518.陸軍大将異聞(18)寺内大将は「何でも構わないから、真崎を有罪にしろ」と言った
(カモメ)「これに対して、私は、私の朱鞘のほうが優っていると言って、兄と組打ちしたのであるが、結局私が激しく叱られたことを記憶している」(ウツボ)「これとても兄と私は、年齢に三歳の差しかないため、時々、私の負けず嫌いの暴発であって、平素兄に対して、すこぶる柔順であったのである」(カモメ)「兄は鈴木貫太郎自伝にて自白せる通り、強健で大なる体格にも似ず、泣き虫であった。しかもその泣き声たるや、すこぶる大であった。私は兄とは反対に強情で、腕白で、暴れ者であった。兄の泣き声を聞けば、兄を保護せんがため、直ちにその声の方向に飛び出すのであった」(ウツボ)「ついてみれば、兄は数人の学校友達に囲まれて、揶揄されているのか、ただ声を上げて泣きつつあるのである。私はまだ学齢には達しておらぬが、私を見ると、この子供らは、囲みをといて逃げ去るのであった」(カモメ)「私は兄を苛めた上級生があって、その子供は、毎朝私の家の前を通過するのがわかっていたため、翌朝未明から起きてその生徒の来るのを待ち、これに闘争を挑まんとしたが、その生徒は、これを避けて、他の路より登校したようなこともあった」。(ウツボ)以上が鈴木孝雄の、兄、鈴木貫太郎との子供の頃の思い出である。最後に、鈴木武氏は、父、鈴木孝雄陸軍大将について、次のように述べている。(カモメ)読んでみます。「九十三歳の高齢まで、父は、いわゆる老人の域に達しておりながら、喜ばしいことに少しもボケることもなく、ひたすら自己の仕事に没頭、砲兵史を書くかたわら多くの書物を座右に置き、読書力は若い人にも負けぬ旺盛なもので、新聞も毎日欠かさず端から端まで読破し、世界情勢に決して遅れを取らないよう勉強していた」(ウツボ)「夜は、暇があればテレビの必要な番組は必ず見落とすことのない生活ぶりであったことは、世の老人には決して真似のできないところであったと思う」(カモメ)「亡くなる前日、父はこんなことも申しました。『俺は二万冊の本を読んだが、なかなかいい本がある。こうと知ったらまだまだ読んでおかなきゃならん本が随分あった』」。【磯村年(いそむら・とし)大将】(ウツボ)磯村年は、明治五年九月三十日(一八七二年十一月一日)生まれ。滋賀県出身。滋賀県士族・平田繁の次男。後に陸軍中佐・磯村惟亮の養嫡子となる。東京府尋常中学、陸軍幼年学校を経て、明治二十六年七月陸軍士官学校卒業。明治二十七年三月砲兵少尉(二十二歳)、野戦砲第三連隊附。(カモメ)明治二十八年五月砲兵中尉(二十三歳)。明治二十九年十一月陸軍砲工学校(五期)卒業。明治三十年一月野戦砲第三連隊大隊副官、十月砲兵大尉(二十五歳)、野戦砲第三連隊中隊長、十二月陸軍大学校入学。(ウツボ)明治三十三年十二月陸軍大学校(一四期・恩賜)卒業、野砲兵第九連隊中隊長。明治三十四年五月陸軍士官学校教官。明治三十五年五月参謀本部員。明治三十七年二月大本営陸軍参謀、三月砲兵少佐(三十二歳)、野砲兵第一〇連隊大隊長、五月第三軍参謀。(カモメ)明治三十八年三月対馬警備隊参謀、十二月由良要塞参謀。明治三十九年三月関東都督府陸軍参謀、四月功四級金鵄勲章、九月参謀本部員、十月兼陸軍大学校兵学教官。明治四十一年三月砲兵中佐(三十六歳)。(ウツボ)磯村年中佐は、明治四十二年九月欧州差遣、十月免兼陸軍大学校教官。明治四十三年十一月野砲兵第一二連隊長。大正二年一月野砲兵第一六連隊長、七月砲兵大佐(四十一歳)、八月第一八師団参謀長。大正三年八月独立第一八師団高級参謀(青島攻略)。大正四年十一月勲三等旭日中綬章、功三級金鵄勲章。(カモメ)大正五年四月参謀本部編制動員課長、五月兼陸軍技術審査部議員。大正七年一月少将(四十六歳)、広島湾要塞司令官、七月野戦砲兵第三旅団長。大正八年四月陸軍野戦砲兵射撃学校長。大正十年三月ウラジオ派遣軍参謀長、六月勲二等瑞宝章。(ウツボ)大正十一年八月中将(五十歳)、陸軍砲工学校長、十一月勲二等旭日重光章。大正十二年八月第一二師団長。大正十三年十二月正四位。大正十五年七月東京警備司令官。昭和二年六月勲一等瑞宝章、十二月従三位。昭和三年八月大将(五十六歳)、待命、予備役、九月正三位。(カモメ)磯村年大将は、昭和十二年二月召集され、参謀本部附。二・二六事件における、東京陸軍軍法会議・真崎甚三郎大将の裁判で判士長に就任。(ウツボ)二・二六事件の時、陸軍大臣・寺内寿一(てらうち・ひさいち)大将は、「この事件の黒幕は真崎甚三郎大将です」と昭和天皇に上奏した。(カモメ)それで、なんとか、真崎大将を有罪にしなければ、天皇を騙したことになるのだった。昭和十二年八月、寺内大将は北支那方面軍司令官として中国に赴任する前に、磯村年大将を真崎裁判の判士長にした。そして、寺内大将は「何でも構わないから、真崎を有罪にしろ」と言った。