あの舞踏会から数日が経ち、アリスがあれから一体どうなったのか知りたい正義は、ブリュノー伯爵家へと向かった。
『アリス様はおられますか?』
『アリスお嬢様は体調が芳しくなく、誰ともお会いしたくないとの仰せです。』
『そうですか・・では彼女に宜しくとお伝えください。』
正義は伯爵家のメイドから門前払いを食らい、溜息を吐きながらブリュノー伯爵家を後にした。
あの夜のことは、彼女にとって遊びには過ぎなかったのだろうか。
(忘れろ、あの夜のことは。)
アリスへの想いを振り切るように、正義は前を向いて歩き出した。
一方、アリスは自室の鏡で赤紫色に腫れあがった頬を見た。
『お嬢様、失礼致します。』
メイドが部屋に入ってくると、アリスは醜い痣を化粧で隠そうと必死に白粉をはたいていた。
『まぁ、こんなお顔になられるまで殴るだなんて・・』
『あの人の虫の居所が悪かっただけよ。わたくしは大丈夫だから。』
『ですが・・いくら婚約者だからって、お嬢様に手を上げる権利などありません!』
『お前は優しいのね。もう自分の持ち場に戻りなさい。お母様に怒られてしまう前に。』
『わかりました、では失礼致します。』
メイドは頭を下げて部屋から出て行くと、厨房へと戻った。
『あんた、何処行ってたんだい?』
『アリスお嬢様のお部屋へお花をお届けに。』
『さっさと仕事しとくれよ、今日は忙しいんだからさ!』
メイドはできたての料理を皿に載せながら、ワゴンを押して厨房から出て行った。
『いやぁ、結婚式が待ち遠しいですな。うちの息子がアリス様のような聡明なお嬢さんをもらう事になるとは。』
『あら、わたくし達も娘がこんなにも早く結婚するとは思いもしませんでしたわ。』
アリスの両親は、突然やって来たグスタフと彼の両親に面食らいながらも、シェフが作らせた最高の料理で彼らをもてなし、いつしか子ども達の結婚話となった。
『これから、親戚同士となられるんですね。娘を余り苛めないでくださいね?』
『こちらこそ、宜しくお願いいたします。』
双方の両親がそれぞれ握手をしていると、アリスがダイニング・ルームに入ってきた。
『あら、いらしていたのですか。』
アリスは不機嫌さを微塵も隠そうとせずに、そう言ってグスタフ達を見た。
『アリス、結婚式のことでグスタフ様とお話を・・』
『その必要はありませんわ、お母様。』
アリスはそう言うと、グスタフに贈られた婚約指輪を左手薬指から抜いて彼に手渡した。
『今この場で、わたくしとグスタフ様との婚約は解消いたしましたから。アグネス、出かけるわ。』
『は、はい、お嬢様!』
アリスはくるりとグスタフ達に背を向けると、さっさと家から出て行った。
『お嬢様、あのようなことをなさっても大丈夫なのですか?』
『構わないわ。どうせあの人には女が星の数ほどいるでしょうから。』
馬車に揺られながら、アリスはグスタフの面食らった顔を思い出しながら笑った。
今までにない爽快な気分を彼女は今、味わっていた。
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