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![]() オオハマボウ(アオイ科)・落花 ![]() ハイビスカス(アオイ科) ![]() ナガマルコガネグモ(コガネグモ科) 「ねこログ」、総目次(笑)/新・「ねこログ」、総目次(笑)/新々・「ねこログ」、総目次/続・「スクラップ・ブック」、の、目次。 目次:ベクトルの「1次独立性/1次従属性」から、「ヒト」という生物種の「『進化』上の『誤り』」(笑)まで論じてしまう、与太話。/「大切な人が亡くなると、私も少し、死ぬのよ」、川上弘美の小説に、そんな風な一節があったな。こうして「看取って」いる間、私の「時間」もまた、止まっている。あるいは「手当」という言葉。/ね、私も「天使」を、やめたい(笑)、あるいは、汝の価値に目醒むべし!/「グッド・サイン」であるか否かは別として(笑)、「サムホェア・オーバー・ザ・レインボー」再論。/月を見ること自体、もう、長らく忘れていた気がする(笑)、旧暦七月の月。/ ![]() ベクトルの「1次独立性/1次従属性」から、「ヒト」という生物種の「『進化』上の『誤り』」(笑)まで論じてしまう、与太話。鶏小屋補修ついでに。ドラちゃんも呆れてるよ! 2次元平面に、三角形ABCを描く。ベクトル(AB→)と(AC→)との「1次結合」、すなわち、 p(AB→)+q(AC→) の形で、この平面内のすべての点を表示することができる。ところが、(AB→)と(AC→)それ自体は、互いに一方の定数倍としては、決して表現できない。前者の関係、「表現できる」関係を、「1次従属」、後者の関係、「表現できない」関係を、「1次独立」であるという。 2次元平面内の任意の点は、互いに1次独立な2個のベクトルの1次結合として、指し示すことができる。 3次元空間に話を拡大する。四面体ABCDにおいて、3個のベクトル(AB→)、(AC→)、(AD→)は互いに1次独立であり、これらの1次結合によって、空間内の他のすべての点を、指示することができる。 雨風をしのぐための住まいを作りたい、と考えた「古代人」の気持ちになってみよう。森から、3本の木材を切り出してきて、地面の上に、同一直線上にない(これが、「1次独立」)3点を選んで立て、他の端を、植物の蔓を用いて縛ればよい。この四面体構造が、もっとも安定で、強度を備えていることを、彼らは知っていたに違いない。誰も、好き好んで、たわみ、ゆがみに対して極めて脆弱な直方体構造など、思いつきもしなかっただろう。カメラや測量機材を載せる三脚、護岸に用いられる「テトラポッド」なども、この四面体構造を採用している。安定である、強度をもつ、等々が「1次独立性」に、不安定である、壊れやすい、ことが「1次従属性」に、それぞれ対応している。 すべての生命体を構成する物質、すなわち「有機物」の、骨格をなしているのは炭素C、その最外殻電子の数は「4」、1点を起点として、空間内で、互いに最も離れるように4点を配置したなら、その4点は、四面体をなすであろう。「私たち」を含むすべての生命体の身体を構成する、わずか20種類の「アミノ酸」は、ことごとく、中心となる炭素Cから、4方向に広がる「共有結合」をもち、そのうち3つまでは共通、-H水素、-NH2アミノ基、-COOHカルボキシル基、他の一方向が、20種類でそれぞれに異なる「置換基」によっている。「無機物」に目を転じると、「土」と呼ばれるものの骨格をなしているのは、元素の「周期表」では、炭素Cの下段に位置している、やはり最外殻電子数4の、ケイ素Siなのである。 「ヒト」という生物種が、その進化の道筋を「誤った」であろうことを推認させる兆候は多々あるが、四面体に代わって、その構造的な脆弱さを補うために、多大な労力を動じなければならない、直方体を、その住居の基本構造として選んでしまったことも、そのひとつであろうかと思われる。安定性や強度よりも、空間の有効利用といった「経済合理性」を優先した結果であろう。 ・・・ 鶏小屋の補修をしながら、こんな埒もないことを考えた。ほら、犬のドラちゃんも、不思議そうなお顔で、見守ってくださっているぞ!・・・かつて、予備校講師だった頃、線形代数や有機化学の授業で、あの頃は酷い「アル中」で(笑)、毎日昼間から酔っ払って、「先生、酒臭い!」との顰蹙もものともせず、話題がこの辺にさしかかると、もう、「私」でない「誰か」が「憑依」して、喋らされているのでは?といぶかるほど、次から次へと、言葉が、淀みなく流れ出したものだった。何と言っても「超絶」不人気な(笑)講師だったから、面白がって聴いてくださる生徒さんなんか、ほとんどいらっしゃらなかったんだけどね・・・。 ![]() 「ウェルカム・トゥ・アワー・ヘンズ、ルーム」・・・台風避難の、一時的な滞在の予定が、諸般の事情(笑)で長期化、ならば、ひとつ、「ニワトリ小屋」ならぬ「ニワトリ部・屋・」を用意しようか?と(笑)。 「ニワトリ『部屋』へ、ようこそ/Welcome to our "hens' room".」 ・・・ でも、その後、この撮影を最後に、「三号」さんは、まったく、ごはん・・・米ぬかやオートミールなどは、もうずっと前から口にしなくなっていたけれど、柔らかい葉野菜、レタスなんかは、しばらくじっと見つめたのち、ぱくりっ、とついばんでくれたから、そう、ありがたいことに、台風後の野菜品薄、高騰で、キャベツは一玉400円、とかで、とても手が出なかったのだが、レタスは、県内産のものなのだろうか、¥198とか、わりとふつうの値段で買えたから、狭い冷蔵庫に、たくさん用意してある・・・そう、かろうじて「好物」と思われた野菜さえも、食べなくなってしまい、「檻」、これは二十五年ばかり以前に、厳冬の公園に、段ボール箱の中で、しっかり抱き合って震えている仔犬二匹を拾わざるを得なくなったとき、慌てて、ペット・ショップに走って買い求めた、思い出の品、その「犬小屋」というか、「犬用キャリー・ケース」の中で、もう、足を折りたたんで、お腹でべったり座り込んで、うずくまってしまうようになった。犬や猫たちの「いまわのきわ」には、何度も何度も立ち会ったことがあるから、「生きる」ということが、「同化/単純な構造物から複雑な構造物を組み立てる『エントロピー減少』過程」と、「異化/複雑な構造物を分解して単純な構造物と、そしてエネルギーを取り出す『エントロピー増大』過程」とが、拮抗して生み出す、「振動」なのだ、ということは、知っている。「死」の訪れとともに、システム外からのエネルギー供給を必須とする前者、「同化」の過程は速やかに休止、すると、拮抗していた一方の作用が失われることで、後者、「異化」の過程が、まことに、「ほしいまま」に進行することになる。その速さは、驚くべきもので、たった今まで、親しいものであった、「生き物」の表情さえ、急速に、まことに、「よそよそしい」ものに、変容していくのだ。おそらく、我々の祖先が、「死」への「恐怖」というものを、その心に刻みつけ、その「文化」なるものに、著しい影響を残してしまうことになったのは、このような、「変容」の過程を目撃したことによるのでは、などと想像してしまうくらいだ。もちろん、この議論には、「獲得形質の遺伝」なる、生物学上の難問が含まれているのだが・・・ともあれ、そうして、もはやその「死」の訪れを「見守る」ことしか出来なくなってしまうと、その先に「予定」されているところの、そんな「よそよそしさ」に対する「幻滅」、まことに、これこそが「『愛』の対象喪失」の本体、とも言うべきなのだが、をある種、「待ち受ける」、「待つ」ことが苦痛であるがゆえに、「早く終わって欲しい」などという不埒な考えさえ浮かんでくる、しかない時間に、耐えなければならなくなってくる、それもまた、すでにおなじみのものであるから、ある種の「懐かしさ」をもって迎えることができるのだけれど。人類が、これほどまでに「死」にまつわる「禁忌」の体系を精緻に作り上げなければならなかったのも、かかる「アンビバレンツ/両義性」、「『愛の対象』の『死』」を嘆き、恐れつつ、かつ、同時に、待・ち・望・ん・で・しまったことに対する、「罪悪感」の表明であったのだろうと思われる。そう、だから、「不埒」ついでに、その「待ち時間」の「手持ち無沙汰」を埋めるべく、こんな文章を書き始めた。私の「心」自体が、他ならぬ「死」の過程同様に、物凄い勢いで変容していくから、この、決して居心地よいわけではない、「アンビバレント/両義的」な時間を、書き留めておくことにも、意味がないわけでもなかろう、と思ったので・・・。 ![]() 「大切な人が亡くなると、私も少し、死ぬのよ」、川上弘美の小説に、そんな風な一節があったな。こうして「看取って」いる間、私の「時間」もまた、止まっている。あるいは「手当」という言葉。 今、その「鶏部屋」を覗き込んでみると、おや、お水を飲みたくなったのだね、「檻」から外に出て、お水の入ったお皿の前に移動、やはりべったり座り込んでおられた。