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幸せになる「勇気」

2021.10.05
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伝わるブログと、伝わらないブログ、の、お話。


それは「服ブログ」でも「食ブログ」でも

きっと 整理・収納・片付けなどの「暮らしのブログ」であっても。


「読まれること(読んでいただけること)」と「伝わること」というのは、


全く別なのだろうなと思う、の、お話。









最近とても楽しみにしている、
素敵なシニアのマダムのブログがあります。

アメブロの「60代のファッションコーディネート」ブログでも、
その魅力は抜きんでていて大好きだったのですが、
暮らしや日々の思いを綴るブログを9月から新しく始められて、

「だんだんと美しくなる人生」を綴るブログを始めてくださって、

それがもう、隅から隅まで素敵なことといったら ( ´▽`)

そのお方はね、
なんとYouTubeでの動画発信もなさっておられて、
その「お話のされ方」に
すずひはすっかり魅了されておりますのですよ。

とても優しく柔らかな声で、

笑顔でゆっくりとお話しされて、本当に素敵。



「話しかた」って・・・ 大事  (`・ω・´)



 *************************************



どんな服を着ていても、
たとえどんなに可愛らしくても、
どんなに美しくても、
どんなに人気者だったり、
その人の考えを好きだったとしても、

お話しされるときの様子や、選ぶ言葉や、語気や、
不意に口をついて発せられた表現に、
ちょっとショックを受けてしまうことって、
わたしたちには、ありますね ( ´▽`)

本当に自分勝手な言い分で申し訳ないですけれど、

聞き手側が「選り好み」してしまうことは ふつうにあると思います。

文章もまた同じ。

誰しも、どなたさまにも「好み」というものがおありになる。


その「好み」「好き嫌い」の「嫌い」というのは、

おそらく「嫌い」というよりも、

どちらかというと「苦手」や「傷つく」寄りの感情なのであって、

もう本能的・生理的なものでさえあると思われるので、


誰にも責めることはできません ( ´▽`)






  自分を傷付ける人とは 距離をとって。

  それで相手が傷ついたとしても、

  あなたの責任じゃないわ。


          精神科医Tomy先生のお言葉




どうしても苦手なタイプの人や、

あなたを貶め(おとしめ)ようとする人や、

故意に傷つけてくるような人や場面に出会ったときには、

戦うんじゃなくて、向き合うんじゃなくて、

そっと離れるのがいい。

距離をとるのが一番いい。


そして、

ああ、気をつけよう、という気持ちだけ、ありがたく頂戴する。

気をつけるべきことや不快なことを教えてくださってありがとう、という

「気づき」だけを頂いて、心に刻む。

誰かの行いや言葉に傷つけられた時って、

自分自身の直すべきところや

「考え方の癖」や「偏り」のようなものに気づくことができることもありますし、

そこからの人生を好転させてゆくきっかけ、

より良い自分になってゆくチャンスでもありますものね ( ´▽`)


悲しいばっかり、じゃ、ない。






秋から冬にかけて、このソックスは大活躍です。
無地の服を、前・横・後ろ、360° ちょっとだけ楽しい感じにしてくれる、総柄。






 **************************************


そのマダムのYouTubeでのお話しのされかたが

どんな風なのかと申しますと、

「こんな風に話すお方がこの世にいるのか!」というような

浮世離れしたような優しさと、たおやかさで。

動画では、お料理も教えてくださるのですが、
そこで感じたことは、
作る料理というのは・・・ 
その方の話し方や言葉と、どこか共通してるなあ、ということ。

その人の話し方と、

その人の作るお料理というのは、

イメージが、とても似ている。


優しくて心の行き届いた話し方をされる方は、
優しさや心の行き届いたお料理をなさる。 

楽しく元気な話し方をされる方は、
作るお料理も元気いっぱい!!

豪快な話し方をされる人は、お料理も豪快!というような ( ´▽`)


ああ、これは、幼い頃から料理番組を見ているとき、いつも感じてたことだ。

きれいな仕事をなさる先生は、

お料理の合間のお話や説明の言葉が、とても「きれい」だった。



 ***************************************



掘りたてのさつまいもをいただいたので、お芋ご飯を炊きました ( ´▽`)



湯気ゆげ〜






霧が晴れたら 黄金色のお芋〜






お芋、ごろごろ〜








調理師専門学校に勤めていた頃、

有名ホテルのシェフや板長さんを特別講師としてお招きすることがなんどもありましたが、

その時も、そうでした。

所詮未熟な生徒相手だから、と、
振る舞いが傲慢だったり、偉そうだったり、
上からの言葉で話す方、というのは、
どんなに有名な料理長さんでも、
どこか雑、というか・・・「素敵な大人」ではなかった。

尊敬できない感じ、と申しましょうか。

生徒もね、そういうことって恐ろしく見抜いてしまっていて、

ちゃんと聞かないんですよね(笑)

子どもたちって、さすが! なのです。

生徒の態度の悪さに機嫌損ねて途中で怒って帰ってしまった大先生も、

時にありましたけれど・・・

お詫びして、おだてて、持ち上げて、

ご機嫌なおしていただくの大変でしたけれど・・・


態度が悪いのは、果たしてどちらと言えたのでしょう。


生徒は18〜19歳の子がほとんどでしたけれど、

「伝わる」「伝わらない」というのは、

もっともっと小さなお子さまにも、

わかってしまうこと、見抜かれてしまうこと、なのかもしれません。











50歳の持つかごバッグの中身は、いつもたいていこんな風です。






↓とっても かわいいマリメッコのブルー。 小さくたためるマイバッグ ( ´▽`)





これから生きてゆく日々の中で、

人として失いたくないのは、

どんなスキルよりも「優しさ」だと感じています。

強さや明るさや、頭脳の明晰さよりも、とにかく「優しさ」。


これからの後半の人生。

優しい話し方を、優しい生き方を日ごと身につけていけたら素敵ですね。

若い頃よりも、いま。

昨日よりも今日。 今日よりも明日、と。


ただでさえ、迫力とか、存在感とか、貫禄とか、
そこにいるだけで、なんか「怖さ」のようなものが、
嫌でも滲み出てきてしまうのが50代以降、でしょう?(笑)

優しすぎるくらいの優しさをもってしても、

それでも足りないか、丁度いいくらい、なのです。

きっと。



 *************************************




文は人なり。 話す言葉もまた、人なり。


優しい言葉で 優しく話す。 


読んでくださるあなたに、思いが少しでも伝わるように。


あるときはできても、そうではないある時はできない人は きっとたくさんいる。


わたしも、そう。


どんな時も優しく。 


そして「どんな相手にも、優しく」って、


それは、とても、とても、とても、難しいこと。






念願の「ソックス+ブラウス+パンツ+かごバッグ」の格好ができてうれしいな。靴下大好き!








とはいえ、朝の掃除をするときは、師走ころまで「裸足」なのが わたくし(笑)


 ****************************************




これはわたしの仮説なのですが。

お幸せな人というのは、

たいていの場合、優しく穏やかなお話し方をされるのです。



幸せだからそうなのか。


そういうお話かたをされているから幸せになれるのか。



心の状態や満たされかた、

そして日々の暮らしの「余裕」が、

そのまま表れてしまうのが「話し方」なのかもしれません ( ´▽`)



話し方を、急に直そうとしても治らないのも、

だから無理もないこと。


話し方って、幾つもの日々の積み重なりの「結晶」のようなものだから。


心の成熟度と、おそらく密接に繋がっているものだから。



「急成長」という言葉があるように、

「成長」は、運よく一気に進むこともあるけれど。


「成熟」には、それ相応の年月や、

ゆっくりとした時間や経験が、

やはり、きっと、必要なのでありましょう ( ´▽`)









頂いた掘り立てさつまいもが、まだたくさんあるので、
「お芋ごはん」だけでなく、
素敵なマダムが動画でご紹介されていたレシピ、
「さつまいもと豆腐の簡単チーズケーキ」を、
とても作ってみたくなっています。


ミニマルな暮らしを始めて、
製菓道具をほとんど全て手放してしまって、
もうケーキは、プロの作ったものだけをいただこうと思っていたけれど。


自分でケーキを作ろうかな、と思ったのは、

ですからもう、5年ぶりくらい? かもしれません。


「優しい話し方の力」って・・・ すごいな ( ´▽`)


伝わるって、こういうことなのではないかしら。




これだけ甘いお芋なら、ケーキにも向いていそう。

うちにある耐熱容器でも作れそうかな?

やってみようかな? 

マダムのように、上手に美味しくできるかな?


やる気まんまんの人だけでなく、

日頃それをしない人にも、やってみようかな? と

そう思わせてしまう力。



ものが少ない暮らしなんて嫌だ! 

片付けると暮らしやすいなんて信じない。

少ない服での暮らしは簡単で楽しいとか、

「幸福感が増す」とか・・・気持ち悪い!!



