翌朝、歳三が寒さに震えながらカーテンを開けると、窓の外は一面雪で覆われていた。
「おはようございます、歳三坊ちゃま。」
「おはよう、宮田さん。今日は寒いな。」
「ええ。こんなに大雪が降ったのは初めてですね。」
「ああ。」
空から降る雪を眺めながら、歳三は千尋の事を想っていた。
「おはよう、近藤さん。」
「おはよう、トシ。最近顔色が悪いようだが、何かあったのか?」
「それは後で話す。」
「そうか・・」
千尋は病室の窓から降り積もった雪を見ながら、歳三が来るのを待っていた。
死への恐怖に怯えながら、千尋の心の支えは毎日歳三の顔を見ることだった。
彼の逞しい腕の中に居れば、死への恐怖や不安などが吹き飛んでしまう。
(歳三さん、早く来ないかな・・)
入院してから千尋は、左手の薬指に嵌めている婚約指輪を無意識に撫でていた。
今日も千尋が婚約指輪を撫でながら窓の外を見ていると、病室に誰かが入って来る気配がした。
「歳三さん、遅かったですね。」
「お久しぶりね、千尋さん。」
千尋の前に立っていたのは歳三ではなく、琴子と見知らぬ男だった。
「琴子さん、どうして・・」
「お義父様から、あなたの事を聞いたのよ。あなた、難病に罹ってもう長くないんですってねぇ?」
琴子の悪意に満ちた、鋭い棘が千尋の胸を深く突き刺した。
「そちらの方は?」
「この人はわたしの今の夫よ。ねえ千尋さん、トシと別れてくださらない?」
「あなたと歳三さんはもう赤の他人同士の筈でしょう?それなのにどうしてわたし達のことを干渉するのですか?」
「“歳三さん”ですって?あなたいつから、トシのことをそんな風に呼ぶようになったの?」
険しい表情を浮かべながら、琴子は千尋に詰め寄った。
「琴子、やめろ。」
「あなた・・」
銀縁眼鏡を掛けた男が、千尋を殴ろうとしていた琴子の手を掴んだ。
「驚かせてしまって申し訳ないね、千尋さん。彼女は今妊娠中だから、余り彼女を刺激しないでくれないか?」
「それはこちらの台詞です。用がないのなら帰ってください。」
「わかったよ。琴子、行こう。」
二人が病室から出て行った後、千尋は苦しそうに胸を押さえて床に崩れ落ちた。
(少し遅くなっちまったな・・千尋、怒っているかな?)
歳三が千尋の病室に向かおうとしたとき、彼は医師や看護師が何やら慌ただしい様子で千尋の病室に入っていくのを見た。
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