四十九日の法要が過ぎ、千尋の弟子である保子が内藤家を訪れた。
「忙しいのに良く来てくれたな。あいつに線香を上げてやってくれ。」
「はい・・」
保子は千尋の位牌の前に線香を上げると、数珠を握り締めて合掌し、目を閉じた。
「これから、どちらへ?」
「横浜だ。丁度異動が決まってな。思い出が詰まった家を出るのは辛いが・・いつまでも悲しみに沈んではいられねぇよ。」
「そうですね。お店の方はお任せください。先生の代わりにわたくし達が絶対に潰させませんから。」
「ありがとう。」
千尋が突然亡くなり、彼女が切り盛りしていた洋裁店は閉店の危機に陥ったが、保子達が寝る間を惜しまず働き、その危機を脱したのは初七日が過ぎた頃であった。
店主の突然の訃報を聞き、千尋の店の常連客達は通夜や葬儀に駆けつけ、若過ぎる彼女の死を悼んだ。
喪主として気丈に葬儀や法要を取り仕切っていた歳三であったが、子ども達とこれからどう暮らせばいいのか解らず、呆然としていた。
そんな中、彼に横浜署への異動命令が下った。
いつまでも悲しみに沈んでいては、千尋も草葉の陰で泣いていることだろうと思い、歳三は住み慣れた家から横浜の新居へと引っ越すことに決めた。
「それでは、失礼致します。」
「元気でな。」
歳三が玄関先で保子を見送ると、奥の部屋から巽と美樹が出てきた。
「父様、荷物纏めたよ。」
「わかった。じゃぁ行こうか。」
「うん。」
こうして歳三達は、横浜の新居へと向かった。
「うわぁ、広い!」
東京の長屋から外国人居留地近くの新居に移った内藤家だが、新居は瀟洒な白亜の二階建ての住宅だった。
「お前ら、走るんじゃねぇぞ!」
「はぁ~い。」
そう言いながらも二人の子ども達は、騒がしい足音を立てながら家の中を走り回った。
「ったく、しょうがねぇなぁ・・」
歳三は苦笑しながら、新居で荷物を解き始めた。
季節は冬から春へと移り変わり、巽と美樹は横浜市内のインターナショナルスクールへと入学する事となった。
そこには外国人居留地で暮らす英国やフランス、米国大使や領事の子息や、士官たちの娘達などが通い、授業は基本的に英語で行い、外国語や乗馬、ダンスのレッスンなど、上流階級の子息達にとって身につけるべき知識と教養を教える学校であった。
その中で東洋人の年子の兄妹は悪目立ちしてしまい、一部の生徒達は彼らを執拗にいじめた。
「兄様、もう学校行きたくない!」
そんな事が毎日続き、6月に入ろうとする頃に美樹は登校する時に激しく嫌がった。
「美樹、今日こそ俺達が力を合わせてあいつらをぎゃふんと言わせてやるぞ!」
「うん!」
嫌がる妹を励ました巽は、体育の時間でいじめっ子達に対して反撃をした。
『どうした、攻撃しないのか?』
『ふん、弱小国の子は弱腰だな。父上がおっしゃってた通りだ。』
自分を鼻で笑う彼らに対し、電光石火の動きで巽は小手を繰り出した。
『うう、痛てぇよ~!』
『お母様~!』
泣き叫ぶ彼らの姿を見て、巽はそれを鼻で笑った。
『見かけ倒しだな。ただ図体がでかいだけで勝てると思うなよ。』
その一部始終を傍から見ていた美樹は胸がすく思いをしたが、その騒ぎの所為で歳三は学校から呼び出された。
『まことに申し訳ございませんでした。』
そう言って歳三はいじめっ子達の親に頭を下げたが、彼らはそれで許さなかった。
『一体どうするつもりだね?』
『そうですね・・』
歳三は腰に帯びている脇差を鞘から抜くと、制服の上着とシャツを脱ぎ、上半身を露わにし、その腹に刃を突き立てた。
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