JEWEL
日記・グルメ・小説のこと716
読書・TV・映画記録2729
連載小説:Ti Amo115
連載小説:VALENTI151
連載小説:茨の家43
連載小説:翠の光34
連載小説:双つの鏡219
完結済小説:桜人70
完結済小説:白昼夢57
完結済小説:炎の月160
完結済小説:月光花401
完結済小説:金襴の蝶68
完結済小説:鬼と胡蝶26
完結済小説:暁の鳳凰84
完結済小説:金魚花火170
完結済小説:狼と少年46
完結済小説:翡翠の君56
完結済小説:胡蝶の唄40
完結済小説:琥珀の血脈137
完結済小説:螺旋の果て246
完結済小説:紅き月の標221
火宵の月 二次創作小説7
連載小説:蒼き炎(ほむら)60
連載小説:茨~Rose~姫87
完結済小説:黒衣の貴婦人103
完結済小説:lunatic tears290
完結済小説:わたしの彼は・・73
連載小説:蒼き天使の子守唄63
連載小説:麗しき狼たちの夜221
完結済小説:金の狼 紅の天使91
完結済小説:孤高の皇子と歌姫154
完結済小説:愛の欠片を探して140
完結済小説:最後のひとしずく46
連載小説:蒼の騎士 紫紺の姫君54
完結済小説:金の鐘を鳴らして35
連載小説:紅蓮の涙~鬼姫物語~152
連載小説:狼たちの歌 淡き蝶の夢15
薄桜鬼 腐向け二次創作小説:鬼嫁物語8
薔薇王転生パラレル小説 巡る星の果て20
完結済小説:玻璃(はり)の中で95
完結済小説:宿命の皇子 暁の紋章262
完結済小説:美しい二人~修羅の枷~64
完結済小説:碧き炎(ほむら)を抱いて125
連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ63
完結済小説:蒼―lovers―玉(サファイア)300
完結済小説:白銀之華(しのがねのはな)202
完結済小説:薔薇と十字架~2人の天使~135
完結済小説:儚き世界の調べ~幼狐の末裔~172
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:時の螺旋7
進撃の巨人 腐向け二次創作小説:一輪花70
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:蒼き翼11
薄桜鬼 平安パラレル二次創作小説:鬼の寵妃10
薄桜鬼 花街パラレル 二次創作小説:竜胆と桜10
火宵の月 マフィアパラレル二次創作小説:愛の華1
薄桜鬼 現代パラレル二次創作小説:誠食堂ものがたり8
火宵の月腐向け転生パラレル二次創作小説:月と太陽8
火宵の月 人魚パラレル二次創作小説:蒼き血の契り1
黒執事 火宵の月パラレル二次創作小説:愛しの蒼玉1
天上の愛 地上の恋 昼ドラパラレル二次創作小説:秘密10
黒執事 BLOOD+パラレル二次創作小説:闇の子守唄1
FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars6
PEACEMAKER鐵 二次創作小説:幸せのクローバー9
黒執事 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:碧の花嫁4
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士2
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て5
黒執事 現代転生腐向けパラレル二次創作小説:君って・・5
薄桜鬼 現代妖パラレル二次創作小説:幸せを呼ぶクッキー9
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮0
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月10
火宵の月 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園0
火宵の月 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥6
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師4
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く1
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~2
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう)10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師0
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方0
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「千尋姐さん、今少し宜しおすか?」「ええ、いいですよ。」部屋に入って来たのは、廊下で自分をこの前転ばせようとしていた禿・千里だった。「この前は、意地悪してごめんなさい。」「いいのですよ、あなたが心から反省しているのなら、わたくしはあなたを許します。」「有難う。あんな、さっき店の前でお侍さんからこの文を千尋姐さんに渡してくれって言われて来たんえ。」千里はそう言うと、一通の文を千尋に手渡した。「千里ちゃん、あなたはあの金平糖を食べなかったの?」「うん。千尋姐さんの所に金平糖を届けに行くとき、お侍さんからこれは絶対に食べたらあかんて言われたから食べへんかった。」「そのお侍さんは、どんな顔をしていましたか?」「そうやなぁ、総髪で、初めて見たとき女の人が男装してはるのかと思うたわ。目の色は、黄金色をしてはった。」「そう・・」金平糖を自分に渡した侍が、自分に毒を盛った犯人だ―そう思った千尋は、その日の夜に音羽屋の女将の元へと向かった。「女将さん、一日だけ外出の許可を頂けませんか?」「その訳は何や?」「それは、少々込み入ったことなので言えません。」「そうか。一日だけやで。明日、日が暮れるまで島原の大門をくぐらへんかったら、その時は覚悟してな。」「有難うございます。」 翌朝、女将から外出許可を貰った千尋は、女装して島原から西本願寺の屯所へと向かった。「副長はいらっしゃいますか?」「貴様、何者だ?」女装をした千尋に、門番を務める隊士がそう言って彼を睨んだ。「荻野が土方歳三にお目通り願っていると、副長にお伝えくださればおわかりになると思います。」「わかった。」千尋が暫く屯所の前で歳三を待っていると、道場の中から稽古着姿の歳三が出てきた。「荻野、そのなりはなんだ?」「今日日没までの間、音羽屋の女将さんから外出許可を貰いました。副長、少しお話がございます。」「わかった、来い。」 歳三とともに千尋が副長室に入ると、彼は文机の前に座った。「話とは何だ?」「昨夜、わたしに金平糖を渡すよう下手人から頼まれた禿から、重要な証言が取れました。何でもその下手人は、彼女に毒入りの金平糖を食べるなと言ったそうです。」「そうか・・そいつがどんな顔をしているのかは、聞いたのか?」「はい。総髪で、目が黄金色をしていたそうです。それ以外のことは、詳しく聞き出せませんでした。」「ご苦労だったな、荻野。お前はこれからどうするつもりだ?」「少し買い物をして、島原に戻ります。」「敵側はお前が島原に潜入していることに気づいている。用心しろよ。」「はい、わかりました。」 歳三への報告を終え、屯所を出た千尋は、千里への土産を買いに簪屋に入った。「お越しやす。」「子供用の簪を買いたいのですけれど・・」「そうどすか。」「可愛らしいものを選んでくださいな。」にほんブログ村
