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って、まぁ偏屈者の愚痴ではあるのですがね。
昨日のオーチャードホールや、新国立劇場で、劇場周辺で最近目につくものがあります。それは、路上駐車。 ええとですね、黒塗り緑ナンバーのハイヤーや白ナンバーの高級車が運転手付で公演の間中屯してるんですね、あのへんで。中には、社旗を巻いてはいるけれど、明らかにマスコミ関係(多分新聞社)の社有車もあったりします。勿論どちらの劇場の周辺も、路上駐車は禁止です。 あのですね、世の中勘違いしている人が多いのですが、基本的に一定時間以上車を一つ処に止めておけば、それは路上駐車なのです。エンジンがかかってるとかかかってないとか、運転手が居るとか居ないとかは関係ないんです。運転手が居ればすぐ動けるから違反行為を中止してすぐ逃げ出せるというだけのことなんです。 でね。このどちらの劇場にも、周辺にちゃんと駐車場はあるんです。つまり、これらの車は、駐車場に止められるのに止めてない訳です。 あのねぇ。自動車なんて、何乗ったってそんなに変わらないですよ、基本は。1台ん百万もするような車を運用し、運転手付で乗り付けて、チケット1枚数万円するようなオペラを観に来るような人が路上駐車させておくというのは、はっきり言って悪質な「ケチ」でしかありません。金の使いどころが全く美しくない。公共物を占有する、つまりは他人の勘定を掠め取っているだけのこと。それも、駐車料金なんて、1時間600円とかそんなもんですよ。5時間でも3千円。 「節約」する方は仰るのでしょう。「無駄な金は使いたくない」。それは違う。ただ、他人の勘定にただ乗りしているだけのことです。それに気が付かない。この浅ましさ。 豪奢な金を使って、その最後の最後、運用する所で、けちくさく動いてしまう、美しさの欠片も無い、このどうしようもない成金根性。 オペラパレスだのBunkamuraだの、そのネーミングも結構頭を抱えてしまうけれど、こういう光景がある限り、文化なんて育つ訳がねーだろ、と単なる音楽消費者としては思う訳です。何故路駐してると文化が育たないか?って? 要するに「美」というものを自分の中に持ってないからです。まともな人間なら、運転手を路駐させて待たせるような真似はしませんし、駐車料金をケチるような真似はしませんよ。 まぁ、ことほど左様に.....という話であって、別にこれだけではないですけどね。ま、分かりやすいので、この辺の話をするのだけど。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007年09月05日 00時37分33秒
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