翌日、ルドルフは環とマリア=ヴァレリーを連れてプラターへと向かった。
『大きな観覧車ですね。』
『凄いでしょう!ねぇお兄様、一緒に観覧車に乗りましょう!』
『いちいち煩い奴だ、行かないとは誰も言っていないだろう?』
ルドルフは少しうんざりとした顔をしながら、マリア=ヴァレリーを見た。
『煩い妹で済まないな。』
『いいえ。お兄様と久しぶりにお出掛け出来て、ヴァレリー様は嬉しいのでしょうね。』
『そのドレス、良く似合っているぞ。』
『有難うございます。』
ルドルフから贈られた深緑色のドレスを着た環は、彼からそう褒められて頬を赤く染めた。
『この日の為にわざわざドレスをご用意してくださるなんて、勿体ないです。』
『何を言う。お前の為なら、どんな物でも贈ってやろう。そうだな、例えば家とかはどうだ?』
『御冗談を。』
環はクスクスと笑いながら、ルドルフと手を繋いで観覧車へと向かった。
観覧車から眺めるウィーンの街並みは、まるで模型のように小さく見えた。
『何だか楽しいです。』
『そうか、気に入ってくれてよかった。』
『お兄様、次は木馬に乗りましょう!』
『やれやれ、妹のお守りは大変だな。』
ルドルフはそう言って溜息を吐くと、マリア=ヴァレリーの後を追いかけた。
プラターを楽しんだ三人は、王宮の近くにある『デメル』へと向かった。
『いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。』
三人が店に入って来るのを見た店員は、そう言うと一階の席ではなく、二階の席へと彼らを案内した。
『こちらのお店は、何がお勧めなのですか?』
『ザッハトルテだな。それとシュヴァイツァーを二つ貰おう。』
『かしこまりました。』
ルドルフから注文を聞いた店員は、余計な詮索をせずにそのまま一階へと降りていった。
『この店は、父上のお気に入りでな。よくお忍びで来られるんだ。』
『そうですか。店の前に、紋章がありましたけれど、あれは・・』
『このお店は、ハプスブルク家御用達なんでの。お母様も、ウィーンに戻られた際は必ずこのお店でザッハトルテをわたくしと頂くのよ。』
『まぁ、そうなのですか。』
『タマキ、今度わたくしと一緒にブタペストに行きましょう、約束よ!』
三人がそんな話をしていると、店員がザッハトルテとシュヴァイツァーを彼らのテーブルに持って来た。
『いただきます。』
環はフォークでザッハトルテを一口大に切り、それを頬張ると、甘い味が口の中に広がった。
『美味しいですね。』
『そうだろう? 一度お前を連れて行きたかったんだ。』
三人が『デメル』から出た時、外は夕闇に包まれていた。
『ここからだと、馬車よりも歩いて王宮に戻った方が近いな。』
『ええ。』
環とルドルフが並んで歩く姿を見ていたマリア=ヴァレリーは、二人が恋人同士であることに気づいた。
(お兄様、タマキと居る時はお優しい顔をしていらっしゃるわ。)
『ヴァレリー様、どうかなさいましたか?』
『何でもないわ。』
『そうですか。』
『ねぇ、タマキはお兄様の事をどう思っていらっしゃるの?』
ヴァレリーの質問に、環は笑顔を浮かべながらこう答えた。
『わたしにとってルドルフ様は、この世で一番大切な方だと思っておりますよ。』
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