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ご訪問 ありがとうございます。
しろくろ、シンプル、すくないモノで暮らす 
すずひのブログです。3人家族。ミニマリスト。

人生のさいごには、
葛籠(つづら)ひとつにおさまるだけ、の 
少ない持ちモノになっていたい。


 *** 読者のみなさまの おかげで ***

* すずひのブログが 1冊の本に なりました *


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幸せになる「勇気」

2019.08.23
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公開していた、最初の日記をお読みくださった読者さま、ありがとう。





お伊勢たい焼き。 お伊勢街道名物「縁屋(ゆかりや)」さんの たい焼き。
たっぷりの あん と「お餅」の入った、誠に縁起のよろしい たい焼きです。 美味しかった!



***************************************




わたしのブログの読者さまは、
なんとなくなのですけれど、わたしよりもお若いお方が多いような気がしているのです。

お子さんがいらっしゃる場合も、
きっと 今はまだ 中学生だったり、小学生だったり、そしてもっと幼くていらっしゃるような。

同世代のお母さまは どのくらい いらっしゃってくださるんでしょうか。



  *************************************



日々の出来事に対する感じ方って とても 人それぞれです。 さまざまです。
文章の受け取りかたに至っては、そのさらに上ゆく「とても さまざま」なのです。


それなのに。  きっと すごく「想像」してくださったのだと思うのです。


ああ、母親には、そんな気持ちになる日が訪れることがあるのか、って

わたし(と、おとーさん)のその時の様子を 目一杯「想像」してくださって、

見知らぬわたしたちの気持ちを少しでもわかろうと、寄り添ってくださったこと、ありがとう。



たくさんの「読んだよ」を、ありがとう。  「わあ、そうだったの!」を、ありがとう。



お話 聞いてくださった読者さま、本当に、ありがとう。  






                                     すずひ







わたしの日記をいつもお読みくださりながら、
優しくお心を寄せていてくださる読者さまの存在を・・・ 今日、改めて、強く感じました。

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いつも いつも 本当に、ありがとう。











↓10%クーポンが出てた!(※2019年8月23日(金)10:00 ~ 2019年8月28日(水)09:59まで)
 お子と一緒に吞めるまで、あと1年ちょっと。 亡くなった父も、孫と呑みたかっただろうな。










最終更新日  2019.08.23 18:12:17
2019.08.22
やるからには てっぺんを。

何かを始めようとするとき・・・ 最初は、一応は、こう思うのです。  わたしでも。


これは、大事です。
安易に諦めることなく、すぐに投げ出すことなく、
1歩1歩 上を目指して頑張るぞ!という純粋な気持ち、です。

空手なら「黒帯」を目指すあの感じ?です。 

空手道に1歩足を踏み入れたなら、おそらく、誰もが目指す「高み」でしょう?
黒帯目指すなんてバカじゃないの? やめとき!だなんて  誰も止めないでしょう?

やるからには、の。  目標や、向上心、というやつです。







お盆休み明けから、ここ何日か5時半起きです。家事が済んでもこの時間! 早起きってすごい。

  ↓ 大きめのまくらが好きなので、このサイズは貴重! 50×70cm!









なのに。

「目標!」とか「向上心!!」とか。
そういうハツラツとした頑張り方をし過ぎてしまいますと、疲れるようになってしまったのが
無理が祟るようになってしまったのが、48歳の わたしです。



そんな覇気のないことでどうする、と。
何度か自分を試してみました。 
なんと申しましょうか、自己を奮い立たせる、というか 自分に発破をかける、みたいなこと。


【 悲報 】何度やってみても「疲れる」という結果が出ました(笑)



  **************************************



許(赦)されることが好き。

「容赦」されることが好き。  もうね、いろいろと ゆるしてほしいの(懇願)


きちんと謝っているのに声を荒げて怒られる、とか 耐えられないし、
他者に対してそんなことをしてもよい人なんて 本当は存在し得ないと思っているし、
失敗しない人なんていないし、わざと失敗する人なんていないし。
  ( 謝らない人はどうかと思いますよ。非を認めない人。 謝れない人は、弱い人です。)


頑張っているのに理不尽な目に合う、ということに 耐えられなくなります。 
若い頃って、もうちょっと耐えられたんじゃないかという気がするんですけれど、
歳を重ねますとに、途端に堪えるのです。  そういう「仕打ち」みたいなことが。

定年退職って、思うに、そういう限界なんじゃないでしょうか。

他者からもたらされる「理不尽」に適応する限界。 ひどい仕打ちからの解放。
よくここまで 理不尽な仕打ちに耐えて頑張ったね。 
もう、赦されていいよ。頑張りすぎることは、もう、おしまいでいいよ、と。
ここからの人生は、もう怒ったりせず、どうか穏やかに、楽しく過ごしてちょうだいね、と。


リタイアという言葉が、わたしは好き。 全然弱々しくない。 頑張った人の「証」だ。





容赦のない世界に身を置くことは、わたしには、合わない。 
元来、わたしは、そういうタイプではない。


ゆえに。 この世界で。

片付けや、ミニマリストや、文章を書く世界で。

こういう世界で「身を立ててゆこう」という気持ちは、一切ない。 (←あ!言っちゃった!)










え、そんだけしか食べないの?! と驚かれたことがあります。
わたしは 決して少食な方ではありませんが、
食欲と精神状態の結びつき方が、多分、ほかの人と比べ、ものすごく強いのです。

お子が中2の終わりの冬頃だったでしょうか。 
地区大会の帰り。 頑張る姿を。 笑顔を見られたことが、本当に本当に 幸せで。
一緒に引率したお友達の息子さんも、緊張の中 精一杯頑張る勇姿が とても眩しくて。

こんなわたしに 大切なお子さんの引率を任せてくださったことも、とても嬉しくて。 

無事に任務を果たせて。 あとは帰るだけ。 もう、いろいろと胸がいっぱいで。

帰りに寄った浜松駅の、新幹線待ちの時間に入った「浜松餃子」のお店では・・・
餃子3個半で お腹がいっぱいになりました。 (生中は キュッと2杯いったがなビール ビール


胸がいっぱいだったり、心満たされていると、食欲が消え失せるところがあります。


月に1回のお楽しみのリラクゼーションマッサージの後に、
一人で回転寿司に行くコースが、実は大好きなんですけどね。 (渋いコースでしょ・笑)

心が満たされているから。 
お寿司3〜4貫くらいで お腹いっぱいになります(生中と冷や酒はいくが、な ビール 日本酒


酒呑みの気持ちとしては「昼間」に。「明るい時間に」という時点で、超・胸アツなのです。


多分、店主に顔を覚えられていると思います。

月に1度くらい来て、カウンターの端っこの いつも同じ席に座って、
えびアボカドみたいなお子様寿司三貫と湯葉刺しとかつまんで、顔色ひとつ変えず呑んで、
さいご、楽天edyで しゃりーんと払って帰る女。


わたしは、呑んでも赤くなりません。(青くなります)


ビールひとくち呑んだだけで可愛らしく赤くなる女の子が、羨ましかったです。




おっと話が逸れました。 大きく逸れました。







本当に美味しいレーズンパン。本当に美味しいカルピスバター。これとほうじ茶があれば、満足。




もう、これだけで充分って感じているのに、
もっと食べてみない? と すすめていただいても、もう食べられません、という感覚が、
暮らしの中の全てに於いてあります。


ものの量も。 服の量も。 冷蔵庫の中身も。 そして 自分への「課題」も。


ちょうどいい量が、いちばんいい。


いちばん気持ちよく わたしらしく、そして「健やか」でいられる。


若い頃は、せっかくすすめてくださったんだから、と ちょっと無理して食べることもできたし、取り組むこともできたし、
仮にそういうことをしてしまっても、胃も精神もちゃんと持ち堪えてくれたんですけれど、


48歳の胃は。 心は。  もう、一切 無理がきかないです(笑)