そういうお考えをもしも常々お持ちの方にも、

「ものを減らしてみようかな」という気持ちを ふっと起こさせてしまう、

心をゆるませてしまう、魔法のような力。


それが「伝わる」ということなのだすれば、


わたしのブログは、まだまだなのだ、と、日々痛感するのです。





優しい話し方、優しい文章、

優しい心を、日ごと日ごと、身につけてゆけるように。

うれしい気持ちも、楽しい気持ちも、ときに悲しい気持ちも、

言いっ放し、話しっぱなし、なのではなく、

せっかく読んでくださったあなたの心に 少しでも「伝わる」ように。


そんな優しい文章を、優しい写真を、


優しいブログを綴れる人になりたい、と。 



とても、とても、思うのです。









                                  おわり






今日もお読みくださって ありがとう。

長くなってしまいましたね。 最後まで読んでくださってありがとう。



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最終更新日  2021.10.06 14:50:26


2021.09.20
本当に気に入った「それ」を身につけたとき。









いちばん喜んでいるのは「心」よりも、

あなたの、わたしの「足の裏」なのかもしれない。









足の裏は、すごいですからね。 

人体における「第二の心臓」とも呼ばれますからね。

この秋冬の、ファッション関連最後の、


わたしのお買いものは・・・ ソックス。 


そう。 「靴下」です。


今日の日記の中盤には、


「どこどこどこ・・・」の査定額発表!もありますよー ( ´▽`)ノ






金属やプラスチックを使わない留め方。 素敵なソックスってそういうのが多いです。


 *****************************************



無地のソックスでも。

たとえば無地のTシャツでも。


数百円で購入することのできる同じように「見える」ものが

世の中にはたくさんたくさんあったとしても、


50歳の今。

それを選ぶとき、

そして身につけるときに、わたしが本当に感じたいのは、

「安かった」「高かった」という価格の云々ではなく、

自分にとっての「最高の気持ち」だ。

「自分の心」にとって。「自分の肌」にとって。

そして自分の「足の裏」にとっての・・・最高 ( ´▽`)






1回洗うとシュッと細くなる「パンセレラ」は、メンズのSサイズ。
レディースよりも、履いた時にクシュっとさせられるこの長さがちょうどいいのです。
パンプスにもはける手縫いのつま先の滑らかさ、ひびかない薄さが、とてもいい。








 どちらを選んだかが大事じゃないわ。

 自分で悩んで決めたということが大事。


        精神科医 Tomy先生のお言葉 





これができない何十年間、だったな。

「自分で悩んで決める」ということ。

雑誌やSNSをせっせと見比べているのは、

それは悩んでいるのでも考えているのでもなくて、

本当は思考を捨てて真似しようとしていただけで、

誰かの言いなりになったり、

わかりやすい流れに飛びつくことは、

いつも、とても「楽」だった。


何も考えずに ただ真似して、


まるで自分で決めたみたいに「大いばり」してたの。







全身ハグオーワーを着られる日のわくわくするこの気持ちは、格別。わたしにとっての「最高」。
ハグオーワーのソックスは・・・「1100円」でした。



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秋の手放し。


家族の手放しに便乗して・・・ よく見てみて ( ´▽`)ノ


このたびすずひの買い替えた「旧のバングル」が参戦!











その査定額・・・・



どこどこどこどこ・・・・・


どこどこどこどこどこどこどこどこ・・・



じゃじゃん!










この金額はこの日の全手放しの合計。 わー!すごい!


すずひのバングルは「1000円」でした ( ´▽`)


たい焼きでもなく、アイスでもなく、


「1100円のソックスを100円で買う」に活かすことのできた 2021秋。




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去年の秋に。


秋の遠足の日に下ろしたソックスは、この秋も活躍。









1年愛用できるなら、ソックスといえど、

これは消耗品なのではなく、もはや「服の一部」だな。



総柄のソックスには、このサンダルを合わせることが好きです。








柄を存分に、余すところなく楽しむことのできるこの感じ ( ´▽`)









ここ最近の日記では、 

秋冬本番に向けてのニットのスタイリングをたくさんご覧いただいておりましたが、

実際に、今の時期に着ているのは


この感じです。








5分袖や7分袖のワンピース + ソックス。









「5分袖や7分袖のワンピース + 裸足」から、

まずは、ソックスへ。 

そしてタイツへと 徐々に移行してゆきます。


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コロナ禍で、家で過ごす時間が増え、


おしゃれして出かけるようなシーンは、ずっと自粛のままです。


それでもやっぱり服は楽しくて、 

ワードローブなどどうでもいいわ、と思うことはなくて、

大好きです。


30代から40代は、服に悩んでばかりいたけれど、

惑わされてばかりいたけれど、


そこで満足して、成功して「ピーク」を迎えてしまっていたら

そのあとの・・・ピーク後の人生が長すぎて、

わたしは息切れしたり、失速していたかもしれない。


「人生100年時代」という噂が本当なら。

この未曾有の出来事を持ってしても、その説が覆らないのなら。

人生の楽しさや、大好き!や 幸せ! という気持ちの「ピーク」は、

 

なるだけ 後ろに。



後ろ、後ろ、にあった方がいいのかもしれません。



少し前、80歳の母に贈ったこの本が、本当に素敵でした。





89歳の時にご主人を亡くされ、90歳から始めた「ちぎり絵」。

彼女の転機は、なんと「90歳」で訪れたのですね。 

奈良県桜井市生まれ、在住の木村セツさん 現在92歳。

セツさんのツイッターアカウントのフォロワー数・・・なんと 5.9万人!大人気です!



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わたしの人生のピークって、いつだったろう。


子供の頃? 

学生の頃? 

ピッチピチの20歳の頃?

当時の「適齢期」で結婚した25歳?

子育て頑張る若いママだった頃?

たくさん捨てた あの夏?

それとも「50歳」の・・・ 今?




いや。


まだ わたしの「それ」は、訪れていないような気がする。




60代や70代に、

80代に、

そして ちぎり絵のセツさんのように「90歳」で。


もっともっとそれ以降にだって「自分の人生のピーク」を持ってこられたら・・・


なんだかそれって、本当に素敵なこと。



今の時代って、もしかするとそれが、多分、みんな、できる。



今が一番いい、と思いながら 

ひたむきに、精一杯に生きた先に、

その人のピークは、きっとある。



生きてゆくことを これからも楽しみたいですね。



ここで一緒に過ごせる時間を、


このブログでお会いできることを、


1日、1日、大切に楽しみたいですね ( ´▽`)



 


                                   おわり






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うんとおばあちゃんになっても、ギンガムチェック・・・わたし、着ていたいなあ ( ´▽`)






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最終更新日  2021.09.20 16:55:34
2021.09.15
似合うものを見つけることは、本当は簡単なのかもしれない。

そうなると、

似合わないものを見つけることは、もっと簡単なのかもしれない。


ファッションは、難しいものなのではなく、

とても自由で、楽しいものなのだ。


近頃は、なんだかとても、そんな気がしてきています。


少ない服で長年暮らす中での気づき、と感じています。

わたしの「少ない服での暮らし」は、

一度もリバウンドすることなく、7年目になります。


季節で数えたなら 7× 春夏秋冬で「28シーズン目」か。


そろそろ「長年」って呼んでもいいのかな? ( ´▽`)






ニットで、部屋で、ごろごろする秋冬はこんな風。わたしの幸せ3点セット。(菓子・茶 & PC)




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似合っていたはずのものが軒並みダメになったのは、

わたしの場合、40代の前半のことでした。

何を買ったらいいかすっかりわからなくなり、

いつもコーディネートに頭を悩ませ、SNSを徘徊し、

悩んで考えて頑張って、
それなのに気に入らなかったり失敗して、
出かける直前になって全部着替えたくなってしまうせいで、
ついには待ち合わせに遅刻するほどの支障(異常)をきたして、

もしくは買って2〜3回着ただけで飽きて

選ぶことも、買うことも、着ることも、大切にすることも、


何もかもを「むずかしい」「もう嫌だ」と感じてしまっていた理由のほとんど全ては

「服の数が多すぎた」ということだったのでしょう。


今なら、それが、とてもわかるんだけれども (;_;)



 ****************************************



課題は。

いえ、宿題や、レポートや、残業でも、家事でも、なんでもいいです。

それらは多いか 少ないか、

どちらの方が嬉しいですか ( ´▽`)?

どちらの方が 楽だったり 時間や心に余裕を持てますか?


ものも、服も、あらゆる持ち物というのは


そういう「課題たち」と、多分、同じだ。






3点セット + クッション は、わたしの至福ごろごろセット。スマホはほとんど触らないです。



 ****************************************



服やものが少ない、ということは、

向き合うべき課題が少ない、ということなのです。


少ないから、苦しくないし、

少ないから丁寧に、無理なく取り組める。

ミスや失敗も減る。

着ていない服がどっさりあることや、
片付けていないものが溢れかえっていることは、
手に負えないほどの量の仕事や、
溜めてきてしまった課題を、
年がら年中抱えているストレスと、良く似ている。
 

頭の中がすっきりとしない。

やらなければならないことだらけの重圧で、

身も心も、ずっと 休まらない。


着なきゃ! やらなきゃ!

あれも着なきゃ、これも着なきゃ、早くやらなきゃ!と


常に 常に 追い立てられているようで。



買えば買うほど向き合う課題や悩みや苦悩や仕事も増える、と申しますか、

自分で自分のことを大変にしてしまう気が。


大変にしてしまっていた気がします。






心からのんびりできる時間を持つことの大切さ。カヌレの甘さと優しい苦味が、ああ、染みる。


↓ もう なんどリピートしたかわからない。ルトレフルさんのカヌレ。
  牛乳・砂糖・小麦粉・卵・ラム酒・バター・バニラ。 シンプルな原材料 ( ´▽`)






 *****************************************



これとこれを合わせよう!という積極的な意思や

計画をもって臨むことなく、

別々の時期の別々に買い揃えたものが、

こうしてたまたまピッタリくる、という嬉しいことが 

ここ数年、よく起こっています。










これは、服がたくさんあった頃とは真逆の現象で、

服が少なくなったことでの、賜物?

