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カテゴリ:日替わり日記
参加している詩のグループの会報に書いたものです。 * こんな田舎町に不似合いなスクランブル交差点の真ん中を、腰を九〇度ほどにもおり曲げたおばあさんがゆっくりゆっくりと重そうな荷物をぶら下げて歩いている。 ちょうど真ん中へんにやってきたとき、おばあさんはふらふらっと荷物を置いて腰を伸ばした。向こう側にたどりつく前に信号が変わってしまわないかとぼくは、はらはら見ていた。案の定おばあさんがまた歩き始めたときに歩行者信号が点滅しだした。ぼくはしかたなく、そこにかけ寄った。 「ねえ、その荷物持ってあけるよ」 「そりゃあすまないねえ」 おばあさんは遠慮もせずに、ぼくに荷物を押しつけた。 荷物をもって二、三歩歩いただけで、おばあさんがよたよた歩いていたわけがわかった。荷物が重い。おばあさんをは腰を伸ばして、スタスタ歩きだした。道路をわたって歩道を渡りきると、ぼくの腕は伸びきってへとへとだった。 「もうちょい先まで運んでもらえると大助かりなんだけど…」 おばあさんがぼくにそう言った。たしかにこんな重いものをおばあさんに返すのはかわいそうに思って、がまんして、もってあげることにした。だけど本当に、五十メートルも行かないうちに目的地についた。 「ありがとう、助かったよ。何かお礼をしなきゃあいけないねえ」おばあさんが口にした。ぼくの頭の中に、缶ジュースかアイスクリームが浮かんでは消えた。 「ちょいとお待ち」。 おばあさんはぼくに持たせた荷物の包みをほどいた。中に入っていたのは手提げ金庫だった。重い筈だ、ぼくはどっと疲れた。でも待てよ、ってことはもしかしたら、このおばあさんは大金持ちなのかも。 ところが金庫の中は空っぽで、そこからコインの形をしたクッキーを取り出すと、そのうちの一枚をぼくにくれた。 「時間が手に入いるクッキーだよ」 ぼくはそれを見てがっかりした。時間を手に入れるためのクッキーだったら、おばあさんはなぜ自分で食べないんだ。 「いいよ。ぼく、時間なんていらないよ。いまもっている時間だってもてあましているくらいだから…」 「そう言わすに持っておゆき。いつか役に立つだろうから」 ぼくはそのクッキーをポケットに入れたまましばらく忘れていた。 それを今日になって思い出しだのは公園であのおじいさんに会ったからだ。 おじいさんはトラ模様の犬を連れて、ベンチに座っていた。ぼくはその犬がウチの犬に似ていたものだから、ついつい頭を撫でちゃった。 「ぼくは元気そうだねえ。いいなあ、若くってさ」 おじいさんはやさしい目をして笑った。 「おじいさんだって元気じゃない、そんなに歳には見えないよ」 「お世辞をありがとう、でもわしはこれからやりたいことがたくさんできるほど、若くないもんなぁ」 おじいさんは犬の頭を撫でながら、さびしそうに言った。 「なにか、やりたいこと、あるの」 「わしは昔、カメラマンになりたかったんだ。でも、いつかと思っているうちにあっというまにこの歳になっちまったよ」 「おじいさんやりなおしたら。そうすればきっとうまく行くよ」 ぼくはあのクッキーを思い出して、おじいさんに渡した。 「これをあげるよ。これを食べたら、若返るっそうだよ」 ぼんやりしているおじいさんを残して、ぼくは家へ帰った。アルプスを染めた夕映えがきれいだった。 それから何日かしてぼくのクラスに転入生がやってきた。小柄で元気な少年で、松村くんと言った。中学生なのにいつもカメラを持ち歩いている。その子が、ぼくと二人っきりになったとき、小さな声で言ったんだ。 「この問はありがとう。おかけで、ぼくもやりなおすことができる」 ぼくは、驚いて松村くんの顔をまじまじと見た。それであのクッキーをあげたおじいさんではないかと思い出した。 それから、いつもきれいな写真を撮っては自慢げな松村くんを見るたびに、ちょっぴり後悔している。もしかしたら、ぼくがあのクッキーを欲しくなるときがくるんじやないかって……。それで、もういちどあのおばあさんに会ってお願いしようと思ったとき、目が覚めたんだ。そしたら、僕があのおじいさんとそんなに変わらない歳になっていたってことに気づいたんだ。あ、れれれ…。 やっぱり、ぼくは後悔している…、かな。 こんな日記でも応援しているよという方は、 [Ctrl]を押しながら、左右クリックしてください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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