「NO!!!」 の 線引きが、なんかもうね、すごいのよ。  


我がことながら えええっ!? ってなるくらい。  はっきりと、厳しい。











これも、ものを捨ててわかったこと。 


昔はね、
人生の全ては勝負だと思っていたし、いつも勝利をおさめなければならない気がしていたし、
少し無理をしてでも頑張る方が人として立派なのだと思っていたし、
戦い続けている方が人生に張り合いがあるし、その方が一目置かれるとばかり思っていたの。



違った。 違った。 ぜんぜん違った。


本当は。わたしは。戦いも、競争も、好まなくて。
勝敗や順位づけされること全般も苦手で。


とても平和で、実は意外と優しくて(えっ!?)、のんびりした人間だったんだなあ、って。


戦わなくたって、成長はできる。
成長は、誰かを蹴落とすことではない。 1歩でも 半歩でもいい。 自力で前進することだ。


せかせか せかせか 生きていたんですけれど、あれも本来の姿と違っていたなあ、と。


のんびりおおらかな人を見て やたらイラついてしまうことがあったのは、
きっと、その人の中に「自分の本質」を見て、正直なその人が羨ましかったんだろうなあ、と。

わたしだって あなたみたいに のんびり生きたいんですけど ( *`ω´)!!って。

そんな のんびり生きてるのに周りから赦されてるなんて、あなた、ずるいわ!! と。



正直になると、いろいろな本心が見えてきますね。  恥ずかしいな (;_;)






1人でのお出かけなら、これが「お昼ごはん」ということも。
食欲に正直に向き合えば向き合うほど「3食きっちり食べる」ことって、意外としんどい。





もの(物質)は、すべてのものが微弱な波動を出していると聞きます。振動しているのだと。


目には見えないレベルで、震えてる。  相性とかも、きっとそこに起因するのでしょう。



もので装備を固め、自信のあるふりをしながら 実は中身は「空っぽ」で、 
いつか見破られるのではないか、と みっともなく怯えていたのがわたしでした。
まさに大げさに振動してた、って感じ。


本当に空っぽにしてみたら。 暮らしをがらーん にしてみたら。
バランスが取れたのか、心の揺れが・・・ 無駄な振動がおさまった。 収束した。


物理の難しいことは苦手ですが、反対側から同じ振動を与えると、振動って止まるんでしょう?
揺れも、波も、「静止」してしまうんでしょう?

「ものが欲しい」の振動の反対から「ものを手放す」の振動を発動。

がらーん とした暮らしの「落ち着き」って・・・ そんな「静止の力」なのかもしれない。

そこに居る人の心も、しーん、ってなって、振動から解放されて、穏やかに鎮まりかえる。


ものに、掻き乱されていた心が、おさまる。


穏やかな「凪」みたいに。


ミニマリスト界隈で人気らしきドラマの主人公のお名前も「凪ちゃん」なんですね ( ´▽`)ノ
番宣しか見てないですけど!(黒木華ちゃん可愛い。「花子とアン」の時から、大好きでした。)




「凪」が いい。  「凪」って、素敵。   人生は、もう、「凪」がいい。



「荒波」とか「大波」とか、 鳴門の「渦潮(うずしお)」な人生は・・・

           もう、よう 越えられません。  身がもちこたえられません(笑)








                                    おわり







小さめのアップルパイ。
倍のサイズでも、あれば食べちゃうのでしょうけれど、最初から小さければ、これで満足。

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小さなことで、少ないもので、少ない服で、そして「少ないおやつ」で自然と満足できるようになったことも 我がミニマルライフの大きな特徴かと。到達点は、人それぞれですね ( ´▽`)ノ

いつにも増して脱線しまくりなお話を、今日も最後まで聞いてくださって、ありがとう。













最終更新日  2019.08.22 20:36:33
2019.08.19
全国的に。 お盆休みがあけたかと思われる今朝です。 





そんな今朝。こうすればよかったのか!というクロワッサンの焼き方に関する発見がありました。




おとーさんは。 

昨日の午後あたりから 次第に笑顔が失われ、この世の終わりみたいな顔になり、
今朝は、うなだれ気味に、小さめのお弁当をたずさえて、しょんぼり出勤してゆきました。
今日も暑い1日になりそうです。


働くおかーさん方は。
長い連休中も家族のことや食事のことをあれこれすごく頑張って、
休んだ気もしないまま 今日からまたご出勤、「THE 平日」、ということで

そのお疲れはいかばかりか、と (;_;)
行きの電車から 爆睡してしまうのではないかと。 
今朝のご出勤はどれほどしんどいものなのか、と想像するのですが、


「家政婦みたいに 1日中 無償でこき使われるくらいなら、
                    仕事に出かける方がずっといい!」


というお気持ちがあるのだ、と 知りました。 すこぶる納得。 すこぶる仰せの通り。
 


割りに合わない、という言葉がありますが、「家事」がきっとそうで、
社会で働くことはとても大変なことだけれど、
どこまでも「無償」の家事と比べた時、それは はるかに「割に合うこと」なのでしょう。



お休みの日に、本当に「休めている人」って、一体、誰? 



そんな人、いるんかな (;_;)






クロワッサンだけは、トースターかオーブンじゃないとうまく焼けないと、決めつけていました。 今日のこれは・・・「魚焼きグリル」で焼いたんだよ!!





たとえ ご主人が出勤なさっても。 世の中は、まだまだ「夏休み真っ只中」です。

自分1人なら適当にサボってしまえるお昼ご飯も、夏休みですと、そうもゆかない。
元気の有り余ったお子さんと ひとりで対峙する おかーさんは、
昼間に静かなお茶の時間を ほんの30分 得ることすらも、困難なのでありましょう。
宿題が片付いていなければ、それも気になるし、お子さん本人もそざや憂鬱でありましょう。



お休みに、本当に「休めている人」って、ねぇ、一体、誰? 



そんな人、日本に いるんかな (;_;) (;_;)







暑くて、オーブン稼働したくなかった。
初めから半分に切って、断面をメインに弱火で。最後に ほんのちょっと表面も焼く、の作戦。





どの立場の人にも、それぞれの大変さが。


みんな、頑張っている。


お盆休みが終わっても、「真の平日」は、まだまだ先です。


ひとりになりたい病が、疼き出す。


みんな頑張っているんだから、頑張ろう。


ここにいるのはわたしだけですけれど、見えない「みんな」を、いつもどこか勝手に頼っている。


見えない連帯感に、実は 支えられている。


「ひとり」が すこぶる好きだけれど。


「みんなも頑張っている」という気持ちに 本当は支えられていること。
「みんなあってこそ」の、「ひとり」、なんだ。


本当に宇宙にひとりだったなら「ひとりになりたい」という概念すら 存在しないのだから。







焦げやすいクロワッサンも、高さを半分にすれば、焦げなかったよ!燃えなかったよ (;▽;)
もはやクロワッサンのためだけに必要だったウチのオーブン・・・これ、捨てられるのでは!?






そっか。 そうだったのか。 「ひとりになりたい」という気持ちって、

本当にひとりでは感じることもできないのか、って思うと・・・ なんだか 不思議。


「ひとりになりたい」や「ひとりの時間が嬉しい」という気持ちの正体。

それは、日ごろ誰かがいてくれるからこそ感じられる とても特別な、恵まれた感情。
 
むしろ他者が。 一緒にいてくれる「誰か」がいてくれないと 成り立たない感情。


「誰かにいてほしい。」 と 「ひとりになりたい。」  は。



どっちかだけは 存在し得ない。 「ふたつでひとつの感情」なのかもしれないですね。









                                    おわり








次に買い替える時は オーブンレンジじゃなくって「元祖・電子レンジ」でOKかもしれない!

↓ 祝!平日! 昨日はたくさんのポチッと、ありがとう ( ´▽`)ノ
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長かったお盆休み。 みなさま、本当に、本当に、お疲れ様でした ヽ(;▽;)ノ
お休みに対し「お疲れさま」なんて本来ならおかしいのだけれど、めっちゃ疲れるよね(泣)!