良い巡り合わせのようなことが、

自然と起こるようになりました。



多い方が「ピッタリ合う!」の確率やチャンスは広がりそうなのに、不思議なことです。

多いということは、

豊かなようでいて、選択肢がたくさん、のようでいて、

実際には服同士・持ち物同士の関係性は、

衝突したり、すれ違ったり、混乱するばかりでした。






この裾が、ブーツイン(長靴イン・笑)にピッタリです。これがワイドパンツなら、無理でした。



 ***************************************



ああ、これは服だけじゃなく、「友」も、そうだった気がします。


着心地は そのまま「居心地」だし、

多ければ良い、というものでもないし、

優しさや、互いの相性だってそうですし、

「友との関係」と「服との関係」は とてもよく似てる。



うまくゆかなくて苦労する関係よりも、

安心できて、楽しい「良い関係」の方が、いいに決まってる。

合わない(似合わない)関係よりも、心地の良い関係の方がいいに決まってる。



服と人とは もちろん全て同じには考えられないけれど、

好きな人に囲まれることの安心感と、

好きな服に囲まれて生きることのそれは

心地よさの種類や 安心の種類が よく似ています。


周りを見渡してみても、

心地良い人間関係の中に身をおけている人は、

装いにもやっぱり、

それが ふんわり滲み出てるように思うのです。


服は、とても雄弁です。




 ***************************************



少ない服を、今、とても大切にできるのは、
少ないからできるのだと思います。

たくさんあったら、わたしにはそれができない。

できませんでした。

課題という名の「服の山」に、いつも押しつぶされそうだった。

今は、もう、押しつぶされないよ ( ´▽`)






わーい!アサヒの「マルエフ」しんはつばーい! ウチにも届いたー ヽ( ´▽`)ノ
解禁されたテレビCM、ガッキー可愛かった! 使用曲も大好きな曲だった きらきら(;▽;)きらきら


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片付けました! 

無駄なもの勇気を持って手放しました!

そしたら身に起こることが変わってきました!

心や思考が整って、日々の暮らしの幸せ感が増しました!

人生が上向きになりました!


わたしは 大筋で、大枠で、この流れを全肯定しています。


だって、これって本当に嬉しくて、

そして とてもとても素敵なことですもの。



ものを減らすと幸せになれるなんて、信じない。

掃除や片付けをしたって 幸せになどなれっこない。

そんなの嘘だ! 

と、無下におっしゃられる方とは、

ですから わたしは、

まことに残念ながら どうも水が合わない(笑)


片付けや捨ての道って、険しく厳しいものですから、

なんどもくじけそうになるような長い長い道ですから、

そういう思いを持って臨むことは、

辛くても頑張ろうとする人に向けての、

これから勇気を出して始めてみよう、と思う人に向けての、

そして自分自身に向けての、

何よりの「心の支え」に。


そして、遠くに輝いて見える「希望」になりうると思うから。


信じることは「個人の自由」と。


そして ちょっとワクワクできて楽しい! と。 


そう思うのです。






かわいい缶。「幸運の不死鳥」の缶。グラスに注いで・・・ かんぱーい きらきらビールヽ( ´▽`)






ただ、この幸せ感というのは、

片付けた途端にいきなり感じられる劇的変化、なのではなく、


すぐには上手くゆかなくても、

やりすぎてしまったり、失敗したり、衝突したりしながら、

うまくいっても 悟った気になることなく、

慢心してしまうことなく、偉ぶることなく、

失敗しても、がっくりし過ぎず、自分を責め過ぎず、

幾度も迷って迷って、くじけて、また立ち上がって、

それでも自分の足で1歩1歩、

試行錯誤しながら、模索しながら、


いつの日にかたどり着くことのできる未知の境地なのだ、ということを


どんなときも 忘れてはならないのだと思います。



目的地は人それぞれですし、

人生の最後の日まで「旅」は続きます。


本当のゴールを見た人なんて、


だからきっと、まだ誰もいないのかもしれません。



みんな みんな 道の途中、なのだと思います。







                                  つづく








今日もお読みくださって ありがとう。




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次回は、長靴履いた、その先の身支度。
部屋でカヌレむさぼって過ごしていた「室内着」の格好から「外出着」になるまでの
その「後半」をお届けできる予定です ( ´▽`)ノ

お楽しみにしていただけたら 嬉しいです。






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最終更新日  2021.09.16 09:34:04
2021.09.03
みなさん、こんにちは。 すずひです。









9月ですね。

9月1日は、「防災の日」でしたね。


3.11の震災の日、には、書けなかった思いを、今。












震災の日や、

過去、大きな災害の起こった日は、わたしにとって。

その日のことを忘れることなく、
犠牲になられた方々への黙祷を捧げ、
被害にあわれた方々を思い、
復興を祈り、

そして自分自身の備えを見直す日、だったのです。


そういうことを 何年も繰り返していました。


2019年の春、までは。



震災を思い出すとき、

わたしにはなにもできなかった。と。

いつもいつも思うのです。











「1日1捨」という本の初版発売日は、
本当は「1月15日」の予定で進められていたのです。

2日遅れてしまって「1月17日」になりました。

1月17日は、阪神淡路大震災の日です。


不思議な気持ちになりました。



阪神淡路大震災のあの時は、

まだ独身で、自分のことばかりで、

わたしはテレビを見て呆然となるばかりで、何もできなかった。

使命をもって被災犬を預かったけれど、

犬も、誰も、幸せにしてあげることができなかった。


今、ここからでも、

ほんの少しでも、わたしにできることはあるかもしれない。



それをわたしに気づかせるための「2日遅れ」「1月17日」なのでは、と。


そんな気がしたのです。



 **************************************




進学を希望する震災遺児の思いを、
 
みんなの力で、一人でも多く、叶えることができたなら。

夢に向かおうとする子どもたちの応援をできたなら。

震災や、災害や、
そして事故などによって親を失った遺児の教育支援事業に、

「1日1捨」でいただいた印税から、
微力ながら、毎年、寄付をさせていただくことを始めて、
今年は、3回目の夏、でした。

3回目の「防災の日」でした。

2021年9月1日の「防災の日」。 










わたしが我が家の防災用品を用意することができたのは、
ものをうんと減らしたあとのことでした。
それまでは、何も、
部屋を飾り立てることを考えるばかりで、
本当に、何の備えもしていなかったのです。

個人個人が自分の家族を守る意識を持つことは、

もちろんとてもとても大切なことなのですが、


けれど、それだけじゃなくて、自分のことだけじゃなくて、

  もう1歩、小さくても、今、できることがある。


過去の災害を振り返って悼み、学ばせていただくのと同時に、

これから起こるかもしれない未知なる災害に備えるのと同時に、

今を生きる、

大きな悲しみを経験してなお、

いまを懸命に生きておられる被災者の方々の。

とくに「遺児」の。「子ども」の支援を。


どんなに微力であっても、継続的に。 


わたしにできる範囲で。




 ***********************************



防災の備えをしていて
もしもそれを1年、2年、3年、
5年、10年 もっと・・・使わないで済んだとすれば、
それは、もったいない、でも、無駄だった、でもなく、
「奇跡」にも匹敵するような、ありがたいことなのだと
心から思うのです。

災害への備えはそういうものであることを、

忘れないでいたいです。


この国に住んでいる限り
いつ、どこで、どんな災害に遭遇してしまうか、
わかりません。



誰にも わからないのだから。






防災リュックに付けた、大音量120dbのホイッスルは、
これを吹くようなことがどうか起こりませんように・・・の思いを込めたお守り、です。










本を出させていただいたあと、
思いがけず、
とてもたくさんのお手紙をいただいたのです。

KADOKAWAさんの検閲を通して、のお手紙でありましたから、

本当に、お優しい、あたたかな言葉に溢れたお手紙ばかりで。


だから、

お手紙をくださった方のお住まいの都道府県に、市町村に、

そしてブログを通して仲良くしてくださったり、
いつも楽しい発信をしてくださっている、
親しみを感じている方々のお住まいの地域が・・・

福岡が、松本が、滋賀が、奈良が、

ああ、鎌倉が、伊豆が、東京が、

大阪が、兵庫が、京都が、沖縄が、愛媛が、北海道が、

埼玉が、長崎が、群馬が、そして「福島」が。

この国の全てが。


そして県内とはいえ10km20km離れた地域に、
避難の勧告が出されていたり、
河川の氾濫が迫っていたりすると、

どうか堤防、持ちこたえてほしい、

ああ、大丈夫かな、と、たまらない気持ちになります。

どうかご無事であってくださいますように、と、


わたしには、ただただここで、祈ることしか (;_;)