もちろん、大変弱っておられるには違いなかろうが、見る限り、表情も明るく、これまでとそんなに変わったところがないように思われるほど。・・・「死」を迎えようとしている「生き物」の写真を撮るなんて、なんて「趣味が悪い」とは、思って来たし、今も思っているけれど、一方で、そんな風に「趣味」の問題にしてしまうことさえ、私たちに刻み込まれた「死穢」の思想、強固な「禁忌」のシステムの存在の故とも言えるし、人をして新たな殺害へと向かわしめるものが、他ならぬ「死」への「恐怖」なのだとすれば、「死」との、幾分かの「和解」の身振りとして、「死」を、無理にでも、「親しい」対象として眺める訓練もまた、必要なのでは、などと考え・・・と言うより、依然として、あまりにも「可愛い」と感じてしまったからにほかならないが(笑)、撮影に及ぶことにした。汚れていた水を汲み直し、同じく汚れていた新聞紙も、見栄えがよいように(笑)取り替えて、多分、もう食べないだろうけれど、レタスも刻んで、側に置いてみた。もちろん、レタスは、健康この上ない(笑)「二号」さんが、全部平らげてくれることになったけど。・・・「手当」って言葉があるでしょう?「残業手当」みたいな無粋な用例しか思い浮かばないけれど(笑)、もともとは、「手」を「当てる」こと、その所作自体に、ある種の治癒効果があると、想像されたからこそ、生まれた言葉なんだと思う。・・・二十数年前、「鬱病」がもっとも重篤だった頃、私は酷い「アル中」で、毎晩のように、いや、昼間からでも、浴びるほどお酒を飲み、くどくどとくだらないことをしゃべり続けたり、当たり散らしていたに違いない、ほどなく、そんな私から、当然にも、正当にも「逃げ出す」ことになった、当時、同居していた「彼女」が、ある時、泣き叫ぶ私の背中に、そっと「手」を「当てて」くれたことがあった。同じ体温なのに、どうして、そう感じるのだろうね、手のひらが当てられた背中の部分から、まるで何か、生暖かい、「物質」のような、いや、あるいは「気」のようなものが、流れ込んで来るみたいに感じられ、本当に、ただちに、荒んだ「こころ」が、「治癒されていく」気持ちがしたことを、今でも、鮮やかに覚えている。・・・それから、幾度も幾度も、犬猫たちの「死」を「看取る」ことになったとき、いつも私は、それを思い出し、自ら「手当」をしてみるようになった。もちろん、錯覚かもしれないが、効果は絶大だった。閉じられていた目が、一瞬だけ輝いたり、おもむろに首を持ち上げて、紛うことなく、「嬉しそう」な表情をして見せてくれたり。ほら、この「三号」さんもまた、嘴を少し広げて、何かもの言いたげであったり、「瞬膜」が上がっただけかもしれないが、目を細めて、「喜んで」いるようにさえ、見えるでしょう(笑)?・・・はい、「看取り/ターミナル・ケア」の時間は、まだ続きそうだから、私は、買い物に出かけよう。元、重度の「アル中/アルコール依存症」患者も、今では、まったく飲めない、でも、まるで「ノンアル中毒」みたい、その0.00パーセントを銘打った度数で・・・四捨五入しているんだとしたら、0.004パーセントばかりのアルコールは含まれているはず、「ノンアル」一千本飲んでようやく通常の缶ビール一缶だ(笑)・・・十分、こんな駄文を書くことができるくらいには、「ハイ」になれるのだ。 ・・・ それから、眠れぬ夜を、ほぼ一時間に一度ぐらい、起き出しては、様子を見に行く。「ま・だ・、生きている」ことを確認するためだけれど、どこかに「もう、亡くなってしまっている」ことを期待する気持ちが混入していることも否めない。猫たちを看取るときには、もう回復の望みがなくても、「皮下点滴」をほどこしたものだ。身体を水分が循環する、それだけのことで、いっとき瞳の輝きさえ取り戻されたかのように思える瞬間があったからね。・・・動物病院でずっと前に買い置きしてあった、猫たちに薬を飲ませるときなんかに用いる、もちろん「人間」用の製品、注射器シリンジに、お水を20mLくらい、くちばしをそっと広げて、ゆっくり、飲み込めたのを見届けつつ、流し込んでみる。そんなことが、何の役に立つのか?という声が聞こえてきもするが(笑)、いや「生き物」と言う「システム」は、「最期」の瞬間まで、ただ生き続ける、ようにできているのだからね。・・・そんなことを何度か繰り返したのち、先ほど、事切れているのを発見した。背中に手を当てると、まだ、体温のぬくもりがある。・・・「三号」さんの食欲が減退しているのに気づいたのは、振り返ってみると、もう、三週間ばかりも前。「よく頑張ったね!」みたいな、こんな場面で用いられかねない常套句は、やめておこう。「頑張った」か「頑張ってない」かを、私たちは「評価」することなんてできないし、そもそも「生きる」ことそのものが「頑張る」ことを要するものならば、それは「トートロジー/同義反復」、言う「意味」がない言明だからね。・・・明日は、荒れ放題の畑に、スコップで穴を掘って、お墓を作ろう。「君のこと、忘れないよ!」なんてことも、言わない。「忘れる」ことこそ、「生き物」が生き延びるための条件、私たちが「共有」している、最も貴重な資質かも知れないんだからね! ![]() 脚が生えそろって、尻尾が抜け落ちたのもいるぞ。そろそろ、「野に帰す」、「放生会」のときが来たようですね・・・リュウキュウカジカガエル(アオガエル科)・幼生。 ![]() リュウキュウカジカガエル(アオガエル科)・幼生 ![]() リュウキュウカジカガエル(アオガエル科)・幼生 ![]() 「一人」になる、ってことは、そういうことだ。もはや、「他」と識別するための、記号、「名前」も必要ではない、ことに気付く。「一人になっちゃったけど、よろしくね!(笑)」 ただいま、「畑」の片隅、去年うちの猫の「のらお」君のお墓つくったところのそばに、「三号」さん、埋葬してきました。粘土質の土を小さな園芸用スコップで掘るのは、予想していたほど大変ではなく、むしろ、ものすごく茂った草を鎌で刈るのに難航しました。 それから、もう、ほとんど脚のはえそろった、リュウキュウカジカガエル(アオガエル科)の、オタマジャクシたち、二十匹くらいはいたかな?、「森」のせせらぎ、晴天続きで、水量は減っているけれど、何とかなるだろう、と判断して、「放流」しました。 ちょっと、寂しくなりますね(笑)。 ![]() カメラを構えてしゃがんでいる私の前を、行ったり来たり、何かもの問いたげな表情(笑)?いいよ、久しぶりの再会を、喜んでくださっているらしいことは伝わって来るから。 ![]() 少し前に来たときは、森の木陰で涼んでおられた。ようやく日差しが弱まったその数時間後。さらにこのあと通りかかると、ようやく、ぶちさん登場。 ![]() 月を見ることも、しばらく忘・れ・て・い・た・。ま、台風も来たし、いろいろ、あったからね(笑)。旧暦七月五日、中潮、上げ五分の海、そして、旧暦七月五日の月、月の入二時間前。 ![]() 今日の「とさかのそろった二号」さん。もう、あなた一人だから「識別」する必要もなくなった。だから、キャプションもつけないことにするね(笑)。 ![]() 冷蔵庫のしなびたニンジン二本、刻んで持ってきた。鮮やかなオレンジ色を掲げると、このお二方が見つけて駆け寄ってきた。後ろで遠慮がちな「白」親、には足下に投げて差し上げる・・・。 ![]() 手を差し出すとおずおずと近寄ってくるが、近寄りすぎると、急いで後退、お水を少し飲んで心を鎮める(笑)、でまた、近づこうと試みる・・・いつもの「再会」のごあいさつ。 ![]() 「お仕事」中だが、立ち寄ってみると、全員でこのように歓待。「欧米人」的観光客家族もご一緒に。また「地元のヒト」みたいな愛想を振りまいてしまった(笑)。 ![]() 雲が多いから、カメラを取りに走る間に隠れてしまいそう(笑)。旧暦七月六日の月、月の入三時間前。「三日月」を中国語で「月牙yuèyá」と言うみたい・・・ 「チャンネル登録者」の中国語話者の方が、「コメント」してくださったので知った。もちろん、「牙」の如くに見える月、なんだから、必ずしも「三日月」ではなくとも、そう、細い「凹面月/ルーン・コンカーヴLune Concave」すべてを指すのだろうけれど。 ![]() 雲が多いから、カメラを取りに走る間に隠れてしまいそう(笑)。旧暦七月六日の月、月の入三時間前。「三日月」を中国語で「月牙yuèyá」と言うみたい・・・ ![]() 部屋は閉め切れるのだが、「キュリアスな/興味津々の」猫の侵入を警戒して、「飼育係」が出掛ける時は、「檻」に入っていただくのだ。ごめんね!・・・本日の「二号」さん。 ![]() 「遅延」を伴った「柏手/かしわで」効果(笑)、つまり、手を叩いてみても、ぜんぜん森の中から出て来てくれない、諦めて立ち去りかけた頃に、ほら、ようやく、ぞろぞろ。おや、ぶちさん、久しぶり! ![]() こうして、「諸般の事情」から(笑)、毎日お会いすることは出来なくなってしまいましたが、ま、それも、すぐに、慣れてしまうことでしょう! ![]() 旧暦七月七日の月、月の入三時間前。そうか、今夜は「七夕」だったんだ。