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私:最近の日本の研究現場は元気を失っていて、背景に何があり、どう変えていくべきなのかということで3氏にインタビューしている。
大隅氏については、「大隅氏、基礎研究の危機訴え ノーベル賞金、若手支援に活用」のブログでふれ、さらに、「大学の研究力低下、打開には 資金・時間・ポスト…どう確保 6月までに政府が戦略まとめ」で、日本の科学力の低下についてもふれている。
そのブログの繰り返しになるが、大隅氏は、研究者が真面目に研究に取り組もうにも研究費が足りない現実があり、競争的な資金を獲得しようとすれば、すぐ役に立ちそうな研究や、はやりの研究に向かいがちだという。
理系で修士課程から企業に就職する大学院生が増え、博士課程への進学者が激減。
就職活動に追われながらの2年間の大学院生活では、研究の楽しさを知ることができず、自分で課題を見つけて解決する能力を鍛えられないまま、卒業。
A氏:大学の運営に関わる事務作業が膨大になっていて、研究費の申請や成果報告の書類書きに追われ研究者自身の研究時間が減っていることも深刻。
ほかの国のように、もっと研究者がやるべき仕事を明確にし、それ以外を支援するシステムが必要だと大隅氏はいう。
大隅氏が恐れるのは、科学が多くの人から遠い存在になり、理解されなくなることで、そうなると人類に未来はないという。
大隅氏は、ノーベル賞の長い歴史をもつスウェーデンでは、最先端の科学を市民が楽しみ、理解しようとする文化を感じ、次世代を担う若者たちが一人でも多く真理の探求に立ち向かって欲しいと願っているという。
私:2人目の山口氏は、約20年前、1990年代半ばから、情報通信や製薬などの大手企業が相次いで中央研究所を縮小・廃止し、基礎研究から手を引いたのがきっかけで、日本の科学技術力の衰退が始まったという。
もともと企業の中央研究所縮小は、米国の動きをまねたものだが、米国では情報通信の分野に限られていたのに、日本では製薬などバイオ系企業にも広がり、生化学、分子生物学、材料科学など、産業競争力を下支えする科学分野の収縮を招いてしまった。
以来、日本は、新しいイノベーションモデルをみつけられずに漂流。
A氏:影響はまず、企業の学術論文数の減少となって表れ、たとえば物理学の分野では企業の論文数は96年ごろをピークに減少に転じた。
同時に物理学の博士課程の学生数も減り始める。
2003年ごろ、今度は日本の物理学全体の論文数が減り始めた。
博士号を得た研究者が一人前になるのに通常6~7年かかるが、博士減少というボディーブローが、科学力の衰えとして表面化。
私:山口氏は、対策として参考になるのが米国のSBIR(スモール・ビジネス・イノベーション・リサーチ)制度と、科学行政官の存在だという。
しかし、これについては、山口氏は、著書「イノベーションはなぜ途絶えたか 科学立国日本の危機」で、米国政府は「大企業はもはやイノベーションを起こせない」と見切りをつけ、技術革新の新たな担い手として大学院生らの起業を支援する「SBIR制度」を創設。
これが効果を上げ、卓越した審査・報償方式によって目覚ましい成果を上げたとある。
日本政府も追随しようとしたが、実際には「パフォーマンスの低い中小企業」への補助金制度と化し、国税の浪費に終わったという。
日本で企業家精神が育たないのはリスクを避ける国民性ではなく、制度設計に問題があるという。
A氏:山口氏は、日本が周回遅れの状態から盛り返し、科学とイノベーションの好循環を取り戻すのに、すぐに効果が表れる特効薬はなく、科学者によるベンチャー起業の支援を根気づよく続けていくことだという。
そのためには、無名の若き科学者をイノベーターにする制度と、その運営に携わる目利き役(米国の科学行政官に該当)を育て、制度に組み込んでいくことが必要だという。
3人目の高橋氏はベンチャー企業としての成功例だが、一般的な問題はのべていなかった。
いずれにせよ、「ほかの研究者からの引用数が世界トップ10%」に入る論文数で、日本は5千本台で4位と横ばいなのに、1位の米国は4万本、中国は06年に日本を追い越し、急成長で15年には2.5万本と第2位。
成長戦略の中核としての科学のイノベーションの競争力強化には、抜本的な対策が急務ということだね。
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Last updated
2018.06.02 15:25:01
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