「あ、見て、あれ・・」
「え、あれあの宮下真紀じゃない?」
「うっそぉ!」
また、だ。
伊達眼鏡を掛け、伏し目がちに歩いていても、金髪翠眼という日本人離れした容姿故に人目をひいてしまう。
「あの~すいません、写真一緒に撮って貰ってもいいですか?」
椅子から腰を浮かそうとした時、荻野千尋は二人組の女子高生に声を掛けられた。
「すいません、人違いです。」
「そうですか、残念だなぁ~」
彼女達は千尋の言葉を聞くと、そのまま彼に背を向けて家族連れの客やカップル、テスト帰りの学生で賑わうショッピングモールのフードコートから去っていった。
彼女達が去って行った後、千尋はステーキ屋で頼んだステーキセットを平らげ、空になった食器を載せたトレイを食器返却口へと運んだ。
「有難うございました~!」
フードコートを出た千尋は、暫くモール内でウィンドーショッピングを楽しむと、書店で一冊の小説を買い、そのままショッピングモールの駐輪場に停めてある自転車に跨って帰宅した。
「ただいま。」
誰も居ないリビングに向かって千尋はそう言うと、そのまま二階の自分の部屋に入った。
そこは、千尋にとって唯一安らげる場所だった。
壁には好きなアニメやゲームの登場人物のポスターが貼られ、ノートパソコンのデスクトップの画面には千尋の憧れの男(ひと)の写真が映っていた。
「土方先生・・」
ノートパソコンを起動させた千尋は、そっと男の顔を液晶画面越しに撫でると溜息を吐いた。
こうして、パソコンで毎日彼の顔を見ているだけで千尋は幸せだった。
「ちーちゃん、帰っているの?」
階下から母親の声がして、千尋はノートパソコンをシャットダウンさせ、部屋から出た。
「お帰り、母さん。」
「今日はカレー作るから、手伝って頂戴。」
「はぁい。」
キッチンで母・育子と夕飯の支度をしながら、千尋は彼女がポータブルテレビのスイッチを入れた。
画面には、フィギュアスケートの世界選手権大会の様子が映っていた。
「あ、真紀ちゃんだ。」
育子の声に顔を上げた千尋は、トップスケーターで自分の双子の兄である宮下真紀が華やかな衣装に身を包んでリンクに入ってくる所をテレビの画面越しに見た。
「真紀ちゃん、オリンピック出場候補に名前が上がっているんでしょう?大したもんよねぇ。」
「そうだね・・」
「ちーちゃんも、真紀ちゃんに負けないくらい頑張りなさいよ!」
「わかってるよ、母さん。」
千尋はそう言って母の言葉に笑顔を浮かべながら、包丁で器用にジャガイモの皮を剥いた。
その頃、日本から遠く離れたデンマークで、真紀はオリンピック出場を賭けた大舞台に臨んでいた。
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