激しい雨が降ったりするこの空模様では、もちろん「天の川」など見えそうもないけれど。 ![]() 同じ時期に拾われた「廃鶏」、この子だって寿命は近いはず。こうしてまた「心配」に彩られた日々が始まることになる。しても仕方がないことが分かっていてもやめられないものだからね、「心配」って奴は(笑)。 ![]() こんな美しい朝焼けを死ぬまでに(笑)あと何回見れるだろう?みたいな「感傷」に浸ろうと思ったがうまくいかない(笑)。もう見れなくても別にいいんじゃない?それほど殺伐としている訳でもない「諦観」? ![]() 朝7時半、黒ブタさんお休み中、子ヤギお嬢さん、はじめはめんどくさそう(笑)、でも出て来てくださって、頭撫でようとすると、おや?伸び上がって、ああ、私の指を使ってほっぺを掻きたいのね(笑)! 旧暦七月八日、小潮、上げ二分・・・台風18号「SAUDEL」は、緯度にして15度、経度にして23度、「三平方の定理」で27.5、距離にして約2750キロも離れているのに、この金武湾の、海の荒れ方はどうだ? ![]() 人差し指の腹が痒くなったのか、親指の先で掻いてみる。握りしめ、また伸ばす・・・ヴィム・ヴェンダース「ベルリン天使の詩」の堕天使たちならば、彼の「内話」を聞くことが出来ただろうに(笑)。 正確にいうと(笑)、本当に地上に落ちてしまった「堕天使」は、人の「内話」をもはや聞けない。まだ翼をもっていて、天空と地上を往来することができる頃、カシエルとダミエル、だったかな?は、地下鉄の車内、州立図書館の閲覧室、等々で、通り過ぎる人々の心によぎった言葉たちに、耳を傾ける。実は、それがなかなか苦痛に満ちたことであったからこそ、そのうちの一人、カシエルだったかダミエルだったか(笑)、地上に降りて、「ヒト」として生きることを決断するのだ。今になって少しその気持(笑)、わかる気がするのは、私、ごく最近気がついたのだが、いわゆる「聴覚過敏」、電車の車内、ああ、当地にはモノレールしかないけどな、とか、ファーストフードの隣の、あるいはそのまた隣のテーブル、とかから、人々の会話、例えば、恋人同士の「別れ話」、奥様達の、夫自慢、子供の通っている学校自慢、そしてもちろん、吏員たちの、職場の上司や同僚の悪口、そんなものが全部聞きとれてしまうのだ。脳の「一時記憶/テンポラリー・メモリ」には当然、限りがあるに違いなく、だから、そんな愚にもつかない「情報」がだらだら流れ込んできたら、たちまち飽和してしまうじゃないか?・・・しかも、こうして改めて気づくのだが、「人々」の、何・気・な・い・日常会話の大半は、実に、「他者」に対する「悪意」に満ちていて、そんなものを聞き続けていると、こちらにも、その「悪意」が、感染してしまうかのよう、だから、きっと、私は、毎日、へとへとに疲れていた(笑)・・・私が、「ひきこもり」になったとしたら、それも、一つの、止むを得ざるに出でた、「防衛機制」だったかもしれないのだ。ね、私も「天使」を、やめたい(笑)。 ・・・ あまり「真面目」な「活動家」ではない私は、「シュプレヒコール」、などと言うものを、臆面もなく(笑)「正しい」言葉たちを、聞き続けるのが、ちょっと辛くて仕方がない、太宰治なら、「恥ずかしくて、目頭が熱くなってくる」みたいな韜晦的な表現をとるだろう、この作家は、もちろん、少なくとも一時は、きわめて勤勉な、日本共産党の地下活動家だったのである、・・・、だから、私は、聞こえないふりをして、それにカメラを回しているあいだは、自分の声を録りたくないから(笑)、唱和することもしない。何かに注意を集中していないと、こんな退屈な時間を過ごすことができないから、この、私の面前に立たれている、沖縄県警機動隊の若い隊員さんの、分厚い手袋をはめた右手を、観察することにしたのだ、その動きに、何か「セリフ」がつけられるんじゃないかな?、とか考えて、ヴェンダースの映画を思い出した、というわけ。 ・・・ 参考文献(笑):では改めて、「ベルリン天使の詩」、によるベルリン ![]() タイワンクズ(マメ科) ![]() 10時半、旧暦七月八日、小潮、上げ四分の金武湾。黒ブタさん、お目覚めだが、暑さにへたり込んでしまった?子ヤギお嬢さん、その草をすりつぶす頑丈な歯で小指を噛まれ(笑)、思わず、声を上げてしまった(笑)。 おりしも(笑)、その前の晩、うちの猫たちの喧嘩の仲裁に入って(笑)、右手首を爪でひっかかれ、なかなかひどく出血、そして今度は、こうしてヤギさんに嚙まれて、同じく右手の小指もまた負傷(笑)。・・・もう、十数年も前になるか、「さんこぷー」という猫、これは、「ぷー」というメス猫が三匹の子を産んで、その三番目、という意味だ(笑)、を、動物病院に連れて行くために爪を切ろうとして、彼、オス猫ね、の機嫌を損ね、激しく嚙まれ、半端ではない出血だったから、手を高く掲げたまま、うちから歩いていける距離に、救急施設もある大きな公立病院があるのだ、まで、歩いて行ったことがあったのを思い出す。だから、その、肉食動物特有の鋭利な「牙」の感覚は、知っている。ヤギさんの臼歯はまた、全然異なるから、ついうっかり無警戒だったのだな。ところで、その、「飼い猫に手を噛まれた」(笑)、手が右だったか?左だったか、その頃私は、「アル中」の不人気予備校講師だったが(笑)、長らく、包帯をぐるぐる巻きに仕立てで、チョークを持つのに難儀したような、「アル中」だけに、どんよりとした記憶もあるような気がするから(笑)、きっと、やはり、右手だったのだろう、いや、それだけの話だ。 ![]() 2026年第18号SAUDEL/8月21日 ![]() 窓の外の光が、まだ、早朝、明けたばかりであることを示しているね。そう、午前五時半、今から出かけます(笑)。こいつ、「二号」さんを「檻」に閉じ込めてからね! ![]() 「駐車場」に到着したのが8時半、送迎に来て頂いて、「ゲート前」に降りた時には、すでに左折レーンに最初のミキサー車の列が出来ていた。でも、よかった(笑)。5時半から車を駆って来たのが徒労に終わらずに! 出発した頃は、時々激しい雨も落ちてくる曇天だったが、北に向かうにつれ、次第に青空が広がってくる。那覇からここまで数十キロ、高速道路の料金千円ばかりを節約しようとすれば(笑)、二時間半みればよいはずだが、もちろん道路事情というものは、日々変化する。「ヤンバルクイナ・イン・ティアーズ」の給水塔のペンキ絵の下に住む子ヤギお嬢さんとのご挨拶も省略して先を急いだが、金武のインターチェンジ出入口のあたりで、しばしばあることだが、駐留米軍軍人・軍属の「Yナンバー」車で、少し渋滞気味・・・一回目の「搬入」を見届けて(笑)、帰路、黒ブタさん、子ヤギお嬢さんの写真を撮って、午前十一時頃、那覇新都心の総合庁舎には、ちょうど役所の昼休みが終わった頃には着けるだろう。今日はこれから、「那覇労働局」に赴くのです。中庭に面したらせん階段には見覚えがある、嗚呼(笑)、もう十二年になるのか?職場の予備校が倒産、経理担当者が「雲隠れ」、今から思えばもちろん経営者と「グル」だった可能性もある、ともかく、3ヶ月分の給与未払いのまま、いわゆる「路頭に迷う」ことになった。同じ目に遭った従業員たちが「集団申請」すれば、未払い分の6割が国庫負担で返ってくる、とのことで、倒産以来久しぶりに顔を合わすことになった「同僚」たちと再会したのが、この建物の、どこかの会議室だった。ほとんどの「同僚」は、アルバイト学生の「講師」たち、「バイトしてた予備校が倒産したことがあってね!」と、面白おかしく「昔語り」すべき未来の時間を持った人たちだ。そんな「若造たち」には、「違う、そこじゃない!二重線で消して、書き直す!」などと、けんもほろろに指図していた職業安定所職員の方も、ひとたび順番が、このくたびれた老人の番になるや、態度を急変、極めて温厚な、もはや「未来」を持たないかも知れない(笑)高齢者に対する、ほとんど「慈愛」と呼んでもいいような敬意を持って、丁寧な物腰で応対してくださったのに、すっかり涙もろい「アル中」の私は、・・・、恐らく道すがら、ビールの一、二本くらい、すでに聞こし召していたはず(笑)、・・・、決して自らは「倒産」などということを経験することがないだろう「国家公務員」たる彼の、「同情・共感/empathy」の表出に、感動を禁じ得なかったのを、ありありと思い出す。「それでは皆さん、ご機嫌よう!」、もうおそらく二度と会うことはないだろう「同僚たち」に、会議室の入口で、別れのあいさつをしたのだった。「ご機嫌よろしゅう」という、「贈与」の言葉は、美しい、と思った。・・・そうして、もはや年齢的に「求人」などあり得ないから(笑)、世の「定年退職」よりは少し早いが、「隠居/引きこもり」に退行することにした。二年後、リナさんの事件があり、「やんばる」の「ジャングル戦闘訓練センター」でヘリパッド建設工事が始まり、私は、長らく逃・亡・していた「現場」に、いわば「どさくさに紛れて」、こっそり「復帰」することもできて、今日に至る。