【すずひ M 弁当】 ひれかつ・茄子の旨煮・ねぎ入り卵焼き・おくら素焼き弁当。





どうか、今、この瞬間が。

そして、これからのみんなの未来も、安全に守られますように。

そう祈るような思いで、

神さまに託すような気持ちで、寄付をする。

いえ、寄付を、支援をさせていただく。

思いを受け取ってくださってありがとう、と感謝しながら。



まだわずか3回目なのですけれど。


9月1日は、わたしが「あしなが基金」に寄付をさせていただく日。


どうか子どもたちが、夢を、進学を、人生を。

金銭的な理由で諦めてしまうことのないように。

あなたがたの未来が、あたたかく見守られますように。

子どもたちの笑顔を、希望を、

みんなで支えることができますように。




「あしなが育英会」さまはこちらです。1回からの寄付も可能です。 →
 






【すずひ N 弁当】おなじみ3色弁当。青菜炒め・鶏の照り焼き・甘辛たまごそぼろ。
                        + ウインナーのおまけ付き。



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どの災害の復興にも、終わりはなく、

きっと、永遠に「途中」なのだと思います。

街やビルや高速道路が、

水に浸った商店街や、学校や、

土砂に流されてしまった家屋が、

そして決壊した堤防が、

どんなに元どおりに、強靭に修復されたとしても、

悲しみや恐怖が、被災された方々の記憶から消える日など、

本当に癒える日など、

生きている限り、永遠に訪れないのだと思う。


その中で助け合えたことや、支え合えた記憶が、

ほんの少し その心に、

小さな灯りをともすことはあったのだとしても。






曲げわっぱの力で、プラスチックのお弁当箱時代より超・見栄えUPな気がする3色弁当(笑)



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21年前の東海豪雨も、9月。 この時期でした。

お子が産まれる3週間前の夜のことでした。

胸のあたりまで浸水した実家の後片付けに向かうおとーさんに、


手伝ってくださる方へのお弁当をいっぱい作って託したことを思い出します。

あの時も、本当に何もできなかったな、わたしは。

臨月のお腹を抱えて、なにもできなかった。


お弁当を作ることしか、できなかった。












けれど、

ありったけの心と思いと感謝を込めて、
みんなの分のお弁当を
一生懸命作ったことを覚えています。

残暑厳しき上に、電気も止まってしまっているから、

お昼まで傷まないようにしっかり保冷して、

おしぼりを、たくさんたくさん用意して。











これからの季節。

台風や豪雨が、

今年もまた、日本中で猛威を振るうのでありましょう。


もしもの時にも、

わたしが、家族が、落ち着いた行動をとることができますように。

みんなも、みなさんのご家族も、そうであってくれますように。


今日という1日を、

どうか、どなたさまもが無事に、安寧に過ごせますように。



薄桃色の朝焼け雲を見上げながら、


毎朝、そう祈るのです。




 




                                   おわり







防災への思い。あしなが基金への思い。お読みくださって ありがとう。



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 今日も守られますように。 1日1日を、どうか無事に生きてくださいますように。




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↓ ずっと前からお気に入りに入れていた、大容量のポータブル電源。
   素敵なブロガーさんお勧め防災用品を、購入する決心をいたしました ( ´▽`)




↓ ワイヤレス充電可能なこちらも人気ですね。比較検討中です。

















最終更新日  2021.09.04 13:25:51
2021.08.26
Instagramに続いて、twitter までも。

アカウントを持たぬ「読むだけ民」に対する閉め出し?のような、

なんとも厳しきご対応となってまいりました。

これまでできていたはずの PC版ツイッターの、

「おすすめツイート」からの移動や、「いまどうしてる?」のリンクに。

「読むだけ民」は、飛べなくなってしまいました。



わたくしは もう 飛ばせてはもらえないのね ( ;∀;)






この秋に、毎日でも着たい、毎日でもしたい格好「全身紺」が、こちらです ( ´▽`)
時系列的に「逆回し」の画像にて今日はお届けいたします。どんどん脱いでゆきますよ(笑)


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まだまだ耐える、すずひです。

Instagramとtwitterから、完全に閉め出されてしまった暁には、
圧力に負けて泣く泣くアカウント作るのかと思いきや、
わたしは素直に閉め出されてしまう所存でおります。

そうなった時は、いよいよ卒業する時なのかな、と。

たくさんではないけれど、
毎日楽しみに訪問しては
元気をもらっている大好きなInstagramがわたしにはありますから、
「閉め出し」は本当にさみしいですけれど、

しがみつき、追いすがるのではなく、

「卒業なさいよ」というお知らせなのだと受け止めて、

その時には、美しく諦めるつもりです。

なんとか楽しませていただけている今は、

多少不自由なりとも、とても幸せなことなんだなあ。



そう思うと「ブログ」というのは、優しいですね。

メンバー限定記事、みたいなものも時にお見かけしますが、
「閉め出し」や「閉め出され」の比較的少ない、
とてもオープンな、
みなに公平で平等な SNSツール、だと感じます。

だから好きなのかもしれません。

わたしは「ブログ」が。

読むことも。 そして書くことも ( ´▽`)






この立ち位置では、全身の雰囲気の変化をご覧いただくのに近すぎることに気づきます。



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さて。 わたしの体重です。


「52.5Kg 」に なりました。 


わたしの身長は168cmです。
(もう長いこと測れていないため、2cmくらい縮んでいるかもわかりません・笑)


16時間断食をスタートさせた4ヶ月前(5月)の体重は

「56.5kg 」でした。

このままではいけない、と思いました。





アームウォーマーを脱ぎます。だんだんと「本当の体型」があらわになってゆきます。



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50歳。

なぜそこまでの危機感を覚えたのか。

なぜ「このままではいけない!」と感じたのか。



本当は、今年に入ってマックスの時は「56.8kg」までいきました。

おなかいっぱいの時には「57kg 」の大台に乗ったことも何度もあります。

直近でこの数字を見てしまったのは、

妊婦のとき以来、だったです。







ああああああー 



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これはいかん、と思って、
ちょっと気をつけ始めたのが、3月のはじめ頃。
ちょっと気をつけたら、元々のベスト体重「53kg」に、
すぐに戻れる予定でした。

今までは、ふつうにそれで戻ったから。

40代までは、数kgなど、すぐに戻ったのです。


56.8kg から、56.5kgまでは 戻りました。


戻ったというか、お水飲んだ時の誤差の範囲 (;_;)


そこで 「ピタリ」と止まったのです。






まるでスウェットのように見えるこの「BATONER」のトップスは、メンズの「1」サイズ。




この通り、ちゃんと「ニット」です。カジュアルになりすぎない、とてもいい「濃紺」です。








3月、4月と、

特に4月に入ってからは本気で気をつけ始めたのに、

もうそこからは、まったく減らない。

しかもちょっと気をぬくと、すぐに元の57の数字に届いてしまう。


もう、ダメだ。 


このままでは、このお肉は、このまま定着してしまう。

わたしもこっちの体に慣れてしまいそうになる。

なんかいろいろ動くたび、お腹が苦しいけれど、


「代謝が落ちたんだから仕方ないや。」

「誰にも会わないし、もう、これでいいや。」と、

そう思いそうになる。












本当?  本当に、これでいいの!?!? (´;Д;`)



立て! 立つんだ! すずひ!!









やるなら、今だ。  そう思いました。





新しいフラグメントケースが、全身無地コーディネート時の「スタイリング小物」としても
すこぶる新鮮であり、かつ秀逸であることに気づいた、この日 ( ´▽`)








食事の習慣の見直しと、無理のない筋トレで。

元どおり + 500g のマイナスで 今週「52.5Kg 」 になりました。


この数字も、妊婦時代に見たなあ。

長く厳しいつわりで47〜48kgまで痩せてしまって、

妊娠7ヶ月頃、ようやく少し食べられるようになり、

よろよろと戻る途中に見た数字(笑)



【 Before 】



着てるものが違うのでわかりにくいですけれど、この時が「56.5kg」。腕と腰が、丸い。


【 After 】



お腹だけでなく「腕」が意外と変わったのだ、と気づいた「52.5kg」は、こちらです。


↓ 落とさない安心、失くさないの安心 + とっても気分が上がる↑ アイテムです ( ´▽`)









わたしは わたしの体重を、

思いのままに 意のままに操れるとおごっていたところがあって、


うんと若い頃、拒食症を患った経験からも、

数字だけに一喜一憂することの危うさは、とてもよくわかっているつもりです。


無茶なことをすれば短期間で、

一気に減らすことができることも知っているけれど、


それは「自分を大切にすること」や、

自分の人生を大切に生きることとは 大きくかけ離れた、

破滅的な行為で。



拒食症という病気は、
とても誤解されたり、
奇異な目で見られたり、

手にできてしまった「吐きダコ」をじっと見られたり、

理解のない人から軽蔑されたり
せせら笑われてしまうこともあることを、

わたしは知っているけれど。


なってしまった人にしかわからない、

救いようのないほどの深い闇があることも、

わたしは知っています。



それを知っている自分であれることが、いまは、誇らしいのです。


あの経験があったから、その苦しみや痛みが、

今、先の見えない苦しみの中におられる患者さんの気持ちが、

わたしには よく分かる。 覚えている。


その痛みってね、頭よりも、心よりも、「食道」や「咽頭」あたりが覚えてるの。



逆流する胃酸が沁みる食道や喉の、ヒリヒリするあの感じ。



一生忘れちゃいけない、と 思ってる。






両脇にはこんなスリットが入っていて、前だけインや、出しっぱなしの裾が決まります。




もちろん、家庭で洗えます! 綿100%のニット。
洗えない表示のものも洗ってしまうのがわたしですが、これは正真正銘、洗えます ( ´▽`)ノ



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美味しいものや、好きなもの。


大好きなビール。 ビールとかき揚げ! わたしの宇宙!!


楽しいなあ。 明日も筋トレ頑張るぞ!


結果が出ても、出なくても、楽しく取り組もう。


こんなわたしを わたしは 大好きだ!



