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2007年03月08日
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 原則的にはパックツアーを利用しない私であるが、効果的に特定の地域を回るのには、現地でのツアーに参加することがある。3/3のエントリーで触れた、国連本部などのように参加しないとアクセスできない場所を回る際や、現地での「足」が効率的な場合は、積極的にツアーを利用するのがいいと思う。

 今回は、日曜日(ブログの日付とはズレがあるが、現地時間4日の午前中)は、ハーレムとゴスペルツアーに参加した。この模様を2回のエントリーに分けてお送りしたい。

 ハーレムは歩いて見所を見て回るには広すぎ、また、効率的に見所を回ってくれるガイドさんの存在で随分時間が短縮できるので、このツアーは観光客には有効だと思う。

 ゴスペルは日曜日にしか開催していないので、ツアー自体の催行が日曜日に限られてしまう。ニューヨークにお越しの際は、ぜひ日曜日が旅程に入るよう調整し、ツアーに参加していただきたい。

 ハーレムと言えば、110丁目より北の地域。感覚的にわかりやすく言えば、セントラルパークより北の地域を指す通称である。行政上の名称ではない。

Image 1 Image 2
[ステレオタイプなハーレムのイメージ]

 上の二枚は、ハーレムの一部で撮影したものである。
 日本人は「ニューヨークのハーレム」と聞くと、治安の悪さを懸念され、このような情景を頭に浮かべられるのではないだろうか。

 …こうした風景は、今やハーレムのごく一部に過ぎない。まず、このツアーはその事実を教えてくれる。

 事実、恥ずかしながら、私はこのツアーに参加するまでイスラム教で言うところのハーレム(ハレム)・男女の節理ある隔離を指す言葉と、ニューヨークのハーレムは同じ語源の言葉だと思いこんでいた。
 調べてみれば、前者はトルコ語(またはアラビア語)の原義「禁じられた場所」でスペルは"harem"。ニューヨークのそれはオランダ語の「楽園」という言葉に源を発し、スペルは"harlem"。全く異なる言葉なのである。

 ほとんどの日本人は、ハーレムの現状を理解していないのではないだろうか。
 もうハーレムは一昔前(といっても10年単位で遡った話であるが)のように、暴動が頻発するような地域ではなくなっている。
 そのことを別の風景からお話ししたい。

Church 1 Church 2
[こんな綺麗な教会が]

 元来、オランダ語の「楽園」が暗示するとおり、ニューヨークのハーレムはもともと高級住宅街だった。20世紀の初めに地下鉄・ブロードウェイラインが開通し、その沿線に白人向けの住宅が造られたのである。
 それが、第一次大戦後の不況とともに、それらが空き家となった。変わって南部からニューヨークで職を求めて移住者が流れ込んできて、一気に勢力図が塗り替えられたのである。

 ハーレムを歩くと、美しい教会や住宅を多く目にすることができる。これらはこうした歴史的背景を理解しておかないと咀嚼できない。「地球の歩き方」をはじめ、日本のガイドブックの多くは「歴史的背景」の記述が貧弱であるのが残念である。

Church 3
[こんな教会もいい雰囲気である]

 南部から流入してきた移住者とともに、ジャズ文化もハーレムにもたらされた。その舞台の一つとなったのがこのアポロシアターである。

APOLLO Theater
[アポロシアター]

 アポロシアターのある125丁目はハーレムの目抜き通りである。
 一昔前のハーレムと言えば、シャッターや壁には落書きが…というイメージがあったが(今では地下鉄の落書きも随分減った)、日曜日の午前中は、逆にこの落書きを景観にしてしまえ、と活動されているフランコ氏の作品に出会うことができる。

Shutter Art 1 Shutter Art 2
[シャッターの落書きも、すっかりアート]

 フランコ氏は、日曜日には街頭に立って氏の作品を販売している。

Shutter Art 3
[この中央の方が"シャッタート"を無償で描いているフランコ氏]

 このツアーでは、他にハミルトン将軍(アメリカ独立戦争で活躍)の邸宅跡に軽く立ち寄った後、シティ・カレッジへ。この建物も美しく、思わず写真を数ショット。

City College of NY 1 City College of NY 2
[俗に訳すなら、「ニューヨーク市立大学」]

 厳密には、「ハーレム」に含まれないのだが、110丁目より北のハドソン川沿いの地域は「モーニングサイド・ハイツ」と呼ばれる美しい学園地区である。
 このエントリーの最初のほうで取り上げた教会の右側の写真は、セント・ジョン・ディバイン大聖堂という名の、世界最大のゴシック様式の大聖堂である。この大聖堂も、厳密にはモーニングサイド・ハイツにある。

 モーニングサイド・ハイツの見所の一つがコロンビア大学である。私がここに訪れた前日に、宇多田ヒカル離婚を発表していたりして(爆)、なにかとタイムリーな時期に観光することになった。

Columbia Univ 1 Columbia Univ 2
[アイビーリーグの一つ、コロンビア大学]

 この写真右側が、キャンパスの正門の反対側に当たる。「ここが野村沙知代が入学した有名な裏口です」というガイドさんの微妙なギャグも印象的であった。

 モーニングサイド・ハイツには、南北戦争で北軍の指揮を執ったグラント将軍の墓がある。

Tomb of General Grant 1 Tomb of General Grant 2
[グラント夫妻の遺体は、アメリカ最大の墓地の中央で静かに眠る]

 クイズ研究会に所属していた方なら、第10回ウルトラクイズで、後のチャンピオンとなる森田氏が、
『アメリカ南北戦争で、南軍の将軍…』
 で、問題文を止めて「南軍の将軍は」の「は」すら読ませずに「グラント将軍!」と答える名シーンを想起せざるを得ない(もちろん、問題の先読みをして北軍の将軍を答えているのである)、あのグラント将軍、後の第18代合衆国大統領である。

 3年前にアーリントン墓地(ワシントンDC)で南軍のリー将軍の墓は訪れたので、これで南北戦争の南北制覇を果たしたのである(なんのこっちゃ)。





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最終更新日  2007年03月18日 13時16分55秒
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