簾 (すだれ)
今朝も6時過ぎに起床、日曜日としては早起きをした。 かみさんは7時まで寝るという。 顔を洗い歯を磨きうがいをし、コーヒーを飲みながら新聞を読む。 ふぅむ、やはり「酒井法子容疑者逮捕」の見出しが第1面左側にあるな、トップではなにしても大きな扱いだ。 記事中、芸能リポーター梨元勝さんの談話が紹介されていた。「行方不明とされていたが、容疑が事実であれば、失踪(しっそう)ではなくて逃走だったということになる」というもので、記事はコメントに続いて「……と突き放した」と結んでいた。 なるほど、談話のニュアンスを伝える手法として「突き放した」と書くわけか、うまいな。 かみさんが出がけに、テーブルに西瓜を出してあるからねといってくれた。金曜日に届いたデンスケ西瓜のことだ。 メイルチェックをすませ、さっそく食べはじめた。 うまい。 脇に「お焦げおにぎり」がおいてあり、これもおいしくいただいた。 その後、再びコーヒー。 自分で入れながら粉の量がわずかに足りなかったようで、いつもよりやや薄い。不満だ。 きのうのブログで書くつもりでいながら書き忘れたことだが、2か月ぶりに受けた眼科治療の結果を書いておきたい。 眼圧は「15」、正常値だ。 診察の前にハンフリー視野計による検査があった。 本人としては「いつもと同じように見えたり見えなかったり」といった感じだったが、寺岡医師は殊に何もいわず経過良好を告げてくれるだけだった。 検査と診察の間に眼鏡をつくるための視力処方箋を作ってもらう。 技師たちは丹念に微調整を繰り返しながら処方をしてくれた。治療費以外に1000円ほどかかるそうで、いまの財政状況ではホントは痛かったけれど、依頼してよかった。 近々、このあいだ知った和真眼鏡店で新しい眼鏡を作ることにしよう。 いま、日曜日の正午。 ラジオニュースを聞いているが、豪雨被害が心配。西の方で大雨になるらしい。 さあて、ぼくはこれから昼めしだ。 また旧い映画音楽を聞いているが、とても愉快なのであとで更新するつもり。 ○ ○ ○ 上の写真は簾(すだれ)を撮ったもの。 休みの日、朝早く起きるとパソコンを起動させるためにここに来る。 カーテンを開け窓を開けると簾があるのだ。 簾のよさを教えてくれたのは亡くなった写真家、朝倉俊博さんだった。 正確には簾ではなく葦簀(よしず)なのだが、まぁ、同じことだ。 ある夏。 世田谷のお宅へおじゃましている午後のことだ。 例によってふたりで酒を呑み、音楽を聴き、おしゃべりをしていた。おしゃべりは静かだが声が途切れることがなく、ときおり音楽に聴き入る間だけふたりともふっと黙る。 音楽はヴァイオリン曲を聴くことが多かった。 よく覚えているのはジネット・ヌヴー(GINETTE NEVEU)の演奏でブラームスの『ヴァイオリン協奏曲ニ長調』を聴いていて、部屋の中がしんと静まりかえり、庭先に目をやると小雨が降っている。 そうだ、このとき簾の話が出たのだ。 ヌヴーを聴き始める前だったか後だったかは思い出せないが、いま庭先を見たと書いて思い出した。 小雨が降りだし、そよそよと風が吹いた。 いつも通される和室にいるのだが、小さな庭の向こうには近隣の農家が耕す畑が広がっていた。風は畑からの風で、室内がひときわ涼しくなる。 ぼくはむかし浜田山に住んでいたことがあり、家はそのころまだあった三井グラウンド近くにあった。 数軒の家が並ぶ以外、周囲は畑か田んぼを整地した空き地ばかりだったのだ。 真夏の暑さがちっとも苦にならなかったのは畑をわたる風があったからだった。そのころ、父の姉にあたる橋口叔母が「畑をわたる風は涼しさがちがうのよ」とよくいっていたもので、だからぼくにも「畑をわたる風」という知識が植え付けられていたのだと思う。 朝倉家で酒に酔い、葦簀を抜ける風は心地よいものだった。 いつか奥さんも話に加わり、清々しいなにごとかについての話題が広がるのだった。 涼しいなと思いながらぼくは、いま書いた「畑をわたる風」のことを思い出し、これも畑をわたる風だなと胸の中でつぶやいていた。 すると朝倉さんが、葦簀はいいねぇといったのだ。 「クーラーなんかまったく要らない、暑い日には葦簀に水をかけるんだ」と続ける。 ま、いまいる部屋の簾には直接の関係はないとはいえ、朝倉さんの家で感じたさわやかな涼しさが簾のよさを信ずるきっかけになったことはたしかなのだ。 話はちがうが、さっき映画音楽の自作コンピレMDを聴いていた。 映画『タクシードライバー』のサウンドトラック盤を録音したMDで、途中にロバート・デ・ニーロの声が入っているのだ。 そういえば映画『タクシードライバー』(TAXI DRIVER 1976)は主人公トラヴィスの独り言で始まるのだった。 MDの最初にあるそのシーンのテーマ曲を聞いたときも映画の冒頭シーンを思い出したが、ロバート・デ・ニーロのセリフ回しを聞くとフロントグラス越しにニューヨークの街路を見るあのシーンがくっきりと浮かんでくるのだった。 この映画をぼくは、たぶん最初にパリで観たのだった。 2度目は東京で観た。 で、3回目に観たのが再びパリで、いまもうれつに懐かしいのはその映画館があったクリスティーヌ街という名の路地なのだ。 映画音楽を聞いていると思わぬことが起きる。 昼ごろ聞いていたそのコンピレMDのおかげで、ぼくは夕刻のいまもグーグル地図でその映画館のある「4, Rue Christine」界隈をうろうろと歩き回っているのである。