拒食症のあの頃は、


美味しい食べ物は 全て「敵」に見えていたし、


自分のことが嫌いで嫌いで大嫌いで、ただただ痩せたかったのです。




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自分が大切だから。 自分のことが好きだから。


自分の気持ちを大切に、暮らしや体を大切に思いながら、理想に向かうことができた。



若い頃の心の傷なんて、

もうとっくに癒えていると思っていたけれど、


本当に癒えたのは、「今」なのかもしれないな。



ここで皆さんにお話しさせていただきながら、

新しい食習慣に取り組めたことが、うれしかった。

会ったこともないあなたが、きっと応援してくれている気がして。




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ダイエットの目的とは何か、と、今聞かれたら。


自分の在り方を整えて、理想のわたしに近づくため、と答えます。


痩せることが目的、ではない。


「痩せる」を目的にしてしまうと、とても苦しいのです。


「捨てる」を目的にしたミニマルライフが苦しいのと似ていますね。


ミニマルライフの目的は、気持ちよく、すっきりと安全に暮らすこと。 


理想の暮らしに 理想の現実に向かって、

自分の力で、1歩ずつ 足を止めずに歩むこと。


わたしらしく、幸せに、毎日を生きること。




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ダイエットや体型維持の敵というのは、 


パンでもお菓子でも油でも糖質でもなく。


もしかすると「孤独」なのかもしれません。



ひとりでやっているのに、ひとりじゃないと思えた。


新しい取り組みを、そばで見守ってくれた おとーさんのおかげ。



ここで、お話を聞いてくれた、あなたのおかげ。





この気持ちを、どう伝えるか、一生懸命に考えながら、

今日のブログを書きました。

そんな日々を、5年間、続けています。


ブログには、ひとりでも何かを頑張れる、とても不思議な力があると思います。



支えて下さる、読んでくださるあなたがいてくれて、


わたしは本当に、幸せです。



ありがとう。







                                   おわり







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ニットを着て、ストール巻いての撮影も苦でないほど涼しかった日々から一転、
また酷暑が、あの「危険な暑さ」が戻ってくるみたい (;_;)

みなさま、どうぞお気をつけて、お健やかにお過ごしくださいますように・・・四つ葉







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最終更新日  2021.08.27 06:29:56
2021.08.22
みなさま こんにちは。 すずひです。


みずがめ座の満月、です。

みずがめ座の満月が、今年は2回もあるんですね ( ´▽`)

みずがめ座として、なんだかとてもうれしい気持ちです。






この格好では涼しすぎるな、という日も増えて参りました。過ごしやすくなりましたね ( ´▽`)



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 悪口は最悪よ。
 誰かを傷つけ、自分を貶(おとし)め、
 雰囲気を悪くする。


 なのに、なぜ無くならないか。
 悪口って楽しいからよ。
 だからこそ言わないよう気をつけなきゃいけない。
 一切言わない。 一切相手にしない。
 これぐらいでちょうどいい。

          精神科医Tomy先生のお言葉








ご近所に、いつも悪口ばかりが話題のグループがあって、
私は悪口を言わない主義なのに、
そこにいるだけで仲間に、同類にされそうで、
巻き込まれそうな雰囲気になってしまうので、
その人たちのことがとても嫌なのですが、
そういう時、私はどうすればいいのでしょうか。

というネットでの相談、質問? に。



きっと「適切な距離をとりましょう」とか、

悪口言う人には好きなだけ言わせておけばいいのですよ、とか、

あなたはとてもいい人なのですね。

あなたはそのままのあなたでいて下さいね。


と、


きっとそんな感じの、
よくある感じの ぬるい お返事なのだろう、と思って読んでいると、

きっと相談者さんも、

「あなたはいい人」「あなたは悪くない」「その人たちが悪い」

そんなお返事が戻ってくることを

心のどこかで期待していたのかもしれないのだけれど、

その先生のお返事は、


ちょっとぜんぜん違って、ね。




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あなたは「悪口を言わない主義」なのですね。

悪口を言わないあなたは「良い人」「正しい側にいる人」であり、

悪口言ってる近所の人たちは「悪い人」「間違った側の人」ということでしょうか。

すると、あなたのこのご相談というのは、

「悪口を言っている人への悪口」 ですね。


あなたも その人たちと同じ「悪口を言う人」「悪口が好きな人」です。


「同じ」「一緒」だから気になるのです。



あなた、善人ぶって、被害者ぶってますけど、そこにちゃんと気づいていますか?


# そこにちゃんと気づいていますか?




みたいな。

ちょっと意外な、辛口な、

たいそう手厳しいお返事で、驚いたことがあります。



驚いて、そして、はっとさせられました。






室内着とお出かけ着の境界線は、わたしの中では「アクセサリー」。これだけで、ずいぶん違う!



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発信には、難しいところがあります。


たとえば、自分と異なる考えの発信に触れたとして、

自分の何かを否定されたような、
悪口言われたように感じてしまうお考えに触れたとして、

考え方はみんなみんな違うのが当たり前のことですから、

それはもう本当に仕方ないことなのですが、


発信者さんのお考え、意見として、に加え、

そのコメント欄やリプ欄のようなところで、

「そうだ!」「その通りだ!」みたいな、

お取り巻き総出の「〇〇を否定するあなたに同感です祭り」が繰り広げられたりしていると、

もう もはや「いじめ」の様相、というか、

違う考え方を持つ対象の人に対する、

発信者をボスとした「集団リンチ」を目撃してしまったような、

いたたまれない気持ちになることがあります。


それはもう、ネットの世界では、

本当に仕方のないことなのかもしれないのだけれど。


様々な情報や発信が交錯する今の時代、

あなたさまにも、そんなお気持ちになったご経験・・・ ありませんか?






16時間断食明けの遅い時間のお昼は、好きなものをいただく至福の時間です。
好きなものをいただきながら、ゆっくりと。約4ヶ月で、マイナス「4kg」になりました。



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発信には、難しいところがあります。


ものの少ない暮らしの良さを語ることは、その逆を否定することになるのかもしれない。

少ない服で暮らそうとすることは、その逆を否定することになるのかな?

毎日掃除をすることを話すと、そうしていない人を否定するように聞こえるのかな?

うれしいことを書くことは、全てが自慢のようになってしまうのかな?


少し前からわたしは食事の習慣を見直していますが、

食事の習慣を変えて体を整えることのお話は、

それをしようと思えない人や、

取り組んでいてもうまくゆかない方に対する嫌味に聞こえたりしてしまうのかな?


そんなことを、いつも考えます。







好きなお店の味を思い出しながら、カルボナーラ。友達や家族と、またランチに行きたいなあ。



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どんなに考えたって、

すべての方のお気持ちを正しく想像することは不可能ですし、

だから考えたって仕方ないのかもしれないけれど、

それでも、そういう風に感じる方がいらっしゃるかもしれない、と

出来うる限り想像しながら書くことは、

決して無意味ではない、と、わたしは信じたいのです。


本当によく考えて書かれているなあと感じる発信やブログは やはりあって、


そういう方の文章というのは、


とても優しくて あたたかいんですよね ( ´▽`)


お相手のことも、ご自分のことも大切にされてる、と感じる。



あたたかい発信をすることは、


回り回って、「自分を大切にすること」でもあるのでしょう。



そんな発信をできるようになりたいなあ。






軽めの朝食をとる時の、サンドしないサンドイッチ。
挟まなくても、意外と満足できるという気づき!挟まなければ、パン半分&糖質半分!



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発信をするときに大切なのは、

反対側にあるものの悪口になってしまわないように気をつけるには、

悪口言ってる人の悪口、みたいな

自分の側(だけ)を善だと思ってしまうことの危うさや、

批判した人を批判する、みたいな、

どっちもどっちだ、みたいなことになる、

そういうことに気をつけるのには・・・




〇〇をする、の発信も。 


〇〇をしない、の発信も。



反対側にあるものへの思いやりを持ちながら言葉を選ぶことで、


その伝わり方というのは、


とても大きく変わるのかもしれません。


質問者さんに向けられた先生の。



「あなたも一緒ですよ」


「そこにちゃんと気づいてますか?」の言葉。



ああ、「善人」とは。  はっとした言葉。





何かを発信するのに大切なのは。


文章力でもテクニックでも、経験値でもなくて・・・


全ては「思いやり」なのかもしれませんね。


読んでくださる全ての方への感謝と、思いやりと、優しい気持ち。


一方的な発信だからこそ言葉の全てに心を配る、ということなのかもしれません。


至らなくても、失敗してしまうことがあっても、

何度もそこに気づこうとすること、

それを忘れないでいる、ということ。



とても大切で、そしてとてもむずかしいことだから、


自戒を込めて 


みずがめ座の満月に、この日記を書きました。







                                    おわり








今日もお読みくださって ありがとう。




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うれしいことが、たくさんたくさん起こりますように ( ´▽`)ノ





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最終更新日  2021.08.23 14:27:14
2021.07.31
2016年7月31日に、

人知れず始めさせていただいた、このブログ。


5周年。 5歳の誕生日を迎えることができました。


5年前のこの日も、とても暑い日でした。











5年前から読んでいるよ、と仰ってくださる読者さまも

きっといてくださるのかと思うと、

わたしの5年間があって、

あなたさまの5年間があって、

嬉しいことも、悲しいことも、

毎日いろいろなことが起こったり、

生活も、ご自分自身も、日々の変化を繰り返す中で、


ずっと変わることなく読み続けてくださるお気持ちを、ありがとう。












( K )ジプシーサップ ジョグパンツ/ FRAMeWORK + レースチュニック + 帽子



↓ こういうレースのトップスは、インナー選びが むずかしい & 超大切。
   酷暑にも究極に楽で涼しい! 透けても平気! シンプルデザインのインナー。








今日は、みじかく、ね。


このブログを始める前の 1年ちょっとほど、

わたしは実は、人生の中でいちばん元気がなかったのです。

何もしないでいると、

どうしても気持ちがネガティブな方に傾いてゆく。

この状況を 最初は自分を責めるのですが、

だんだん「何かのせい」「誰かのせい」にしてしまいたくなる。



何もせずに、

毎日ただ時間だけが過ぎて、周囲を呪うくらいなら。


自分から、いま、何かに向かって動き出したい。


変わりたい!


