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カテゴリ:真言宗・密教・弘法大師
さて、先日、近隣寺院で法要があり、その席で、
こんな話が出ました。 ある僧侶の方がこんなことを言い出しました。 「○○さんは金を積んで坊主の資格を取った」 金で僧侶の資格を買うとは、けしからん話ではありますが 現実にあるのか??? ○○さんは多少は名が知られた僧侶。 一般の方でも知っている人がいないというわけではない。 しかし、金を積んで僧侶資格をくれるんだろうか??? 実はそれなりにメジャーな本山では、僧侶になるための 審査試験がある。 高野山などは大卒レベル・高卒レベル・中卒レベルのイメージの 三段階の審査になっていた。 本来、僧侶になるためには、その試験を受けるのだが、 本山が指定する僧侶養成施設で修行すると試験が免除になる。 つまり、自動車教習所で実技試験が免除になるようなものと 考えていただければ良いです。 しかし、国家試験ではないので、仮にお金を積んで資格を得ても 罰則はない。そうすると、僧侶資格の裏口取得はありそうですが、 内情からすると難しいだろう。 メジャーな本山は合議制で運営されているので、一人の人に お金を積んでも僧侶資格を取れるわけではない。 したがって、複数の人にお金を配るが、これはリスクが大きい 一人の人なら、その人が語らなければわからないが、複数に 配るとなると、少ない人は文句も出るだろうし、貰えない人も 文句が出るだろう。 また、お金を積んで僧侶資格を得たということが 判ってしまうとお金を送った人も貰った人は当然問題になる。 だから、まともな本山ではお金を積んでも資格などくれない。 ただ、こういうケースはある 本来は修行をしてから、審査試験を受けるのですが 実は修行していなくても、修行をしたことにして、 試験を受けることはできなくもない。 しかし、それでは普通落ちるだろう。 そのために、試験対策の予備講座みたいなものがある。 その予備講座が結構高いのだ(ーー;) 一泊二日で30数万円だったか? その予備講座を受けると、中卒レベルは受かるらしい。 ただ、中卒レベルでは住職になれないので、 (最低でも5~6年は掛かる)急ぐ人には向いてない。 結局、まともに修行するのが早道なのだ。 「○○さんは金を積んで坊主の資格を取った」ということには 否定的ですが、私も「○○さん」は、ほとんど修行していない と思います。 ○○さんは、日常生活をおくりながら僧侶の修行をするのが 大変だったと語っていますが それは絶対にウソ 以前、 僧侶は特別な修行している人という誤解 で書いたように、真言僧侶はそれほど大した修行をしていない。 しかし、一方で「○○さん」の語るように日常生活をおくりながら、 修行するのは無理。 20代の修行僧でも、修業期間中はさほど余裕がない。 30代の僧侶の多くは疲れ切っていた。 ○○さんは、女性で当時50代。 絶対に無理 さて、 「○○さんは金を積んで坊主の資格を取った」 と語った人は、本山で修行したとはいうものの、 内容を聞いても知らないし、修行してから40数年間 本山へ行ったことがないと豪語する強者なのだ。 普通は修行した後で、何度か勉強とかお参りとかで本山に 行くはずなのだ。 それが一回もないというのは自慢できる話ではない。 「僧侶になるための修行だけしても、そのあと勉強も修行も しなかったらダメなのでは?」 と言ってみた(*^_^*) そうしたら、怒る怒る。 「だいたいうちのような山寺は、お宅のような、町のお寺と違う。 掃除が大変で修行も勉強もする暇なんかない」 と偉そうに言われてしまった(*^_^*) しかし、この方のお寺は山寺というほど、山の中にあるのでなく、 市街地の山際にあるというだけ。 また、この人が掃除しているところを見たことないし、 それどころか、電話も出ないし、お寺にもほとんどいない。 前にも衣に穴が開いているので、教えたら 「線香で穴が開く」 と気にしない程度の人で、 僧侶としてはかなりルーズな私のはるかに上をいってます。 だから、この人が掃除などするんだろうか、 と思ってしまう(*^_^*) 百歩譲って掃除が本当に大変だとしても、自分が本山から 帰ってきてから全く修行も勉強もしていないのに 「○○さんは金を積んで坊主の資格を取った」 という誤解されるような発言は止めてほしいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
資格があるんですね。
しかも、学歴別にあるとはビックリ! お坊さんの世界もイロイロ事情があるようですね。 読んでいてとても面白いです^^ タダ、修行もろくにしてない人に説法はして欲しくないですね。 (2019年09月21日 21時45分02秒)
ありまーす!
