「失礼致します。」
「どうした、何かあったのか?」
「ええ、実は・・」
青年は次の言葉を継ごうと口を開いたが、すぐさま椰娜(ユナ)の姿に気づき姿勢を正した。
「お連れの方がいらしていたのですね。存じ上げませず申し訳ありませんでした。」
「謝るな。それに、ゆなはベラベラと客の事を喋ったりはせん。」
「へぇ。うちはそないなことせぇへんさかい、どうぞ続けておくれやす。」
「そうですか、では・・」
青年は軽く咳払いすると、吉田の耳元で何かを囁いた。
「そうか・・ご苦労だったな。」
「では、わたしはこれで失礼致します。」
青年はちらりと椰娜を見ると、部屋から出て行った。
「あの方は?」
「ああ、俺の部下の瀬田だ。あいつは俺とは違って女遊びはせんから、少々固いところがある。さっきのお前に対する態度は全く悪気がないから、許してやってくれ。」
「へぇ、わかりました。それよりも吉田様、うち何か変わりました?」
「ああ。それにしても1年目で衿替えとは、随分女将は気が早いのだな。」
「へぇ。おかあさんは、うちを見込んでくれはってるんどす。」
「そうか。ゆな、さっきの話だがな・・お前が探していた仁錫(イソク)の消息がわかったぞ。」
「ほんまどすか?」
吉田が仁錫の名を口にした途端、椰娜の顔がパァッと輝いた。
「一月前には鎌倉に居たが、今は東京に居る。何でも、彼の父親が見つかったらしい。」
「そうどすか・・それは嬉しおすなぁ。」
椰娜の脳裡に、自分を引き取りたいと言ってきた実父の顔が浮かんだ。
「どうした?」
「実は、うちも実の父親がわかったんどす。そのお人は、うちのことを引き取りたい言うてますねん・・」
「お前は、どうしたい?」
「まだ、わかりまへん。最近実の父親の事を知ったばっかりやから・・」
「焦らなくてもいい。すぐに答えが出なければ、悩んだ末に答えを出せばいい。中途半端な答えを出したら後で後悔するからな。」
「おおきに。」
吉田の助言を聞いた椰娜は、少し気が楽になった。
「おかあさん、ただいま戻りました。」
「お帰り。今日は寒かったやろ。奥で温まりよし。」
「へぇ。」
置屋へと戻った椰娜は、火鉢の前に腰を下ろした。
寒さでかじかむ手を火鉢の前に翳すと、熱が伝わり全身が温まったかのような感覚がした。
「吉田様から、仁錫の消息がわかったて・・」
「そうかぁ、よかったなぁゆなちゃん。」
「おかあさん、うちはお風呂に入ってきます。」
「今日はあんたの他にはまだお座敷から帰ってきてへんから、ゆっくり身体を温めよし。」
「へぇ。」
一旦部屋に戻り、浴衣に着替え脱衣所でそれを脱いだ椰娜は、ゆっくりと湯船に浸かって冷えた身体を温めた。
仁錫が「石鈴」に訪ねてきたのは、椰娜が衿替えして数日後のことだった。
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