最終更新日  2019.08.20 11:48:56
2019.08.08
「見た目」を褒められて喜んでいると、「ほら馬鹿だ」と 嘲笑われてしまいそうですが。

女性でも、男性でも、若い人でも、ご年配でも。
そして わたしのような世代ならば特に。
見た目を褒めてもらえて、それが悲しい人って、不愉快になる人なんて、いるんでしょうか。


誰かから褒められるだけのために大金叩き、めらめらと頑張っているとすれば、
それはなかなかイタい努力ではありますが、

自然に生きていて。

ふつうの暮らしの ふつうの習慣の中で、ちょっとだけ気を配っていたことが、
長年かけて、ある年齢に達した頃に、いつの間にか実を結び、

ふと「きれいだね」って 褒めてもらえた時の嬉しさって・・・ 素直に嬉しいです。

そういう言葉をかけてくださる人、というのもまた、例外なく「素敵な人」です。







昨日のお出かけの功績!全然知らなかった! 期間限定ショップが来てた @名古屋高島屋!!






わたし、手の甲を、褒められました。

ぷにぷにだね。 本当にキレイだ。 シミが一個もないって どういうこと!? と。









わたしは。 「顔の肌」には全く自信がありません。
大きなトラブルこそありませんが、自分の顔面の肌には 全然自信がないです。


けれど、手は。 手の甲 だけは。


炊事の時に手袋なんてしていないですし、めっちゃ家事してます。 酷使している方だと思う。
お手入れも、何にもしてないです。
お風呂の後に、顔と一緒にオールインワンゲルを塗るだけ。
  (というか、顔に塗ったやつが手に残っているのが気になるから、そいつをすり込むだけ)



ただ。



ただ、わたしは。 
25歳くらいの頃から、「アームカバー」をこまめに着用する女、でした。
5月くらいから9月の終わり頃まで。 紫外線が最も強い間だけ、ですけれど。








 ↓わたしのスキンケアは、何年も前から、1年中・・・ そして全身、これ1本!





愛用のアームカバーは、
そこらへんのドラッグストアで買える、お値打ちな、580円くらいのアームカバーです。
これを「美容費」というのなら、1ヶ月100円ほどの美容費ですね(笑)


手の甲の日焼けだけは。 とにかく予防なのだと・・・実感します。
20数年間の時を経て、人体実験として、自分の手の甲で証明できた気がしています。
できてしまったシミをどうにかするのには、費用も、手間も、とても大変だと聞きますから。

わたしは、すぐに日焼けする体質なのです。 
生まれつき色白であるとか全然ありませんし、むしろ「地黒」です。 
透き通るような白い肌は・・・ わたしの一生手に入らないであろう「憧れ」でした。


アームカバーをしていることを、馬鹿にされて、笑われたことがあります。
お子が幼い頃、ウチから自転車で15分くらいの距離にある大きな公園に、毎日連れて行っていたのですが、
顔見知り、というか・・・勝手に向こうがわたしを覚えて、ある日 舎弟を連れて寄って来て、
よくそんな(恥ずかしい)もの つけてるねwww と。暑くないの?めんどくさくないの? と。



はぁ???




そういうものの言い方をする人って、寄ってくるくせに目を合わせないから不思議でした。
決して一人では寄ってこないのも不思議だった。 いつも舎弟を数人 はべらせて。


意地悪発言に屈してしまわなくて、あの時 負けなくて・・・ううう、良かったな ヽ(;▽;)ノ











めんどくさくなかったんですよ、わたし。 わたしにとっては「当たり前の装備」でした。
アームカバーしていた方が、腕が涼しかったのです。 日差しを受けても、ジリジリしない。

自転車乗る時には、条件反射みたいに装着していました。


それを続けていただけなんですけれど。

日焼け止めも 手にはほとんど塗ったことがなかったんです。(こっちは面倒で)


48歳になりましたけど・・・ わたしの手の甲には 今、シミが1個もないのです。
( ※ 顔にはふつうにあるよ・笑)


若い頃にはとてもコンプレックスだった、ぷにぷにとした、子供っぽい手。
指ももれなくぷにぷにだから、指輪のサイズも大きくて、お店で自分のサイズを言うのが恥ずかしかったこともある。(9号です、って言ってみたくて仕方なかったの・泣)

すっと細く、少し骨ばったような・・・ほっそりとした、華奢な手指の女性が、羨ましくて。




けれど。


その 大嫌いだった「ぷにぷに」のおかげで、年齢を重ねた今、手が、ギスギスとしない。
手の甲が、痩せてこない。

若い頃のような張りは勿論なくて、小さな「ちりめん皺」みたいな感じのは多々あるんだけれど、


その手を「キレイ」と、褒められた。  褒めてもらえた。






ああ、嬉しい! 生まれて初めていただきます! 個包もとってもかわいいですよ ( ´▽`)


↑ 楽天にもあるけれど、なかなか購入には至らなかった。自分の「この手」で買いたかった!




中学生とか高校生の頃。  人一倍多感だった十代後半の頃。

美容院に行くたびに「うわぁ、髪多いですねー。直毛で、真っ黒で、硬いですねー。」と言われ。
それはもう「最悪な髪ですねー」と言われたように脳内で変換されて、とても悲しかった。

今井美樹ちゃんのようなロングソバージュにしたいと言ったら、
ちょっと笑って、お客さんの髪だと、めっちゃくちゃボリューム出ちゃって、あんな風にはならないですから www、と。



それが、今では。



「とてもいい髪ですね。柔らかくて、まっすぐで。そしてちょっと猫っ毛ですよ。」と言われる。



今、何つった?  ね、ね、猫っ毛?



このわたしの髪が、猫っ毛ですと!?!?!?



猫っ毛も、「色白」に並ぶ わたしの中での 永遠の「憧れワード」でした。




直毛剛毛呼ばわりされて深く傷ついていた 若き日のわたしよ、聞こえるか。


あなたのその髪は、やがて まっすぐで、良い髪で、そして「猫っ毛」と呼ばれる日がきます。


年齢を重ねて、髪が老いて、今、それが「ちょうどよく」なったのです。


美醜の基準って、若い頃とは 色々と、変わります。 


ほっぺのお肉が落ちなくて悩んでいる若いお嬢さんも、
わたしの年齢になれば、
そのおかげで、若々しい輪郭、ふっくらとした張り感が(何も注入しなくても)きっと保たれる。

頬が「痩せこけて」こないはず。 このほっぺで良かった!! って、きっと、そう思う。

そんな先のこと! 

48歳になるまで待てるか!!って 思うかもしれないですけれど・・・・




大丈夫。




あっという間ですよ(笑)。






                                   おわり







自分の体の嫌いだったところを 歳をとってから好きになれるのって、とても幸せですね。
年齢を重ねてしまったら、肉体は、劣化することばかりしかないのかと思っていました。

↓ 「読んだよ」の合図を、いつも、ありがとう ( ´▽`)ノ
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プレスバターサンドの素敵な箱と、「1日1捨」の表紙の質感が、めっちゃそっくりで。
「紙の質感オタク」なわたし。 すごく嬉しくなってしまいました。


昨日の日記は。

「1日1捨」をお読みくださって お手紙をくださった方が、
「泣きながら、とありましたが、どういう心境で捨てたのか、涙の理由をもっと聞きたかった。
そこの描写が足りなくて、残念だった。」とおっしゃってくださって、 本当にその通りで、
そのことが、ずっとずっと心に残っていました。

本には、書くことができませんでした。 ここにしか、書けませんでした。

暗い日記になってしまったことを、許してくださいね。

振り返れば。あの2週間は、楽しかったのです。 苦しいんですけれど、超絶に楽しかった。
楽しさと、その中で感じる「苦しみ」は、切り離すことのできない1セットなのだと思います。

