おばさんの家
「赤ちゃん、かわいかったでしょ?」と、静子ちゃんがつぶらな目でよっちゃんの顔を覗き込みながら聞くので、 よっちゃんは、「うん、とても小さかったよ。」と答えました。「いいなあ、私も弟か妹がほしいなあ。」よっちゃんには、お姉さんがいる静子ちゃんの方がうらやましいです。静子ちゃんのおねえさんは、髪を三つ編みにしていつもかわいいリボンをつけています。色が白くて 唇がぷっくりしていて、そのさくらんぼのような口元が、よっちゃんにはとても好ましく感じられるのです。 静子ちゃんと家の前で別れると、寄り道せずに神社の前を通り過ぎます。 今日は土曜日で、村田のおばさんのお家でお昼ご飯を食べることになっているので 、すこしだけ急ぎ足になります。踏切に差しかかると、ちょうど遮断機が降りて急行列車が風を切って通り過ぎました。線路脇の砂利道に咲いているピンクのコスモスが風に巻かれていっせいに揺れてます。 よっちゃんの住む家は、踏切を渡って左に曲がりますが、村田のおばさんの家は、金物屋さんや八百屋さんが並ぶ道をまっすぐ進み、右に折れて狭い路地に入ります。この道は雨が降るとぬかるんで、靴がどろんこになるので、雨の日には行きたくありません。 今日はよく晴れてお日様が真上から照り付け、泥道も乾いているので安心です。狭い路地の両側に、同じような黒い家がずらっと建っています。おばさんの家は路地の真ん中あたりにあり、玄関の両側に木の塀があるので、外側からは中が見えません。 ガラガラと戸を引いて中に入り、暗くひんやり湿った土間を通ってお勝手に行くと、 「よっちゃんお帰り。ちょうど今できたところだよ。」おばさんはガラガラ声で言いながら、大きなガラス鉢にたっぷりと入れた素麺をちゃぶ台の真ん中にどんと置きました。すると、ふすまの向こうから康男ちゃんがするっと出てきました。康夫ちゃんはこの家の末っ子で、4年生です。よっちゃんと一番年が近いけど、無口であまりしゃべりません。 おばさんに、「よっちゃんと遊んであげなさい。」と言われると仕方なさそうに、 隣の部屋に連れて行ってくれました。そこは、上のお兄さんの勝ちゃんの部屋で、壁には橋幸夫のポスターが張られ、レコードが何枚も置いてありました。「黙って入って怒られない?」 よっちゃんが尋ねると 、「夕方まで仕事で帰らないから。」 と、言ったきり部屋を出て行ってしまいました。 『 勝ちゃんは橋幸夫のどこが好きなのかな?』橋幸夫の目は一重まぶたで細いし、よっちゃんはあまり好きではありません。西郷輝彦の方が素敵だと思ってます。レコードのジャケットのどれを見ても、やっぱり同じです。 つまらなくなって勝ちゃんの部屋を出て、庭に面する縁側に行ってみました。セミの鳴き声が聞こえます。庭に一本だけある木のどこかにいるのでしょう。でこぼこした板張りに座ってぼんやりしていたら、背中の方で、ボーンボーンボーンと時計の音が鳴りました。驚いて後ろを振り返ると 、部屋の中はうす暗くはっきり見えない中で、箪笥の上にある仏壇の中の金色が目にとまりました。早くに亡くなった康夫ちゃんたちのお父さんのお位牌です。よっちゃんは、一度も会ったことがありません。いつごろ、なぜ、亡くなったのかも 知りません。よっちゃんが村田の家の人たちと顔を合わせるようになったのは、よっちゃんがこの町に連れてこられ幼稚園に入園し、しばらくしてからのことです。おばさんとお父さんはいとこ同士なので、ずっと昔からの知り合いです。 お勝手の方で、おとなの話す声がしています。畳の上をばたばた走って行くと、そこに お父さんがブドウの入った袋を下げて立っていました。