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身体のことをどんどん突き詰めていくと、やがて誰しも筋肉や骨だけでは割り切れない、心とのつながりや、命や魂みたいなものに行きつきます。
そういうものを語る時、特に人生の機微や、深い心の奥底、セクシャリティーやスピリチュアリティに触れる時、僕は出来るだけ「そのものずばり」の説明をしないようにしています。 神殿の奥にそっと祀られている、神聖で大切なもの。そういうのって強い太陽の光の下にさらしちゃうと、あまりつまびらかにしちゃうと、その良さが露と共に消えてしまうような気がするから。 「なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」 西行の歌にみられるように、昔の人の感性ってそうだったと思うんです。愛とか、命とか、神様とか、心の深い部分を、あけすけな言葉ではなく、月の光でそっと照らすような伝え方・・・何かに例えたり、大切なものをふんわり薄いベール包むように伝えるそのあり方に、成熟した精神性を感じます。 もしほんとうに全知全能の神様がいたとしたなら、もし自分がその立場なら、ほんとうに大切なことは、そんな伝え方をするんだろうなと思います。そしてその謎に気づいた人が「はっ!」とするのを、少しニヤニヤしながら見守っているんだろうなって。 先日、ある妊娠中の方がこんな話をしてくれました。 「私は一切指令を出してないんです、でもどんどんお腹の中で勝手に命が創られているんですよね~不思議です!」って。いやはやホントにそうですよね。 ● 公式HP Body curiosity ● プロフィール ● セラピスト向け解剖学セミナー/WS スケジュール ● ヨガ向け解剖学セミナー/WS スケジュール ● izuyoga クラス スケジュール お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
March 24, 2017 11:22:55 PM
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