教会でささやかな結婚式を挙げたルドルフと環は、その足でエルンスト達の元へと向かった。
エルンストとエリザベスの間には、二ヶ月前に第一子となる女児が誕生したばかりだった。
『エルンストさん、エリザベスさん、お久しぶりね。』
『大変ご無沙汰しております、タマキ様。』
『エリザベスさんとパールちゃんはお元気?』
『ええ。生まれて数週間位は夜啼きが激しくて、毎日寝不足になりましたが、今は落ち着いたみたいです。』
エルンストが玄関ホールで環とそんな話をしていると、奥から愛娘・パールを抱いたエリザベスがやって来た。
『まぁタマキさん、ようこそいらっしゃいました。』
『エリザベスさん、お元気そうでよかったわ。パールちゃんも、大きくなったのね。』
『ええ。』
エリザベスは自分の腕の中で眠っているパールを見てそう言うと嬉しそうに笑った。
『どうぞ、中へお入りください。』
『では、お言葉に甘えさせて頂きます。』
エルンストとエリザベスの家に入った環とルドルフは、窓際に真新しい揺り籠が置いてあることに気づいた。
女児らしい、レースがふんだんに使われた可愛らしいものだった。
『パール、パパでちゅよ~』
エルンストがそう言って娘に呼びかけると、彼女は突然火が付いたように泣き始めた。
『パールはわたしの事を嫌っているのかなぁ。』
『そんなに落ち込まないで、貴方。』
エリザベスは愚図る娘をあやしながら、そう言って夫を慰めた。
『エルンスト、お前はすっかり父親の顔になったな。』
『そうですか?』
『女は子供を産むと強くなると言うが、男は子供が出来ると頼もしくなるのだな。』
『まぁ、そうでしょうね。独身の頃は皇太子様から優柔不断だとよく怒られていたのに、パールが生まれたら何だか自信がついてきました。守りたい者が出来たからでしょうかね?』
『そうだろうな。』
ルドルフはそう言うと、自分が見ぬ間に精神的に成長している侍従を見た。
彼と出会った頃、優柔不断でいつもおっちょこちょいな彼に、自分付の侍従が務まるのかと不安を覚えた時が何度かあったが、今はもう違う。
彼には―エルンストには妻と娘という、守るべき者が出来たのだ。
『なぁエルンスト、ひとつ聞いてもいいか?』
『何でしょうか?』
『お前は今、幸せか?』
『はい、とても幸せです。』
『そうか。』
エルンスト達と楽しい昼食を終えた後、環は王宮へと戻る馬車の中で、ルドルフが何かを考えていることに気づいた。
『ルドルフ様、今何を考えていらっしゃるのですか?』
『別に。ただ、守る者が出来ると、人は強くなるのだなと、エルンストを見て思った。』
彼はそう言うと、環を抱き締めた。
『わたしは、いつまでもこうしてお前を抱き締めたい。お前はどうだ?』
『わたしも、貴方の下から離れたくありません。』
『その言葉を聞いて安心した。』
ルドルフは環に微笑むと、彼の艶やかな黒髪を梳いた。
『お前の傍に居るだけで、心が安らぐ。わたしは今まで、こんな気持ちになったことはない。』
『ルドルフ様・・』
環がルドルフを見ると、彼は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
『何故、そのようなお顔をされているのです?』
『時折、わたしは孤独の中で死ぬのではないかと思ってしまうことがある。わたしは・・』
『ルドルフ様、わたしは永遠に貴方のお傍から離れません。』
環は幼子をあやすかのように、そう言ってルドルフの癖のあるブロンドの髪を撫でた。
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