・・・あのときは、その十二年後、この同じ建物を、似たような用向きで訪問することがあろうなどとは、想像だにしていなかった(笑)。ベンチに腰掛けて待っていると、今しも、「外国人」と思しき若い男女二人連れ、先ほど私に応対してくださった、まだずいぶん若い女性の労働基準監督官と、お話をされているのが漏れ聞こえてくる。居酒屋で働いているが、客が少ない夜には、早く帰れと追い返されてしまう、といった扱いへの不服申立てのようだ。・・・もはや「アル中」ではないが(笑)、依然として「躁うつ病」、とりわけ「人間」と言葉を交わしたあとは、躁的に高揚して、やはり涙もろくなってしまい、「キケ、バンコクノロウドウシャ、トドロキワタルめーでーノ・・・」などと、口ずさみかねない勢いだった(笑)。 汝の部署を放棄せよ!汝の価値に目醒むべし!いまや二十四時間の、階級戦は来たりけり! ![]() 出発に手間取って一回目の「搬入」に遅刻しそうだから、早朝立ち寄るのは諦め、午前10時半・・・黒ブタさん熟睡、子ヤギお嬢さん、その「布団」の藁にご執心で、相手してくださらず(笑)。 旧暦七月九日、ほぼ「上弦」だから、小潮、上げ五分あたりと思われるが、ずいぶん荒れているように見える。台風は、まだ二千キロほど先だから、いくらなんでも、その影響ではなかろう。 ![]() 襖(ふすま)を開けると、まるで私の足音を聞きつけて「待っていた」とばかりに、たたずんでいてくださる(笑)。猫と遊ぶ、のは二十年来の「日常」だったが、ニワトリと遊ぶ、とはね!ファミリー・ポートレート。 ![]() 2026年第18号SAUDEL/8月22日 ![]() このイソヒヨドリ、「性淘汰」でオスは鮮やかな赤と青の衣装。今鳴き交わしているのはどちらも、地味な色合いのメスにも見えるが、光が眩しくてよくわからない(笑)。 ![]() 野菜高騰のおり、少し萎れているが、ほうれん草の「見切り・ご奉仕品」が見つかったのは、ありがたい。うちの冷蔵庫は、こうして野菜だらけになる(笑)。 ![]() ドアを開けると、ベランダの野良猫用餌皿を狙っていたのだろう、こいつが慌てて飛び上がった。屋上まで追跡。この鳥はメスもまた「囀る(さえずる)」と言われている。 ![]() なんと鮮やかな空と海の青!南側の区画に戻ってきて、しばらくの間にこんなに草が繁っているから、皆さん、それを食べるのに余念がない。ぶちさん、欠席か? ![]() 五日ばかりのご無沙汰でした、ちゃんと私のこと、忘れずに(笑)歓迎してくださる、嬉しいですね!さあ、では、ご褒美(笑)を差し上げましょう! ![]() 今日は、いたるところの電線で、このような光景。留鳥リュウキュウツバメ(ツバメ科)ではなく、到着したばかりの渡り鳥ツバメ(ツバメ科)なのかも? ![]() 旧暦七月十二日の月。明日「十三夜」が「ウンケー(お迎え)」、翌「十四夜・待宵」が「ナカヌヒ(中の日)」、そして「十五夜」の「ウークイ(お送り)」と、「旧盆」三日間、「死者たち」の往還する日々。 ![]() 2026年第18号SAUDEL/8月25日 ![]() 「台風」という低気圧が近づいてくると、「飼育係」の「鬱」症状は、重篤になる(笑)。「旧盆」と重なって「お仕事」がないのをよいことに、丸一日をただ呆然と過ごすしかない。 ![]() 「二号」さん、「ご奉仕品」トウモロコシと、格闘(笑)する。その後、「飼育係」と、「くちばし・捕まえられ・ごっこ」をして、遊ぶ(笑)。 ![]() ベランダにいつも出してある「キャットフードを頂きに来たのだが、折悪しく「住人」というのと鉢合わせ一旦退散。ところがその「住人」、「スマホ」とやらを構えて追いかけてくるではないか?やむなく屋上へ(笑)。 ![]() ヒメジョオン、「姫女菀」と書く。栽培植物の逸出品と言われ、確かに、「野草」らしからぬ端正さ(笑)。久しぶりに見た気がするのは、観察者に、「花を愛でる」ココロの余裕が久しくなかったことを意味する(笑)。 ![]() 旧暦七月十五日の月、月の出二時間後。つまり「旧盆」、「ウークイ(お送り)」の、「ニライカナイ」に還る「死者たち」の足元を照らすべき満月。台風一過の曇天の雲間に。 ![]() 旧暦七月十六日、大潮の満潮とはいえ、金武湾は台風の時みたいに荒れている。子ヤギお嬢さんおはよう、先を急ぐから、ちょっとだけね(笑)。 ![]() せっかく早めに到着したのに、駐車場には鍵がかかり、テントも無人。海が荒れているからなのか?ゲートも閉まっているから、工事は中止のよう。それは結構なことだが、早朝から駆けつけた私は、脱力(笑)。 では、せっかくだから、ご案内しておこう(笑)。車は現在、国道329号線を北へ、辺野古から名護市内へと、向かっている。画面右側が、米海兵隊キャンプ・シュワブ、左側も、米軍が接収した土地だが、これまであまり使用されていなかったのが、近年、盛んに手を加えられるようになってきた。最初の方に右手に見えるのが、キャンプ・シュワブ「第2ゲート」、ついでに皆様のご後学のためにご説明させていただくと(笑)、辺野古のバス停のすぐ北側にあるのが「メインゲート」、その北側に隣接してかつては「工事用ゲート」があった。9年前に私がつまらない「跳ね方」をして(笑)「公務執行妨害」容疑で、名護署留置施設に一晩お世話になったのは、そこだ。さらに北に進み、右手に、可動式のフェンスで閉じられた「ゲート」様のものが二つくらい見えるだろう?普段なら警備員さんたちが整列されているのですぐわかるのだが、今日は誰もいない、その二つ目の方が、現在の「工事用ゲート」、「第4ゲート」とも呼ばれている、である。搬入用トラックのための、長い、赤くペイントされたアスファルトの、左折レーンが続いているので、それとわかる。「友達のいない」(笑)私には「選挙運動」が、出来ない。「お知り合い十人にあなたが『声掛け』をして、その十人がまた、十人に・・・そうしたら・・・」などというお話は、私にはとてつもないものに思える。数少ない「知り合い」とは、相手がたとえ私が「それ系」(笑)のヒトであることを知っていたとしても、ひとたび、「選挙」の話、政治的な行動の選択を誘いかける如きの話題を振り向けるや、関係が、不可逆的に壊れてしまうだろうと、思い込んでしまっているのは、そんな話を持ちかけてしまったことで、関係を壊してしまったのはもちろん自分の方だ、とかいった「罪悪感」のなせるわざなんだろう、・・・、だから、炎天下の道路脇で、のぼりを立て、通り過ぎる車に手を振る、などという、きっとストレスフルに違いない作業に従事されている運動員の人たちに、窓から手を振って応える、ぐらいのことしか、私にはできない。そもそも、「選挙」をめぐる話題に、興味がない、と言うより、「怖くて聞きたくない」というのが正直なところだな、膨大な数の人間という「個体」群の振る舞いなのだから、それは、ほぼ純然たる、「確率論的過程」、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」、「時の運」、以上のものとは、とても思えないから、「敵/味方」どちらの「陣営」にせよ、「予測」めいたことを言われても、私には、噴飯物にしか聞こえない。アーヴィン・シュレディンガーが面白いことを言っている(笑)。・・・「分子は、どうしてこんなにも小さいのか?、いや、逆に言うと、生き物の個体は、どうしてこんなにも大きいのか?、それは、『確率論的安定性』を得るた・め・だ。『アボガドロ数』、6×10^23(6かける10の23乗)、といった規模の集団にして初めて、『ミクロ世界』のランダム性がすべて平均化され、『マクロ世界』の、法則性が立ち現れてくるのだ」と。たとえ「億」の桁数であれ、それは、予測可能な「法則性」のためには、規模が小さすぎる、だから私たちは、「ヒト」の「世界」のことどもには、絶えず、一喜一憂していなければならない、それが「世界」のあり様なんだと、諦観するしかないのだと思っている。・・・選挙運動に、ただでさえ少ない人手が割かれ、「ゲート前」などの「現場」は、更に手薄になっているだろう。ただ、座っている(笑)、「移動してください」と言われたら、移動する、それだけのことなら、私にもできる(笑)、それこそ「枯れ木も山の賑わい」、私如きでも、「数」になれる、そう決意して(笑)、はるばるやってきたのだが、またしても「徒労」に終わってしまったが、ま、文句は言うまい。このまま、北に走り続けて、ならば一つ、今日は、「やんばる・センチメンタル・ジャーニー」と、しゃれのめそう!、で、次に続く・・・。 ![]() 仕方がないので「やんばる・センチメンタル・ジャーニー」。十年前の「ヘリパッド建設工事」の頃、いや、もっと前の「引きこもり」時代にも、よく来たものだ・・・河口のマングローブ地帯。 代表的なマングローブ植生、ヒルギ科の植物、当地には次の三種、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギが生育しているらしい。前二者はそれぞれ「雄」、「雌」、花や「胎生種子」の大きさから名付けられた。