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テーマ:史跡めぐり(508)
カテゴリ:城跡と史跡(台湾編)
1858年に清国が欧米列強と締結した天津条約において、清が開港した10港のうちの2港が台湾にある港でした。
台北市の北側にある淡水と、台南市にある安平がその2港で、開港後は各国の商館が建設されました。 当時の安平港の地図 (画像の右下にあるのが「億載金城」です) 「洋行」(外国の貿易商社)が建設され、砂糖や樟脳の輸出が開始されました。 中でも東興洋行・和記洋行・恰記洋行・?記洋行・徳記洋行が「五大洋行」と呼ばれ、現在は徳記洋行の建物が保存されていました。 1867年に建てられた徳記洋行の建物 白亜の壁がエキゾチックな雰囲気を醸し出していました。 その隣に徳記洋行の倉庫も現存しているのですが、こちらは「安平樹屋」と呼ばれています。 壁一面に延びるガジュマルも、樹齢100年を越すと言われています。 誰も近寄らなかったためにお化け屋敷のようになっていますが、そのために異様な光景ながらも現存しているのは、皮肉としか言いようがありません。 安平樹屋の内部 徳記洋行が撤退した後、日本の統治時代には製塩会社が設立され、安平樹屋も製塩会社の倉庫として使われていました。 (その頃にはすでに異様な雰囲気だったことでしょう) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022/03/09 01:14:45 PM
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