20歳だった。
20歳だった。当時、成人式は1月15日固定であったが、なーんとなく、式へ出てぎゃーぎゃーやる気分でもなく、つーか、成人式って何?みたいな気分でタワーレコードへ行った。梅田の。そこでばったり、セから始まる大阪のオケのヴァイオリン奏者に出会い、「こんにちは~~。私、今日成人式なんですよ。」なんて話をすると、「成人式なんて、出る価値なし!それより、ボクとカルテットやろう!」と、いきなり突拍子もないことを言い出した。そのおじさんは・・・。そのおじさんを仮にここではAとする。Aはボロボロになった本を手渡し、「これを読んでおくよーに。」と言い渡し、次回の集合場所を知らしめ、消えていった。その本は、カルテットの掟のような、たぶん室内楽奏者のバイブル的な本であったが、Aがうんうん、そうだそうだ!とうなずきながら引いたであろう下線がびっしり書き込まれてあった。っていうか、最初のページから最後のページまで、どの行も、どの字にも、下線は引かれてあったので、これって下線の意味あんのか?と思ったが、そういう汚い心は道端のどぶに捨てた。当時、先の見えない大学生だった私は、プロオケの人からカルテットに誘われるなんて事は夢のまた夢で、「輝かしい明日が開かれるのかもしれない。」と本気で思ったものだった。2週間後くらいであっただろうか。指定された飲み屋に4人は集まった。当時20歳だった私はあんなに汚い飲み屋に行く事は始めてであった。つーか、その後もあんなに汚い飲み屋には行った事はない。それくらい汚い飲み屋であった。席につくなり、Aは切り出した。「で、今後、我々の方向性について、あやちゃん、意見はある?」ええええ・・・。汗方向性?今の私なら、「いやー、音出してみないと分かんないっすよね・・・。」くらいの事は言えるのだが、20歳の私は口ごもってしまった。そこに助け舟を出したのが、当時30手前であっただろうか。とっても美人のフリー奏者のお姉さんで、ここでは仮にBとする。「最初はハイドンあたりから、最終的にはベートーヴェンの後期を目標にしたいですね。」と、そつのない事を言った。考えてみたら、ふつーの事なのだが、「なるほど、こういう風に答えればいいのか・・・。」と、私は心のメモ帳に記入したのであった。Aはわが意を得たり!とばかりに興奮し、「良いこと言ったっ!」的な事を言った。その後、Aは、「で、カールズ漬けは知ってるか?」とみんなに問う。今なら、カール・ズスケの事だと分かるのだが、その時点でAはよっぱらっていたのと、滑舌の悪さに聞き取りにくく、その後の話は難解で、要点としては、漬物みたいな名前のバイオリン奏者が、なんか、とってもうまい。Aは心酔している。という事だけは分かった。その後、Aの幼少時代の話になり、そこも難解であったが、要点としては、Aの家は貧乏で、お父さんは怖かった。自分には才能がない。先生にも怒られてばっかりいた。教本を投げつけられて、もう帰れっ!と言われた。というような事であった。Bがもう十分であろうと思われる時期を見計らい、では、そろそろ初練習の日程を決めましょうか?と切り出すと、Aは、「この飲み屋を、我々の溜まり場としよう。ブラームスで言うところの赤いハリネズミ的な。」みたいな発言があった後、「次回の日程も、次回この飲み屋で決める。」みたいな意味の分からない事を宣言し、20歳の私は、実際面食らった。BもVCも心得たように、「分かりました。」と言い、あ、登場がなかったが、VCはアマチュア奏者であった。静かで良い人であった。会計の段になり、「あやちゃんはまだ学生だから!」と、2000円くらいにしてくれて、残りをオトナのみなさんで割り勘という事になった。すると、AはBにぼそぼそと、「あ、ちょっと借りていい?」と耳元で言い、なんとなんとなんと、飲み代を借りたのであった。あの安い飲み代を借りたのである。オトナなのに。しかし、Bは黙ってAの分も支払った。当然のように2人分出したのである。その1ヶ月後くらいに設定された、練習日を決めるための飲み会。は不発におわった。たぶんBが体調不良か急用でキャンセルしたような記憶がある。練習を決めるための飲み会。の後には、曲目を決めるための飲み会。や、団結を問う飲み会。なども設定された事であろう。と筆者は当時を振り返る。その後、あれはいったい何だったんだろう。と思い、周辺の人や楽器屋などで調査を行ったところ、驚くほどケチでタチの悪い酔っ払いだと聞かされた。「文句ばっかり言って飲んでないで、練習すればいいのに・・・。」とみんなは口を揃えたように言った。Bはそのこともよく知った上で、波風立たぬようにお相手をしてあげていたようだった。その後、Bにはとてもお世話になってかわいがってもらったけど、本当に忍耐強く、良い人であった。オトナだなあ。と思う。Aについては、たぶん、悪い人ではないんだろうなあ。と漠然と考える。たぶん、熱い思いを持っている。という点でウソはないんだろうなあ。んー。と、冬の厚い雲を眺めながら、思い出したりもする。