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翔建築設計の所長日記

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yoshiki@ Re:●建築家のお仕事(634)竹内日祥上人の講演(01/21) はじめまして私も2000年から竹内日祥上人…
2014.05.19
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カテゴリ:二宮尊徳
私のような二宮尊徳の研究家には驚く報告だった。
きのうの一円会のこと。

会員のA女史が、小田原で行われた報徳の研究発表会に参加
して、聞いてきたことを、会で発表された。
「報徳論」の写本が最近発見されたとのこと。

「報徳記」は、富田高慶が書いたもの。明治以来読み継がれ、
今も我々の一円会例会の教材になっているもの。

それが・・・・なんと、全部ではなかったという。

元は、「報徳経」というものを書いた。

それを、君主用に「報徳論」を、一般用に「報徳記」
に分けたという。

今回、「報徳論」の一部が公開された。
「君主」の立場で、「農民」を向いているものではない。
君主の指南書である。

貴重な資料にしばし興奮した。

内村鑑三の「代表的日本人」の5人の内のひとりとして
二宮尊徳が登場する。
それは、報徳記を基に書かれたもの。

作家の志賀直哉の祖父は志賀三左ェ門。
二宮尊徳の弟子で相馬藩士である。

志賀直哉の作品「祖父」という短編に、こんなことが書かれている。
「祖父の机の上には、いつも「報徳経」と「報徳記」が置かれている。
訪ねてきた内村鑑三は、そのうちの「報徳記」だけを借りていった。」
その後、内村鑑三は、前述の本を世に出したのである。

要は、二宮尊徳は、当然ではあるが、体制側の側面と農民側の側面、両面
を持っていたのである。


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Last updated  2014.05.19 19:33:23
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