「総司の様子はどうだ?」
「気つけ薬が効いたのか、今は眠っております。」
襖をそっと開けながら、山崎がそう歳三に総司の様子を報告すると、彼は溜息を吐いた。
「まさか俺の所為で、総司の身体に負担をかけちまうとは・・」
いくら寝ぼけていたとはいえ、千尋と同衾した事を知った総司が嫉妬に狂うことくらい、解っていた筈だった。
茶目っ気たっぷりで、天真爛漫に見える総司だが、その内面には一度暴れ出したら止まらぬ、手に負えぬ激しさという名の龍を飼っているのだ。
現に試衛館時代、歳三が吉原で女を抱いたことを知った総司が、癇癪を起こすこともしばしばだった。
上洛し、一番隊組長としての任務を背負わされ、その癇癪は徐々に治まってきているというものの、人の性格はそう変わるものではない。
「山崎、暫く総司を頼む。それと総司と千尋を会わせないでやってくれ。」
「解りました。」
歳三が去った後、山崎は心配そうに眠る総司の寝顔を見た。
池田屋で喀血し昏倒してからというもの、少し頬が痩けてしまい、血色が悪くなっているような気がした。
「ん・・土方さん・・」
少し呻いて、総司が口にするのは愛しい彼の人の名。
(やはり、この人は・・副長の事を愛していらっしゃるのだ、心から。)
土方への想いは決して自分に向く事はないのだと、山崎はそう思いながらじっと総司に付き添っていた。
「千尋、どうしたんだ? なんか暗い顔してるぞ?」
「ええ・・少し沖田先生に誤解されてしまって。」
昼餉の用意を厨房でしていると、平助が怪訝そうな顔で千尋を見た。
「ああ、昨夜の事か。ごめんな、俺があんな事言わなきゃよかった。」
「いいえ、いいんです。沖田先生もきっと解ってくださる筈ですから。」
「総司は昔から土方さん一筋だからなぁ。餓鬼の頃から土方さん、実の弟のように総司を可愛がってたし、恋仲になるのも時間がかからなかったし。その分、土方さんへの執着が強いかも。」
「そうなんですか・・」
矢張り総司と歳三との間には、強い絆で結ばれている。
歳三が自分以外の者と関係を持ったという事を知り、嫉妬に狂うまで。
「そういやさぁ、もうすぐ桃の節句が近いじゃん?」
「ええ、そうですね。」
もうそんな季節なのかと、千尋は改めて時の流れの速さを実感した。
「総司、大丈夫かなぁ。今年も女雛(めびな)役、できんのかなぁ?」
「それは、どういう事ですか?」
平助から、毎年桃の節句になると日頃の隊務での疲れを忘れて貰う為、新選組幹部達が雛人形の姿に扮する行事を行うのだという。
「そうですか・・沖田先生が毎年女雛役を?」
「ああ。といっても三人官女の一人だけど。近藤さんがお内裏様で、土方さんがお雛様。笑えるだろう、あの人がお雛様だなんて。」
「確かに・・」
顰めっ面をしながら、親王に扮した平安装束を身に纏った近藤の隣に座る土方の姿を想像するだけで、千尋は噴き出してしまった。
「まぁ、人の事言えやしないなぁ・・だって俺も女雛役だから。いくら女顔で華奢だからってさぁ、酷過ぎない?」
「そうですね。原田先生や永倉先生達は五人囃子ですか?」
「まあね。2人とも筋骨隆々だからなぁ。土方さんも華奢だけど筋肉ついてるところはついてるし、なんで同じ男なのに俺はチビなのかなぁ。」
平助が溜息を吐きながら味噌汁を掻きまわしていると、一が厨房に入って来た。
「何やら賑やかだな。」
「千尋に例の行事の事話してたんだよ。」
「そうか・・さっき総司に会ってきたが、行事には参加するそうだ。」
一はそう言うと、ちらりと千尋を見た。
昼餉の席には、総司が一の隣に座っていた。
「土方さん、もうすぐ桃の節句ですね。」
「ああ。」
「土方さん、今年も女装するんですか?」
「さぁな・・それよりも総司、昨夜の事だが・・」
「楽しみだなぁ、土方さんの女装姿。」
歳三が昨夜の事を総司に振ろうとすると、彼は話を逸らして歳三に微笑んだ。
だが、目は全く笑っていなかった。
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