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テーマ:読み聞かせ(296)
カテゴリ:乗り物
絵本関係の古い書類を整理していたら(まだ引越段ボールを減らしている段階なの)、ある記事に目がいく。「ちゅうちゅうが女の子だということに気がつかずに読んでいたことに最近気がついて…」ええっ? ちゅうちゅう、女の子? あの暴走機関車がですか? あわてて近所の図書館に借りに行く。
…確かに。どっちともとれる感じの口調なだけに気がつかなかった。村岡花子女史の訳なので会話は古風なんです。『赤毛のアン』参照。女性だと思ってアタマからゆっくり読み返してみれば、ほんとだ、ああそうだったんだという感じ。もしかして子どもの頃、いまいち入れなかったのは、男の子だと思ってたから? 身体的爆発をやらかすのは男の子の特権、とでも思ってたんだろうか、子どもの頃の私。いや、妹たちを見てればそれはないのは経験則的にわかっていたし、ちゅうちゅう初読の頃はもうラモーナを何冊も読んでたんだから、文学的にもそんなジェンダーバイアスはかかってなかったはず。 ところで英語や独語で機関車って女性名詞ですか、どうなの? 英語版ちゅうちゅうを探してくればちゃんと she って書いてあるってことだよね。長男のために書いたという逸話を知ってたのも間違いの後押しをしたか。でも男の子のために女の子キャラが主人公の話を書くお母さんもちょっと変わってるよね。 うちの子たちが特にちゅうちゅうに惹かれなかったのは、私の誤読が大きかったのかもと今更反省。まあ特に好きな本でないというだけで、読みのノリも違っただろうし。でも、『けいてぃー』と『ちいさいおうち』はみんな大好きなんです。 毎日毎日の地味なルーティンワークにいい加減いやんなっちゃって派手な大脱走劇を繰り広げるも、使われてない支線に迷い込んでエネルギー切れで動けなくなり、迎えの人たちにもうこんなことしないと小さな声でいう機関車。なんとも尻すぼみの冒険劇よと思ったのもピンとこなかった要因だが、それも10歳くらいの小学生男子をイメージしていたからこその感想だったようだ。幼稚園の年中さんの女の子が「もうおこった!」と飛び出して、迷子になって泣いちゃって、脱走なんて面白くなかったからもうしない…とお迎えのパパにしょんぼり言うお話だったんですね。ああ、園児の頃のリンに、そういう解釈できちんと読んでやりたかった! それならこれは無駄なエネルギーでカラ回ることも多かったあの子のための本になっただろうに。 さて、現在のりもの狂であるところのゼロに見せてみるが、まだちょっと早かったよう。2歳過ぎたらいけるかな、どうかな。ちゅうちゅうの顔はようく目をこらして見ると細いおめめがついているのだが、成功しているとはいいがたい。特急のほうが、なんとなく表情がある風、で止めている分無理がない。作者のデビュー作だから、いかなバートンといえどまだまだなところもあったということか。その後顔は書かない方向で行く彼女であったことよ。自覚したんですね。おうち、は顔に見えなくもないくらいで止めているし、けいてぃーやトロリーバスにも顔はない。しかし一方でそれ以外の部分は絵本としてほぼ完璧といっていい出来栄えの絵である。古典中の古典として評価が定まっているのも当然か。疾走感、ダイナミックさ、力強さ。黒1色のみしか使っていないのに、なんと豊かな世界。表紙の赤がその分効いている。 ひょんなことで読み返せてほんとによかった。納得のいかなさって、追求してみるものらしい。 いたずらきかんしゃちゅうちゅう はたらきもののじょせつしゃけいてぃー新版 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.11.13 00:37:43
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