昨日の日記は、いつか削除してしまうかもしれません。
わたしの中で、言語化するのが非常に難しく、とても苦しかった時期のお話だからです。

そんな日記を読んでくださった読者さま、ありがとう。  ありがとうございました。    


                                      すずひ













最終更新日  2019.08.08 17:05:04
2019.08.07
あなたのためを思って。

あなたの将来を思って。

あなたが のちのち 苦労しないために。



あなたの。 あなたの。  あなたの。  あなたの。



母親は。 

ああ、わたしは。 


「あなたのため」を何万回も振りかざし、お子を自分の思い通りにしようとしたことがある。

お子の幸せを願わない親なんているはずがなくて、
それはもちろん、紛うことなく本当の気持ちだし、決して嘘ではないのだけれど。

親子といえど、全く別の人間である お子の幸せの在り方を、わたしにわかるわけがない。

たとえ親子と言えど。 いいえ、むしろ親子だからこそ。

わたしにわかるのは、わたしの知っている幸せで。わたしから見た、わたし「だけ」の幸せで。

子のために、と思っていたことは、 あの頃、 全部 全部 「わたしのため」だった。





スープが冷えるのを待つ間に、パンの準備をしましょうね。 SURIPUのブール(小)。




わたしが心配したくないから。
わたしが安心していたいから。  わたしが傷つきたくないから。
つらい姿をみることは、わたしが怖いから。  わたしが 耐えられないから。 


本音は、こっちだ。


全てを見破られる時が来る。

早い子と、ゆっくりな子がいますね。

強い子は、思いっきり反発するのでしょう。 (とても健全なこと)

優しい子は、限界まで 我慢をするのでしょう。 親が、させてしまうのでしょう。




何にもわからなくて。 自分はちゃんとやれていると思っていて。  驕り高ぶっていて。


全部全部間違っていた、ってわかった時・・・  わたしは、空虚になりました。


何もかもを リセットしたかった。 


わたしのしてきたことの、全て。 信じていたことの、全て。 溜め込んで来たものの、全て。

捨てた。 捨てた。 こんなもの、こんなもの、すべて、全て、全て、全て、嘘だ!!! 

捨てても、捨てても 出て来るんだよ。  出口が塞がれていた傷口の膿みたいに。 


溜め込んだものは、心の澱。


ごめんね。 ごめんね。 ごめんなさい。  ごめんなさい。  ごめんなさい。


途中からは、ずっと 見えない何かに謝りながら 泣きながら、捨てていた。


ものに? 家族に? わたしの人生に?

わたしがダメな人間だったせいで傷つけてきた、何もかもに。






冷たいスープの朝。盛り付け画には、何やらおしゃんなあしらいが乗っかっていますけれど・・・





自信を失えたことは、本当に、良かったです。  感謝しかないのです。
 
あの時は、もう、
自分など生きてる価値もない、と。
跡形もなく消えてなくなってしまいたいような気持ちしかなかったけれど。



わたしが自信を喪失したところから、家族のあり方が 変わった。


おとーさんがいてくれて、あの時、本当に救われた。
息子は、自分の選んだ自分の人生を、見違えるほど生き生きと 歩み始めた。

自分の意思で選ぶことのできる「家族」って。 誰にとっても、実は「配偶者」だけ、で。
そして、最後まで一緒にいられる可能性があるのも、配偶者。 旦那さんだけなんだ。

そこにも気づきました。


お子の可能性を伸ばしてあげたいと思うのは、
どんなに時代が移り変わろうとも、過去も、未来も、親心の常ですけれど。
わたしも 長いことずっとずっとずっとそう思っていましたけれど。
それこそが親の務めだ! とまで 確固たる信念でいましたけれど。

お子は、「お子の求める」適切なサポートによって お子自身で伸びてゆくのだと思います。

お子本人の力で、伸びてゆく。

親のしてあげたいサポートではなくて。子の求めるサポート。そして、子の求める「愛情」で。

そこが大きくズレていたことに気づくことができたのが・・・ あの、4年前の夏でした。


ずいぶんと、遅かったと思います。 

ごめんね。 ごめんね。 ごめんね。

謝っても、謝っても、謝り足らない気がして、涙が出た。 

泣けばいいとでも思っているのか!

そういう自分も大嫌い。 捨てる! 捨てるんだ! そんな自分ひっくるめて、何もかも。







ごめんなさいね、ガスパチョ。 やっぱりネギしかなかったわ(笑)



ちょうど、こんな暑い日だった。

ふと「捨て」の手を止め、窓の外に目をやると・・・ あれ もう夕方か。 
晩ご飯の支度に取り掛からないと。 続きは、また明日。 そんな日が2週間ほど続いた。

日中、何も食べずに、捨てていた。 空腹なんて、感じない。 1日が、あっという間だった。


夏が来ると、思い出す。


夏は、嫌いだ。  あの痛みが、蘇る。


わたしの「捨て」は、
タレントさんが微笑むカラフルな表紙の主婦雑誌に提案されるような、
爽やかで、ニコニコと楽しい、キラキラママのお片づけ、では なかった。

ノウハウを、順序立てて素敵にお話しできるような、そういう美しいものでもなかった。

自分と物とを引き剥がすみたいな捨て方、だった。 禊だった。

捨てや片付けに関して語り出すと、ほとんどの人と気が合わないのは、だから無理もないの(笑)



あそこから。


わたしは成長できただろうか。 むしろ劣ってしまったのだろうか。


まだわからない。


一歩、一歩、毎日 生きるだけ。  ベストを尽くすだけ。


ものを手放す時がそうなように。  人生の最後に、きっと 全て、わかるんだろうな。






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最終更新日  2019.08.07 08:51:46
2019.07.31
本当のことだけ。

きっと、もう、みんな。 「本当のこと」だけ、が 知りたいんだ。

「盛ったもの」を見ることには・・・ もう、疲れたんだ。  パトラッシュ。


   *********************************



3年前の7月31日のこと。 
必死こいて楽天ブログのシステムと格闘し、ブログの書き方・投稿の仕方を理解し、
どうにかこうにか1本目の日記をUPし、
よしよし、やり方わかったぞ、
明日からは もうちょっとスムーズに書けるかな? なんて ほくほく喜んでいたら。


なんと、翌日から。 8月1日から システム ALLリニューアルです! ってなって、

えー! また1から、最初っから勉強し直しなのーっ Σ(゚д゚lll)!? って言う・・・

たった1日のために、旧の、古い方のシステムと格闘したあの時間って、いったい。
たいそう先行き不安な、幸先のよろしくない始まり方だったのでした。

ミニマリスト・すずひ、スマートにデビュー!! では ぜんぜんなかったのでした。




わたしのブログ 「h+and ~ I want to throw away ~」

「わたしは捨てたい」というタイトルの わたしの ブログ。  

ものだけじゃなくって・・・ いろんなものを 捨てたかったのです。

最初の記事を書かせていただいた あの夏の日から、今日で 3年が経ちました。

  



わたしの今年の夏服。 一瞬ですが、こんなことになった時がありました。3着(笑)。
  ※ 少ない服系ミニマリスト。
    少数精鋭服の最新一覧(追記メッセージあり)は こちらです →

         



 **************************************



大好きな「しいたけ.さん」と 石井ゆかりさんの対談で、こんなことが語られていました。


これからの時代は、お金をたくさん持っている人より、
とにかく楽しんで生きている人が 影響力を持っていくのではないでしょうか。



ああ、本当に、その通りですね (;_;)


SNSにおける「いまこんな高級なところで、こんな人たちといまーす」という、
いわゆる盛る文化って、ちょっとだけもう下火になってきていますよね。
それって多分「本当にそれやってて楽しいの?」とか、
見る側が「胃もたれ」みたいなものを起こしてきているからだと思うんです。


投稿を見る側が、もう、そういう「盛ったもの」には 疲れてきている、と。 

何だかそのお言葉・・・ すごく、すごくよく わかります (;_;)!