2014年11月17日
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「千尋ちゃん、さっきのお客様からあんたに贈り物え。」「有難うございます、橘さん。」 千尋が橘太夫に呼ばれ、彼女から小さな包みを受け取った千尋は、さっそくその中を確かめると、そこには可愛らしい色とりどりの金平糖が入っていた。「まぁ、可愛らしいこと・・」千尋がそう言って一個の金平糖を抓んで口の中に入れると、甘い味が口の中に広がった。「わたくしに金平糖を贈ってくださった方はどなたですか?」「うちも知らんわ。」「そうですか。」禿達にも食べさせてやろうと思い、千尋が座布団から立ち上がろうとしたとき、彼は急に呼吸が苦しくなるのを感じた。「千尋ちゃん、どないしたん!?」「医者を呼んでください・・」千尋はそう言うと、意識を失った。「荻野が何者かに毒を盛られただと?」「はい。島原の使いの者によると、客が荻野に贈った金平糖の中に毒が入っていたとか・・」「荻野の容態は?」「少量しか毒を口にしていなかったようで、大事には至りませんでした。」「そうか・・」(一体どこのどいつが、荻野に毒を盛りやがった!?)「副長、荻野さんが毒を盛られたって本当ですか?」「ああ。新選組(おれたち)が島原で何かを探っていることに、敵側が気づいて荻野を始末しようとしたらしい。」「そんな・・」「調査は継続しろと荻野に伝えておけ。」「はい。」「そんなことをしたら、また荻野さんが危ない目に遭うんじゃ・・」「お前は余計な口を挟むな、仕事しろ。」「はい・・」 伏見にある旅籠『いぶき』の二階では、禁門の変から逃げ出し、再起を図ろうと画策している長州の浪士達が集まっていた。「島原に潜んでいた壬生狼に毒を盛りました。」「それはちょっと不味かったね。味方に毒を盛られたとなれば、向こうも黙ってはいまい。」「ですが、このままだとあいつらに我々の計画を勘付かれてしまいます。」「君はいつもはやまった行動をするのが玉に瑕だね、恩田君。」「申し訳ありません・・桂先生。」「“先生”と呼ぶのはやめてくれ。」「これから、わたしはどうすればよいでしょうか?」「何も心配は要らないよ。」桂小五郎はそう言うと、自らが犯した失敗を自分に詫びる部下の肩を優しく叩いた。「一度犯した過ちを、繰り返さなければいいだけのことだ。君には、嵐山の尼寺にこの文を届けに行って貰いたい。」「わかりました。」「頼んだよ。」闇の中へと消えてゆく部下の背中を見送った桂は、溜息を吐いて懐からある物を取り出した。 一方、何者かに毒を盛られた千尋は一命を取り留めた。「副長から文を預かって参りました。」「有難うございます。」歳三からの文を受け取った千尋がそれに目を通そうとすると、誰かが部屋に入ってくる気配がしたので、彼はそれを懐に隠した。にほんブログ村
2014年11月15日
コメント(2)
「お待たせしました。」「女将さん、嘉乃(よしの)さんはここにいつ来られたのですか?」「嘉乃は、三年前にここに来ましたえ。前は島原で太夫として働いてたて聞いたけれど、事情があってこっちに来たって言うてました。」「その事情というのは・・」「金絡みですわ。あの子の家は昔裕福やったけれど、悪いやつに騙されて一文無しになって、借金を親の代わりに返していると聞いていました。」すず屋の女将・千冬はそう言うと、茶を一口飲んだ。「そうですか・・」「おかあさん、只今戻りました。」 玄関先で少女の声が聞こえたかと思うと、部屋に一人の舞妓が入って来た。「嘉乃、お帰りやす。この人は橘太夫の使いやそうや。」「橘姐さんの?」千冬の言葉を聞いた嘉乃の顔が強張った。「嘉乃さんと二人きりでお話ししたいのですが、宜しいでしょうか?」「へぇ、構いまへん。」 千冬が部屋から出て行った後、千尋は嘉乃の方へと向き直った。「うちがここに居る事、何でわかったんどすか?」「島原であなたを贔屓にしてくださっていた生駒屋さんからあなたの事をお聞き致しました。嘉乃さん、あなたが何故島原から姿を消したのかを、先ほど女将さんから聞きました。」「そうどすか。」嘉乃は千尋の言葉を聞くと、そう言って笑った。「うちの実家は、大坂でも名の知れた大店どした。けど、悪い奴に父は金を騙し取られて、借金を残して首を吊って死にました。残された母と幼い兄妹達を養う為に、島原に行きました。そこでうちは、ある人に出会いました。」「ある人、とは?」「長州の、久坂玄瑞(くさかげんずい)様どす。」「久坂玄瑞・・」その名は、幾度も聞いたことがある。禁門の変で追い詰められ、寺島忠三郎とともに自刃した男だ。「久坂様は、うちに優しくしてくれはりました。うちは久坂様がお越しになるのを指折り数えて待つようになりました。久坂様も、うちによく会いに来てくれはりました。」嘉乃は、そう言うと久坂と過ごした日の事を思い出すかのように、ゆっくりと目を閉じた。「うちは久坂様と一緒に居る時が幸せどした。うちと久坂様は深い仲になり、うちは久坂様の御子を産みました。」「その子は、今どちらに?」「嵐山にある尼寺に預けてます。うち、これから鼓の稽古があるんどすけど・・」「お時間を取らせてしまって、申し訳ありませんでした。わたくしはこれで、失礼いたします。」千尋がそう言って部屋から出ようとしたとき、嘉乃が突然激しく咳込んだ。「嘉乃さん、どうかなさいましたか?」「ただの風邪どす。」「そうですか・・」 嘉乃から久坂玄瑞と付き合っていたこと、彼の子を産んだことを知った千尋は、その話をすぐさま監察方に話した。「その嘉乃って舞妓、怪しいな。荻野にはその舞妓が長州の浪士と連絡を取り合っていないかどうか探りを入れさせろ。」「御意。」 その日の夜、千尋が座敷で客を接待していると、一人の男が自分を見つめていることに気づいた。にほんブログ村