そう思ったのです。






真夏用の「究極に涼しい1着」。 探しに探したこの1着です。 ああ、涼しい ヽ(;▽;)ノ


2021年の服の記録は、前回の「ギンガムチェックワンピース」で、一旦おしまいです。
また秋頃、この1着も含めて、
ワードローブ一覧のご紹介をさせてくださいね ( ´▽`)ノ


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ブログを始めたら、


はじめのうちはのしばらくは、 


誠に「わたしだけしか読んでないブログ」で。


それでもとっても楽しくて、毎日嬉しくて続けていたら、


おひとり、またおひとり、と、


読んでくださる方が、少しずつ出現してくださって、


そして、ここで ある日、あなたと会えた。


これからも、ここで、会える。


大切な人に自由に会えなくなってしまった この1年半を、


わたしが わたしらしくあれたのは


このブログと、そしてあなたのおかげです。











いろいろなブログを読んでいるとね。

「愛」から発信されたブログと、

「怒り」や「怖れ」から発信されたブログがあることに気づくのです。


みんな、みんな、いろいろな思いを抱えながら、


それでも それぞれの人生を、精一杯に 生きている。


それは もちろん、 わたし自身も。





ブログのある人生は。


ブログのない人生よりも、100倍 すばらしいです。


それを教えてくださったのも、あなた。



今日という日を ここで一緒に迎えられたことが、本当にうれしい。



 ありがとうね。  心から。






                                  すずひ







↓ 5年間、なんども なんども、あなたはこのバナーを押してくださったのだと思います。

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いつも楽しみに待っていてくださるお気持ちを、5年間、本当にありがとう。


どうぞ 暑さにお気をつけて、お健やかな週末を ( ´▽`)ノ
















最終更新日  2021.07.31 19:18:58
2021.07.05
「見栄を張ることは捨てましょう」


という考え方がありますね ( ´▽`)


無意味な見栄は捨てて、暮らしやすい身の丈で。 


ほんとそう。


とてもわかる気がします。












ところが その一方で。


おそらくそれと同じくらいか、むしろそれ以上の熱量で、


「見栄を捨ててしまったらおしまいですよ」


という考え方もある。


こちらもまた、とてもよくわかるような気がするのです。



 安いもので済まそうと思うのは仕方のないことなのかもしれません。

 しかし「安いもので済まそう = 自分は安い人間だ、

           良いものを与える価値がない」と、

 繰り返し(自分に)言い聞かせているようなものなのです。
                          ( P.242 )

    「なぜかうまくいく人のすごい無意識 」  より







わたしには ものすごくそういうところ ↑

「自分には良いものを与える価値がない」と思ってしまうところがありましたから、

こちらの主張もまた、とてもよく分かるのです。


身につまされるようなところがあるのです。


あなたさまは、いかがですか ( ´▽`)?


あなたは「見栄」を張りますか? 

それとも、張りませんか?


どちらかを批判するような日記になってしまうことのないよう、


気をつけながら書きます。


大切なあなたさまに、どうか安心してお読みいただけるように。





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ある程度の価格がする品物を。

たとえばわかりやすく「ブランド品」を買ったとして。

本当にそのお店やデザインや品物を好きで買った場合と、

たとえば「見栄で買ってしまった・・・」という場合と。


両者の違いというのは、一体どこにあるのでしょう。


自分でも、ちょっとよくわからなくなってしまうようなことって、


意外とありませんか?






白いブラウスに「かごバッグ」。ここにティアードスカートでは甘くなりすぎるので・・・



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これって、なかなか難しいのです。

この服が好き!この時計が、このバッグが好き!である場合も

それがブランド品だから好き!である場合も、

「好き!」というプラスの感情であることには変わりなく、


その人自身の中でも、明確に区別したり自覚することは 


だから、時に、それはとてもむずかしい。






いまのわたしは、スッキリとしたデザインの、ミニマルな「黒パンツ」を合わせます。



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アイテムにもよるのかもしれませんね ( ´▽`)


他人から見えないもの(寝具や肌着や部屋着・パジャマなど)や

他人から見えてしまうもの(お出かけ服・バッグ・靴)とでは、

また違うのかもしれませんし、


消えて無くなってしまうもの(食べもの・お花・消耗品など)と、

長く長く使いたいもの(家電・車・住まい)とでも

その考え方は大きく異なるのかもしれません。


「部屋着の見栄」と「車の見栄」とじゃ 全く違いますよ! と。




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ブランド品がとても似合っていて、

それを着ることでますます素敵に輝く人がいます。

それは「見栄」ではないように思います。

とても自然で素敵なのだから。

その人の魅力であり、パワーであり、

また実際にはもっとわかりやすく、

その方の「経済力」や「余裕」の表れ、でもあるのでしょう ( ´▽`)



 ***************************************



そうじゃないものの方が似合う、と申しますか

極めてふつうのものやプチプラのものを、

とても素敵に着こなしてしまう人もいますね ( ´▽`)

その場合、それは決して「見栄を捨てている」ということでなく、

それがその人の魅力であり、パワーであり、

「個性」なのでありましょう。

だって生き生きと輝いていますから。


両者は だから「VS」ではなく、敵同士なのではなく、


どちらも その人のその人の「好き!」という思いの表れであり、


その人の「好き」でこそ その人らしく輝ける、ということなのだろうと思います。




真反対の価値観に触れると、

ちょっと戸惑ってしまうのも人間なら無理もないことで、

ただそれだけのこと、なのであって、


どちらも個性。 どちらも自由。 


今のその人にとって、どちらが心地よくてうれしいかの違い、ですね ( ´▽`)






若い頃は、かごバッグにはデニムやチノパン、素朴な風合いの麻のパンツを合わせていました。
今は、黒パンツ。 素朴な素材ではなく、ちょっと光沢感のあるしなやか素材で。



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ちょうどいいものを着る、ということ。


「ちょうどよさ」というのは、まことに人それぞれ。

同じ人の中にあっても「ちょうどよさ」は 少しずつ変わってゆく。

ずっと変わらないものなんて、

この世には何一つないのだから。


今、好き。

今、ちょうどいい。 

それの繰り返しが、その人らしさを作ってゆく。



いま好きなブラウスを着て、いま好きなパンツを穿く。


パンツを全く穿かなくなった時期があったけれど、

50歳の今は、1本だけあることが嬉しいです。


こうして穿けることが、とても嬉しい。







パンツにも「ソックス」が似合うことに気づきました。 このソックスは、万能 ( ´▽`)



 ***********************************



ご自分以外のどなたかのファッションや


暮らしの一部を垣間見て。


見栄張ってるなあ!と、もしも映ったりするのも、

見栄捨ててるなあ!と、もしも感じてしまうのも、


それって、きっと。 お相手のことは全く関係なく。


いまの自分の抱く思いや、いまの自分の心の状態が、


ただそのまま投影されているだけ、なのかもしれません。


自分が思っていることを、そのまま相手に置き換えちゃう。


そうすることで、自分の価値観を守ろうとしちゃう。


私はそうなのだから、きっと相手もそうだろう、 と。



「そうであってほしい」とさえ、時に思ってしまう。


今日のお話の場合なら 

SNSで見かけた誰かの素敵な暮らしや装いや持ち物やご馳走を、

「見栄に決まってる!」「どうか見栄であってほしい」と思ってしまうような気持ち?


けれど多くの場合、それは一方的な思い込みや願望で。


ちょっと垣間見ただけでは


その方の暮らしの真実や能力は全くわからないし、


一人一人、ものすごく違うんですよね ( ´▽`)




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ちょっとばかり無理してでも、身の丈にあっていなくても、

「ブランド」に執着してしまった時期が わたしにはありました。

似合う人が輝いて見えて、素敵に見えて、

とてもうらやましかったのです。

輝きの「おこぼれ」に、あやかりたかったのかもしれません。



 







そんな圧倒的な輝きを放つことはできなくても、

自分なりに生き生きと輝くことを目指そう。

そう思ったら、

そのために必要なものは少なくて、

とてもとても少なくて、びっくりして、

「わたしはこれまで一体何をしていたんだろう」と、

本当に悲しかったな   。・゜・(ノД`)・゜・。




そんな時を経て、今があります。




 ****************************************



そうか!