満足感や欲望のゴールは、「誰かの役に立てる喜び」に向かう、とも。

「高価なものを所有することで信用される、ゆえにそれに憧れる」というサイクルは、
もうとっくに失われつつある、とも。


そういう 盛りに盛ったSNSは、もう、古い、ということなのでしょう。

ついこないだ そういう文化が生まれたはずなのに、もう古い。時代遅れ、なのですね。

キラキラした暮らしを頑張って発信する必要など、もう1ミリもないってことなのでしょう。


************************************


古い賃貸住宅に住んでいます。
おしゃれで高級な家具なんて、ぜんぜん持ってないです。
ダイニングテーブルも、食器棚も。
1996年。 結婚するときに買ったものを・・・ずっとそのまま今日まで使っています。


高価で素敵でSNSで映えるようなものばかりを所有したり、
羨望してもらえるようなキラキラライフを発信しなければ!みたいなことに執着しなくなると、


ブログは、楽しいです。


どなたさまにだって発信するチャンスがあります。


自分のしているふつうのこと。本当のこと。 それだったら、今日からだって、書けるでしょ?


わたしね、わたしのブログを読んでくださった方が。

自分も発信する側になってみようかな、って。 
もしもそんな風に思ってくれたなら嬉しいなあ、って 実はすごく思っています。


こんなふつうの人が、書けるのなら。
こんな ふつうの賃貸の古い家に住んで。
客観的に見ても 何にも羨ましくないし、私の暮らしの方が はるかに素敵だわ。
こんな人にブログが書けるのなら。 読んでもらうことができるのなら。


発信することができるというのなら。  って。



わたしがブログを更新することで、あなたが喜んでくださったなら、嬉しい。
そして、もしも、ほんの少しでも 何かお役に立てることがあったなら、嬉しい。

そんなブログを書ける人で、わたしはありたいです。 

遠くでキラキラしてる宇宙人みたいな、「素敵おばけ」みたいな人じゃなくて、

どこまでも、ふつうの人。  「胃もたれ」させない、ふつうの人。




  


今年の夏服には、その後大きな 動きがありました。 気になる詳細は・・・また、ね ( ´▽`)ノ





言葉で表現できない気持ちが あふれ出したとき。 感情のダムが決壊したとき。


人は、「体」で表現をし始めるのだそうです。


4年前の夏。 泣きながら、ものすごく捨てたあの日々が「体の表現」なら。「決壊」なら。

そこからの足跡を3年かけて振り返り・・・ こつこつと文章化しているのがいま、です。
苦しく振り返り、時に懐かしく思い出し、そして改めて見直しながら・・・今に至っています。


「言葉にできない気持ちで捨てた日々」が わたしには、あった。


  **********************************


自分の人生を生きていないと、人は だんだんおかしくなります。
自分を見失い、誰かと競ったり、自慢したり、褒められたりすることが、
あと「異常なくらい誰かに尽くしたり」が・・・ 人生の目的になってしまうことがある。

目的がそこにあると、うまくゆかないことは、みんなみんな周りのせいに思えます。
周りを恨みそうになる。 憎しみの気持ちが芽生えてしまう。

誰かの評価の中で生きることの中に、真の喜びはありません。

自分が嬉しいか。 嬉しくないか。 

人の心を膨らませるのって、そして継続するためのエネルギーって、これが きっと 全て。


通知表の「5」でも、偏差値の高さでも、親からの「良い子ね。」の褒め言葉でも
上司からの評価でも、キラキラしたSNSの「いいね!」の数でもないのです。


  ***********************************


「本当にやりたいことができる人生なんて、そんなのは幻想だ!」と思われますか?

わたしの人生は 読者さまからご覧になって、手の届かないような「幻想」に見えるかな?


わたしの かつての「盛りに盛った」人生が。 「もの」に まみれた人生が。
他者からの評価に振り回され、常に顔色をうかがい、無理ばかりしていた 嘘くさい人生が。


本来あるべきわたしの姿から 大きくズレているよ、と 教えてくれたのが「捨て」でした。

捨てて、捨てて、捨てて、捨てて、 わたしは「素」に戻ることができたのです。



変わることを恐れないでほしい。 
要らないものを、もう使わないものを、あなたを輝かせないものを、捨ててみてほしい。


あなたが、あなたらしく生きることは・・・ きっと 今から、この瞬間から、できます。



  ************************************



このブログを、3年間も続けてこられたのは、読者さまのおかげです。


発信させていただくと同時に、自分の中に 一つ一つ落とし込んだ3年間。 

みなさんがいてくださらなかったら、これがどれほど孤独な作業だったことか。


ありがとう。 心から。


これからも、心を込めて、文章を書きます。   心を込めて、写真を撮ります。


明日から8月ですね。  このブログの、「4年目」が、スタートします。






                                    すずひ





3年間、あなたさまはきっと、何度も 何度も このバナーを押してくださったのだと思います。

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嬉しい時も、苦しい時も、今日までこのブログを支えてくださったこと・・・本当にありがとう。












最終更新日  2019.07.31 11:04:53
2019.07.27
前回の。 

ネガティブな日記を読んでくださった読者さま、ありがとう。






台風接近で、何にもできない土曜日。 
久しぶりに フレッシュバターたっぷりの「Afternoon Tea」風 スコーンを 焼きました。






かつて とても苦しかった時に。
どうしたらこの気持ちを乗り越えられるのか、知りたくて。 助けてほしくて。


本を、ネットを、読み漁ったのです。


「誹謗中傷を気にしない方法」とか、「悪口やアンチに負けない心の持ち方」とか、

そういうピンポイントの言葉で 来る日も来る日も 検索したりして。



そういうことをしていると、孤独で、暗い気持ちになるばかりでした。
その検索履歴がスマホやパソコンに残っていると、
その履歴を見ただけで、翌朝、また 気が滅入りました。



ネット上に散見するアドバイスは、どれも似通っていて。

まあ、様々な切り口から語られようと、結局のところは「気にするな」ということなのです。


そんな無茶な (;_;) と 思ったのです。


それができる人なら とっくにそうしているよ。こんなワードで検索したりなんかしないよ。



それができないから苦しんでいるのに。 なんとか乗り越えたくて、もがいているのに。









4個作ったから残りの2個は、また明日のおたのしみ。 おかし作り。それは 心がふくらむ魔法。






だから。 



わたしの拙い経験ではあるのですけれど、乗り越えた人がここに1人いる、ということを。
わたしの言葉で、いつか書きたいと思っていました。

ブログやSNSを発信していて。 傷つくことがあったときに。 


大切なあなたが 傷つけられたときに。


こうしろ! ああしろ! そんなことくらい気にするな! っていう叱咤や激励じゃなくて。

そういう気持ちを分かりもしない人から 無責任な励ましを受けて


「おまえにわたしの何がわかる!」 「知ったような口をきくな!」


と、優しさにさえ牙を剥きたくたるような、凶暴な気持ちになったことが、わたしにはあるから。



ああ、みんなもそういうことがあるんだ。 乗り越えて、乗り越えて、今があるんだ。
こういう気持ちになっているのは わたしだけじゃないんだ、と。


「ああ、とてもつらかったね。」 「それはしんどかったね。」と。 


気持ちをわかってくれる人がいる。 寄り添ってくれる人がいる。 同志がいてくれる。 


そんな風に思える「何か」を すごく すごく 読みたかったのです。


そんな崇高な「何か」になど なれないことは 遠く及ばないことは 承知の上で。


書き手として。 ブロガーとして。 勇気を出して書かせいていただいた日記でした。







ベランダのユーカリが元気で嬉しいです。ちょきんと切ってきて、カップに。 とてもいい香り。





たくさんの「読んだよ」の合図を、本当に、ありがとう。




こんなネガティブな日記には、
誰も合図など押してくださらないかもしれない、と思っていたから・・・



とても嬉しかったよ。    ありがとうね。





        
                                    すずひ






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最終更新日  2019.07.27 18:31:11
2019.07.26
今日のお話は、ちょっとネガティブな要素を含みます。

うわ、そういうの嫌だわ、というお方さまは、どうかお読みにならないでくださいね。


もうすぐ、このブログを始めさせていただいて3年なんです。 3周年。

3年の間に、嬉しいことが、いっぱいいっぱいありました。
勇気出して始めたことを、本当によかった、って いったい幾度思ったことか。






お!見慣れないスカートですね! お洗濯実験です。少数精鋭服の、狭き登竜門 。 真剣です。




すごく変なタイトルだと思ったでしょう?

