『冬』
〈DATA〉株式会社新潮社/アリ・スミス 訳者木原善彦2021年10月30日発行WINTER by Ali SmithCopyright©️2017, Ali Smith〈私的読書メーター〉今まで読んだことがない味わいなのにどこか懐かしく感じる。ブレグジットが決定し世界は分断が進行し移民難民の潮流は勢いを増す。そんな政治的主題と英国の周縁コーンウォールの屋敷で繰り広げられるそれぞれの小さくて偉大なモチーフ。人と人の魂的な出会い、許し、愛し、行為すること、想像することの兆しが非母語話者ラックスを通し雲間の光のように輝く。クリスマスを軸に時間は過去に遡り、未来も少し。彫刻家ヘップワースの磁場?浮かぶ頭、石の穴、柊のリースの穴、ピアスの穴「人生ってこんなもの。時間もこんなもの」のリフレイン。〉〈〈この本をどのように記憶するかとても難しい。これは果たして政治的な主題を持つのだろうか?それよりももっと豊かで切実なものが横たわっているのでは無いだろうか。会話に「」が付かなくてするするストーリーが流れていくけれど、ちゃんと追える。「」が付かないだけで詩的イマジネーションが湧く。そこは訳者の手腕もあるかも。老姉妹が過ごしたコーンウォールは妖精譚や神話の故郷のような土地なのに、環境、平和、差別、自由な価値のために過激な活動をする姉をなじる時に実業界で成功した妹は、「それは神話よ!」となじる。巻頭にいくつか言葉が並んでいるのだが、これが案外この物語のハブのようなものかもしれない。その一つ、ブレグジットに踏み切った前の英国首相テリーザ・メイの「自分が世界市民だと信じる人は、実はどこの市民でもありません。」がある。世界市民を自認するドンキホーテ気質の姉に向かいそれは神話よ!と叫んでいる金儲けの上手い妹がメイ首相にだぶる。メイの姉はサッチャーだったかも、だけど。ところで老姉妹が育ち、やがて妹が手に入れたマナハウス風お屋敷はチェイブレスCHEI BRESと名付けられていた。妹が唯一愛した男との再会でその意味が明かされる。それはコーンウォール語で精神の家、頭の家、魂の家、という意味だった。この時の会話で『ふくろう模様の皿』が出てくるのが好ましい。ヘップワースに先してウェールズの穴の開いた石について知らされる物語なのだから。そしてこの魂の家は『愛と精霊の家』をも思い出させる。女性によって紡がれる家族の物語は第一、第二、アフガニスタン、イラク、それからその先に起こりそうな戦争も含みつつ。更にクリスマスについて。そうだった。これはクリスマスの複層物語なのだ。トランプがメリークリスマスと堂々と言えるアメリカ、の訳者のホワイトの暗喩。私自身は何でもありの日本的な信仰の淡い持ち主なので、政治的に正しくハッピーホリデーでしたか?なんかバカげてると思う。言葉と気持ちがぴたりとしないとおめでとうなんて言えない。そういえば随分前にクリスマスおめでとうございます!と年配の女性に挨拶したら変な言い回しと言われたけど、そうかな?私の幼稚園時代はそう言ってたと思う。〉〉