『ルドルフ兄様、閣議室で一体何が・・』
『お前には関係のない事だ、フラン。』
自分を心配して駆け寄って来たフランに対して、ルドルフはそう冷淡な言葉を放つと、彼を廊下に残してそのまま王宮から脱け出した。
『ルドルフ様、どちらへ行かれるのですか?』
『暫く王宮には戻らないと、父上に伝えろ。』
『お待ちください、勝手な事をなされては・・』
『馬車を出せ。』
皇太子付きの馭者・ブラッドフィッシュは、尋常ではない様子の主の顔を見た後、馬車を出した。
背後でロシェクや侍従達の慌てふためく声が聞こえたが、次第にそれは遠のいていった。
『何ということだ・・』
『早く皇太子様を探し出せ!』
廊下を環が歩いていると、ロシェクや侍従達の切迫した声がスイス宮から聞こえた。
『ロシェクさん、何かあったのですか?』
『タマキ様、皇太子様が閣議室で陛下と言い合いになった後、王宮を脱け出してしまわれたのです!』
『ルドルフ様の行き先は、解りませんか?』
『いいえ。これから皇太子様が行きそうな場所を当たってみるつもりです。』
『そうですか。では、わたしは一旦自宅に戻ります。』
環はそう言ってロシェクと廊下で別れると、王宮を出て自宅へと戻った。
「姐さん、ルドルフ様は来ていませんか?」
「いいや。何かあったのかい?」
「ええ。ルドルフ様が、誰にも行き先を告げずに王宮を脱け出しておしまいになったようです。」
「何だって!」
「今ロシェクさん達が手分けしてルドルフ様が行きそうな所を探しているのですが、もしここにルドルフ様が来られるようなことがあったら、わたしが戻るまで引き留めておいてください。」
「わかったよ。」
環は小春にそう頼み事をした後、再び王宮へと戻った。
皇太子であるルドルフが突然王宮から姿を消したとあって、王宮中は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっており、先程までヒステリーを起こしていたシュティファニーさえも、夫の身を案じる余り寝込んでしまった。
『ああタマキ様、戻って来てくださって良かった。』
『エルンストさん、ルドルフ様の行方は解ったの?』
『いいえ。タマキ様のお宅にはいらっしゃいませんでしたか?』
『ええ。でも、小春姐さんにもしルドルフ様が来られるようなことがあれば、わたしが戻るまで長く引き留めておいでくださいとお願いしたわ。それよりもエルンストさん、一体どうしてルドルフ様は王宮から脱け出してしまったの?』
『それは、僕の方からお話しいたします。』
二人の背後からフランが姿を現したかと思うと、彼はルドルフが王宮から脱け出すまでの経緯を彼らに話した。
『皇帝陛下と、ルドルフ様が閣議室で口論をされたの?』
『はい。詳しい内容までは聞き取れませんでしたが、陛下がルドルフ兄様を酷く詰っていらっしゃったのは憶えています。』
フランの言葉を聞いた環は、ルドルフが人気のない場所で自ら命を絶ってしまうのではないかという恐怖に襲われた。
『エルンストさん、フラン様、わたしと一緒に来ていただけないでしょうか?』
『何方へ行かれるおつもりですか?』
『ルドルフ様の行き先に、心当たりがあります。』
環達は誰にも知られぬように王宮から脱け出し、辻馬車である場所へと向かった。
そこは、謎の男達に監禁され、命からがら環がルドルフと共に脱け出した廃修道院だった。
火災によって建物の大部分が焼け落ちてしまったが、まだ原形を留めている所が幾つかあった。
『こんな所に、ルドルフ兄様がいらっしゃる筈がありません。』
フランがそう言って環を見た時、奥の方で人の気配がした。
次いで、誰かが瓦礫を踏む靴音が聞こえ、環はゆっくりと靴音が聞こえる方へと向かった。
『ルドルフ様、そちらにいらっしゃるのですか?』
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