ブロガーさんが悲しむとすれば、それは「アクセスが下がること」なんじゃないの?と。
すずひ、間違えてんじゃないの?と。


間違えてないです。


アクセスが突然上がったあの日、わたしは、 確かに、 そう。 「悲し」かった。


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わたしのブログの読者さまってすごくてね。
これ、見てくださいますか? ここ5日間の、わたしのブログにくださったアクセスのグラフ。







1日おきの更新をさせていただくときには、グラフには、ギザギザと小刻みな変動があるのに、
毎日更新させていただいた時の・・・ここ5日間の、美しき「一直線感」! ヽ(;▽;)ノ




折れ線グラフである意味がないくらい、毎日、ほぼほぼ一定数の方が。
毎日、日課のように訪れてくれたんだなあ、って。 嬉しくて、ありがたくて、泣きそうになる。


本当に、ありがとう。


そう。 こんな風にね。  
固定の読者さまが支えてくださることで成り立っている個人のライフスタイルブログってね、
アクセス数の突然の「大変動」ということは・・・まず、滅多に、起こりにくいのです。



アクセスが、だから 急に上がることは、実は、とても恐ろしいことなのです。



何か、いつもと違うことが 起こったぞ、ということ。



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わたしね、このブログを始めたことをね、当初、ほとんど誰にも話していませんでした。
本当に身近な信頼できる人にしか、話さなかった。


いつだったかな。始めてから半年くらいが過ぎたころだったかな。2年半前くらいのことかな。

ある人に、このブログのことを、話した。

そのころは、毎日 確か5000アクセスくらいいただける状態に安定していて、
そして毎日更新していましたから、本当に、それは さっきのグラフとそっくりな感じに
一定していて。 
日に5000もアクセスがいただけるなんて、本当に嬉しいことだなあ、と感じていました。


ところが。 ある日。


いつも、そして 昨日までは 確かに5000前後だったアクセスが 
突然「12000」ほどに跳ね上がった日があった。
いつもより、急に7000アクセスも増えた。



青ざめました。  この意味、おわかりいただけますか?



わーい、わーい、7000も増えたー! 急に人気出たー! と(笑)。

喜ぶことでは、これは、ぜんぜんないのです。


「Google砲」とか「line砲」とか。 
そういう「名誉なバズり」みたいなそういうことは起こらないのが わたしのブログです。
それが わたしのブログの・・・このブログの、とてもいいところ。


なのにどうして? なんでそんな 倍以上のアクセスが?


普段と何ら変わらない ごくごくふつうの記事を書いた日だったのに。


書籍を出版させていただいた今では、急にアクセスの変動があることもありますが・・・
あの頃は、わたしのブログは、まだぜんぜん「誰も知らないブログ」だったのです。

その頃 おひとり、またおひとり、と わたしを見つけて下さった読者さまが、
少しづつ、少しづつ 育てて下さっている最中、でした。  


それは 今だって、そうです。


  ************************************




7000もアクセスが増えた。


昨日と今日で、唯一 違ったこと。



それは、このブログのことを「昨日、ある人に話した」ということ。  それだけ。


ああ、晒されたんだ。 


おそらくその人経由の何らかの方法で どこかにURLが晒されたんだ。 


そう理解しました。


怖さと悲しさで、目の前が 一瞬真っ暗になりました。  全身が、小刻みに震えました。



この場所を、大切に、大切に、 心から大切にしていたのに。



   *********************************** 



その人が、張り切って1日で7000回読んでくれたなら まじすごいです(笑)
そうだったら 嬉しいです。  もしもそうであってくれたなら、どんなに。

けれど、そんなわけ あるはずないじゃないですか。


まさかそんなことをする人だと夢にも思わなかったから、
とても好きな人だったから、悲しかった。  話したことを、後悔しました。


でも、仕方ないです。

わたしの不徳の致すところなのだから、仕方ないのです。 わたしの招いたこと。

本当に悲しいし、人間不信にも陥りますが・・・仕方ないことです。

もともと「人間不信寄り」な人付き合いがベースにあるので、免疫はあります(←どんな・笑)


わたしのことを 実は嫌いだったのだ、ってことなのでしょうけれど、

嫌われることよりも もっとしんどいのは・・・

「わたしが悲しむことが、楽しい」 「わたしを傷つけることが、面白い」

というお気持ちなんだろうな、ということが解るから。

わたしを悲しい目に合わせて 陰で笑っていたい www! ということなんですね。 ああ・・・


純粋な「嫌い」よりも、堪えます。



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ごめんなさいね。 こんな話。

よくね、ネットで叩かれる人って「嫉妬された!」「それで叩かれた!」って怒ってる人がいるんだけれど、わたしはそれは違うと思うの。

嫌い嫌いも好きのうち、というのも 違う。 「嫌い」なのは間違いない。

嫉妬なんかしていないし、もちろん好きでなんかない。 嫌い。 大っ嫌い。


そんなに嫌いなのに、じゃあ、なぜ 読むの? といえば・・・


わたしのことを好きなのではなくて「わたしの悪口をいうことが好きだから」、です。


わたしを批判することが、好き。 その1点だけを お好きなのだと思います。


批判したり誹謗中傷するのにも「情報」が必要でしょう? 嫌いな人物の「最新情報」。
だから、批判するために、あるいは馬鹿にするために、嫌いでも、嫌いなのに、
読みたくもないのに、読まざるを得ないのでしょう。


嫌いな人のブログを読む心理ってすごく謎だったんですけど、そんな仕組みなんだろうな、
と しみじみ感じるのです。



  **********************************


今日のこの日記は 恨みブログでは 決してないのです。

これはもう 仕方のないことなので、どうにもできないから 仕方ないのです。
発信すれば、こういうことは 多かれ少なかれ 必ず起こることで、その覚悟なしにこんなことできるもんですか(笑)


ブロガーさんは、どうかそれに負けないでほしい! って 思うのです。
それに負けて辞めないでほしい、って思うのです。


ブログって、始めたばかりの頃は楽しい楽しいばっかりです。


けれど、「陽」があれば「陰」が。  物事には、必ず 両方の面がある。


嫌われてしまうことや 悲しいことがある代わりに、
こんなわたしのブログを「好きだ」と言ってくださる方も、たくさんいてくれる。


たくさん たくさん いてくれる。 嬉しいことの方が、いっぱい、いっぱい ある。



批判や悪口をいう人は できることなら どうかぜんぜん知らない人であってほしい。
という純粋な願望って、おそらく多くのブロガーさんや発信者さんにはあって。

知人だと、やはり悲しいですね。 (そういうのって、意外と簡単にわかったりしますから)


 




「洗ってはならん!」となっているけれど・・・洗えたよ!! 大成功でした!





嫌いなのに。  嫌いなのに。 なんで読むんだろう。  ああ・・・・


反論しようとは思わない。 嫌いなことは、仕方ない。 人間の ごく自然な感情です。


その代わり、このブログを好きでいてくれる人もいてくれる。 こんなにたくさんいてくれる。



それが、全て。  


わたしを好きでいてくださる方が、わたしのブログを、支えてくださっている。


3年間も、支えてくれた。


これでいいじゃないか。 こんな幸せある?  
全ての人から好かれて、批判の口を塞げたとして そんなことして、一体、わたしにとって
どれほどの意味が?




