|
カテゴリ:ほんわか介護、認知症とつきあう
少し原点をみようと、過去の記事を読んでみました。
そこから思いついた事を書いていきたいと思います。 老いるということはどういう事でしょうか。 それは昨日できたことが今日できなくなるという事です 昨日まで覚えていた事が、今日脳からぬぐい去られているということです。 このように劇的な変化が起きる事があります。 脳梗塞や脳内出血・・転倒による骨折・・ アルツハイマー症はじょじょですが、気づいたときは劇的な変化であるように見えます。 人格が変わる。 なぜ変わるのか・・それは元々あった性格が表に出るからです。 私たちは、こんなことを言ったら相手は気を悪くするとか、変な人に思われないかと我慢します。 美味しい食べ物が1つ残ったとき、手を出すといき汚いと思われる・・、我慢します。 認知症になると、いえ、老化した心は我慢がなくなっていたりします。 気難しい人はますます気難しく、ケチな人はますますケチに・・ ですから人格が変わったわけではありません。 もし私がおいてきたら、ますます自分御欠点と思える部分を出さないようにきをつけようと思っています。 今でも財布にお金が少ないと、家族の誰かが抜いて使ったと思います。言うと喧嘩になると思うのでいいません。しかし、箪笥の中に新しい服を見つけ、これを買ったからお金が少ないのだと気づきます。言わなくてよかった。 物取られ現象はいつも自分が損んをしてきた、割を食って生きてきたと感じている人などが多いのではと思います。年をとるとだまされやすいといつも考えていた人も、そうかもしれません。 人に乱暴をする人がいます。若いときから乱暴な人だったかも知れません。そうではない人は、何かを伝えたいのかもしれません。気持ちが伝わらないのでもどかしいから暴れる人。 外に出かける人、徘徊する人、施設では徘徊する人が多いと思います。それは自分の家ではないと思っているからです。 なぜここにいるのだろう。家に帰りたい。施設は鍵をかけていますが、認知症なのに合鍵の隠し場所などすぐに見抜いてしまいます。 痩せた女性なのに力でドアを壊してしまうこともあります。 いっしょに家に帰ってみるのも良いかもしれません。 家に帰ると、また家に帰ると言って徘徊する人もいます。 産まれた家に一生住み続けるひとはごくまれです。何回も越しています。その中で一番印象に残る家がきっとその人の家でしょう。 私のように産まれた家も育った家ももうどこにない場合、限りなく徘徊するかもしれません。 問題行動のある人はその人の人生歴をしることで、なぜそのような行動に出るのかがわかるかもしれません。 問題行動を減らすにはやはりその人を深く理解し、認めることからでしょう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.02.07 18:25:41
コメント(0) | コメントを書く
[ほんわか介護、認知症とつきあう] カテゴリの最新記事
|