満潮時には海水が流れ込む「汽水域」、潮目によって水深が著しく変化する環境への適応と思われるが、種子のまわりに、将来植物体となるべき構造が、すでにできあがっていて、細長いさや状のものが、泥に突き刺さるとただちにその場で発芽、成長できる、親の体内で、成体に近い形まで成長する動物の「胎生」になぞらえて、「胎生種子」と呼ばれている。オヒルギの花は赤く、メヒルギは白、ヤエヤマヒルギはやはり白でより小さい。今日、「胎生種子」を見ることができたのは、ヤエヤマヒルギだけ、花だった部分に丸い楕円球的なのが出来、その先に茶色がかった緑の細長いさや状のものが伸びる、オヒルギの「胎生種子」はもっと太く、メヒルギのそれは、更に細かった記憶がある。遊歩道がしつらえられていて、ここかしこに案内板がある、それを見て思い出した。すると、不思議なことに、はじめは不分明な、緑の「塊」に過ぎなかったものが、ここまでは「オヒルギ」、ここから先が「メヒルギ」、ところどころに、「ヤエヤマヒルギ」も混じっている、という風に、まさに「言語」によって、「名前」によって、「風景」が、たちまち「分節化」されて、立ち現れてくるのである、・・・、「ヒト」は、「名を唱える」ことなしに、「見る」ことが、すでに、出来ないのである。・・・ずっと昔(笑)、「鬱病」真っ盛りの頃、なるべく「ヒト」を目に入れないように(笑)、うつむき加減に、植物図鑑の図版を覗き込み、路傍の花だけを注視するようにして、文字通り「恐る恐る」(笑)散歩を始めた、その時の、驚くべき発見として、それはすでに経験済みだった。だから、ここは全長500メートルもあろうか、その回遊式の遊歩道、歩きはじめと、戻ってきたときとでは、まるで印象が異なる、わずか半時間ほどで、私は即席の「ヒルギ科」の「権威」になってしまえたかの如くなのだ(笑)。 今日は、「旧盆」最終日「ウークイ(お送り)」が明けた翌日の、旧暦七月十六日、おそらく大潮で、まだ午前九時頃だから、ほぼ満潮、それらヒルギ類の根元には、ひたひたと海水が流れ込んできている。はさみを大きく振り上げて見せるその仕草から、「潮招き(シオマネキ)」と呼ばれるスナガニ科の蟹には、いくつもの種類があるが、今日目撃できたのは、ハクセンシオマネキ、ヤエヤマシオマネキ、ベニシオマネキの三種と思われる。ヒトが近づく気配を、敏感に感じ取って、ただちに穴のなかに隠れてしまうから、観察者もまた、しゃがみこんで、じっと息を殺し、数分間、彼らが警戒を解いて再びうごめき出すのを待たなければならない。・・・ずっと以前、自然界の「キラリティ」、「対称性」という意味なのかな?について、数学的な解析を試みた難解な書物を読み、もちろん、ほとんど理解できなかったが、そこにも、このシオマネキ類のハサミのことが取り上げられていた。 (1)ハサミには、トカゲの尻尾同様の「自切性」がある。 (2)ハサミには、大きなものと小さなものの二種があるが、「自切性」によって、一度取れて再び生えてきたものは、必ず、小さい。 (3)「性淘汰」によって、大きなハサミはオス、小さなハサミはメス、に割り当てられる。 すると、どうやら、オスは、初め、左右両方とも大きなハサミだったのが、争闘などの過程で、どちらかが取れ、取れたあとには小さいのが生えてくる・・・なるほど、非対称のハサミを持った個体の、左右どちらが大きいかは、まちまちなのは、そういう事情だったわけだ。そして、左右ともに小さなハサミを持っている個体は、メスであるかもしれないが、あるいは、両方とも取れて生え直したオスかもしれない、ことになる、いや、左右非対称のハサミを持っているからこそ、「あ、シオマネキだ!」と気付くわけだから、これらは他のスナガニ科のものと、紛れてしまっいたかもしれない。・・・そして、シオマネキ類の動きとは明らかに異なる、画面を縦横に横切る、飛び跳ねる者たち、その名も「飛び鯊(はぜ)」、胸ビレを前足に、尻尾を後ろ足に、そう、まるで魚類になるべき者たちが、陸に上がって、両生類、爬虫類、鳥類、となるべき者たちへと「進化」を遂げたその道筋を示してくれるかのように、こんな「汽水域」の泥の上を、飛び回る姿を見せてくれる。当地には、3種のハゼ科トビハゼ類が知られており、一つは、灰色の体色に、著しく長くとがった背びれ、動くたびに、それがヨットの帆のごとく広がることですぐそれとわかる、トカゲハゼ、これは、沖縄本島の中城湾でしか見られない。あとの二種は、相互に極めて酷似している、トビハゼとミナミトビハゼ、前者は、たしか九州などにも分布しているらしいと聞いたが、後者は南西諸島固有種。このマングローブ遊歩道の、案内板には、後者、ミナミトビハゼであると書かれているから、きっとそうなのだろうけれど、本当は(笑)、これら二種の識別は、極めて難しい。背びれの先端が、とがっているか、丸みを帯びているか、といったことがわからなければならない。ヴィデオで近接撮影して、まさに飛び上がる瞬間、背びれが広がったところでストップモーション、といった作業が必要なのだが、もう、一眼レフカメラは壊れてしまって、買い換えるお金もない(笑)、だから、スマホのカメラの遠景ではとても鮮明とは言いかねるが、それでも、「ヒト」ならざる生命体に、こうして「出会えた」(笑)だけで、「鬱病」の「観察者」のココロも、若干、晴れつつあることに、気づくのであった。 ![]() ヒルギ科3種の識別法 ![]() ヒルギ科3種の「胎生種子」 ![]() スナガニ科、シオマネキ類3種 ![]() オヒルギ(ヒルギ科)・花 ![]() メヒルギ(ヒルギ科)・花 ![]() ヤエヤマヒルギ(ヒルギ科)・胎生種子 ![]() 「やんばる・センチメンタル・ジャーニー」、マングローブ遊歩道散策(笑)を終えて戻ってきたのが昼過ぎ、旧暦七月十六日大潮の金武湾は、干潮だが、やはり波高し。黒ブタさん熟睡、子ヤギお嬢さんとご挨拶(笑)。 ![]() あまり、代わり映えしませんが(笑)、代わり映えしないことが「幸せ」であるような、日曜・・・いや違った、まだ土曜なんだね、一日得した(笑)・・・の昼下がりの、「二号」さん。 ![]() 十中八九予想されたことだが、すやすや眠っている姿を撮りたかったのに、カメラを向けるとたちまち起き上がって、愛想を振りまこうとするから、構図が台無しだ(笑)。何もすることのない土曜の夕のひとコマ。 ![]() 「とさかのそろった二号」さん、今日も、「くちばし・捕まえられ・ごっこ」をされて、困惑。 ![]() 「鳥影」が視界をよぎると、「訪問客」がある、という「俚言」があったと思う。「音信不通」だった人からLINEが来たとかも、それにあたるのかな(笑)?ともかく撮影者、上機嫌。 ![]() 曇り空だけれど、たまには外の空気をね!初めての「屋上お散歩」、念のため、脚ひもつけて(笑)。それから久しぶり、「自撮り/Selfy」ポートレート。 ![]() 諸般の事情で「飼育係」失職(笑)、ここを毎日通りかかるわけではなくなったし、「旧盆」と台風でご無沙汰だったし、でもちゃんと覚えてくださってたみたいね!もう一人「白たてがみ」さんの姿が見えないけど。 ![]() 「『こども』はどうして『可愛い』か?、という生物学上の議論。脳のような重要な器官は早く出来上がるから他の身体部分と不釣り合いに大きく見える、それを「可愛い」と認識するようになったのは、では、何故か? いや、もちろん、それを「可愛い」と認識するようになった生物種のみが、生き延びたのだ、という答えが用意されている(笑)。だから、ある意味(笑)、「可愛い」は、「こども」に備わった「属性」ではない、例えば「あなた」が、「こども」なんかちっとも「可愛くない」と感じたとしても、それは「あなた」が、滅びゆくべき種族であることを示しているかもしれないが(笑)、だからといって、別に、例えば「倫理的」に、指弾されるいわれはないのだから、安心したまえ!・・・草むらから飛び出した、この大きさでは、もちろん断定できないが、タイワンツチイナゴ(バッタ科)の「こども」ではないか?、と思われる。 ![]() 公園の駐車場、ぐっすりお休み中の野良猫さん。ごめんね!そろそろ「お仕事」の時間だから、そのあんたの尻尾の先にある車、動かさなきゃならないんだ・・・。一度お目目開いたけど、またうつらうつら(笑)。 ![]() 新暦九月に入って、日々、日差しも柔らかくなってくる。だから、お昼すぎのこの時間でも、こうして、ぞろぞろ出てきて、差し入れられたばかりの干し草を食んで(はんで)おられる。遅れて出てきたのがひとり(笑)。 ![]() 「森」に囲まれた木造建築の床、その名もモリバッタ(バッタ科)。南西諸島は数多くの島でできているが、それら島ごとに、異なる進化の経緯だったのだろう、デザインが少しずつ異なる、と言われている・・・。 沖縄本島に「四半世紀」住んでいながら、その間、一度も「離島」を訪れたことがない。船にも飛行機にも乗ったことがないから仕方がない、だから、その、異なるデザインのモリバッタを、まだ見たことがなく、あるいは、見ることなく終わる(笑)のかも知れない、と思うと、ちくりと胸が痛むけれど、ま、それもいいか?