エリスが実の両親と暮らし始めてから数週間の月日が経とうとしていた。
一介の神官から貴族の令嬢として新しい人生を歩み始めた彼だったが、自分は化け物だから両親に捨てられたのだという残酷な真実を知った今となっては、家族と言う名の他人に未だ心を開けないでいた。
両親もそんなエリスに戸惑い、次第に距離を置くようになり、いつしか彼らの間に深い溝が生じ始めていた。
当然のことながら、両親とエリスとの会話はほぼ皆無に等しく、それは食事中でも同じことだった。
「ねぇお母様、いつになったらあいつはこの家を出て行くの?」
エリスが中庭で椅子に座って刺繍をしていた時、薔薇園の方からあの黒髪の少女―エリィナの声が聞こえてきた。
「そんなことを言ってはいけませんよ、エリィナ。それにお姉様のことを“あいつ”なんて。」
「お母様はあいつが化け物だから捨てたんでしょう?なのにどうして今更あいつを引き取ったりしたの?どうせあいつに適当な男でも宛がって、その婿に爵位を継がせようと思っていらっしゃるんでしょう?」
エリィナはそう母親に一気に捲し立て、薔薇園を去っていく気配がして、エリスは邸の中へと入った。
自分の部屋に戻った彼は、便箋を取り出すと、羽根ペンで黒髪の幼馴染に自分の近況と心情を綴った。
セシャンへの手紙をバッグに入れ、エリスは部屋を出た。
「何処へ行くつもり?」
背後から声がして振り向くと、そこには険しい表情を浮かべたエリィナが立っていた。
「郵便局へちょっと用事があって・・」
「そう。」
エリィナはそう言うと、エリスに背を向けて自分の部屋へと入ってしまった。
邸から出てリシャムの街を久しぶりに歩いたエリスは、急にセシャンに会いたくなり、彼が住む独身寮へと向かった。
「エリス、どうしたんだ?」
セシャンはエリスの突然の訪問に驚いたようで、美しく着飾った幼馴染をじっと見つめた。
「急に、会いたくなって。迷惑だったか?」
「別に。新しい生活はどうだ?実の親とは仲良くやっていけるか?」
「まだ、わからない。」
エリスはセシャンに、自分が化け物だから両親に捨てられたのだということ、そして彼らや妹と上手くいっていないことなどを話した。
「そうか。エリス、今はまだお前もあの人達もまだ混乱していて気持ちの整理がつかないのかもしれない。彼らに心を開いてみたらどうだ?」
「・・そうしてみる。」
エリスはそっとセシャンに身体を預けながらそう言うと溜息を吐いた。
セシャンはそんな幼馴染の身体を抱き寄せ、その唇を塞いだ。
その拍子に、エリスが被っていた帽子がぱさりと床に落ちた。
セシャンとエリスは久しぶりに激しく愛し合った。
「必ず、お前を幸せにする。」
そう自分の耳元で囁いてくれた恋人の声は、蜜のように甘かった。
それからエリスは時々人目を忍んでセシャンと逢瀬を重ねるようになった。
「セシャン、わたしは化け物だ。だからお前はさっさとわたしのことなど忘れて・・」
「嫌だ、そんなこと出来ない。俺はお前だけをずっと見てきたんだ、エリス。」
エリスとセシャンが逢瀬を重ねてから数ヵ月後、季節は冬から春へと変わっていた。
エリスはある貴族の青年と両親達と共に豪華な食事を楽しんでいた。
「エリス、アンドリューさんは気に入って?」
「ええ・・少しは・・」
母親に話を振られ、エリスが言葉を濁した時、彼は突然激しい吐き気に襲われ、ダイニングを飛び出してトイレへと向かった。
個室に駆け込むと、エリスは便器の中に胃の中に入っていた物を全て吐いた。
(もしかして・・)
エリスはそっと下腹に手をあてた。
セシャンの子を身籠っているのだとしたら、彼は喜んでくれるだろうか?
エリスが妊娠を疑い始めたのと丁度同じ頃に、シンは宮廷付の医師によって自分が妊娠していることを知り、アレクと喜びの涙を流していた。
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