1904年6月、ルドルフと瑠美子は横浜市内の教会で結婚式を挙げた。
「結婚おめでとう、お父様。」
「有難う、キク。」
「菊さん、これからも宜しくね。」
「はい、お義母様。」
瑠美子が新しい家族の一員となり、菊は以前よりも彼女と仲良くなった。
「ねぇお義母様、ひとつ聞いてもいいかしら?」
「なぁに?」
「お義母様はどうして、お父様と結婚為さろうと思ったの?」
「特に大きな理由はないわ。わたしが貴方のお父様と結婚したいと思ったのは、この人となら一緒に歩んでゆけると思ったからよ。」
「いつかわたしも、その人に会えるかしら?」
「ええ、きっと会えるわよ。」
瑠美子はそう言うと、菊に微笑んだ。
「ねぇ、もうすぐお父様の誕生日だけれど、パーティーを開こうと思っているの。」
「それはいい考えね。菊さんは、ルドルフさんにプレゼントを贈る物は、考えているの?」
「まだ考えていないわ。それよりもお義母様、お義母様は何処の出身なの?」
「貴方の亡くなられたお母様と同じ、会津よ。貴方のお母様の家と、わたしの家は親戚同士なのよ。」
「知らなかったわ。ねぇお義母様、わたし一度もお母様から会津の話を聞いていなかったの。お母様は、小さい時に故郷を失ったと話されていたから・・」
「それは無理もないわね。戊辰の戦は、貴方のお母様にとっても、わたしにとっても思い出したくないものだから。」
瑠美子はそう言って寂しげに笑った。
「御免なさい、嫌な話をしてしまったわね。」
「いいえ、いいのよ。それよりも菊さん、ウィーンに留学するのは秋なのね。」
「ええ。色々と忙しくなるわ。留学するまで、わたしに家事を教えてね、お義母様。」
「勿論よ。」
菊はウィーンへ留学するまでに、瑠美子から家事を教わった。
「今日の夕食は美味しいね。」
「そう?わたしが作ったのよ、お父様。瑠美子さんから、お料理を教わったの。」
「菊さんは呑み込みが早くて、料理や裁縫の腕がめきめきと上達しているのですよ。」
「それはお義母様の教え方が上手いからです。」
「ねぇお父様、ウィーンへ留学したら、毎日手紙を出すわね。」
「ああ、楽しみにしているよ。」
翌日、菊が忘れ物を取りに帰宅すると、居間の方から人の話し声がした。
「貴方は一体何を考えているの?異人と結婚するなんて・・」
「わたし個人の事を、貴方にあれこれ指図されたくないわ。わたしに対して文句を言いに来たのなら、今すぐお帰り下さい。」
菊が階段を上がる前、ちらりと居間の中の様子を窺うと、ソファには瑠美子と一人の女性が向かい合わせに座っていた。
「まぁ、裕福そうな旦那さんを見つけて良かったわね。」
「またお金の無心?また貴方のご主人が賭博で負けでもしたのかしら?」
そう女性に言い放った瑠美子の口調は、冷たく刺々しいものだった。
菊が暫く手摺の隙間から居間の様子を窺っていると、ドアが大きな音を立てて開き、中から女性が飛び出してきた。
菊は慌てて二階の部屋へと駆け上がって中に入った。
下から誰かが言い争うような声が暫くした後、今度は玄関ホールのドアが大きな音を立てて閉まった。
「菊さん、こんな時間にお帰りになるなんて、どうなさったの?」
「ちょっと、忘れ物を取りに・・」
「居間でのわたし達の話を、聞いていたのでしょう?」
「御免なさい、お義母様、わたし・・」
「謝らなくてもいいのよ。」
瑠美子はそう言って菊に微笑むと、彼女の肩を優しく叩いた。
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