「何よ、あたしから子ども達を取りあげて10年も会わせてくれなかったじゃない!」
千尋は自分がしてきたことを棚に上げ、歳三をそう責めると、彼を睨んだ。
「さっさと今の旦那の所に帰るんだな!」
「嫌よ、子ども達を連れて帰るまでここを動かないわ!」
目の前で繰り広げられる父親と、死んだ筈の母親が互いに醜く罵り合っているのを見て、香は一体何が起こっているのかがわからなかった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
周囲のただならぬ様子に気づいたのか、千歳が香の方へと駆け寄ってきた。
「あの人、誰?」
「さぁ・・父さんの昔の知り合いだよ。」
何も知らない妹には、目の前にいる女が母親であることは黙っておきたかった。
香は妹の手をひいたが、彼女はそこから動こうとしなかった。
「どうした?」
「ねぇ、あの人誰?」
「知らないよ。もう行こう。」
「でも・・」
「俺達にとっては赤の他人だ、もう行くぞ!」
突然香が怒鳴ったので、千歳は泣きそうになったが、慌てて兄の後を追いかけていった。
「今日のところはこれで退き上げるとするわ。でもあなた、わたくしは子ども達のことを絶対諦めないわ。」
「引き取ってどうするつもりだ? 役立たずの継子の代わりに香を政治家にでもさせようってのか? そして千歳にはお前の汚らわしい商売を引き継がせようとしてんのか?」
「偏見を持ってもらっては困るわね、あなた。あれでも立派なビジネスなのよ。」
「人から金を違法に絞り取って、何がビジネスだ!」
歳三は千尋とはもうこれ以上話したくなくて、彼女に背を向けた。
「ふん、なかなか落ちないわね。」
「奥様、余り気を落とさずに。」
幸助がそう言うと、千尋は彼をじろりと睨みつけた。
「あなた、わたくしの為なら何でもやるって、言ったわよね?」
「はい・・」
「吉田先生の手術の時、あの人を少し困らせてやろうと思うのよ。あなた、それのお手伝いをしてくれないこと?」
千尋はそう言うと、幸助の耳元に何かを囁いた。
「それは・・」
「出来ないというの? 報酬ならたっぷり払うわよ。」
数日後、吉田稔麿議員の手術が誠心会病院で行われた。
その指揮を執っている歳三は、手術を終わらせようとした時、異変に気づいた。
「土方先生、どうなさいましたか?」
看護師が歳三にそう話しかけると、彼は険しい表情を浮かべながらスタッフ達を睥睨した。
「誰だ、違う薬をすり替えたやつは!」
―なんですって・・
―そんな・・
―一体誰が・・
「先生、一体どういうことですか?」
「手術が終わる前に投与する薬の種類が違ってたんだよ。気づかないまま投与してたら、患者は死ぬところだった。」
吉田議員の手術終了後、歳三はそう言って医局のソファに腰を下ろした。
「真田、お前何か知ってるな?」
「いえ、わたしは何も。」
「本当か?」
「ええ、本当ですよ。あ、患者さんが呼んでますので、これで。」
どこか奥歯に物が挟まったような物言いをした真田は、これ以上歳三と話したくないと言わんばかりに、医局から出て行った。
「土方先生、吉田先生の奥様が先生にお会いしたいと・・」
「解った、すぐ行く。」
医局を出て理事長室へと歳三が入ると、そこには吉田議員の妻・瑠美が芹沢と談笑していた。
「奥様、こちらが御主人の手術を担当された土方君だ。」
「今回はうちの人の手術をしてくださってありがとうございます。理事長、二人きりでお話ししたいので、席を外していただけないかしら?」
瑠美はそう言うと、歳三を刺すような視線で見た。
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最終更新日
April 6, 2012 09:06:26 AM
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