昼間は人気がなかった島原は、夜になると喧騒に満ち、音羽屋の中は座敷で遊ぶ客や太夫の声で賑やかになった。「千尋ちゃん、うちと一緒に生駒屋はんのところへ行こうか。」「はい。」橘太夫とともに大坂商人・生駒屋の座敷へと向かうと、そこには金屏風の前に恰幅の良い男が座っていた。「橘か、よう来たな。その子は誰や?」「この子は振袖新造の千尋どす。」「初めまして、千尋と申します。」「堅苦しい挨拶はええ。」生駒屋はそう言って千尋に手招きすると、彼に酌をするよう命じた。「生駒屋さん、最近大坂では長州の浪士達が潜伏している噂があるとか・・」「ああ、禁門の変で京から追い出された奴らの残党をよう見かけるわ。」「それは物騒ですね。」「まぁ、今は大人しくしているけど、うちの隣の家に金を強引に借りようとしていて追い出されたのは見たことあるわ。」「そんなことがあったのですね。」大坂に長州の浪士達が潜伏していることは間違いない。「生駒屋さん、前にここに居た嘉乃(よしの)って子のことはご存知ですか?」「ああ、あの子の事なら知ってるわ。芸の立つ子やったけど、家の事情で島原を出たって聞いたわ。」「まぁ、それは初耳です。」生駒屋に再び酌をしながら、千尋は彼に話の続きを促した。「嘉乃の実家の店は、賊に襲われて財産を奪われて、天涯孤独になった嘉乃は遠縁の親戚の家に預けられたけれど、家計を助ける為に島原に来たことを聞いたわ。」「そうですか。」「もう湿っぽい話は止めて、何か見せてくれんか?」「わかりました。」千尋は生駒屋の前で舞を披露した。「橘、千尋は将来お前のような太夫に育つやろうなぁ。」「そうどすなぁ。」そう言った橘太夫は、何かを懐かしむかのような目をしていた。「千尋ちゃん、後で生駒屋はんがあんたに話があるらしいわ。」「そうですか。では後で生駒屋さんのお座敷に伺います。」 橘太夫と座敷の前で別れ、千尋はそのまま生駒屋が居る座敷へと向かった。「生駒屋様、千尋でございます。」「おお、来たか。」「わたくしにお話とは何でしょうか?」「さっき話した嘉乃の事やけどなぁ、あの子今祇園に居るで。」「まぁ、それは本当ですか?」「ああ。祇園にあるすず屋で舞妓してるで。」「有難うございます。早速明日行ってみます。」「千尋ちゃん、あんたも色々と事情を抱えているから、嘉乃のことを可哀想やと思うてるようやけど、あの子に騙されたらあかんで。」「はぁ・・」 翌日、千尋は生駒屋から渡された祇園の置屋「すず屋」を訪ねた。「あの、こちらに嘉乃さんという方はいらっしゃいますか?」「嘉乃やったら、今三味線の稽古で出かけてますけど・・どちらはんどすか?」女将はそう言うと、訝しげな顔を千尋に向けた。「わたくし、島原の橘太夫の使いで参りました、千尋と申します。」「そうどすか・・ほな、中で待っておくれやす。」にほんブログ村
2014年11月12日
「千尋ちゃん、どないしたん?」「いえ、何でもありません。」「またあの子にちょっかい出されたんか?」橘太夫の禿に突っかかられたところを見ていた他の太夫がそう言って千尋を見た後、溜息を吐いた。「姐さんは、あの子の事をご存じなのですか?」「まぁなぁ。あの子は千里いうて、音羽屋の前に赤子の時に捨てられていた子なんや。橘姐さんは千里の事をよう可愛がってはるから、あんたに姐さんを取られるんやないかと思うてちょっかい出したんやない?」「そうですか・・」「あんまり気にせん方がええわ。」「わかりました。」その太夫に頭を下げると、千尋は他の振袖新造達とともに鳴り物の稽古がある部屋に入った。「お師匠さん、有難うございました。」「あんたはええ筋をしてはるなぁ。立ち居振る舞いも洗練されとるし・・あんた、どこぞの武家のお嬢様やったん?」「ええ。家はわたくしが幼い頃に没落してしまいまして、祖母からは名家の誇りを忘れるなと、色々と鳴り物やお茶などの習い事を受けました。」「そうか。まぁあんたのような訳ありの子はようさん見てきたわ。この前もなぁ、ここにわけありの子が来ていたなあ。」「そうですか・・」「何でも、大坂の大店の娘やったけれど、家が賊に襲われて売り飛ばされたて聞いたえ。」「その子の名前は、わかりますか?」「さぁ、忘れてしもうたなぁ。その子はもう、島原から急に消えたしなぁ・・」三味線の師匠から興味深い話を聞いた千尋は、すぐさまその話を文にしたため、監察方に手渡した。「大坂の大店の娘ねぇ・・その娘が、長州の浪士どもと連絡を取り合っているかもしれねぇなぁ。」「大坂にはまだ、禁門の変で京から追い出された長州の浪士どもが再起を図って潜伏しているという噂がある。引き続き、荻野君には警戒を怠らないようにしてくれと伝えてくれ。」「わかった。」副長室の中で歳三と近藤がそう話をしているのを襖越しに千が聞いていると、誰かが彼の肩を叩いた。「君が、千君だね?」「はい・・」千が振り向くと、そこには参謀として新選組に入隊した伊東甲子太郎が立っていた。「君にひとつ、頼みたいことがあるんだ。」「何でしょうか?」「ここでは人目がつくから、離れに来てくれないか?」「はい・・」千は伊東とともに離れへと向かうと、伊東は自分の隣に座るよう勧めた。「あの、僕に頼みたいことって何でしょうか?」「君は土方君と親しいようだね?」「親しいというよりは、ただ仕事を与えて貰っただけです。」「そうか。」千の言葉を聞いた伊東は、急に千に興味を失くしたようだった。「君はもうさがっていい。」「はい・・」(伊東先生は、僕に何を頼みたかったんだろう?)にほんブログ村
「え、島原に潜入するって・・」「副長直々の命です。この事は幹部の先生方と副長、局長しか知りませんので、決して口外してはなりませんよ、わかりましたね?」「は、はい・・」「ではわたくしが留守の間、小姓の仕事を頼みましたよ。」「行ってらっしゃい・・」 翌朝、千は歳三の命で島原へと向かう千尋を西本願寺の門前で見送ると、そのまま小姓の仕事に取り掛かった。「千君、副長が呼んでいますよ。」「はい、直ぐに参ります。」 総司に呼ばれ、千が副長室に呼ばれて部屋の中に入ると、そこには文机の前で何処か気難しそうな顔をして文を読んでいる歳三の姿があった。「副長、お呼びでしょうか?」「千、荻野が島原に潜入捜査をしたことはもう知っているだろうな?」「はい。」「お前か荻野か、どちらかが島原に潜入捜査をして貰うことで近藤さんと少し揉めたんだが、まぁ荻野の方がお前よりも落ち着きがあるし、和歌や書画を嗜んでいるから、島原に潜入させるのは荻野の方が相応しいと俺が決めた。」「まぁ、僕は何にも出来ない役立たずですけれど・・」「そう拗ねるな。お前に出来る仕事はあるさ。」「別に拗ねてなどいません。」「荻野が居ない間、小姓の仕事は全てお前に任せるから、余りへまをするなよ。」「わかりました。」 一方、島原に潜入した千尋は、金髪碧眼という珍しい容姿と、和歌や書画を嗜む教養の高さに惹かれた客から高い人気を得ていた。「千尋はんは何処でそんな教養を身につけたん?」「江戸の父から色々と教わりました。将来嫁ぐときに、何処へ嫁いでも恥ずかしくないようにと。」「男子(おのこ)やのに、何で千尋はんのお父上様はそないな事を言わはったん?」「わたくしと初めて会ったとき、父ははじめ女子だと勘違いしたそうです。」「へえ、そうやったの。」そう言って千尋と話をしていた橘太夫は袖口で口元を隠してクスクスと笑った。彼女は島原でも一、二を争うほどの売れっ子太夫である。「あんたが島原(ここ)に来てから、うちの周りが急に賑やかになったわ。」「そうですか?」「まぁ、今まであんたみたいな子は居れへんかったからなぁ。」「有難うございます。」楽しげに話す千尋と橘太夫の姿を、襖の陰から誰かがじっと見つめていた。(潜入捜査とはいえ、島原に長州の浪士達がいつ来るのかどうかはわかりませんね。それまでの間、色々と情報収集をしなければ・・)橘太夫の部屋から出た千尋がそう思いながら廊下を歩いていると、誰かが自分の前に足を突き出した。「おやおや、足を突き出すとは何と行儀の悪い禿(かむろ)ですね。」「やかましいわ、このあいの子が!」千尋を睨みつけながら、橘太夫の禿はそう言って真っ赤な舌を彼に向けて突き出すと、そのまま廊下の向こうへ駆け出して行ってしまった。にほんブログ村
2014年11月10日