そういう時期を越えて、3年目の今があります。



批判が、気にならなくなる日は、来ます。  

気にならない、って言ったら語弊がありますね。間違っていれば、反省しなければ おかしい。

反省すべき真っ当な批判と、単なる悪口は、読む人が読めば それはすぐにそうだとわかります。




もしも、今、悩んでいるブロガーさんがいらしたら、大丈夫だよ、だからやめないで! 

あなたの発信を、どうか 自信を持って続けて! って 伝えたい。

3周年が近づいたら。  

自分がちゃんと 3年続けられたら。3年負けなかったら。 この話をしようと思っていました。


ブロガーさんは、どうか負けないでほしい! って 思うのです。


どんなにボロカス言う人がいても。  あなたのブログを好きな人は、必ずいてくれる。



応援してくれてる人が、います。  必ずいてくれます。



今日はこんな日記で、許してください。 



読んで下さって、ありがとう。






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最終更新日  2019.07.27 07:22:11
2019.07.12
1人の時間がどのくらい必要か、どれくらいあれば足りるのかは。人によってさまざまですね。

1人になどなりたくない!という人もいれば、数十分ほどあれば足りる人。
1時間。 半日。 もっともっとそれ以上。
スマホやパソコンの「充電」や「チャージ」と似ているのかな。
急速充電! 即回復!!みたいな人と。 
バッテリーが弱ってて、または消耗が大きくて、またはもともとのエネルギー容量が人とは大きく異なって 再び満タンになるまでには うんとうんと長い時間が必要な人。

男女差もある。 相性もある。 性格もある。 状況にもよる。

誰のせいでもない。 誰も悪くない。 ただそうなのだ、という事実が そこにあるだけ。


   *********************************


1人になりたい、という気持ちが 化け物みたいに大きくなってしまうことがあるのです。

化け物に占領されて、頭がおかしくなりそうになるの(泣)

自分の困った特性だとわかっています。 
特性なのだから、性格なのだから。 わたしはこれと、一生付き合ってゆかなければならない。

この「化け物」を飼いならし、共存してゆかなけらばならない。

制御してゆかなければならない。 ただのわがままで支離滅裂な人物にならない為に。


今日は、前回の続きのお話です。




happy birthday dear お姉ちゃん。超・多忙な姉に、タイミングよく届きますように。

↓ 大切な人への贈り物も 安心しておまかせできる joujouさんで、今年も。






自我という名の化け物が暴れ出し、どうしようもない時に、
そんなわたしを律してくれる、我に返らせてくれる「法則」があります。



「一人では乗り越えられないようなことが起こって気づかされる」 の法則、です。 



放っておいてくれ、1人にならせてくれー! と、あまりにも強く思いすぎると・・・

「本当に放っておかれたら、1人だったなら、こういう時お前は一体どうするつもりなのだ?」 

という種類の「厳しい出来事」が起こる。 もたらされる。


わたし1人では抱えきれないような、助けを必要とするようなことが 必ず起こる。


もう、これは、ほぼほぼ絶対で。


現状への感謝が足らないと、そのありがたみに気づかざるを得ないようことが必ず起こって、
すなわち「すごく痛い目に合って」「とてもつらい目にあって」 気づかされる。

この仕組みって、すごいの。 逃げられないの。 (めっちゃしんどい)

これは、ほんと怖い仕組み。 本当に起こる、逃げられない 謎の仕組み。 ヽ(;▽;)ノ


化け物に完全に乗っ取られる前に、だから、気をつける。 己を振り返る。


ツラい「お試し」や「試練」が与えられてしまう前に、それより先に、自分で気づく。

目の前にあることのありがたみを、もう一度、思い出す。 「感謝の気持ち」を、思い出す。


 



とっても美味しい梅干し「焼き梅」です。 炊きたての白いご飯・・・止まらなくなる!





生きてゆく上で最も難しいことって「見返りを求めないこと」な気がします。
「承認されることを求めない」とも言い換えることができるかもしれません。

ここでお話しさせていただきたいのは「精神的な見返り」のお話です。
金銭とが物品などの報酬ではない、精神的なお話、ね ( ´▽`)

見返りなんて、なくて当たり前。 ないほうが、むしろ、フェアでいい。(因果をつくらない)
ものごとや 他人さまが 思い通りにならないのなんて そんなのことは 当たり前。
      (他人さまが思い通りにならないことに苛立つなんて、幼稚なのにもほどがある)

こういう気持ちで生きていたいのに。 わかっていることなのに。
つい「本音と建て前のきれいごと」「単なる理想論」みたいになってしまう。

「因果をつくらない人」か・・・。
これって、一体どんな環境で育つと、そういう人になれるのでしょう。
いいえ、きっとどんな環境で育とうとも、人って「承認」とか「見返り」に縛られちゃうから、
「他人さまの機嫌」や「他者からどう評価されるか」が気になっちゃうから、それがとてつもなく苦しいことだから。

それで 修行したり、出家したり、真冬に冷たい滝に打たれにゆくのかもしれません。

修行だってもちろん辛く厳しいでしょうが、そういう俗世のしがらみや因果の方が、はるかに。
何百倍も 何千倍も、何万倍もしんどいってことに気づく出来事って 社会の中で生きていれば、たくさんありますものね。


もう解放されたい! ってなったんでしょうね。


  わかる。 わかるよ、修行僧!!  (;_;)  


誰かのため、と思った途端、やる気も湧くんだけれど、同時に苦しい感情が誘発されることも
あります。「承認」を求めたくなる。「感謝」を欲してしまう。
 
わかりやすく喜んでくれたり、ありがとうと言ってもらえることを 期待してしまう。

ありがとうと言われたり、感謝されたなら 誰だって嬉しいのです。 
この段階なら、まだ可愛いですね。

けれども、自分の機嫌によっては、ダークサイドにあっさりと転がり・・・

「感謝がないなんてあり得ない!ムカつく!」となってしまう。


そっちサイドの淵に落ちてしまうと・・・なかなか復帰が難しいのが わたしです。
ずっとずっと嫌な気持ちが続いてしまう。 自力で這い上がることが難しくなる。
そんなわたしの「不機嫌さ」のせいで・・・ 家庭の雰囲気は たちまち悪くなってしまう。 


例えば。

わたしが蚊を退治しても、誰も「ありがとう」なんて言ってはくれないです。
蚊を倒すのって、めっちゃ偉業なのにー!!!!!!
家族みんなを あの、ぶり返す痒さの苦しみから救ったのにー ( *`ω´) !!

蚊を一撃で仕留めることに成功したときの、あの達成感。 

もう、それでいいじゃないか。 

自分が嬉しかったんだから。


  



黒い蓋の瓶もとっても可愛い。 空っぽになった時、捨てられるかしらー ヽ(;▽;)ノ




何が言いたいのかと申しますれば。
蚊を倒すことが得意かどうか、ということよりも。


「ご機嫌でいる」ことが 結局は 人生のいちばん大切なベースなのだ、と思うわけです。


ご機嫌でいるために 一人の時間が どうしてもどうしても必要な人というのがいる。

そこが足りないと。
次々と用事をいいつけられたり、ちょっかい出されたり、応答を求められたりしてしまうと、
心のバランスや平穏を保つのが 一気に難しくなる。

自分でやって! 自分の頭で考えて!! と 叫びそうになる。

放っておいて、お願いだから、の気持ちがあふれかえり・・・ 泣きそうになってくる。

わたしは、チャージにものすごく時間がかかるタイプなのです。 
回復が、ものすごく、ゆっくりなのです。


だからと言って。

「今日って何日?」と聞かれ、「知らない!」と答えた 今朝のわたしの態度は、悪かった。



   ************************************


「夫の扶養からぬけだしたい」。

通称「ふよぬけ」と呼ばれている大人気コミックエッセイを 読者さまはご存知ですか?