残念ながら、というか、当然それはあります。 金で僧侶の資格を買う。などと驚きのまさかそんな…ですが、某本山に重役としていかれたこともある、s光寺の住職もそんな噂の人でした。中院流がどうだとか、偉そうにいうのである程度のことは心得があるのでしょう。よそのお寺に行って、祭り方荘厳が違うと言って流儀の違う他派のお寺で思うがままに振る舞っていたそうですが、ある時、「某本山では、住職になる時に管長様から大事な印と真言を授かるんや!三つあって、お葬式で死んだ人に授けるんや!他派やから知らんやろけんど!」この一言によって、この方はキチンと加行・灌頂を受けてないことが白日のもとになりましたね。法流ホン承という儀式を行なっていただける印信は、「許可」一紙で、血統書はありません。キチンと灌頂を受ければ、血統書付きの印信に「伝法」があるので、この流では沢山の印明を伝えている事を知っているはずです。ああ、法流ホン承で初めて印信というものを見たんだな…そんなに昔の人ではないのに、ザンネンな人だなって思いますね。 本派でも住職を突然に亡くし、息子さんは学生で、中継ぎの住職として奥さんが本山で加行を受けて「金で僧侶の資格を買うた」と言われる方がいますよね。この方も、当初洒水加持の作法など、全く出来ていなかったので恐らくはキチンとした加行・灌頂は受けていないかもしれません。あるいは加行期間を短くして簡略化した。などとも言われていますが、どうなのでしょうか?日本語もままならず、チョンに乗っ取られた!とのネット誹謗もあります。でも、後の事をするべき人がどんな事をしてでも守っていくべきだと思います。世襲制と言われていますが、近隣住職や本山の「乗っ取り」の話はよくあります。住職の息子や、後の事をするべき人が困っている時に助けるのがお坊さんやと思います。資格が、とか、規定がとか言って融通を利かさないのは愚かな本山だと思う。僧階も金で買うんですか?って聞かれたりもしますが、そうですね。5年ごとにお金を支払えば僧階は上がります。 (2019年09月22日 08時24分49秒)
meron1104さんへ
資格と言っても民間資格ですから、大したことはありません(*^_^*) 実は僧侶養成施設も大卒・高卒・中卒によって課程の名前が違うんですよ。 ところが、やることは同じ(*^_^*) しかし、貰える位が違うんですよ(*^_^*) 同じことをしているのですから、学歴でなく成績で分けるべきだと思うんですけどね(*^_^*) >修行もろくにしてない人に説法はして欲しくないですね その人が修行しているかどうかはパッと見て判らないのがネックですね(ーー;) (2019年09月22日 14時34分16秒)
同行三人@ハイジさんへ
昔の住職は、結構いい加減な人も多いですよ。当院の先代住職は、当院で僧侶になるための四度加行を受けたことになっていますが・・・まさか?と思いますね。 そういうケースは結構あったみたいです。 ただ、昔の住職は、立派な方も多く、勉強や修行だけに打ち込んでいた人もいましたから、そういう方が宗団を引っ張って行っていいたのではないかと。 キチンとした加行をしていない人はともかく灌頂を受けていない人はいないでしょう。ただ、加行していないのに、したように偽るのは問題ですね。 (2019年09月22日 14時45分30秒)
三人文殊さまのお話は、どれも実体験に基づいており、
本では得られないようなもので、いつも大変、勉強になります。 でもこんな話は、聞きたくなかったような(笑) お坊さんも人間だもんねー お寺の世界は俗社会よりしがらみが強いとも言いますし・・・ うーん、深イイ話・・・ いや、闇が深イイ話ですね。 泥より出でて泥に染まらぬ蓮華のように 良いお坊さんが増える事を祈ります。 (2019年09月22日 23時19分19秒)
悟後の紅茶さんへ
私はお寺の生まれではなく、社会人を経験して三十代になってから僧侶になったので、一般の方から見た僧侶像と実際の僧侶の差についてはかなり理解しているつもりです。 お寺の生まれの方や、大学を出てすぐに僧侶のなった方は「僧侶はこんなもの」という意識で、あまり不思議に思わないことが多いかもしれません。 >でもこんな話は、聞きたくなかったような 仏教に興味を持って、お寺の門をたたいた人が挫折しやすいのが、理想の僧侶像と現実の僧侶のギャップ。 この事実に幻滅して、止めてしまった人が何人もいました。 私が残ったのは、純粋さが無かったからだと思います。 >泥より出でて泥に染まらぬ蓮華のように >良いお坊さんが増える事を祈ります。 私も期待したいですが、難しいです。 現在の日本では、僧侶といえども修行と勉強だけしているわけにはいかず、俗に関わることになります。 その中でも、聖の立場を持とうとすると、周りからは浮き上がってしまいます。 そういう方もいるのですが、なかなか近寄りがたい雰囲気になりますね。(ーー;) 私は自分がそういう僧侶の道を選択するのは難しいと考えています。ただ、せめて、そういう僧侶から、ある程度認められて交流してもらえる程度の僧侶になりたいです。 (2019年09月23日 15時54分40秒) |