鐘の音が鳴り響く中、アイロスの住民達はそれぞれ砦へと続く長い坂道を走っていた。
「兄ちゃん、もう走れないよ。」
「何言ってんだ、早く行かないと俺達殺されるんだぞ!」
「でも・・」
幼い弟の手を引っ張った少年は、そう言って彼を無理矢理立たせようとした。
「兄ちゃん、あれ何?」
「どうした、何か見つけたのか?」
「あそこ・・何か光ってる。」
「だから、どこだよ!?」
少年が少し苛立った様子で弟を無理矢理立たせ、坂道を登ろうとした時、弟は彼の手を離して草叢(くさむら)へと駆け出してしまった。
「エリン、待てよ!」
「兄ちゃん、あれだよ!」
幼く無邪気な弟は、その“光っているもの”がどんなに危険な物なのかを知らずに、兄にそれを見せる為、両手でそれを掴んで頭上に掲げた。
「逃げろ、それは爆弾だ!」
どこからかそんな声が聞こえ、少年が慌てて弟の方へと駆け寄った瞬間、凄まじい閃光と大地を揺るがすような轟音(ごうおん)が彼を襲った。
「おい、大丈夫か!?」
「エリン、何処だ!?」
少年は半狂乱になって弟の姿を探したが、彼は何処にもいなかった。
「おい、返事しろよ、エリン!隠れてないで出てこいよ!」
「坊主、怪我してねぇか?」
「俺は大丈夫だよ、おっさん。」
「でも血がついているじゃねぇか。」
「だから俺は・・」
その時彼は、初めて自分の顔や衣服に血がついていることに気づいた。
これが自分の血ではないとしたら、一体誰の血なのだろうと思った時、少年の脳裏に弟の顔が浮かんだ。
(まさか・・そんな・・)
「エリン・・」
弟の遺体―正確に言えば彼の肉片は、爆弾が爆発した数メートル先で発見された。
「そんな、嘘だ・・」
ほんの数分前まで自分の手を握っていた弟は、もう居ない。
「こんなの嘘だ、エリン!」
少年は弟の肉片を抱き締めると、激しく嗚咽した。
少年の慟哭(どうこく)に天が共鳴するかのように、雲が空を覆い、雷鳴とともに激しい雨が少年に降り注いだ。
「絶対に、仇を討ってやるからな・・」
ひとしきり泣いた後、少年はゆっくりと俯いていた顔を上げた。
その瞳には、復讐の炎が宿っていた。
肉親を喪った悲しみで萎(な)えていた足を、彼は怒りで奮い立たせた。
それは、一人の兵士が生まれた瞬間でもあった。
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