(クソ、何で俺がこんな目に遭わなきゃならねぇんだ!) 蔵に再び閉じ込められた少年―栗田は、苛立ち紛れに蔵の扉を蹴った。外からは何の音もしない。恐らく、自分を閉じ込めた男は屯所の方へ戻っていってしまったのだろう。ほんの数日前までは、友人達と京都市内を観光していたというのに、自分だけが何故こんな目に遭うのだろうか。(あいつら、無事かなぁ・・)栗田はふと、一緒に居た友人達に想いを馳せた。彼らも、自分のようにこんな所に閉じ込められてはいないだろうか。(それにしても、荻野の奴、冷てぇよな・・俺の事を覚えてもいねぇなんて・・)副長室で自分と対峙していた同級生は、自分の事を知らないとあの怖い男に言い張った。名前すら知らなくても、彼とはこの半年間同じクラスで学んだ仲間だというのに、冷たいではないか。(まぁ、あいつに自分の事を知っているかって聞かれたとき、何も答えられなかったもんな・・)思い起こせば、栗田は余り千の事を知らなかった。いや、知ろうとしなかったのだ。彼は余り自分達のような派手なグループと関わろうとはしなかった。自分達を含んだ、クラスメイトと千はいつも距離を置きたがっていた。はじめは彼の事をよく気に掛けて、栗田は彼に色々と話しかけていたが、彼は余り栗田の話に乗ってこなかった。次第に彼は自分達のような人間と付き合いたくないのだろうと気付き、一学期の終わりごろには彼に余り話しかけなくなっていた。(荻野の奴、何を考えているのかわからねぇからなぁ・・)何故彼は―千は、自分達を避けようとしていたのだろうか。(嫌われているのかなぁ、俺・・)栗田がそんな事を思いながら膝を抱えて座っていると、蔵の扉が開いた。「食事です。」「荻野、俺お前に何か嫌われるような事をしたか?」「一体何の話ですか?」そう言って栗田を冷たく睨む少年は、千と瓜二つの顔をしてはいるが、彼と違うのは、背中までの長さがある髪を一括りにしている事と、凛とした雰囲気を漂わせている事だ。「わたくしはあなたの事なぞ存じません。」「俺はいつになったらここから出られるんだ?」「それは、わたくしが決めることではありません。」千と同じ顔をしている少年は、そう言うと栗田の前に夕餉を置き、再び蔵の扉を閉めた。「荻野、奴の様子はどうだ?」「変わりありません。それよりも副長、わたくしにお話ししたいこととは何でしょうか?」「実は、ここ最近島原や祇園に長州の浪士どもが夜な夜な会合を開いていると、監察方から報告を受けた。そこで、お前が島原へ潜入して奴らの動きを見張って欲しいと思っているんだが・・」「何故、わたくしが?女装するのならば、沖田先生や斎藤先生が適任の筈ではありませんか?」「二人とも忙しいし、敵の方に顔を知られている。それに、お前は島原に潜入しても、奴らに正体を見破られるような事はしないだろう?」「ええ。」「荻野、俺の期待に応えてくれるか?」「わかりました。」そう言って歳三を見つめる千尋の瞳は、恋する乙女のそれに似ていた。にほんブログ村
千が斎藤達と朝餉を食べていると、蔵の方から歳三と総司、そして千尋が大広間に戻って来た。「副長、あの・・」「千、後で俺の部屋に来い。荻野、お前もだ。」「わかりました。」歳三はそう言うと、座布団の上に腰を下ろした。(何があったんだろう?) 朝餉の後、千と千尋が副長室に入ると、そこには蔵の中に監禁されていた少年の姿があった。「副長、この者が何故ここに居るのですか?」千尋はそう言うと、冷ややかな視線を少年に向けた。「こいつが俺に自分の話を聞いてくれと煩くてな・・お前達を証人として、ここに呼んだんだ。」「証人、ですか?」「ああ。俺と二人きりだと、後で嘘を吐いたとわかっても上手く誤魔化すだろうからな。」「わかりました。」千尋はそう言うと、少年を見た。暗い蔵で数日間監禁された所為か、捕えられた時よりも少し痩せているように見えた。「話したい事があるのなら、黙っていないでさっさと話したらどうですか?わたくし達はあなたとは違って、暇ではないのですから。」「そんなきつい事言うなよ~、俺ここに来る前の事を必死に思い出しているんだからさぁ。」少年はしきりに髪を掻くと、ぼそぼそと自分が幕末にタイムスリップした前のことを話し始めた。「俺、友達と三人で伏見稲荷大社に行ったんだ。まぁ他に何もすることないからさぁ、稲荷像に乗っかって写真撮ったりしてふざけていたらさぁ・・突然急に雨が降って来て・・雷が俺の傍に落ちてきて、死ぬかと思ったよ。」「罰当たりな事をしたものですね。神の前でそのような振舞いをなさったから、神が怒ったのですよ。命だけ取られなかっただけ、有難いと思いなさい。」そう言った千尋は、再び氷のような冷たい目で少年を睨んだ。「気絶して暫く経って目が覚めて、俺は伏見稲荷大社から出て・・」「見知らぬ世界に迷い込んだ、というわけですね?」「うん、まぁそんな感じ。」「副長、今の話を聞いている限り、この者が法螺話をでっち上げているようには思えませんでした。」「そうだな・・千、お前はどう思う?」「僕はわかりません。話を信じる、信じない以前に、この者を僕は余りよく知らないので。」「おい、同じクラスだったってのに、随分と冷てぇじゃねぇか!」「同じクラスだからといって、一人一人生徒の名前と顔なんて、覚えていません。じゃぁ逆に聞きますけれど、あなたは僕の事をどれ位知っているというのですか?」「そ、それは・・」少年は千の問いに口ごもると、俯いた。「副長、この者はどうなさるおつもりですか?」「蔵に閉じ込めておくしかないな。俺の小姓は二人で充分だし、こいつの姿を隊士達に見られたら厄介事が起きるかもしれん。」「また俺をあんなところに閉じ込めるのかよ、勘弁してくれよ!」「外に放り出されないことだけでも有難いと思いなさい。」「斎藤、こいつを蔵に戻せ。」「承知しました。」 副長室の外に控えていた斎藤は、少年の腕を捻じりあげ、彼を蔵に連れて行った。にほんブログ村
2014年11月05日
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罵声と怒号が飛び交う体育館の隅に、千は立っていた。「このたびは誠に、本当に申し訳ありませんでした!」 壇上に立っていた校長をはじめとする教師達は、保護者達に向かって頭を上げた。「謝れば済むとでも思っているのか!?」「そうよ、土下座しなさいよ!」保護者達の間から土下座コールが湧き起り、教師達は一列になって土下座した。すると保護者の一人が壇上に上ると、無抵抗な教師の一人を殴った。その後に続けとばかりに、他の保護者達も次々に壇上に上がっては、教師達に罵声を浴びせた。(やめて・・先生達は悪くない。)そう声を大にして叫びたいのに、千はその場から動くことも、声を出すこともできなかった。その時、彼はまた夢の中に居るのだと解った。やがて体育館の混沌とした風景が白く霞かかったように徐々に薄れてゆき、銭の目の前に闇が広がった。「千君、大丈夫ですか?酷く魘(うな)されていましたよ?」「沖田先生・・すいません、寝坊してしまいました。今日は初稽古の日なのに・・」「土方さんからはわたしが事情を話しておきましたから、君は何も心配することはありませんよ。」「有難うございます。」 千は厨房で朝餉の準備をしながら、あの夢は本当に自分が居た世界で起きたことなのかという疑問を抱き始めていた。