蒼井優写真集『ダンデライオン』にあるカップ
蒼井優写真集第二弾は、ロシアシベリア鉄道の旅、であった。 写真集をみると地元の家を訪問し、中で撮った写真があった。その中に写されたティ-カップの柄を見て思い出した。我が家にあるカップとほぼ同じなのだ。驚いた。 手前のカップの柄がよく似ていた。裏に2Cとあるので2コペイカしたのかもしれない。奥のは2個あったが一つ壊れてしまった。濃いブルー地に金線で柄が施されている。まだロシアになる以前、衛星国を含めソ連と呼んでいた時代に夫は、モスクワの南、リペックという鉄資源のある都市に赴任していた。プラント建設のためである。春の6ヶ月ほどだったろうか。これを含め、78年の共産党中国、この後のフセイン政権下イラク、と都合三回の海外赴任だった。 春先とはいえソ連は寒い。ある日町を散歩していた夫は、だんだん頭がぼおっとしてきたのでこれはまずい! と喫茶店に飛び込んで難を逃れた。後で通訳に話したところ、寒さで頭が凍る寸前だった、と言われ彼から毛糸の帽子を貰ったという。赤と青と白色の帽子で正ちゃん帽のような形をした、ごく一般的な毛糸の帽子で、夫が帰国してしばらくは幼かったムスコのお気に入りになった。 ロシアの人々が毛皮のふっくらとした帽子を被るのはファッションではなく脳みそが凍らないようにするためなのである。 アンドロポフ氏 チェルネンコ氏帰国する直前、ブレジネフの後、書記長だったアンドロポフ氏が亡くなり、空港で足止めを食うかもしれないと連絡があったが、予定通り帰国できた。モスクワ市民こぞっての葬儀参加で、帰れないことを心配したのだ。当日曇天の予想を覆し、政府の思惑通り快晴になった空の下盛大に葬儀が行われた。しばらくして新聞は、チェルネンコ氏が書記長に選ばれたと報じた。ソ連にとってつかの間の自由で、その後のゴルバチョフのペレストロイカ(改革)に続きソ連崩壊へと繋がるがこのときは知るよしもない。 夫のお土産は、壁掛けや小鉢やティーカップだった。カップの柄がいまだに変わらないのを写真で確認して、ロシアの人々の慎ましさを感じたり、貧しさを思ったりしたわけだ。とにかく読み手にとって想像力の膨らむ写真集だった。