「この子が、僕の未来の花嫁ですって?馬鹿を言わないでください姉さん、この子はまだ子供ではありませんか!」
姉の言葉に驚きで目を丸くした梨津子の弟・典史は、そう叫ぶと菊を見た。
「お父様、この方がわたしに手紙を渡した方です。」
「そうか。どうやら君は、この二人と違って話が通じるみたいだ。」
ルドルフはそう言うと、典史を見た。
「実はこの二人が、一方的にわたしの娘と君を結婚させようとしているみたいなんだ。わたしはそんな事には当然承諾できないし、いずれ娘はウィーンに留学させるつもりだ。だから、君の方からあの二人を説得してくれないか?」
ルドルフの言葉を聞いた典史は、憤怒の表情を浮かべながら姉と義兄を見た。
「僕の知らない所で勝手に結婚話を進めないでください、義兄さん!いくら跡継ぎが居ないからって、昔の婚約者の娘と僕を結婚させ、長谷川家の財産をあてにするなど間違っています!」
「典史、いつからお前は俺に生意気な口を利くようになったんだ?お前の学費は誰が出していると思っている!」
「お言葉ですがお義兄さん、貴方が経営する会社の資金はわたしの父が出している事をお忘れですか?社長といっても、貴方は所詮お飾りで、経営はわたしの父と兄がしているのです。そういった事を忘れて今後偉そうな口を僕に利かないで頂きたい!」
典史に反撃され、信孝はぐうの音も出なかった。
「この度は、姉達が貴方達にご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありません。」
「いいえ。では、わたし達はこれで失礼いたします。」
信孝夫婦の家を辞したルドルフと菊は、自動車で藤枝女学校へと向かった。
「娘と話しましたが、ウィーン留学は貴校に入学してすぐでは不安がありますし、入学して数年間は貴校で娘を勉強させてからでもいいと思っております。」
「そうですか。お父様がそうおっしゃるのなら、わたくし達もそうしたいと思っております。入学式の日にお二人に再び会える日を楽しみにしておりますよ。」
伊勢崎はそう言うと、ルドルフと菊に微笑んだ。
藤枝女学校入学を控え、菊はルドルフや彼が雇った家庭教師に勉強を教えて貰いながら入学試験に備えた。
「いよいよ明日が女学校の入学試験だな。緊張しているか?」
「ええ。お父様、わたし絶対合格してみせるわ!」
「頑張れ、キク。」
「はい、お父様。」
入学試験の日、ルドルフが菊を女学校まで車で送ると、校門の前に楢崎富貴子の姿があった。
「おや、またお会い致しましたね、ナラサキさん。この女学校に何のご用です?」
「あらルドルフさん、貴方とお会いするなんて奇遇だこと。わたしの娘も、この女学校を受験するのよ。ねぇ梨沙子?」
「ええ、お母様。」
校門の前に停めてあった自動車から、黒髪の利発そうな少女が降りて来た。
「じゃぁお父様、行って参ります。」
「頑張るんだよ、キク。」
「梨沙子、あの子にだけは負けては駄目よ。」
「解っているわ、お母様。」
娘を送り出した富貴子は、ルドルフを見た。
「貴方の娘とわたしの娘、どちらが合格するのか楽しみですわ。」
「そうですね。ではわたしはこれで失礼します。」
藤枝女学校の入学試験を終えた菊は、合格発表の日にルドルフと自動車で女学校へ向かうまで、不安で胸が一杯になった。
「大丈夫、お前ならきっと合格しているよ。」
ルドルフはそう言って不安がる菊の手を優しく握った。
藤枝女学校の中庭に、合格者の氏名と番号が書かれた紙が貼りだされた。
その中に菊の名前はあったが、富貴子の娘・梨沙子の名はなかった。
「おめでとうキク。」
「有難うお父様。」
にほんブログ村