夢は、時として己の欲望を見せることがあると、昔読んだ本の中に書かれてあった。だが、あの光景は千が望んだものではない。それに、もし仮にあんな悪夢のような光景が、実際に自分が居た世界で起きているとしても、千はどうすることも出来ない。 現代に戻る術が見つからないのだから。「千君、どうしました?」「少し悪夢に魘されてしまって・・その所為で眠気が残っているようです。」「そうですか。そういう時は、熱い茶を一口飲むと眠気が覚めますよ。」「有難うございます。」「この生活に慣れるのは時間がかかりますから、余り焦らないでくださいね。」「はい。」総司に優しく背中を叩かれ、千がそう言って彼に頭を下げえると、総司は千に優しく微笑み、厨房から出て行った。(忘れよう。)自分が居た世界の事は、暫く忘れてしまう方がいい。夢であんな光景を見ても、自分にはどうすることができない。それよりも、幕末でどう生き抜いていったらいいのかを考えなければ。「千君、おはよう。」「おはようございます、斎藤先生。」「後で副長から連絡があるだろうが、君はもう蔵に食事を運ばなくていいことになった。」「何故ですか?」「それは、後で副長に聞けばいい。」にほんブログ村
「だから、俺は怪しい者じゃねぇって!」「黙れ!」「なぁあんた、本当にあの土方歳三か!?サインくれよ!」 総司とともに千が大広間に入ると、そこには自分と同じ制服を着た少年が永倉達に取り押さえられていた。「千君、彼の事を知っていますか?」「いいえ、知りません。」少年と千は同じクラスに居たが、全く面識がなかったので、総司の質問に彼は素直にそう答えた。「永倉、原田、こいつを蔵に放り込んでおけ。」「おい、俺に気安く触るなよ!」少年はそう叫ぶと、自分を取り押さえようとする永倉と原田を殴った。「大人しくしろ!」少年の拳が鼻に当たった原田は、そう言うと強烈な膝蹴りを彼の鳩尾にくらわして彼を黙らせた。「沖田さん、彼はどうなるのですか?」「それはわたし達が決めることではなく、土方さん達が決める事ですから。」「千、後で俺の部屋に来い。お前に話しておきたいことがある。」「わかりました。」 夕餉を食べ終えた千が副長室に入ると、歳三が渋面を浮かべながら両腕を組んで座っていた。「副長、僕にお話とは何ですか?」「蔵に放り込んだ不審者のことだが、あのまま奴を外に出すのは危険すぎる。当分食事の世話はお前がやって欲しいんだが・・」「わかりました。」「総司から聞いたが、本当に奴とは面識がないんだな?」「ええ。」「お前の護衛として、斎藤にも付き添って貰うことする。」 斎藤とともに少年が居る蔵へと入った千は、隅で体育座りをしている彼の前に夕餉の膳を置いた。千が少年に背を向けて蔵から出ようとしたとき、突然少年が千の手を掴んだ。「なぁ、お前荻野だよな?」「あなた、誰ですか?」「とぼけるのもいい加減にしろよ!同じクラスに居たのに、俺の事を忘れたのかよ!?」「ええ。あなたとは全く面識がなかったので。僕は忙しいのでその手を放してくれませんか?」千はそう言うと、邪険に少年の手を払いのけた。「千君、大丈夫かい?」「はい。」「向こうは君の事を知っているようだったが、本当に彼とは面識がないのか?」「ええ。」千は蔵の扉に南京錠を掛けると、斎藤とともに蔵を後にした。「千君、おやすみなさい。」「沖田さん、おやすみなさい。」その日の夜、千が寝床に就いて目を閉じると、今度は通っていた高校の体育館の中に立っていた。そこでは保護者達が集まり、壇上に居る教師達に詰め寄っていた。「先生、一人の生徒が修学旅行中に失踪するなんて、よほどのことがあったんじゃないですか!?」「しかも、もう一人の生徒も失踪したっていうじゃないか!この学校の管理体制は一体どうなっているんだ!」「うちの子に何かあったらどうするつもりだ!」「責任を取れ!」「誠意を見せろ!」保護者達から罵詈雑言を浴びせられ、壇上に居る教師達は彼らの怒りが鎮まるのを待っていた。 そんな彼らの姿を、マスコミのカメラが撮影していた。にほんブログ村
2014年10月29日
「良かった、やっと気が付いた。」頭上から総司の声が聞こえ、千が目を開けると、自分の周りには総司と千尋が立っていた。「沖田さん、僕は・・」「昼餉の支度をしている途中、倒れたんですよ。あの暑さでは、無理もないでしょうけれど。」「すいません、ご迷惑をおかけてしまって。」「いえ、謝るのはわたし達の方ですよ。あんな暑いところで昼餉の支度をさせてしまったのですから。」総司はそう言うと、千に水が入った湯呑を手渡した。「夕餉まで横になってゆっくり休んでください。」「すいません、お言葉に甘えさせていただきます。」「それじゃぁ荻野君、わたし達は巡察に行きますよ。」「はい、沖田先生。」総司と千尋が部屋から出て行った後、千は再び目を閉じた。 千は自宅のリビングに立ち、テレビの前でゲームに興じる弟・圭太の姿を見ていた。「圭ちゃん、もうゲームは止めなさい。」「わかったよ。」圭太はそう言って唇を尖らせた後、ゲーム機の電源を切って塾の鞄を背負った。「塾が終わったら、ママの携帯に掛けてね。」「わかった、行ってきます。」圭太がリビングから出て行くのを見送った千佳は、溜息を吐いて椅子に座った。「千尋、何処に居るの?」彼女はそう呟いた後、手の甲で涙を拭った。(母さん・・)目の前に母が居るというのに、なぜか千は彼女に触れることも、話すこともできなかった。試しに千佳の肩に手を置こうとすると、千の手は彼女の肩をすり抜けてしまった。その時、自分は夢の中に居るのだと、千は漸く気付いた。「千尋、早くわたし達のところに帰ってきて・・」(母さん、僕はここに居るよ!)千が再び千佳に向かって手を伸ばそうとしたとき、突然世界が暗転し、彼は闇の中へと真っ逆さまに落ちていった。 夢から覚めたとき、千は苦しそうに呻きながら、枕元に置いてあった湯呑を手に取り、その中に残っていた水を一気に飲んだ。そっと部屋から縁側から出ると、空には月が浮かんでいた。「やっと起きたか。」「副長・・」「お前の分の夕餉は荻野の部屋に運んである。腐らないうちに食べておけ。」「わかりました。」総司の部屋から千尋達が居る大部屋へと向かった千は、部屋の片隅に置いてある自分の夕餉を食べた。「いただきます。」千が夕餉を食べていると、何やら廊下の方が急に騒がしくなった。(どうしたんだろう?)「千君、ちょっとわたしと来てもらえますか?」「どうしたんですか、何かあったのですか?」「巡察中に、不審者が屯所をうろついているという知らせを受けて、わたしがその不審者を捕えたのですが、千君に会うまで何も話さないと言っているのですよ。」「そうですか。その不審者は、どんな格好をしていましたか?」「君と同じような、西洋の服を着ていましたよ。」(もしかして、その不審者は僕と同じように現代から来た奴かもしれない・・)にほんブログ村
