シンの妊娠がわかると、アレクは大喜びし、元気な子どもが産まれてくるよう、マサリア神に祈って来ると言って神殿へと向かった。
「ユリノ様、ご懐妊おめでとうございます。」
自室に戻り、シンはカオルから祝福の言葉を受けても素直に喜べなかった。
「ねぇカオル、この子を産んでもいいのかな?」
シンはそう言うと、まだ膨らんでいない下腹をそっと撫でた。
この子は憎い仇の子だ。
アレクを暗殺せず、敵の子を宿すとは、なんと皮肉なことだろう。
(このままでは、アレクを殺せない。)
「ユリノ様、いいえシン様、あなたはアレク様のことを愛しておられますか?」
シンの問いに、カオルは真顔でそう彼に問い返してきた。
「愛しているよ・・今のところは。」
「あなたが何をしにこの国に来たのかをわたくし達は知っています。ですが産まれてくる赤ちゃんは、あなたの目的など知りません。どうか、アレク様のことをお許しになって下さいませんか?」
「許す?俺の故郷を奪い、村人を虐殺し、俺の家族を殺した敵を許せというの!?」
シンは声を荒げながらカオルを見た。
「あなたの憎しみがそう簡単に消えるものではないことは知っています。」
カオルはシンの肩にそっと触れながら、そう言って彼を落ち着かせた。
「今はおなかの赤ちゃんのことを考えてください。」
(母さん・・俺はどうしたらいい? 母さんは敵の子を産んでいいと思う?)
シンは亡き母に語りかけながら、敵の子を産むべきか否か、苦悩していた。
一方、セシャンの子を妊娠したかもしれぬという疑惑を抱いたエリスは、神官時代のかかりつけ医の元へと向かった。
「先生、お久しぶりです。」
えりすがそう言ってかかりつけ医に頭を下げると、彼は嬉しそうに笑いながら、エリスの肩を叩いた。
「久しぶりだね。」
待合室で診察の順番を待っていると、1組の親子連れがエリスの目に入った。
大きなおなかを擦りながら、出産を心待ちにしている女性と、弟か妹の誕生を嬉しそうに待っている小さな男児の姿が彼の目に焼き付いた。
「エリスさん、どうぞ。」
看護師とともに診察室へと入ったエリスは、じっと内診が終わるのを待っていた。
「先生、どうですか?」
「妊娠してるね。9週目に入ってるよ。」
「そう・・ですか。」
妊娠が揺るぎないものとなった今、エリスはかかりつけ医にこう言った。
「堕ろして下さい。」
「本気かい?」
かかりつけ医はじっとエリスを見た。
「今、産む訳にはいかないんです。」
かかりつけ医の元を去り、エリスは苦悩の中、街中を歩き出した。
エリスは溜息を吐きながら、そっと下腹を擦ると、声のようなものが聞こえてきた。
“僕を殺さないで”
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