、と、簡単にあきらめてしまえる(笑)。 ![]() 旧暦七月二十二日、「下弦」の「小潮」、午前七時の今は、ほぼ干潮、台風「KROVANH」の影響もあるのだろう、少し荒れている。「ハロー」と、なかなか馴れ馴れしい声がして、ああ、黄色いスクールバスが・・・ 東海岸沿に、点々と連なる米軍基地、キャンプ・シュワブ(名護市)、キャンプ・ハンセン(金武町)、キャンプ・コートニー(うるま市)、などを経て、キャンプ・フォスター(中城村)あたりまで行くのだろう、と漠然と想像しているが、基地の外に住宅を借りて住んでいる軍人・軍属のお子さまたちを拾う必要があるからだろう、国道の路線バスの停留所にも停まる、それを待っているお子さま二人・・・「児童福祉施設」職員の「職業病」であろうか(笑)?、「基地反対派」らしからぬ(笑)、卑屈なほどの満面の笑みで、「ハロー」などと返事している自分に苦微笑を禁じ得ない(笑)。でも、この子ヤギお嬢さんは、あっぱれである、人間の「子ども」が、多くの動物にとって「天敵」であるのをちゃんと知・っ・て・いるかのように(笑)、警戒して、出てこようとしない。バスが出発したのを見計らって、もう一度覗き込んでみると、ほら、駆け寄ってきてくれた。ちょっと「勝った」気さえして(笑)、何に?、誇らしい気がしたものさ!さあ、先を急がねば、え、?「先」って、つまり「ゲート前、座り込み」のことね!、またあとから来るからね。その頃は、黒ブタさんも起きているだろう! ![]() 台風「KROVANH」の影響だろう悪天候だから、大事をとって早めに出たのに、また先週と同じく、駐車場には鍵がかかっている。やむなく、北へと車を進めてみると、「工事用ゲート」にはすでに・・・ 「工事用ゲート」にはすでに、警備員さんたちが整列されているではないか?「工事」は進捗していて、だから「搬入」もあるに違いない。どういうわけだ?・・・南向けにとって返し、おそらく「テント」から「ゲート」に、プラカードや折りたたみ椅子をかかえて、徒歩で向かわれているらしい人々が、三々五々、通勤時間の交通量の多い道路脇に車を止めては、片っ端から、尋ねてみた。どうやら、「選挙運動」に全力動員すべく、「現場」は、送迎車の運行も止めて、現地に常駐されている、いわば「基幹部隊」のみでまかなおう、という方針が採用されたらしい。幸いなことに、9年前の高江、「北部訓練場・ジャングル戦闘訓練センター」、ヘリパッド建設の「座り込み」以来の、知り合い、もちろん、お名前も存じ上げないが(笑)、が通りかかってくださり、テント付近に、なんとか一時的に車を停められそうな場所、おっと、これはもちろん(笑)秘密、を教えていただいて、なんとか、事なきを得、二週間連続の「無駄足」は(笑)、避けることができたわけだ。そうだよ、こんな悪天候では、せっかく「やんばる」まで来たとはいえ、「センチメンタル・ジャーニー」どころではないからね。それにしても、こうして初めて、歩いてみて、「テント」、「メインゲート」から、この「工事用ゲート」、「第4ゲート」までの距離の長さが、実感できたね。雨で足元は悪いし、行き過ぎる車たちは、先をいそいでスピードを落とそうともしない、横断するのにもずいぶん待たされる、丁寧に誘導してくださった警備員さんには、もちろん、「極左暴力集団」(笑)らしからぬ?、「満面の笑み」で謝意を表したけどね。最初のコンクリート・ミキサー車が到着する午前9時にも、ちゃんと間に合って、いったん「座り込み」が始まってしまえば、それは「ビジネス・アズ・ユージュアル」、いつもと同じで、特筆すべきことは、そんなに、ない(笑)。でも、こうして、「選挙」向け「根こそぎ動因」だからこそ、普段は裏方仕事に専念されていたベテランの皆さん、その中には、9年前以来、「顔見知り」になった方も何人かいらして、懐かしく、ごあいさつすることもできたし・・・。予定通り、午前10時過ぎには、「搬入」は終了、雨も小やみになって、また徒歩で「テント」方面へ向かう。最後の「第二ゲート」の写真は、そのとき撮影したもの、・・・、その、9年前に逮捕されたとき(笑)、「メインゲート」の内側の芝生のあたりから、手錠をかけられて、両脇を機動隊の人に挟まれて、覆面パトカーの後部座席から、この広大な「基地」の内部、そう、住宅らしきものもあり、「PX」だろうか、ショッピング・センター的なものもあり、一つの「街」を形成している、の様子を垣間見ることができた、・・・、「第2ゲート」のあたりまで連れてこられ、結局は、「軍警」と折り合いがつかず、また「メインゲート」にとって返したのだが、そんな「思い出」(笑)があるから、これもまた、一つの「センチメンタル・ジャーニー」(笑)。・・・歩いている最中、「友達のいない」者には珍しく電話が鳴って、おお、「沖縄労働局・労働基準監督署」の係官の方だった。いよいよ、「調査」を開始していただける運びになったらしく、付加的な質問に、いくつかお答えすることになった。しかし、電話の相手が、「キャンプ・シュワブ」のフェンスにもたれかかりつつ、質問に答えているとは、彼、もちろん、「国家公務員労組」の組合員である可能性も、ある、も、想像されていないだろうな、と思うと、苦微笑を禁じえない、というやつだな(笑)。 ![]() ![]() ![]() キャンプ・シュワブ、第2ゲート ![]() おや?国道沿のベンチのところに、見慣れた「白」と「茶」のまだら模様、犬用リードを着けて休んでおられる。「お散歩」タイムだっのだね。黒ブタさん久し振り、今日は「爆睡」(笑)じゃないよ?! 雨の中を、「工事用ゲート」から歩いて戻ってきたから、少し遅くなった。昼過ぎだから小潮とはいえ、ほぼ満潮、やはり台風の影響だろう、やや荒れている。子ヤギお嬢さんが、お散歩役の女の人と一緒に、戻ってこられたので、このくたびれた老人も、満面の笑みをもってごあいさつ(笑)。子ヤギお嬢さんは、少しお疲れなのか、早々に奥に引っ込まれてしまったが。 ![]() 体長一メートル以上はあろう、この巨大なメガネモチノウオ、私の前でふと立ち止まり、「目が合った」(笑)気がしたのだが?ショッピング・モールのエントランスの「水族館」。 今年は、一年間のブランクを経て、「シュノーケリング」を再開したのだが、「諸般の事情」(笑)って奴もあり、台風だって立て続けに来たりする。「やんばる」からの帰り道、なかなか激しい雨降り、台風24号「KROVANH」、大東島から奄美諸島へ向かっているから、ここ沖縄本島からは200キロばかりの距離があろう、の影響だろうな、そんな訳で、屋内で、しかもお金のかからない「見物」と言えば?、と思い立ったのだ。「引っ越し」準備で、魚類図鑑どこかに片付けてしまったから、キャプションはうろ覚えだ、あとから調べなおして訂正しよう。・・・この、南洋の最大種と言われるメガネモチノウオ(ベラ科)、私は、海の中でお会いしたことがある。もちろん、「同一人物」であるはずもなかろうが(笑)、何かその温厚な眼差しで、「懐かしそう」な表情をしてくださった気がしたので・・・。このショッピング・モール、その名も「ライカム」と言う。すぐ前の交差点、国土交通省・沖縄総合事務局設置の道路標識にも「ライカムRYCOM」とある、さて問題です(笑)、名付けの由来は?・・・現在はもう少し南の瑞慶覧(ずけらん)、キャンプ・フォスターに、駐留米軍総司令部があるが、沖縄戦に引き続く、占領当初は、ここがそれだった、つまり、「Ryukyu Command」の略称なのである。私が当地に暮らし始めた頃はすでに、「司令部」は移転していて、軍人専用のゴルフ場だった。米軍基地にはよくあることだが、広い敷地の真ん中だけが使用されて、周りはほとんど手つかずの藪になっていて、夕刻の「トワイライト・ソング」の時刻ともなれば、ヒヨドリ、シロガシラ、以上ヒヨドリ科、メジロ(メジロ科)、シジュウカラ(シジュウカラ科)などなど、おびただしい数の鳥の声が聞こえたものだった。「基地反対派」としては、「返還」を喜ぶべきなのだが、ま、ちょっと複雑な気持ちではあったな。 ![]() 「飼育係」(笑)が朝5時半に出かけると同時に「檻」に押し込められ、帰ってきたのが午後3時、そりゃお腹すいたよね、ごめんごめん。あちこちのスーパーで「見切り品」小松菜、大量入荷(笑)。 ![]() セスジツユムシなのか?ササキリなのか?キリギリス科のものと思うが、帰ってから昆虫図鑑で調べよう。「出発」前の朝まだき、駐車場、隣の車のドアで、お休み中。 ![]() 「イッツ・ア・グッド・サイン/それは、良い徴だよ!」、雨が上がって、嘘のような(笑)青空、そして前方に、虹。で、また、「昔ばなし」が、始まる。 今を去る四半世紀前(笑)、「沖縄サミット」の日程が終了し、会場は名護市西海岸の部瀬名(ブセナ)だったから、「やんばる」一帯のリゾート・ホテルのことごとくが、全国動員された警察機動隊員の宿舎どなっていたのだが、彼らもまた撤収し始め、長らく続いた高速道路の通行規制、一般道、数キロごとに設置された検問所も解除、きっと、「占領軍」が撤退するというのはこんな感じだろうか?