(母さん、僕ここに居るよ!)千は必死に母親に向かって呼びかけたが、母親は自分に気づかなかった。「荻野さん、息子さんの事は我々と警察に任せていただけないでしょうか?」「わかりました・・」母親は少し納得がいかない様子で月田にそう言って頭を下げると、そのまま生徒指導室から出て行った。「千佳(ちか)さん、コンロの火がつけっぱなしよ。」「あ・・」「千尋のことが心配で堪らないのはわかるけれど、家事はしっかりして頂戴ね。」「すいません、お義母様。」千尋の母・千佳はそう言って姑に向かって平謝りすると、彼女はわざと大きな溜息を吐いた。「まったく、隆はどうしてあなたみたいな人と結婚したのかしらねぇ・・」姑の言葉が、鋭い棘となって千佳の胸に深く突き刺さった。彼女が千尋を連れて隆と結婚したことを、姑は快く思っていない。 隆と千佳が知り合ったのは、千佳が最初の夫と離婚し、千尋を出産してシングルマザーとして働いていたコールセンターだった。隆はそのコールセンターの主任として働いており、パートタイムの従業員として採用されたばかりの千佳に仕事の指導をしてくれた。はじめは職場の上司と部下という関係であったが、次第に互いの心が惹かれ合い、隆と千佳は恋人として付き合うようになった。だが、千佳は自分に離婚歴があることと、シングルマザーであることを隆には言えなかった。「千佳さん、僕と結婚してくれませんか?」「実は、わたしは一度結婚に失敗していて、子供が一人居るんです。」「そうですか。僕も前妻との間に一人男の子が居るんです。」隆からクリスマスにプロポーズされた時、千佳は彼が前妻と死別したこと、彼女との間に子供が一人居ることを知った。 互いに子連れでの再婚ということもあり、双方の両親、特に隆の母親が二人の再婚に猛反対した。「離婚歴があるシングルマザーなんて、荻野家の嫁には相応しくないわ。」「母さんには僕の人生に口を出す権利はないよ。どうしても千佳さんとの結婚を認めてくれないのなら、僕は母さんたちと親子の縁を切る!」絶縁を切り出された隆の母親は漸く千佳と隆の結婚を認めたものの、千佳が隆との間に息子を産んでも、彼女は千佳のことを荻野家の嫁とは認めようとはしなかった。「千佳さん、今日千尋の学校に行ってきたんでしょう?担任の先生は何ておっしゃっていたの?」「千尋は学校ではいじめられていないと言っていました。」「そんなの嘘に決まっているでしょう。学校はね、自分達に都合の悪いことはすぐに隠蔽(いんぺい)しようとするのよ。O市の事件だって、教育委員会までグルになっていじめの事実を隠そうとしていたじゃないの。」千佳の言葉に、姑はそう言って息巻いた。「でも、担任の先生がクラスのみんなにアンケートを取ったら、いじめはなかったって・・」「アンケートを取ったからといって、みんな嘘を吐いて都合のいいことを書いたに違いないわ。今の子達は、自分さえよければ他人なんてどうでもいいと思っているのよ。」姑は茶を一口飲むと、そのままリビングから出て行った。「お義母様、どちらへ?」「今日は詩吟の会があるの。昨日あなたにちゃんと伝えた筈でしょう?」「すいません・・」「あなた、病院で認知症の検査をしてみたらどう?最近では働き盛りの年代にも認知症に罹っている人が多いんですってよ。」口が達者な姑に、千佳は何も言い返すことができなかった。にほんブログ村
(悪いこと、聞いちゃったのかな・・) 千はそう思いながら、千尋とともに大広間へと向かった。「千、遅かったな。何かあったのか?」「ええ、少し支度が遅れてしまって・・」「余りもたもたするな。お前の仕事はたくさんあるんだからな。」「はい。」歳三から睨まれ、千はそう言うと味噌汁を啜った。「土方さん、ちょっといいですか?」「何だ総司。用件なら手短に言え。俺は忙しくて、お前に構っている暇はねぇ。」「千君に対して、ちょっと厳しいんじゃないんですか?あの子はまだ新選組(ここ)に入って日が浅いし、色々とわからないことばかりで不安なのに・・」「だからといって、俺はあいつを甘やかすほど人間ができちゃいねえ。わからないことがあったら俺やお前にすぐに聞けば済む。そうせずに時間を無駄にするのはあいつの所為だ。」「土方さんなら、そう言うと思いましたよ。こんなことをお願いしたわたしが馬鹿でしたね。」総司はそう言うと、そのまま副長室から出て行った。 彼が廊下を歩いていると、丁度千が洗濯物を干していた。「荻野君、ここでの生活はもう慣れましたか?」「まだわからないことが沢山あって、千尋さん達から色々と教えて貰ったりしています。」「そうですか。解らないことは素直に誰かに聞けばいいですよ。」「わかりました、そう致します。」千は総司と話した後、再び洗濯物を干し始めた。(今頃、母さんどうしているかなぁ・・)ふと洗濯物を干しながら、千は現代の東京で自分の帰りを待っている母に想いを馳せた。急に自分が居なくなり、彼女は自分が何処に居るのかを心配していることだろう。どうすれば、元の時代に戻れるのだろうか―そんなことを思いながら千が縁側から屯所の中へと入ろうとしたとき、彼は一人の男とぶつかった。「すいません、お怪我はありませんでしたか?」「いいえ。君は、わたしと何処かで会いましたか?」「いえ、僕はあなたとお会いしたのは今回が初めてですけれど・・」「そうですか。」男はそう言って千に優しく微笑むと、彼の肩を叩いて廊下から去っていった。「千、もう洗濯物は干し終わったのか?」「はい。次は何をすればよろしいでしょうか?」「もうじき昼餉の時間になりそうだから、昼餉の支度を頼む。」「わかりました。」 9月になったとはいえ、熱気がこもる厨房の中はまるで蒸し風呂のような暑さだった。千は何度も額に滲む汗を手拭で拭いながら昼餉の支度をしていたが、急に目の前が霞んだかと思うと意識を失った。「先生、本当に息子は学校でいじめを受けていたんですか?」母親のヒステリックな声で千が閉じていた目を開けると、千は何故か自分が通っている高校の生徒指導室の中に立っていた。部屋の中央では、パイプ椅子に座った母親と月田が、机を挟んで対峙していた。「いじめというよりは、息子さんはクラス内から孤立していました。昨日クラスメイトからアンケート調査をしましたが、息子さんはクラスメイトからいじめられたという事実はありませんでした。」「じゃぁ、どうして修学旅行の途中に息子は失踪してしまったのですか?」「それは、我々にもわかりかねます。」月田は渋面を浮かべると、両手で拳を作った。二人は、千の存在にまったく気づかなかった。にほんブログ村
「あの異人、何者だ?」「さぁな。何でも、人探しに遥々英国から来たみたいだぜ?」「へぇ・・」原田たちが遠巻きに歳三と話しているアンドリューの方を見ると、彼は千と何かを話していた。『君の名前は、何というんだい?』『千と申します。』『向こうに居る子は?』『あの子は千尋さんといって、僕と同姓同名なんです。』『へぇ、そうなのか・・』『アンドリューさん、どうして妹さんを探しに遥々英国から来たのですか?』『実はね・・』 アンドリューの話によると、彼の実家であるレイノルズ伯爵家は、半年前に彼の父親である前当主が亡くなり、家を継ぐ者が居なくなってしまったのだという。『あなたが、家をお継ぎになればよろしいのではないのですか?』『実は僕は、イーストエンドの孤児院から貰われてきた養子なんだ。家を継げるのは、伯爵家の実子である僕の妹の、エミリーだけなんだ。そのエミリーは、17年前に突然姿を消してしまった。』『アンドリューさん、実は・・』「千さん、そちらの方はどなたです?」千尋が大広間に入ると、千が見知らぬ外国人の男性と話していた。「荻野さん、こちらの方はアンドリューさんといって、行方不明になった妹さんを探しに英国から来たんですって。」「そうですか・・」『君はエミリーに良く似ているね。』「わたしの母に?」