昨日の続きです
123便には、出張帰りのビジネスマンも多く乗っていました。
事故現場から彼らの鞄などが発見されていますが、その鞄の中に必ずと言っていいほど入っていたのは何だと思いますか?
そう、電卓です。
世界で最も普及していて、最も廉価なコンピューターです。
あの当時、いわゆる電子機器は、電卓くらいしかありません。
いまやビジネスマン必携のノートパソコンなどありませんし、況んやスマホなど影も形もありません。
携帯ですらまだまだ持ち運べるレベルではありません。
自動車電話がせいぜい。
ポケベルだって、まだまだ普及の途上。
女子高生までが持ち出して、爆発的に普及するのは、あと10年くらい待たなければなりません。
商談の際は、電卓をたたいていたわけです。
だから必ずと言って良いほど電卓が入っていたそうです。
ところで、考えるのは不謹慎かもしれませんが、もしあの事故が現代に起きていたら、飛行機内部の写真や映像などがもっと残っていた可能性があります。映像や画像の扱いが、スマホ時代はとてもハードルが低いのですから。
なお今のところ事故機の機内を写したのはこの写真だけだそうです。
ぼかしてあります。
もっと事故究明が進んだ可能性もありますね。
余談ですが、当時はカメラもデジタルではありません
フィルムカメラです。
町中にはプリントサービスの店がたくさんありました。
コンビニなんかでも現像の取り次ぎをしていました。
絹目とか光沢も死語に近いですねえ・・・
35年
昭和から平成、そして令和
この手のものは急速に進化し、普及していったんですね。
令和2年8月13日(木)
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みんなが集中しているので、やり抜けると思います。
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