見栄を張ってしまったかそうでなかったかが分かるのって、


いま(買ってすぐ)、ではなく、

ちょっと先の未来、なのかもしれません。




その時を過ぎて自分のことを振り返った時に、

「ああ あの時は無理してしまったなあ」

「見栄はってしまったから、支払いが苦しかったなあ」

「使いこなせなかったなあ」「似合わなかったなあ」

ということもあれば、


「ちょっと背伸びをして買ったけれど、これでよかった!」

「お金貯めて、憧れのものを持てて良かった!」

「あのとき妥協してしまわなくて良かった!」

「こんなに使うなら、もっと良いものを買っても良かったかも?」
 
「毎日が楽しくなったなあ!」

ということだってあるでしょう。



これがもしも周りの人には 一括りに「見栄」だと映ってしまうことがあるのだとしても、


もう、それは仕方ないですし、


もう、それで構わないのだと思います ( ´▽`)



何故ならば。


それが「見栄」だったのか、そうじゃなかったのかが本当に分かるのは、自分だけ。


少し先の未来を生きる自分だけ。


未来のわたしだけ、そしてあなただけ、なのだから ( ´▽`)



とてもパーソナルなもの、なのだから ( ´▽`)







このソックスを気に入り過ぎたおとーさんは、黒も手に入れてしまいましたとさ。








大好きな方のブログに

「過去・いま・未来」なんてないんだよ って、

そんなお話があったのです。


人生はいつも「 いま ・ いま ・ いま 」の連続なのだよ、と。



ああ、本当に そのとおりですね ( ´▽`)



あの頃のわたしも その時のわたしにとっては「いま」で、


10年後のわたしも、その時になってしまえば「いま」で。


過去も、未来も、本当は 全部「いま」なんだな。



過ぎてきた「いま」と、


まだ知らない「いま」があるだけ。



まだ見ぬ未来を漠然と不安に思うよりも、いまを生きる。


まだ知らない「いま」は、そのうち本当の「いま」になるんだもの。



1日1日を、いまこの時を、


「好き!」や「楽しい!」の気持ちを大切にしながら


持ち物のひとつひとつを大切に思いながら、

そばにいてくれる人を大切に思いながら、


二度とこない、あなたの「いま」を、

そしてわたしの「いま」を 力一杯生きることができたなら・・・


とても幸せなことですね ( ´▽`)






                                  おわり







今日もお読みくださって ありがとう。




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 どうぞ心地のよい「いま」の連続でありますように。今日が佳き日となりますように。



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最終更新日  2021.07.05 16:55:00
2021.06.29
ぼる塾の、田辺さんの。

インタビュー記事を読んだのです。


そのことを、わたしなりにブログに書きたい、と


今日は思っているのです。


しかし とてもデリケートな要素が含まれることもあり、


きちんとお伝えできるか不安です。


一生懸命 心を込めて書きます。








50歳の「事始め」が、ここに。 初めてのことって、まだまだ沢山ありますね ( ´▽`)ノ



 **************************************




その人の印象が「見た目」で決まるのは、

はて、何割 でしたっけ。

8割? あれ? 9割? ・・・だったかな?



目の大きさや鼻の高さ。

パーツの位置。

口の大きさや、輪郭、あごのかたち。

生まれもった「顔」の造形を。

誰かから けなされたことは、ありますか?



わたしは、ないのです。

わたしは決して美人ではありませんし、

だから陰では盛大にせせら笑われたこともあったかもしれませんが、

面と向かって言われたことは

多分、一度もない。



あー、子供の頃、

小学校2〜3年生の頃にあったかな。

友達のお父さんに

「(このままでは)将来どんな顔になるかと思ってたけど、最近ちょっとマシになったな」

と言われたことがあるわ(笑)

わたしは「(前はアレだったけど)多少可愛くなった」と言われた、

すなわち褒められた!と思って喜んでいたのですが(← 馬鹿)

隣にいた母が「なんて失礼な!!!」と、

家に帰ってきてからも、何日も怒ってたの覚えてる。








小さいお弁当の日が増えたおとーさんのために、2021「曲げわっぱ生活」始めました。



 ***************************************




自分で自分の顔を好きでない、と思ったことは、

なんどもなんども あります。

とくに若い頃は、ひたすらそうでした。

とっても美人で華のある姉や、

可愛い友達やきれいな先輩、キュートなアイドルに憧れては、


鏡で自分の顔と見比べて、

ああ、わたしもあんな顔に生まれたかったな。

あんな顔だったら幸せだったのに。


深いため息と、叶わぬ思い。



50歳となった今、


自分の顔を「なんだか好き」「年々いい顔になってきた」と思えるようになったのは、


だからちょっと不思議な気持ちなんですけれどね ( ´▽`)






牛肉のしぐれ煮・だし巻き・鶏の磯辺揚げ・おひたし弁当。
おかずの詰め方にまだ少し慣れませんが・・・毎朝、新鮮な気持ちではりきっています。




 ***************************************



つい少し前まで、

メディアというのは「外見のからかい」に溢れていて。

それをみんなして笑ったり、いじったり、

とくに女芸人さんには何を言っても許されるような、

「からかい」と「反応」で、どーんと笑いを取るような、

そんな風潮が、まかり通っていましたね。


そういうのはダメなんだ。

格好悪くて、古くて、ダサいんだ。

「外見をからかうことは人として恥ずかしいことなんだよ」という流れが生まれたのは・・・


ごくごく、ようやく、本当にごく最近のことのような。



 *************************************



からかわれてきたからこそ

「堂々とすること」を伝えたい、という思い。



 私なんてーって言葉を撲滅したい。
 褒められたら世の女性全てが
 まぁねーって返せるようになったらいいなー


         ぼる塾 田辺智加さん





みんな、もっと自分に自信を持って欲しい。

褒められた時に「いえいえわたしなんて」とか「そんなことないです」じゃなくて

卑屈になるんじゃなくて、


みんなが「まぁね〜」って言えるようになったらいいな!

そんな思いから 「まぁね〜」 は生まれたのだそう。


ぼる塾の「まぁね〜」の 放つ意味。 

「まぁね〜」が 伝えたかった思い。


みんなの希望の言葉に、自己肯定の言葉になれ! という・・・


それは「ずっとからかわれてきたからこそ」の、思い。






曲げわっぱのお弁当箱を直に手にして触ることも初めてでした。とってもいい杉の木の香り。





 



過分に褒められた時には、謙遜することの方が自然だったり

そうした方が美しいこともやはりあったりしますから、


「まぁね〜」って言葉は、むしろ、

「褒められ」よりも

「意地悪」や「からかい」を受けた時にこそ、


ものすごく強いと思いませんか?



 たとえば 「最近太ったんじゃない?」 「まぁね〜 ♪」

「しわが増えたんじゃない?」「まぁね〜 ♪」

「マスク美人、だよね〜!」 「まぁね〜 ♪」


冒頭の、わたしの幼少期の不憫エピソードだって
 

友達の父 :「お前、顔、最近ちょっとマシになったな」 

少女すずひ : 「まぁね〜 ♪ 」 


って、言ってやればよかった!!(悔)



そしてたとえば・・・「お前のブログはいつも長くてうざい!!」も、 



 「そう? まぁね〜 ♪」って (笑)




 *************************************




「からかい」って ずるい仕組みになっていますよね。


それに対して真面目に怒ってしまうと、

怒った方がまるで馬鹿みたいに、悪いみたいに、

「ルール違反」みたいにされてしまうでしょう?


「からかっただけなのに w」「冗談なのに w」と。


傷つけられて、

それでも頑張って反論したら 

今度は「からかっただけなのに怒ったw」と馬鹿にされて、

それってもう・・・ 踏んだり蹴ったり (;_;)




 **************************************



ならばもう、

怒るんじゃなくて、

反論するんじゃなくて、

相手にするんじゃなくて、

はたまた 傷ついたり泣いちゃうんじゃなくて、



「まぁね〜 ♪」って できたら 強い!!!!

「まぁね〜 ♪」は、何もかもを跳ね返す。

相手の放った言葉を、受け入れるようでいて、ぱーんとそのまま跳ね返す。


「まぁね〜 」って・・・ めっちゃ強くない!?







この日は、おかずの配分、作る量がまだまだ全く掴めておらず・・・



 ***************************************




批判も、否定も、

意見や質問のふりした「からかい」も。

それが愛あっての言葉なのか、単に侮辱の言葉なのかは、
言った方はもちろんわかっているでしょうし、
言われた方も、すぐに(やがて?)わかります。

愛から出た言葉や忠告ならば、それは真摯に向き合おう。

悪意からの言葉であることが明らかならば

その時は「まぁね〜 ♪」と流して、真に受けない。


相手の悪意を、1ミリも受け取らない。


それができたら、これって、本当に、すごいと思うの。


自分を守れる。 自分の心を自分で守れる。

子どもだけじゃなくて 大人だって。

もしも口に出して言うのが難しかったら、

その時は、心の中で、涼しく「まぁね〜 ♪」って。 



風のように そう思い流すことができたなら。














意地悪を言う人は、

相手をしょんぼりさせたり、恥をかかせたり、

なるだけ傷つけることが目的なのだから

涼しく「まぁね〜 ♪」なんて返されたら カチンと頭にくるでしょうけれど、


それでいいのだと思います。 


それがいいのだと思います。



言った相手を見事「カチン」とさせられたなら、


それは その返答が「最適解」である証、なのでありましょう。



 ***************************************



あの「動き」もいいですね ( ´▽`)ノ

長い髪をさらりと指で後ろに払いながら「まぁね〜 ♪」。

髪が短かい場合は、

花輪君のように「前髪さらり」でもいいだろう。


風のように払ってしまう チカラ。


「まぁね〜」のチカラは・・・もしかして、払う(祓う)チカラ ?









