カテゴリ:雑感
子供同士が仲がよくて、お母さん同士もたまたま波長が合ったりすると、ママ友、というのになるらしい。ママ友になれば、同じ境遇同士、色んなことも相談できるし、たまにはコドモをあずかったり預けたりとか言うこともあるようだ。コドモが一人ぼっちで孤立しないために、うまく ママ友を作る人もいるらしい。 さて、とあるトピックで、そのママ友の件がでていた。Aさんは実家が近くにあり、Bさんは遠方に実家がある。今までもたまには Aさん、Bさんのあいだで緊急の場合、コドモを預けたりしていたらしい。ただし、いつも預けるのはBさんだけで、Aさんは実家に預けるので、Bさんに預けたことは なかったというのだ。 まあ ここまでだったら、よくある話なんだろうが、Aさんが、実家をBさんに教えてしまったことから問題が浮上した。 ちょっと ふつうでは考えられないのだが、なんと このBさん、Aさん実家を勝手に探し出し、Aさんのお母さんに子供を預けたという。 挙句、Aさんは実家がちかくていいわね~今度、うちの子といっしょにあずかったもらって、ランチに行こう!などと言い出す始末らしい。 さて、その件に関して色んな意見が出ていたが、大半は、「Bさんって何者!」だった。 そして 保護責任がかかることなどを指摘して友情が破綻してもきちんと断るべきは 断るように皆がみんな勧めていた。 まあ もっともだと思う。 コドモがいると実感するのが、周りにほんとうに助けてくれる人がいるのと いないのでは天国と地獄くらい差がある。 コドモ1人ならともかく、二人、三人となると・・・・いくら母親業に徹していてもたまには悲鳴を上げたくなることも事実だ。 今はお金を出せば、一時預かりをしてくれる保育園もあるし(認可、無認可を問わず。)ベビーシッターも派遣してもらえる。 結局他人の好意にただ依存するだけというのは、ヤッパリ自己中心的な行動なんじゃないかと思う。 世のなかにはそんな金銭的余裕がない人だっているということだってあるだろう。 それならそれで、ヤッパリ自分の子育てなのだから、いざというときどうするか、を考えておくべきだと思う。 そして 選択肢は多ければ多いほどいい。 公共サービスも予めよく研究しておくべきだと思う。 私が小さい頃、3歳から5歳くらいまでだが、一階が大家さんで、二階に私たちの家を借りていた事があった。 私は よく1人で留守番をしていたが、 どうしても一つだけ、苦手なものがあった。 それは 二階のトイレだった。まだ ぼっとん式のトイレだったから、下を見ると くらくてながーい穴が開いていて、落っこちたらどうしようとトイレをガマンするくらいだった。 なので、トイレの為にたまに下の大家のおじいちゃんおばあちゃんの トイレを借りていた。 優しく暖かい大家さんは、トイレの為に来た私の世話をしてくれ、たまには花札で遊んでくれた。トイレだけ済ませて、また二階に1人で帰っていったこともよくあった。 お二階には自分の部屋が在って、私は そこにずううっと 篭るようにおとなしく母の帰りを待っていた。 そんなことをつらつら考えながら、うちの母は、家を見つけるとき、私のことも考えて見つけたんだろうなと思った。 さっきのB子さんだが、どういう気持でAさんのお母さんにまで、子供を預けたのか、それは わからない。だが、自分の行動が相手にどう受け取られるか、それは 常に考えなくては ならないと思う。 そして わたし自身も、気がつかないうちに、自分の都合を相手にだけ押し付けているかも知れない。 今回の記事をみていろいろと考えてしまった お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007年11月05日 03時19分13秒
コメント(0) | コメントを書く
[雑感] カテゴリの最新記事
|
|