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カテゴリ:生命科学
戯言 夕一ゲッ卜夕ンパクプ口グラムの成果報告会(closed)というのに行ってきた。構造生物学の研究成果をどう評価するのか、という根本問題が浮かび上がってきつつあると感じた。 具体的には、骨太の基礎研究における構造生物学においてすばらしい成果をあげ ることのできる(比較的若い)貴重な才能まで、[創薬ごとき]に駆り出すべきではない、そういう出口志向のバイアスをかけるべきではない、という印象を持った。 [創薬ごとき]というのは、露悪的な言い回しかもしれないが、そして、piyota自身はとってもとっても創薬研究が好きでそのことに特段の誇りをもってもいる。しかし、だからといって、研究の基礎・応用の軸でいえば、極めて応用寄り、出口寄り、上流下流という言い方をするならば最下流であることに間違いない。そしてそれは出口志向ゆえに、近視眼的であることを免れ得ない。 これは、「創薬」に限らない。良くも悪くも、出口志向の研究というのは「近視 眼的」にならざるを得ない。近い未来に応用が可能だからこその出口志向なのだ から言葉の定義に等しい。 だが10年後20年後の生物学の礎を築くというのも、構造生物学の重大なミッションなのだと思う。そして、そういうことができる才能、学問の最上流で多くの追 従者を従えるような「真のインパクトのある研究をなしうる才能」というのは、 流石に限られているはずだ。ましてや、日本の構造生物学のように、研究者の層 が決して厚くはない新興分野であれば、なおのこと、そういう才能は貴重だ。だ から、「え!?あんな先生までスクリーニングとかリードオプティマイゼーションとか言ってる!?」、というくらい、「構造決定→シーズ発見→前臨床」という 強いバイアスがかかっている現状に危険な香りを感じた。それは、生命科学全体の発展と人材育成のバランスという点において、本当に健全なのだろうか、と。 もちろんそうなってしまった原因もよくわかる。一部の構造生物学研究が、装置 維持にまとまった資金を要するのは、悲しいが避けられない。たくさん税金を使 うのだから、tax payerに還元しろ、も正論には違いない。だが、それにして も、「だから創薬」というのは、あまりに近視眼的である。基礎科学における長 期的な視点と国家戦略というものを担保しないで、(納税者にわかりやすい)近 視眼的なアウトプットが見込める研究にばかり、そこまでバイアスをかけるのが 本当によいのであろうか? 基礎と応用研究の間の乖離が日本の創薬研究の問題点なことは事実なんだけれど も、だからといって基礎科学そのものを支えることというのも重要で他人に真似 できないミッションなわけであり、それがきちんとできる研究者は限られてお り、それがきちんとできる研究室こそが、次世代育成を担える拠点となりうる。 それを、予算獲得・プロジェクト防衛とかtax payerへの説明責任とか成果主義 とかの実施制度の形で、研究者の本来の才能にバイアスをかける(かかってしまう)というのは、あまりよくないんじゃないかと漠然と思った。 (僕ごときが思っても、あまり影響力はないんだけどね。) 創薬を志向した構造生物学者が増えたことを、単純に喜ぶべきなのかどうか、年末の物思いにふける piyotaの戯言 でした。 ![]() ブログ村で蛋白質立体構造関連のブログを探してみる お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012.02.08 16:09:49
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