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森へ行こう(心とからだと子育てと)

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森の声

森の声

2024.02.05
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カテゴリ:カテゴリ未分類
「つながりを大切にしよう」というようなスローガンは色々なところで聞きます。
でもだからといって、「じゃあ、つながりってなあに?」と聞かれて明確に説明できる人は多くないと思います。
皆さんは、このスローガンを読んだ子に「つながりってなあに?」と聞かれて、子どもが理解出来るように答えることが出来ますか。難しいですよね。なぜなら「つながり」は目で見ることが出来ないからです。
そう、「つながり」は目で見ることが出来ないのです。

宇宙の全ての物質は重力という働きでつながっていますが、このつながりは目に見えません。
物理法則も目に見えません。だから、「見えるもの」の動きを通して「見えない法則」を発見してきたのです。

私達は地球や他の生命とつながって生きていますが、このつながりも見えません。
親と子もつながっていますが、このつながりも見えません。
心とからだもつながっていますが、このつながりも見えません。
“昨日の私”と“今日の私”もつながっています。地球と月と太陽もつながっています。
でもその「つながり」も見ることは出来ません。

全ての存在はつながり合い、支え合っているからこそ存在することが出来るのですが、私たちには「存在しているもの」は見ることが出来ても、「存在を支えているもの」を観ることは出来ないのです。だから、それを説明するために様々な神話や物語が生まれたのです。

でもだから、見えるものばかりを見て、見えるものだけを信じて、見えるものだけで物事を考えている人には真実は見えないのです。
「見えるもの」しか見ようとしない人はただ流されるばかりです。「目で見ることが出来る存在」は常に変化し流転しているからです。

私達はつながりという大きな流れの中で生きています。ですから、その流れを見ることが出来る人はそのつながりをたどって、行きたいところに行くことが出来ます。でも、そのつながりを見ることが出来ない人は、常に変化している「見えるもの」に振り回されることになります。そして迷子になります。

私は若い頃石膏デッサンをやっていました。初めて石膏デッサンをやったとき、世の中にこんな面白いことがあったのかと思うくらいのめり込んでしまいました。
そこで気付いたのが「見えるものを見たとおりに描くだけでは見えるように描けない」ということでした。
見えるものを見たとおりに描けば写真のようには描くことが出来るでしょう。でも、私たちが実際に見ているようには描けないのです。
なぜなら絵の世界は二次元ですが、私たちが見ている世界は三次元だからです。もっといえば四次元です。私たちは、時間の流れまでを加味して物事を見ているのです。

初心者は一生懸命に見て、一生懸命に似せようとするのですが、それでは似てこないのです。どんなにそっくりに描いても「存在」が現れないのです。
私が理解した石膏デッサンは、目で見た通りに描くことではなく、「自分と対峙して存在しているものに対して自分が感じた存在感」を描くことでした。

そのためには石膏が存在していない空間から描き始めるのです。目に見えるものだけを描くのではなく、そのものが存在することによって切り取っている空間も同時に描くのです。
直接石膏を描かなくても、その存在を支えている空間を描くことで石膏が現れてくるのです。これはつまり、空間の関係性を繋いでいけば存在が立ち現れると言うことです。無が存在を支えているのです。
特に、水墨画などはそのような描き方を得意にしています。

でも子どもは、この目では見ることが出来ない空間を描くことが出来ません。そして、目で見ることが出来る物だけを描こうとします。だから子どもに写生をさせるとバラバラな感じになってしまうのです。
でも、これは抽象的な思考能力とつながっていますから、そういうことを思春期前の子どもに期待しても無理なのです。
また、大人でも絵が下手な人はこの空間を描くことが出来ません。これは写真のように描く能力とは関係がありません。ピカソの絵は対象と全く似ていません。でも人を感動させることが出来ます。ぐりとぐらの絵本の絵は子どもの絵のようです。誰にでも描けそうな絵ですが、あの空間は素人には描けません。

私達は普通に音楽を聴いています。でも、実際には音は存在していますが“音楽”などどこにも存在していません。心の働きが音と音をつなげることで心の中に音楽が現れるのです。音楽は機械で計ることは出来ないのです。私達は存在していない音楽を聴き、楽しんでいるのです。

神様も同じように出現します。だから神様の存在証明は出来ないのです。神様はつながりの中に存在しているのです。だからつながりを作ることも、つながりを消すことも出来るわけです。それが神様の働きなのです。ですから、つながりを見ることが出来ない人は神様を感じることは出来ません。神様は音楽に似ているのです。

言葉も同じです。そして、自閉症の子はこの音と音とをつなげる能力が弱いようです。だから音は聞こえても言葉として聞くことが困難なのです。
自閉症の子がイメージすることが苦手なのも同じです。つなげる働きが弱いのです。私達が自閉症の子の行動に違和感を感じるのは、逆に言えば、私達が普段から目に見えないつながりの中でものを見て感じているということに他ならないのです。でも、ほとんどの人がその事に気付いていません。

私達がミカンを見て、ミカンだと認識出来るのも、脳が目から入ってきた色や形などを手がかりに、それまでにため込んできたデータとつなぎ合わせているからです。私達は色や形を見ているだけなのです。脳がそれをミカンに変換しているのです。

思春期前の子どもたちはそのつなげる働きを育てています。だから、空想することや物語やお話しが大好きなんです。そして、心の中で色々なものをつなげて遊んでいます。それが脳の神経回路の形成につながっているのです。

真実は“存在しているところ”にはなくて、“存在しているところ”と〝存在しているところ〟の間、つまり“存在していないところ”にあるのです。
ですから子どもに目に見える結果ばかりを求めないで下さい。何もしていない時間を大切にしてあげて下さい。大人の目には意味がないようなことに夢中になっている子は、心の中で、何かと何かをつなげて楽しんでいるのです。





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Last updated  2024.02.05 09:21:13
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