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カテゴリ:旅の記憶
昨日、桐谷さんに聞いた話のなかで面白かったのは、海苔にも花が咲くということ。3月頃、周囲に白い花が咲くのだそうです。「海苔って植物?」
その花のあとから種ができ、それが牡蠣の中に入って夏を越すことを発見して、日本人は海苔の養殖をはじめたんだそうです。「おおみや○○べえ」という人が、初めは木更津でやろうとしたんですが、諸般の事情で許可されず、南の「青掘」海岸で成功し、近江屋さんはおおもうけできたし、海苔の歴史にその名を残したのだそうです。 今、盤洲干潟にはスパ竜宮城という大きな温泉施設(小湊のホテル三日月の系列)が建っていますが、その土地は以前県の企業庁が、埋め立ての補償の一つとして金田漁協に渡した「3万坪」という名の土地でした。漁民のために使うため、10年間は売買禁止ということで。 それが10年後の翌日、金田漁協は三日月グループに売ってしまったんですね。私たちはその前から盤洲干潟にかかわっていたので、ただの草ぼうぼうの荒れ地だったときから見ていました。流木をテーブルにして、やみなべを囲んだものです。(昼間)。守りたかったけど、守れなかったですね。干潟に行くのに一番良い場所だったのに。 なんか怪しいと、誰もが思うまもなく、この契約に2億円の不正リベートが発覚。漁協の組合長が1億6000万円、不動産屋が4000万円を受け取ったということで逮捕されました。 先月、地元の小学校で漁協の臨時総会が開かれ、元組合長が3500万円出すので和解してほしいと言ってきたそうです。(民事) 東京湾横断道にも、埋め立てにも、補償金をくれるなら、という悪名高い地元ですが、最近、このスパ竜宮城の前でアサリを蒔いたところ、全部死滅したという実験をしたそうです。彼らには竜宮城の水が悪いのがわかってきたようです。(シャンプーまじりの温水です)。漁民の立場として海の保存を考えたいという人たちが出て来ました。 昨日海苔をとったクリークは「ハママツナ」という海水の中でも生きられる植物の群生地だったのですが、竜宮城が開業した翌年から、みるみるうちに枯れていっているのです。県は「竜宮城との因果関係は認められない」と言っていますが、素人目には絶対クロですね。その変化は写真におさめてあります。 桐谷さんは、40年前からふるさとの環境を守ってきました。毎日のように干潟を歩き、何か変わった点(調査の車が入るとか、測量しているとか)があると、誰が、何のためにしているのかつきとめ、県や市に聞きに行きました。「こうやってみんなが来てくれるから、県もむやみなことはできないんだよ。みんなの力が守っているんだ」と言ってくれました。 私たちは尊敬をこめて、彼を「干潟の防人」と称しています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006.01.04 13:23:51
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