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テーマ:猫のいる生活(136069)
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インドは東南アジアの国々と違って、地方に行っても見るべき文化遺産の豊富な国ですね。
これが東南アジアだと、田舎はただの田舎で、例えばカンボジアのアンコール・ワットがある北西部のシエムリアップは有名でも、他の地域はと云うとやっぱただの田舎。 そこいくと、インドは各地に歴史的な背景の豊富な文化遺産の宝庫。 ただ、問題は食べるものが「なんでもカレー」では旅の大切な楽しみのひとつ「食」の魅力が損なわれる。 南インドの古代王朝にパーンディヤ王朝と云うのがありました。 紀元前3世紀~紀元4世紀までのサンガム時代に存在した南インドの古代タミル国の3大王国のひとつです。 この王朝は少なくとも紀元前3世紀から存在し、紀元6~10世紀と「後期パーンディア朝(紀元13~14世紀)の2つの帝国支配時代を経た息の長い王朝です。 そのパーンディヤ王朝によって紀元8世紀にヒンズー教の主要神の1つ、シヴァ神を祀って建設されたのが「ヴェットゥヴァン・コイル寺院(Vettuvan Koil)」です。 この寺院はエローラ洞窟のカイラーサ寺院のように、一枚の花崗岩から彫り出されているのですが、その規模がハンパありません。 これが一枚岩!?信じがたい巨大さです。 ヴェットゥヴァン・コイル寺院(Vettuvan Koil)を直訳すると、タミル語で「彫刻家の天国」を意味し、別に「殺人者の寺院」を意味します。 そのワケは... カルグマライ丘陵には他に8世紀に建立されたムルガン寺院のカルガ・サラモーシー寺院がありますが、ヴェットゥヴァン・コイル寺院は父親、カルガ・サラモーシー寺院に最初に手を付けたのは息子の建築家でした。 ところが この親子、お互いに腕を競い合ってたのですね。 息子はヴェットゥヴァン・コイル寺院は決して完成しないだろうと父親を嘲笑したのです。 そしたら父親は怒りにまかせて息子を殺害。 後になって自分のしでかした所業を悔やみ、悲しみのあまり完成間近の自分が建ててたヴェットゥヴァン・コイル寺院建設を途中で放棄してしまったのです。 と、云う伝説です。 知らんけど(笑) ヴェットゥヴァン・コイル寺院はひとつの花崗岩から彫られてますが、上部には豊饒、愛、美、結婚、子供の女神やガナなどのシヴァ神に付随する神々などジャイナ教の精緻な浅浮き彫り彫刻が描かれています。 としても観光客の少ない地域で、土地の人は純朴らしい。 そしてカルグマライ丘陵に登るのは、そうとうな運動量らしい。 しかも寺院周辺に宿泊施設は無いらしく、宿のある近隣の村から日帰り旅行が必要らしいです。 1日なん便か分かりませんが、バスは走ってるらしい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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