超ブラック旦那(つとむ)が、子育て中の妻・主婦(ももこ)に対し、
これでもかというほど酷いモラハラ言葉を投げつけます。酷すぎて、クラクラします。
それはもう、読んでいて胸が痛くなるほど。 可哀想すぎて、呆然となってしまうほど。

ああ、なんて酷い!ももこ可哀想! きっと読んだ人はみんなそう思うだろう、って思ったら。

意外とそうではないことに驚いたのです。 真逆の意見が とてもたくさんある。

同じ女性側からの意見として、「ももこは甘い!」「旦那の身にもなれ!!」と。

    

自分の気持ち。 そして相手側の気持ち。 ももこの気持ち。 つとむの気持ち。

どちらにも、言い分がある。 自分の視点。 相手の視点。 自分の正義。 相手の正義。

相手の立場になることの、ああ、なんと難しいことか。 そして大切なことか。


  *********************************


ご機嫌がコロコロ変わる人にビクビクしたり、感情的な他人に振り回されることは 
嫌だし、怖いし、疲れますね。
それを知っているのなら、自分も決してそれをするべきではないのです。

自分を損なってはダメなのです。 

不機嫌の剣を振りかざし他人をコントロールするのは「暴力」です。 無能の証、です。
余裕がないと、そっちに転がる要因は、日常の中に数えきれないほど溢れかえっている。

自分が不機嫌になるのも嫌だけれど。 不機嫌な人を見るのも 同じくらいしんどい。


  ***********************************


不機嫌な人から 不機嫌な態度を取られて はっと気づくことがあります。
ああ、こんな嫌なこと、自分はしないようにしよう、と。

わたし、ここのところ、(この人と同じで)ちょっと態度悪かったな。余裕もなかったな。
いけなかったな、って 一気に反省できる。

まず こういうお知らせが必ずやってくる。 そこで気付けるか、気付けないか。


耐えられないような ツラい試練に見舞われたり、大きなバチが当たる その前に・・・
小さなお知らせのうちに 気づく。省みる。 心の中の「化け物」を、鎮める。

嫌な目に合わないと気づけないなんて、情けなかったなぁ、と 自分の未熟さを知る。

不機嫌そうなその人の顔と、自分の顔が重なる。

なにこの失礼な人!! と怒って仕舞えば、自分も一緒。

運命の分かれ目は、「ああ、知らせてくれて、ありがとう」と・・・ そう思えるか、否か。


  *************************************


嫌な目に合わなくたって気づける人になると、嫌なことって 起こりにくくなります。

一方、気づかずいつまでもそっくり返っていると・・・或る日、とんでもないバチが当たる。

突然起こったように見えるけれど、自分で種を蒔いていた。トラブルを、育んでいた。

バチが当たるのが嫌ならば、
そうなる前に 「芽」が出てしまう前に・・・・ 早めに自分の態度、改めなくちゃ!


  **********************************


早い段階で気づけば、お知らせは小さく。(比較的乗り越えやすいレベルのもの)
逆に、いつまでも気づかず よくない感情やイライラを立派に育て上げてしまうと・・・

そのお知らせも、モンスター級。 化け物級。

支えが必要なツラい状況に追い詰められて初めて 自分はこんない弱いんだ、と気づく。
こんな大変なことが起こるまで気づけなかったんだ・・・ということにも 気づく。

そういうことが これまで なんどもなんども なんどもあったから。

この仕組みを知ると。 

だから、最近はね、ちょっと予測ができるんですようになったんですよ。 
自分の身に嫌なことが降りかかることを、なんとなく、未然に防げるようになってきた。

このままではいけないぞ!今ならまだ回避できるぞ!って、そういう予感? バロメーター?

今のうちに、何も起こらないうちに 自分の悪しき心を律してみせる!! って。





ほうじ茶と、梅干しごはん。 パン派であることを、しばし忘れてしまいそうー ヽ(;▽;)ノ





ああ、人生って。


生きてると、あの人がーとか、この会社がーとか、あの店員がー、とか、上司がー、とか。
旦那がー、とか 妻がーとか。
洗ったばかりのシンクにまたコップがーとか、今日もまた蚊がーっ!!!! とか、
様々なことが 休みなく起こりますけど。


できごとをどう捉えるのかって、 自分次第。


嬉しいことにも、悲しいことにも、楽しいことにも、しんどいことにも、意味がある。
自分の身に起こることは、全て、これまでの自分の行いが招いたことなんだ。(蚊も?・笑)

「機嫌よくいること」も、だから 回り回って 全て 全て、自分のため。

わたしのするべきことは、

命あることに感謝して、 毎日 わたしなりのベストを尽くすだけ、でしょ?

シンプルなことでしょ?

一人の時間が足らないことにイラついていたって、どうしょうもないでしょ?って、気づく。


  ***********************************


これが、仕組み。


自分の機嫌を自分でなおすことの 仕組み。


いつにも増して、上手に簡潔にお話ししできなくて、ごめんなさい。 


わたしが気づいた 自分を守る、自分を幸せにする「法則」。

どこの段階で気付くかで、全然違うんだよ、ってこと。


名もなき家事の数々が 本当に名もなき雑務なのか。

気づいてももらえないようなちっぽけなことではあるけれど、
家族に貢献できていることの「小さいけれど、価値ある喜び」なのか。

今日も今日とて通販の返品頼まれていて、ヤマトの集荷を夕方待つんだけれど。
イライラとした気持ちで向き合うのか。 
家族が納得のお買い物ができるよう役に立てたこと、サポートできた事を「嬉しく」捉えるか。

全ては自分のご機嫌次第なのだ、ということに気づくのです。

毎日はこんな繰り返しだけれど、未熟者ゆえ「本音と建前のせめぎ合い」ばかりなのだけれど、
また ここから頑張ろう、と思えるのです。


大きなバチを喰らってしまうその前に。

掃除機をかけた後に落っこちたと見られる糸くずも、大好きな部屋がキレイになるなら
嬉しいことじゃないか。 ご機嫌で拾おう。

1人になりたくてたまらない時にも、
「放っておいて!」と大爆発するのではなく、気持ちをちゃんと「言葉」で伝えよう、って。


それは 一瞬は 相手のため なんだけれど・・・

巡り巡って 回り回って 全ては「自分のため」なんだ。  そう思えるのです。






                          難しいけどねっ ヽ(;▽;)ノ






                                    おわり





すっかり長くなってしまいましたね。 なのに、最後まで読んでくださってありがとう。

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ご機嫌よく暮らすことは、未来の自分を救うこと。0円でできる幸せ投資。そう思うのです。









  ↓ 自分に買いたいです。 「お中元」 ヽ(;▽;)ノ









最終更新日  2019.07.12 16:43:58
2019.07.09
人生の、少しだけ先ゆく先輩のお話は、心に沁みいります。

わたしが まだ知らないことを ご経験されているからです。










「不安なこと」は。

つい、かっこ悪いような、弱いような、恥ずかしいことなような気がして
できることなら、隠したくなってしまう。 
不安なんて何もないフリを・・・ 強く、自信のある「フリ」をしたくなってしまう。


「不安なこと」は。  けれども。


子育てに関してだけは・・・ それは もしかすると とても「尊いこと」なのかもしれない。




「 親にも迷いとか不安とかある方が 素敵なんですよ 」





「不安な人は、素敵。」 と。  彼女の、少し前の 或る日のブログに綴られた言葉。


まだまだ道の途中にあって、ゴールのはるか手前なのに なぜか「自信満々」な母親よりも。

迷い、悩み、自信の無さに揺らぎながら。 そういう不安な母親は、むしろ素敵よ、と。



こんな優しい言葉が、あるだろうか。 


激動の時期を乗り越えた先にある、「乗り越えた母」だけが知りうる境地、なのだろうか。



kotoさん  今日も 大好きなあなたに 逢いに行きました。 


「大丈夫の花束」を・・・ ありがとう。


今日だけじゃない。  いつも。 いつも。   何度も、何度も、  ありがとう。





                                     すずひ







短いブログに気づいてくださって ありがとう。

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最終更新日  2019.07.10 09:08:17

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