「荻野さん、お母様のお写真はお持ちなのですか?」「ええ。」千尋はそう言うと、懐から一枚の写真を取り出し、千尋に見せた。そこには、一人の女性が写っていた。『これはエミリーに間違いない!』アンドリューは女性の写真を見ると、そう言って千尋を見た。『君はこれを何処で手に入れたんだい?』「父が、上洛する際に母の写真をわたくしに渡してくださいました。」『それじゃぁ、君がエミリーの子供なのか?』「はい、そうです。」『エミリーは、何処に居るんだ?』「母はわたくしが産んだ後、すぐに亡くなりました。」千尋の口から妹が亡くなったことを知ったアンドリューは、落胆の表情を浮かべた。『そうか、もうエミリーは亡くなってしまったのか・・』そう言うと、アンドリューはそっと千尋の手を握った。『君、名前は?』「千尋と申します。」『チヒロ、もし君さえよければ僕と一緒に英国に来てくれないか?』「それは出来ません。」『そうか。じゃぁ僕はこれで失礼するよ。』 翌朝、アンドリューは歳三達に屯所の前で別れを告げると、その足で英国へと戻って行った。「本当に、アンドリューさんと英国に行かなくてもよかったのですか?」「ええ。わたくしの家族は江戸に居る荻野の父と兄だけです。」朝餉の支度をしながら千尋はそう言って千を見ると、朝餉の膳を持って厨房から出て行った。にほんブログ村
「千、何処に行くんだ?」「副長からお使いを頼まれました。」「そうか。じゃぁ俺も一緒に行こう。お前はまだ京に来て日が浅いから道に迷いでもしたら大変だからな。」「有難うございます、斎藤さん。」 歳三からお使いを頼まれた千は、斎藤とともに屯所を出た。「本当に君は、荻野君と瓜二つの顔をしているな。」「よく言われます。」「それにしても、蒸し暑い日ばかりが続いて参るな。」「ええ・・」斎藤と洛中を歩きながら、千は時折手拭で額に浮かんだ汗を拭った。「千は、何処の国の生まれなんだ?」「江戸です。斎藤さんは?」「俺は会津の生まれだ。」「会津といえば、松平容保公が治めていらっしゃるところですよね?」「ああ。千はその年で意外と物知りなのだな。」「ええ、まぁ・・」少し幕末に興味があって、歴史書を読み漁った時期があったが、あの時得た知識が役に立つなんて千は思いもしなかった。「さてと、用は済んだし、もう戻るか?」「はい。」千と斎藤が屯所へと戻ろうとしたとき、突然通行人が道を開けた。「何かあったのでしょうか?」「さぁ・・」やがて向こうから、馬に乗った西洋人の男がやって来た。「異人はんや・・」「うち、初めて見たわぁ。」「ほんまに人を喰らうんやろうか?」通行人たちは口々にそんな事を囁き合いながら、馬に乗った男を見た。男は千達の前を通り過ぎようとしたとき、千の顔を見た。『旦那様、どうか・・』急に馬から降りた男は、千の前へとやって来た。『エミリー、エミリーなのか?』見知らぬ男に突然抱きすくめられ、千は驚いて男を見た。『君は、エミリーに良く似ているが・・人違いだな。』男はそっと千から離れると、彼を見た。どうやら彼は、千の事を誰かと勘違いしているようだった。『あの、僕を誰と勘違いしているのですか?』『君、英語が話せるのか?』『ええ・・エミリーというのは、どなたの事なのですか?』『エミリーは、僕の妹だ。17年前に日本に行ってから行方不明になっていたんだ。』『そうですか・・』男の話を聞いた千は、彼の妹が千尋の母親なのではないかと勘で解った。「斎藤先生、彼を屯所まで連れて行っても宜しいでしょうか?」「わかった。副長からわたしが話を通しておく。」「有難うございます。」斎藤に礼を言った千は、男の方に向き直った。『ここで立ち話もなんですから、屯所の方まで来てください。』『わかった。』「千、こいつは誰だ?」「この方はアンドリュー様といって、17年前に行方不明になった妹さんを探しに来日されたそうです。」「そうか・・」「副長、どうされますか?」「まぁ、巡り会ったのも何かの縁だ。暫くこいつの屯所での滞在を許す。」「有難うございます、副長。」にほんブログ村
「荻野、こいつが中庭で倒れていた奴か?」千尋が少年とともに夕餉の膳を大広間に運ぶと、長身の男がそう言って千尋と少年を交互に見た。「お前、名前はなんていうんだ?」「荻野千尋と申します。」「へぇ、同姓同名で同じ顔をしたやつって本当に居るんだな。俺は原田左之助だ、宜しくな。」「宜しくお願いします、原田さん。」「お前、幾つになるんだ?」「17になります。」「荻野と同い年か。」「てめぇら、何していやがる?」原田が千尋に絡んでいると、大広間に歳三が入って来た。「千、今夜は荻野と同じ部屋で寝ろ。」「わかりました。」 夕餉の後、千尋は少年と同じ部屋で寝ることになった。「そのカメオのペンダントは君の?」「ええ。この首飾りは、わたくしの母親の形見なのです。」少年は首に提げているカメオのペンダントを握り締めると、溜息を吐いた。「君のお母さんは・・」「わたくしを産んだ後に亡くなりました。何でも、エゲレスの貴族の娘だったと父から聞いております。」「そう・・僕には母さんが居るけれど、実の父親の顔は知らないんだ。」「あなたは、お父上を亡くされたのですか?」「違う。複雑な事情があって実の父親と、僕の母さんは僕がお腹に居たときに別れてしまった。今、実の父親が何処で何をしているのかがわからない。」「そうですか。」「兄弟は、居るの?」「ええ。腹違いの兄が二人おります。あなたは?」「僕には、父親違いの兄と弟が居るけれど、余り仲が良くなかったな。」「そうですか。わたくしは父が外で作った妾の子なので、上の兄はわたくしに対して優しくしてくださいましたが、下の兄はわたくしのことを疎んじておりました。」「そう・・」どうやら少年と千尋は、顔や名前だけではなく、家庭環境も同じらしい。「実家は江戸にありますが、そこには居場所がなくて、二年前に上洛したのです。」「そう。上洛する前は、何をしていたの?」「塾や道場に通い、勉学や鍛錬に励んでおりました。あなた様は?」「僕も君と似たような場所に通っていたけれど、そこにも居場所はなかったなぁ・・」千尋の脳裏に、教室の片隅で座っていた自分の姿が浮かんだ。友達を作ろうとするほど空回りして、いつしか千尋の周りには誰も居なくなってしまった。家庭には、学校よりも自分の居場所があったが、いつも義理の父親とその子供達に気を遣っていた。「どうなさったのですか?」「ちょっと嫌な事を思い出しちゃって・・」「そうですか。では、これから宜しくお願いいたします。」「こちらこそ、宜しく。」 こうして千尋こと千は、少年―自分と同姓同名の荻野千尋とともに新選組で暮らすことになった。「千、土方さんが呼んでいるぞ。」「わかりました、只今参ります。」 翌朝、千尋が歳三の部屋に入ると、彼は文机に向かって仕事をしていた。「副長、何かご用でしょうか?」「茶をいれてくれ。」「わかりました。」にほんブログ村