と思わせるような、「解放感」漂う一日、私たち、運転手の私と、助手席には、諸々の抗議行動、要請行動に参加すべく、長期滞在されていた、ハワイ大学の大学院生、ハーフ・オキナワンのP君、は、名護市東海岸へ向かっていた。今日と同じような、激しい驟雨に何度も見舞われ、でも、着いたときには、大浦湾を囲むように、大きな虹がかかっていたのだ。P君が、「これは、グッド・サインだよ」と言ったのを、今でも思い出す。 それからの25年間の諸々の出来事に徴し、果たして、その「予想」は当たったのか?、本当に「グッド・サイン」だったのか?、などという、言わば無粋な(笑)判断は、読者の皆さんにお任せする(笑)。 「虹」と言えば、「サムホェア・オーバー・ザ・レインボー」、同じ年の少しあと、名護での国際平和会議に参加された、米海軍射爆場に対する「非暴力直接行動」の「教科書」とも言うべき抵抗運動が世界の耳目を集めていた、カリブ海、米連邦プエルトリコの離れ小島、ビエケス島からのお客人の、運転手を務めた。彼女の本職は「ジャス・シンガー」、きまじめな「活動家」風とはぜんぜん異なって、「オー、ラリー、ラリー!(『集会』、『集会』ばっかりでうんざりよ!)」、なんて、「ラテン系」らしい大げさな身振りで、肩をすくめて見せてくれるような人だった。首里、龍潭池の近くの食堂、店内の有線放送で、たまたま、「サムホェア・オーバー・ザ・レインボー」が流れて来ると、「いなむどぅち」・・・「猪・もどき」であって、豚肉、こんにゃく等の味噌汁・・・を上手につまんでいた箸をとめて、彼女は、少し遠い目をして、「これ、私が初めて歌った『ボサノバ』だったのよ!」と語ってくれ、少し低い、パンチの効いた声で、口ずさんでくれたのだ。今でも、YouTubeなんかで、この曲の「ボサノバ」風アレンジのものを探してみるのだが、あまり、気持ちにフィットしそうなものがみつからない(笑)。・・・「オズの魔法使い」を廉価版DVDで観たのはずっとあと、この作品で子役としてデヴューした、ジュディ・ガーランドは、「躁うつ病」を病み、薬物過剰摂取で亡くなる。彼女はまた、ベトナム反戦運動、公民権運動の、勤勉な活動家でもあったという・・・。 ![]() また、黄色いスクールバス待ちのお子さまたち、でもちょっと「シャイ」なようで(笑)「ハロー」なんて言わずに、子ヤギお嬢さんが私の手を舐めているのを、じっと見つめてる。だから、ヤギさんも安心してる(笑)。 ![]() 本日も昨日同様、「送迎」サービス(笑)はないから、「自力」で「現場」へ。代わり映えしないが、打って変わったいい天気だし、「メインゲート」、「工事用ゲート」間を、往復してみただけ(笑)。 そして、徒歩で「ゲート」へ向かう間の、いくつかのスナップ写真、昨日とほとんど同じにしか見えないが(笑)、先頭のコンクリート・ミキサー車が到着したところ、更に、これまたいつもと「寸分違わぬ」ルーチン・ワーク、「規制」によって排除された後、機動隊員の皆さんの足元の隙間から、「仰角撮影」した(笑)、「搬入」風景・・・。 ・・・ ジークムント・フロイト「夢判断」の冒頭近くだったんじゃなかったかな?、夢の中では、しばしば「一人称」と「二人称」の混同が生じる、夢の中で他ならぬ「自分」が非難し攻撃している相手が、実は「自分」であったり、逆に、攻撃されていると感じている当の「自分」が、実は相手のことであったり・・・自分から殴っておいて、誰それに「殴られた」と訴える子供の例も引かれていたと思うが、これは、「児童福祉施設」職員(笑)にとっては、ごくありふれた光景だ。自分の落ち度であるかもしれない事情から、よからぬ結果が生じたときに、「こんな事になってしまったのは、ぜんぶ、あいつのせいだ!」と、言わば罪をなすりつける性向を「他罪性」と呼ぶらしいが、これも、諸個人の性格の欠陥であるよりは、私たちの、つまり「ヒト」と言う種が、「言語」を獲得する過程での、「進化論」上の、一つのエラー、「バグ」、だったのでは?、それこそ、「一人称」と「二人称」が、極めて混・同・さ・れ・や・す・い・ままに構築されてしまった「言語」というソフトウェアそのものにあらかじめ組み込まれてしまっていた欠陥だったのでは?、などと考えてみる。「考えてみ」なければな・ら・な・い・と強迫されているのはもちろん(笑)、そうでもなければ、このような「他罪」の事例に、「世界」があまりにも満ち溢れている事態を説明できず、またしてもそれを誰か「他者」の「性格」に帰してしまうという、「他罪」に落ち込んでしまう、という堂々巡り、無限ループを回避したい、という「願望」に過ぎないのかもしれないけれど。 「モラハラ/モラル・ハラスメント」という言葉の意味が、よくわからなかった、いや、今でもよくわからない・・・慌ててwikipediaを引いてみると、「harcèlement moral」、フランスの学者が提唱したから、フランス語なんだ、・・・、私は語感から、「道徳的」な観点からなされた、「道徳」を言わば「傘に着た」、それこそ「パターナリスティック」な「上から目線」の嫌がらせ、みたいなものか、と理解していたが、どうもそうではないらしい、「モラル」なるフランス語なり英語は、「道徳的な」と言うより「道徳上の」と解するべきかもしれない、挙げられている事例から判断すれば、多くはひどく「道徳性」を欠いた、言わば「不道徳」な言葉か多用されるようだから。 他ならぬ私が受けている攻撃が、「それ、『モラハラ』ですよ!」と、「職場」の同僚が指摘してくださって、彼女もまた、かつて、別の人から同様の加害を受けた経験があるらしいことはうかがっていたから、初めてこんなことを考えてみることになり、それこそ、こっそり(笑)wikipediaに問い合わせてみることにもなった。 ある人が、「私」を嫌い、憎悪しており、事あるごとに、執拗に攻撃を仕掛けてくる、それが、かつて「私」が彼/彼女になした「罪」、「不義理」に対する、「報復」だというのなら、まだ分かる。いや、思い出せないだけかもしれないが、過去にそんな害をなした記憶が、まったく思いつかないにも関わらず、・・・いやむしろ、過去に害を受けたのは、こっち、「私」の方ではないのか?、と思い至って、上述のフロイトの議論を思い出した。・・・「個人心理学」を「集団心理学」へと敷衍する、「種」の「系統発生」を、「個体」発生のアナロジーで捉える、のは、もちろん危うい議論ではあるが、わがフロイト先生が(笑)しばしば採用される「手口」なので、私も安んじて真似してみるが、・・・「迫害者」の集団が、「被迫害者」の集団を、迫害する、「差別者」の集団が、「被差別者」の集団を差別する、どうして、そんなことをするのか?、と問われても、いや、かつて「迫害」したから、かつて「差別」したから、・・・決して「迫害」さ・れ・た・、「差別」さ・れ・た・、ではない、・・・という答えしか、返ってこない、という事態は、人類史を瞥見してみれば、枚挙にいとまがない。 どうして〇〇するのか? いや、〇〇し・た・からだ(〇〇さ・れ・た・、からではない)。 これは「トートロジー/同義反復」であって、まさに、言っても構わないが、言う「意味」がない言説であろう。・・・自らの「加害」の事実を、「被害」にすり替える心的メカニズムは、「加害」の記憶によって喚起された「罪悪感」の「昇華」、「躁的防衛」として、容易に理解できる。自らに「罪悪感」を喚起してしまいかねないがゆえに、「被害者」の存在そのものを「憎悪」するに至る機制も。 wikipedia記事には、「モラハラ」を行いやすい「性格類型」、「モラハラ」を受けやすい「性格類型」とやらが、失礼だが得・意・そ・う・に・列挙されていて、前者の記述が、「自己愛性人格障害」の記述と、ほとんど重なっていたとしても、後者のそれが、「他罪性」とは逆の、あるいは「愛着障害」に根ざす「自己処罰性」の強すぎる類型、として描かれていて、まさにそ・の・通・り・だったとしても、私には、そのような議論を受け入れることができない。受け入れることができないのは、そのような議論が、なんらの「理解」ももたらさないからだ。「世の中」には「悪い奴」と「よい奴」がいるのよ!、と言われても、ちっとも嬉しくないのは(笑)、私が「博愛主義者」だからでも、「寛容」だからでもなく、そうやって、また一つ、自分から「他罪」を積み重ねてしまうのが、居心地が悪い、という、言わば(笑)「快楽原則」、に過ぎない。 ![]() 水の豊かな河口デルタ、当地の米は「二期作」が一般のようで、ならばこれらの水田は、二期目の田植えがすんだところか?・・・スマホ・カメラでは鮮明ではないが、冬の渡り鳥二種。 カメラが長らく壊れてしまっているし、「お仕事」(笑)をめぐる諸々の「心労」(笑)などもあって、「バード・ウォッチャー」の知識も、薄れつつあるが、それでも、こんな小さな鳥影を、遠目に見ただけで、すぐにいくつかの名前が思い浮かぶと、それだけでココロ弾む(笑)。セイタカシギ(セイタカシギ科)と、アオアシシギシギ科)と思う。