戦前の「天皇機関説」問題
当方は福田静夫先生のヘーゲル『法の哲学』を学習しているんですが。
1821年にヘーゲルが刊行した『法の哲学』ですが。
ヘーゲルは1829年にはベルリン大学の総長にも指名されるくらいの人物でした。
今回の講義を聞いていて、ヘーゲルの「君主権」というのは、審議権と執行権とを両立させなければならないといった中身だというんです。
これって、戦前の日本の美濃部達吉氏がとなえた「天皇機関説」と同じじゃないですか。
というのは、私は以前に一冊の本を紹介しました。
『苦悶するデモクラシー』(美濃部亮吉著 1973年刊)を読みました | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)
戦前の大日本帝国憲法ですが、その天皇制のとらえ方をめぐって、二つの見解が綱引きっをしていたんですね。
片や、審議で決まったことを執行する機関、ないし法人のような役割としての天皇制。他方は、そんな議会などへの制約などなく天皇は神のような絶対的な存在だと。
1935年になると天皇機関説は不敬であり、国賊的だから撤回せよと、軍部につながる政治家や学者、メディアが騒ぎ出す。社会から追放されることになったんですね。
これが、戦争への思想統制の布石になったわけです。
今のロシアの社会を見れば、戦前の日本の治安維持法がどの様なものであったか、だいたいわかるじゃないですか。
しかし、力には力の軍備増強せよとか、敵基地をたたく軍備をもてとか、政府に都合の悪い科学者会議候補をはずせとか、憲法9条をかえろとか、・・・。かつてと似たようなきな臭い流れですが、今のウクライナ問題を利用して日本社会で起きているじゃないですか。
この逆こうする流れをとめる機会に、7月の参議院選挙にしていかなければなりません。
今であれば自由に議論が出来る日本でもあります。逆流を押し返すことに、お互いに力を尽くす時だと思います。
先日のことですが、
近くに住む年配の方が「私の歩んできた道を文章にしたい」と言ってました。
それは、今の若い人たちは戦争が国民をどんなに苦しめることになるのかわかってない。だから、自分自身が体験してきたことをしっかり書き残しておきたい、知ってもらいたい、ということなんですね。
そうした気持ちもわかりますね。
私などのヘーゲル『法哲学』の学習もそうしたことなんですが、
お互いに、できうることで力を尽くすということです。