「あの、ここは何処なのですか?」「ここは新選組の屯所です。」「そうですか・・あの、今は西暦何年なのですか?」「今は慶応元年です。」「さっきの方は、誰なのですか?」「先ほどのお方は、新選組副長である土方歳三様です。」「そうですか・・」千尋がそう言って俯くと、少年がひとつの部屋の前で止まった。「沖田先生、荻野です。」「どうぞ。」「失礼いたします。」千尋と少年が沖田総司の部屋に入ると、畳の上には千尋がリュックに入れてあった荷物が広げられていた。「これはすべて、君のものですか?」「はい。」「どれも面妖なものばかりですね。」総司はそう言うと、畳の上に置かれている千尋のスマートフォンを取り上げた。「これは、何ですか?」「これはスマートフォンといって、遠くに居る人と連絡が出来るものです。」「そうですか。それよりも、君の今後の扱いについてですが、土方さんの小姓として君は働いて貰うことになりました。」「そうですか・・」あの怖い男の下で働くのかと思うと、千尋は憂鬱になった。「そんなに心配しなくてもいいですよ。土方さんは怖そうに見えて、情が深いところがありますから。」「そうですか。」「それじゃぁ、君の荷物は後で返しますから、君は先に副長室へ行っていらっしゃい。」「わかりました。」 総司とともに部屋を出た千尋は、副長室へと向かった。「土方さん、連れてきましたよ。」「あの・・宜しくお願いいたします。」「まぁ、荻野と同姓同名だから、お前の事はこれから千と呼ぶことにした。」「わかりました。」「じゃぁ千、俺について来い。」「はい・・」 歳三に連れられ、千尋はある部屋に入った。「山崎、こいつの着替えを手伝ってやれ。」「わかりました。」切れ長の目をした男は、ちらりと千尋を見た。「君が、千君ですね?」「はい。」「その服だと目立つので、こちらの着物と袴に着替えてください。」「わかりました。」 その日の夕方、千尋が山崎の部屋から出ると、部屋の前にはあの少年が立っていた。「着替えが済んだのなら、わたくしについてきてください。」「わかりました。」少年とともに厨房に入った千尋は、彼と一緒に夕餉の支度をした。「随分と手際が良いですね。」「うちは共働きなので、家事は僕がやっています。」「そうですか・・」少年はそう言うと、夕餉の膳を運んだ。「ここに長く居たければ、無駄な事はしないことですね。」「わかりました。あの、あなたはお幾つなのですか?」「17ですが、それが何か?」「え、じゃぁ僕と同い年なんですか!?」「グズグズしていないで、さっさと夕餉の膳を運んでください。」「わかりました。」にほんブログ村
「なぁ、こいつどうする?」「どうするも何も、土方さんに怪しい者を捕えたと報告しないと・・」「そうですね。」頭上から話し声が聞こえて、千尋がゆっくりと目を開けると、そこには数人の男達が彼の顔を覗き込んでいた。「あの、あなた方は・・」「それを言いたいのはこっちだよ。君、名前は?」「荻野千尋といいますけれど・・」「え?」黒髪の男がそう言ってじっと千尋の顔を覗き込んだ後、自分の隣に立っている少年を見た。「ねぇ荻野君、君この子と会ったことがある?」「いいえ。」「よくこの子の顔を見てごらんよ。君と瓜二つの顔をしているよ。」「はぁ・・」黒髪の男の隣に立っている少年がじっと千尋の顔を覗き込んできた。 少年は、自分と瓜二つの顔をしていた。「あの・・あなたは?」「わたくしは、荻野千尋と申します。」「え・・僕と同じ名前なの?」「そうですが?」「あの、ここは何処なのですか?」「ここは、新選組の屯所ですよ。」「君が中庭で倒れているのを見かけて、わたし達がここまで運んできたんだよ。」「そうなんですか・・」「まぁ、君がどうして中庭で倒れているのかは、別の人が色々と聞くから、今はゆっくりと身体を休めておくといい。」「わかりました。」男達が部屋から出て行った後、千尋は布団に包まりながら溜息を吐いた。 あの時、自分は地震で倒れてきた土産物屋の看板の下敷きになっている筈だった。だが、何故か見知らぬ部屋で、謎の男達と会話を交わしている。千尋は布団から起き上がり、部屋の中を見渡した。部屋の中は、まるで時代劇のセットのような造りになっていた。(何かの撮影かな?)千尋が部屋の中から出ようとしたとき、部屋に向かって歩いて来る足音が廊下から聞こえた。「てめぇか、中庭で倒れていた奴っていうのは?」 襖が開き、部屋に入ってきたのは、濃紺の着物に灰色の袴姿の男だった。「あの、あなたは誰ですか?」「てめぇの方から名乗るのが筋ってもんだろうが。」「僕は荻野千尋といいます。」「てめぇ、ふざけているのか!?」「副長、彼はふざけてなどおりません。彼はわたくしと同姓同名の方なのです。」突然部屋に入って来た男に凄まれ、恐怖に震えている千尋の背後から、涼やかな声が聞こえた。「そいつは本当か、荻野?」「ええ。」「あの、僕の荷物は何処にありますか?」「変な形をした背負子のようなものですか?あれなら沖田先生が預かっております。わたくしの後についてきてください。」「はい・・」自分が置かれている状況をまったく把握できぬまま、千尋は少年の後をついていった。にほんブログ村
2014年9月、京都。荻野千尋は高校の修学旅行で京都に来ていた。「荻野、本当に一人で大丈夫か?」「はい、大丈夫です。」「そうか・・何かあったら先生の携帯に連絡しろよ?」「わかりました。」ホテルのロビーで担任の月田と話をした後、千尋はリュックを背負ってそのままバスへと乗り込んだ。「明日、USJ楽しみだね。」「そうだね~」バスの後部座席に座っているクラスメイト達が楽しそうに話しているのを聞きながら、千尋はリュックの中から文庫本を取り出した。(早く修学旅行が終わってくれればいいのに・・)文庫本の活字を目で追いながら、千尋は修学旅行が終わって早く両親が待つ自宅に帰りたいと思っていた。リュックを自分の隣の座席に置くと、副担任の水岡がバスに乗り込んできた。「荻野君、隣には誰も座らないの?」「ええ。」「今日は自由行動の日だけれど、あなた何処の班に入るつもりなの?」「別に一人でもいいです。月田先生にもそう話しておきましたから。」「そう・・」水岡はじっと千尋を心配そうな顔で見た後、そのまま運転手の後ろの席に座った。バスが出発するまでの間、千尋以外の生徒達はグループで固まって、それぞれ好きな事を話していた。「みんな、全員揃っているな。今から点呼を取る。」月田が点呼を取った後、千尋達を乗せたバスはホテルを出発した。「今日は自由行動になるが、くれぐれも他校の生徒とトラブルを起こさないように。わかったな?」「はぁい。」「皆さん、今日も楽しい旅の思い出を作りましょうね。」やがて千尋達を乗せたバスは、西本願寺へと向かった。「じゃぁ皆さん、今から自由行動になりますが、くれぐれも他校の生徒達と喧嘩をしないこと、周りの迷惑になるようなことはしないでくださいね。それでは、解散!」バスから降りたクラスメイト達は、それぞれグループで固まって何処かへ行ってしまった。千尋はそんな彼らを尻目に見ながら、西本願寺の近くにある土産物屋へと入った。「おこしやす。」店の自動ドアが開き、着物姿の店員が笑顔を浮かべながら千尋を出迎えた。母親への土産でも買おうかと思った彼は、縮緬細工(ちりめんざいく)が施されている手鏡を手に取った。鏡には、眉間に皺を寄せた自分の顔が映っていた。「有難うございました。」手鏡を買った千尋が土産物屋から外へと出ようとしたとき、突然激しい揺れが彼を襲った。「何?」「地震!?」千尋はクラスメイト達とともにバスが停まっている場所へと走っている途中、再び激しい揺れを身体に感じた。「危ない!」誰かが自分の背後でそう叫ぶ声が聞こえたかと思うと、千尋は自分に向かって土産物屋の看板が落ちてくるのを見た。何かが倒れる音がして、彼は意識を失った。にほんブログ村