どちらも、秋と春、「渡り」の始まりと終わりの時期によく見かけるから、当地で越冬するのではなく、もっと南へ向かう、あるいは帰ってくるときに、一時的に、休息をとっている「旅鳥」かも知れない。九州の南端からここまで、それこそ「飛び石」のように続く島々が、ここ沖縄本島で途切れ、次の、宮古・八重山まで、300キロに及ぶ、島影一つ見えない「絶海」だから、渡り鳥たちにとっても最大の「難所」、ゆっくり休息をとる必要があるのだろう。 「やんばる」の南端に当たる億首川、緩やかに流れる広い河口はすでに、この島の北部を特徴づける「高島地形」、豊かなマングローブ植生を擁するこの川の河口域は、かつては米軍「ギンバル演習場」、「銀原」と書いて、「ギンバル」と読む、返還後は、「田芋(たーんむ)」と呼ばれる、サトイモ科サトイモの一品種の水耕栽培、の一大産地となったようで、そんな風に、川があり、水を湛えた田が広がっていれば、当然にも、数多の水鳥を引き寄せることになる。少し南には、しかし、米軍「ブルービーチ」が残っているから、しばしば軍用ヘリコプターが飛来して、のどかな静寂を破ってしまいもする。 ![]() もう九月の声を聞いたし、台風通過後は気温も下がる。過ごしやすくなったからだろうか、今日の黒ブタさんはなかなか活発である。子ヤギお嬢さんは「甘噛(あまがみ)」と言う作法を習得してくださったようだ(笑)。 ![]() まあ、こんなところでお会いできるなんて!ちょっとくたびれてるみたいだけど、なんとか元気そうでよかった。ああ、私のこと覚えてくれてたのね!嬉しい。またこ・っ・そ・り・会いに来るからね! ![]() この島で、一番ありふれた花と、一番ありふれた蝶(笑)。夏の初めに登場するのに、気づかないなんてことは、今までなかった、あんたも、よほど「心労」を抱えていたのね(笑)・・・。 花の方、タチアワユキセンダングサは、いわゆる「外来種」、米軍占領時代、植物検疫なども緩かったのであろう、多くのものが持ち込まれ、この島の景観を大きく変えてしまうことになった。例えば、柳田國男「海南小記」などを読んでも、植物に詳しい著者が、なんら触れていないことが、この植物の移入が、そう古くないことの反証になる。今では、圧倒的な優占種で、同じく白い舌状花のキク科植物、ヒメジョオンやインドヨメナなんかを見つけると、ほっとするくらいだ(笑)。春菊にも似た少し苦味があるらしく、食用にもできるらしい、やってみたことないけど・・・そう、うちのニワトリさんたちも、よく食べてくれたものだ。 蝶の話に移ると、カバマダラ(マダラチョウ科)は、南西諸島固有種、子供の頃から、昆虫図鑑が愛読書という、今の世ならば、様々な「病名」を授けられてしまっただろう暗い子供だったから、写真でしか見ることのできない、その、鮮やかな、いかにも「南国」を表象するようなデザインに、多分、憧れていたはず。もちろん、後年、そんな島に自分が住むことになろうなんて、想像すらしていなかったけどね。トウワタ(ガガイモ科)という、これまた南国的な派手な色彩の有毒植物を食草とし、体内に「毒」を蓄える耐性が獲得されている。そのことが、鳥類などによる捕食を、忌避させる、というメリットがあることから、いくつかの蝶が、これに「擬態」して、自らは「毒」を蓄えるリスクを負わずに、かつ、食害を避けるというベネフィットのみを利用することとなった。スミレを食草とするツマグロヒョウモン(タテハチョウ科)もそのひとつ、・・・、毎年、カバマダラより、少し早くツマグロヒョウモンが飛び始める、ということは覚えていたし、「職場」の庭のリュウキュウシロスミレが咲いていたところで、見かけたこともある。でも、カバマダラがいつ頃登場したかは、今年は、とんと記憶にない(笑)、撮影できたのも、今日が初めて。「カバマダラ/ツマグロヒョウモン」擬態問題には、謎が多々あって、話せば長いのだが、今日は、やめておく(笑)。 ・・・ 参考文献(笑):「夏の風物詩」セッカにまつわる思い出話、シオマネキのハサミの「非対称性」に関するうんちく、毎度おなじみの、「トウワタ、カバマダラ、ツマグロヒョウモン」問題、そもそも、「毒」とは何か?という根源的な(笑)問い、とか ![]() 水豊かな「やんばる」南縁の河口デルタ、「二期作」の水田、「田芋(たーんむ)」、サトイモ水耕栽培地帯。さらに「南」へと旅を続ける途中と思われる、「冬鳥」のご一行様。 ![]() うちの猫たちと同じで(笑)、毎日一緒にいるのが当たり前になってくると、特に「撮影」しなければならない、と急き立てられることもなくなってきたな(笑)。 ![]() 「白たてがみ」さんの姿が、ずっと見えないのだけれど(泣)、・・・、「サヨナラだけが、人生だ」と、言うからね、「服喪」の身振りとしての「抑鬱」、そして「忘却」を待つより他はないのだからね。 ![]() さる事情で(笑)、毎日、遊水池の遊歩道を、端から端まで歩くことになった。だから、特に珍しいものでもないが、沿道の花たちを撮ってみることにしたまで。 「南蛮皁莢(皂莢)」と書いて、「ナンバンサイカチ」と読む。英名「ゴールデン・シャワー」、やがて巨大な鞘豆を実らせる。クロッカス、その雄しべを乾燥させたものが、香辛料「サフラン」。ランタナ、栽培植物の逸出品、と言われる。アキノノゲシ、当地では、ノゲシ(ハルノノゲシ)も、このアキノノゲシも、ほぼ年中咲く、でも、そうか、今はもう「秋」なんだから、別に咲いてもおかしくはないんだ(笑)。フェンスに絡みついた、タイワンクズ(マメ科)が、まもなく、花をつけるだろう、楽しみに待とう。 ![]() ナンバンサイカチ(マメ科) ![]() 昨日は、下ばかり向いていたから気づかなかったのかな(笑)?、フェンスにうっそうと絡みついたタイワンクズ(マメ科)、ほら、咲き始めている。辺り一面に漂うその香りは、お伝え出来ないが(笑)。 ![]() ![]() タイワンクズ(マメ科) ![]() 日差しも少しは和らいできたからかな?、前回より元気そうじゃないか?、よかった、よかった。ごはんとおやつ、持ってきたから、たっぷり、食べてくれたまえ! ![]() 「お仕事」前に、ちょっと時間が余ってしまったので、前に、「送迎」中、お子さまの一人が見つけてくれた「山羊小屋」を、表敬訪問(笑)。 ![]() ヒルザキツキミソウ、と、タイワンハネナガイナゴ・・・前者は、「お弁当」買いに来たお店の前の歩道。後者は、すでに夕刻の海岸。 ![]() ヒルザキツキミソウ(アカバナ科) ![]() 月を見るのは、もう、二週間近く前、旧暦六月の「下弦」のころ以来。夜空に月を探す「習慣」さえ忘れていたかも。前半は海辺、冬鳥チュウシャクシギ(シギ科)の声、後半は、ショッピングモールの駐車場。 ![]() 今夜も雲が多い。手振れではみ出してしまうのを恐れて、小さめに撮る、いや、小さ過ぎるんじゃと、また大きくする、優柔不断なことで(笑)。旧暦七月六日の月、月の入三時間前から一時間前。 ![]() 台風「SAUDEL」接近で「旧盆」の月はほとんど見れず、低気圧に弱い(笑)鬱病患者は、寝込んでいたし。だから遅くなったが、旧暦七月九日の月、南中。 ![]() 諸々の事情で、「月を愛でる」ココロの余裕もなかったのであろう(笑)、いつ撮ったのかもあまり覚えていない、旧暦七月十一日の月、南中。 ![]() 明日からの「旧盆」三日間、「十三夜/ウンケー(お迎え)」、「待宵/ナカヌヒ(中の日)」、「望/ウークイ(お送り)」の月は、台風「SAUDEL」接近で、見れないだろうね。旧暦七月十二日の月。 ![]() 「旧盆」最終日「ウークイ(お送り)」、夜半、大潮干潮の干瀬を、サトウキビの茎の杖をついて、海の向こうの「ニライカナイ」へと、数多の「死者たち」が帰って行く、その足元を照らし出してくれるのが、この月。 ![]() 「旧盆」三日間が明けた翌日、旧暦七月十六日の月、「十六夜(いざよい)」、南中二時間後。この後、寝過ごしてしまったのだが(笑)、全天雲に覆われ始めたようで、いずれにせよ「有明」を見ることは出来なかった。 ![]() 台風「Saudel」の余波だったのか、荒れ模様の天気もようやく去って、今夜は一晩中、ほぼ晴れ。旧暦七月十四日の月「立待」、気が付いたら夜半過ぎ、すでにうさぎさんは倒立(笑)。 ![]() 昇る頃は、きっと晴れていたはずだが、寝過ごした(笑)、夜半から明け方「有明」までの、旧暦七月十八日の月「居待」。 ![]() 夜半は雨模様、だが、明け方には、「有明」、すでにうさぎさんのお耳は隠れはじめた、旧暦七月十九日の月「臥待」。 ![]() オオハマボウ(アオイ科)・落花 ![]() ハイビスカス(アオイ科) ![]() ナガマルコガネグモ(コガネグモ科) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2026.09.09 09:45:20
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