを始めなくてはいけない。 内部告発者を守ることにも通じる 最近やっと内部告発の告発者を守るルールが作られようとしているが、現実的にはまだまだ守り切れていない。 内部告発者が組織の敵として扱われてしまうからだ。 大半の組織、そして日本人は、「ルール」よりも「周囲の雰囲気に合わせる」こと選びがちだ。 これは、コロナワクチン接種にも当てはまる。 日本人がより賢く、「ルールを守る」ようになるためには、まだまだ足らない。 まず「ルールを守るのが日本人」と言う、誤った現実認識を改めなければ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.03.04 14:55:57
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