「おかずだらけ」になりました。煮卵もささみカツもひとつで良かったんだな(笑)


 **************************************



ぼる塾の「まぁね〜」の 放つ意味。 

「まぁね〜」が 伝えたい思い。

まぁね〜なんて そんなこと言えないよ、というシーンも

生きていたら、もちろんたくさん出会うけれど、


そう言える場面や、そう言えたなあ、と思う場面は

これまでにも意外とたくさんあったし、

これからだって、きっとあると思うの。



 ************************************



今、

自分の顔を「好き」と思えるようになったのは、

この顔に生まれてよかった、ということが、

50歳になって、ようやく腑に落ちたからなのかもしれません。

この顔で50年生きてきたからこそ、今がある。


辿りついた「幸せ」がある。


そのことが自分でちゃんと、

ようやくわかったから、なのかもしれません。


若い頃、あんなに嫌ってごめん、今は大好きよ、と。


最近、鏡の中の自分の顔に、


ときどきこっそり謝ったりしていますよ(笑)



 *************************************



どう返したらいいかわからないようなことを言われたら。


もしも腹がたっても、もしも本当は傷ついても、

怒って反論するよりも、無駄に立ち向かうよりも、


涼しく さらりと、にっこり 「まぁね〜 ♪ 」。


そんな風に生きてゆけると・・・いいですね。


そんな風に自分を守れたら、とてもいいですね。


とても、素敵。


そんな気持ちになった ぼる塾のお話でした。


自分らしさを大切にしながら、

好きなもの(スイーツ)や得意なことを、

どんどん新しい武器にして、

今とっても輝いている女性、田辺さんのお話、でした。




ああ、伝わるように 書けたかしら (;_;)






                                  おわり







 今日もお読みくださって ありがとう。



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「Thank You〜 ♪」にも似た、とても平和な言葉なのかもしれないですね。

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* 自分におくりたい、美味しそうなお中元  ( ´▽`)





* お友達の家にやってきた保護猫ちゃんに贈りたいお中元 ( ´▽`)




* 無条件にうれしいであろうお中元 その1




* 無条件にうれしいであろうお中元 その2











最終更新日  2021.06.30 08:01:46
2021.06.27
こんにちは。 すずひです。


今日の日記は、前回( )からの続きです。


「後編」をお届けいたします ( ´▽`)ノ











新しい服を買ったときの、この感じ。

お楽しみはこれから、という この感じ。


絶対にミスしたくない!失敗したら困る!


そんな気持ちで服選びをしていたときには、

なかなか持てなかった気持ちです。 

持つことのできなかった余裕です。


かつて、服を買うことは、なんだかそこはかとなく恐ろしく、

失敗はとてもつらく悲しく、

ブログに書くことも、だから、とても緊張した。



けれど。今は。



この服と付き合ってゆく、という 


ただただ楽しみな、とても自由な気持ちで向き合えています。


わたしは・・・ うれしい  ヽ(;▽;)ノ






とてもいい位置にたった1つのネックレスのダイヤがくる首の形。これも決め手の一つでした。



 *************************************




そして、そう。


いよいよ発表です!


2021年に気づいた「その服を着なくなる11番目の条件」。



それは・・・・






11)無理して買った服は、結局着なくなる。

・本当に納得してお金を支払うことができたか
・その支払い額に、無理や背伸びやめまいや胃痛はないか
・逆に「妥協」はないか。我慢してないか。
・今の暮らしの水準にあっているか

「いかに気持ちよくお金を払えたか」ということの大切さ。

どんな気持ちや精神状態で支払ったか、ということです。

コレをね、意外とわたしは。

その服を着るたび、

そして最後、

手放す最後の最後の時まで「服とセット」で覚えているのだ、

ということに気づきました。



気持ちよく支払えなかったものは、確実に着なくなる。



それは高すぎても「もったいなくて着られない」という心境に陥るし、

反対に安すぎてもそうで、

「長く大切に思うことが難しい」「どうでもよくなってしまう」

というパターンでもって、わたしの場合は着なくなる。


その服を着ていても、心が喜ばないのです。

買ってすぐの一瞬は喜べても、それが持続しない。

新しい服の持つはずのパワーやエネルギーも、

たちまちのうちに失われてしまうような。











そして「愛するお店で気持ちよく支払ったかどうか」ということが、

わたしの中で、今、とても重要なのだ、という衝撃。


服を買うとき。 或いはかごを買うとき。

「さて、どこで何を買いましょうか」というとき。

誰でもいい、どこでもいい、ではなく・・・


「誰にならお金を払いたいか」「どのお店を守りたいか」は、

とても大切なのだと知りました。



同じようなものならどこで買ったって一緒、ではなかったのです。










たとえばこのお店に、

このデザイナーさんに、

この人に、この金額を払いたい、と思えるか。

そういうお金の使い方をできたかどうか、ということ。


「この価格で買ったこの服を臆せずまっすぐ愛せるかどうか」ということ。


買ったばかりの支払い記憶の新しいうちだけでなく、
なんどもなんども着て、
いろいろなところへ出かけて、
洗って、乾かして、洗って、乾かして、面倒をみる。

その最後の最後の瞬間まで

それは心理的に多大な影響を及ぼすのだ、ということを知りました。



価格の強気さと、

作り手の(その品物やサービスに対する)自信 というのは

多くの場合、比例するのだと思います。


そこにお金を注げるとすれば、それは大人としてとても嬉しいこと。


服やバッグだけでなく、

100円で飲めるコーヒーがあることを知っていても、

価格だけ比べたら他よりうんと高くても、

丁寧な接客と、細やかなサービスと、

「あの空間」で飲みたいコーヒーが、ラテがある。

それだけ支払う「価値」があると感じられるカフェが、

きっとどなたさまにもあるのと 同じように。







意外と甘くなりすぎてしまわないのがこのデザイン。 大人に似合うギンガムチェックです。



 **************************************




こういうことって、
2020年以前には、「コロナの前」までは、
あまり考えたことがなかったのです。

50歳となった今、守りたいお店がある、
大好きなブランドや大好きなデザイナーさんがいる、
そういう「こだわり」があるということは、
なかなか幸せなことだと気づきました。

わたしは、わたしのお金を気持ちよく支払えたかな?

高い!! とか 安い!! だけじゃなくて

まして「お金もったいない!!!」じゃなくて、

まっすぐな嬉しい気持ちで、

愛をもってその価値に対する対価を支払えたかな?ということ。


そして、大好きなお店やデザイナーさんの、ほんの少しでもお役に立てた、というような

どこかちょっと「貢献感」のような気持ち。



それ(愛や貢献感)のない服は、簡単に着なくなります。







4着のワンピの「袖丈」の、この完璧なこだわりを見て。肘はもう、わたしは一生出しません!




 ***************************************



その服や作り手に対するリスペクトのような気持ちって、とても尊い。


50歳の気づきです。



そして。



この価格の服を「普段」に着ることは、

30代のわたしでは到底無理でした。「永遠のよそゆき」でした。

40代も、自分にはもったいない気がして、どきどきした。

50代の今、「ちょうどいい」と、ようやく感じられている。


これが実はいちばん嬉しく感じてる「50歳の気づき」。


コロナ禍のおかげで気づくことのできた・・・


わたしだけの「11番目」の条件。




 

このとおり! 肘はもう、一生出しません  (`・ω・´) きりっ!!



 **************************************



さあそして お約束通り、小さく番外編。 12番目!

12)お腹が苦しい服 

 ステイホームで1日中家にいると、
 座った時に少しでもお腹が苦しい服は、ほんと無理!
 絶対に着なくなる!!
 ちょっとだけコロナ太りをしてしまったとき、
 はっきりと感じた50歳   。・゜・(ノД`)・゜・。



そしてもっと小さく、ちょっと小さな声で激白13番目!!


13)あまりにもブログに載せすぎた服!!(爆)


コレはもうね、今生のさだめかな、と思ってる(笑)
ファッションの日記をたくさん書きたいのなら、
自分の中で折り合いをつけてゆかなくてはならない
「さだめ」なのだ、と。

いやむしろ、わたしの良さ&強みだと!!

なにそれ? と 思われちゃうかな? ( ´▽`;)

いやいやいや・・・

ファッション系ブロガーさんにおかれましては、
むしろ13番目の条件だけ、
ほか言ってること全部わかんないけど 
最後のこの1行だけには共感できるわ!という場合も

もしかすると、あるかもしれません(笑)






エプロンにもとっても似合います。このまま出かけてもいいくらいのお似合い加減 ( ´▽`)



 **************************************





やりたいことをやる勇気を出す方法。

 永遠に生きられるわけじゃないって自覚することよ。

           精神科医Tomy先生のTwitterより



 ↓ 新刊も楽しみ! 「言いたいことがラクに伝わる35の方法」 ( ´▽`)ノ





ああ、これって。

着たい服を自由に着る気持ちや、

自分のことを大切にする勇気とも、きっと同じですね。

永遠に生きられるわけじゃないってことを

自覚することよ ( ´▽`) !  





生きられることは永遠ではないし、

明日がくることも 決して当たり前ではない。


どんな人も、永遠に生きられるわけじゃない。


子供も、10代も、20代も、大人も。


あなたも、そして もちろん わたしも。



ああ50歳。 もう50歳。 まだ50歳。


明るく、前向きに、「自覚」したいです。


好きな服をどんどん着て、愛おしんで着て、


1日1日を、朗らかに、大切に暮らしたいです。






わたしの服は、「10着」になりました。









                                   おわり






今日もお読みくださって ありがとう。


 ↓ 「絶対に出さないぞ!」の 肘小僧に・・・

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最終更新日  2021.06.27 15:31:10

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