「どうしたのです? そんなに騒いで。」
寝室を出ると、瑞姫はそう言って慌てふためいた女官を見た。
「そ、それが・・シュティファニー様が急遽皇太子様とお会いしたいと・・」
「わたくしが参りましょう。皇太子様はお加減が優れません。」
「ですが、皇太子妃様・・」
女官は顔をひきつらせながら主を見た。
「シュティファニー様の所に案内なさい。」
何故今頃になってルドルフの元妻が現れたのかは知らないが、彼とシュティファニーを会わしてはならないと瑞姫は判断した。
カタカタと落ち着かなさげにヒールを大理石の床に何度も踏み鳴らしながら、シュティファニーはルドルフと離婚してから久しぶりに足を踏み入れた婚家を見渡した。
「シュティファニー様、皇太子妃様がお見えになりました。」
女官の声にシュティファニーがドアの方を見ると、そこには自分の代わりにオーストリアの皇太子妃となった憎い女が部屋に入って来た。
「どうしてお前が此処に居るの? あの人をお出しなさい!」
「皇太子様はお加減が優れませんので、わたくしが代わりに参りました。お話とは、何でしょうか?」
「娘のこと・・エルジィのことよ! あの子はわたくしの娘ですから、ラーケン宮に連れて帰ります!」
「エルジィ様については皇太子様との離婚の際、あなたは彼女の親権を放棄なさった筈ではありませんか? それにあなたはローニャイとかいうハンガリーの伯爵と再婚なされ、ベルギー王女の身分を剥奪されたとか。」
感情をぶつけてくるシュティファニーに毅然とした態度をとりながら、瑞姫はそう言って彼女を見た。
「そ、それは・・」
「シュティファニー様、もうあなた様とお話することはありません。」
シュティファニーは悔しそうに唇を噛み締めると、部屋から出て行った。
「こ、皇太子妃様・・」
「わたくしは皇太子様の様子を見て行きますから、お前達はシュティファニー様をお見送りするように。」
慌てふためく女官達を部屋に残すと、瑞姫はルドルフの寝室へと戻った。
「ミズキ、何処に行っていたんだ?」
「少し人と話しておりました。それよりもお加減はいかがです?」
「寝たら少し良くなった。済まないな、お前に酷い事を言ってしまって。」
「いいんですよ、わたしの前では強がらなくても。今夜のパーティーには欠席すると先方にはお伝え致しました。」
「そうか。リョータロウは?」
「あの子なら乳母が見ております。離乳食を嫌がらずに食べてくれるそうです。」
「リョータロウに会わせてくれ。」
瑞姫は自室に控えていた乳母に事情を説明し、遼太郎を抱いて夫の元へと戻った。
「遼太郎、お父様ですよ。」
妻の腕に抱かれている息子に微笑むと、ルドルフは彼のぷくぷくとした腕を触った。
「ててうえ。」
遼太郎は歓声を上げながら、ルドルフに向かって初めての言葉を発した。
「まぁ、お利口さんだこと。お父様が判るのね。わたしのことは?」
瑞姫がそう言って遼太郎を見ると、彼はそっぽを向いた。
「ててうえ~」
「リョータロウ。」
ルドルフはベッドから起き上がると、遼太郎を愛おしそうに抱いた。
昼間精神が不安定だったルドルフだったが、遼太郎と触れ合ったことにより少し落ち着きを取り戻し始めていた。
その夜、瑞姫が自室で日記を書いていると、ルドルフが背後から彼女を抱き締めた。
「なんですか、急に。」
「リョータロウがわたしの事を初めに呼んだから、拗ねているのか?」
「拗ねてなどいませんよ。」
ルドルフと瑞姫が愛し合っている頃、シャルルは物思いに沈みながら月を見上げていた。
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