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h+and   ~ I want to throw away ~

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ご訪問 ありがとうございます。
しろくろ、シンプル、すくないモノで暮らす 
すずひのブログです。3人家族。ミニマリスト。

人生のさいごには、
葛籠(つづら)ひとつにおさまるだけ、の 
少ない持ちモノになっていたい。


 *** 読者のみなさまの おかげで ***

* すずひのブログが 1冊の本に なりました *


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幸せになる「勇気」

2019.05.13
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子どもを産んだから 母になる。  それは ちょっと違う。

血の繋がりが全てではない。(血の繋がりだけで母親面されたら、お子は、さぞ迷惑だろう)


子どもを育てることで、人は「母」になってゆく。

わたしはまだ  その過程の、その道の途中にある。


一生かけて、母になる。


一生かけても わたしなんて。 

「母」と呼ばれるにふさわしいような「良いお母さん」にはなれないのかもしれない。


精一杯 愛を持って向き合ったとしても。 ただのお節介な同居人のまま、なのかもしれない。


それでもいいじゃないか。 お子が元気でいてくれるのなら。







GWをイライラしないで頑張れたので、達成記念にマッサージに行きました。そのサロンで施術後に出してくださるローズヒップのハーブティーが、とってもおいしいの ( ´▽`)ノ







母の日を 忘れてくれて、ありがとう。 


わたしが、「わたしが母親であること」に 勘違いな自信を持ったら、おしまいだ。
それをおごったら。子育てを上手にできている、なんて少しでも思ったら、また振り出しだ。

すごろくの「振り出しにもどる」。

まだまだ、で、いい。 わたしは、まだまだ、「母親」になれてなんか いない。

一生をかけて、1歩ずつ 歩く。  
じゃんけんに2回勝ったり、5回連続負けたりしながら、サイコロの目の分ずつ、前に、進む。



母の日に何かしてもらえた人の「幸せ母の日アピール」には、それでも 若干、病むのです。 


うらやましいな、って そう思う。  心がしぼみ、悲しくなることもある。


これは、仕方ない。 仕方のないことです。


これは、わたしには 「薬」です。  良薬は、往々にして、とても 苦いのです。





夫婦間で、母の日だ、父の日だ、と何かすることも、もう 手放しました。


わたしたちは夫婦であって、対等な人間同士なのであって、お互いの「母」でも「父」でもない。






うまく撮れなくてボケちゃったのだけれど、とても美しいピンク色。有機のハーブティー。


 ↓ 「ウーマンズバランス」も 気になる。 そういうお年頃ゆえ (;▽;)


 ↓ 「ボディシェイプ」はもっと気になる。 ウーマンの永遠のテーマ、ゆえ ヽ(;▽;)ノ







自分が「良い母親だ」「子育ての達人だ」などと 恥ずかしい勘違いを しないための日。


自分はまだまだだ、ということを 自覚する日。


わたしの「母の日」は・・・ わたしが 未熟な母として「謙虚」であるための 戒めの日。



子のことを何もかもわかったような気持ちにならないように、と。



長い道の途中で、ゴールのはるか手前とも知らず、うっかり浮かれてしまわないように、と。



母の日忘れるくらい 人生を楽しんでいてくれて、元気でいてくれてありがとう、と。


毎日無事に帰ってきてくれてありがとう、と。


そして「すずひ、常に心を正しなさいよ」と。 神さまが そっと気づかせてくれる日、です。








                                     おわり






母の日は、淡々と、いつもの家事をする日。 わたしを産んでくれた母に、感謝する日。

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今日も読んでくださって、ありがとう。 








↓ 母の日に選んで贈ったうなぎ。 これまで選んできた中で、飛び抜けて美味しかったから!
  真空パックや冷凍のものとは全然違う炭の香り。さっぱりとしたタレも好みです♪( ´▽`)












最終更新日  2019.05.13 17:16:37
2019.05.03
G.Wですよ! 10連休ですよ!
みなさま、はりきって世界一周旅行してますかーっ? ( ´▽`)ノ  (笑)

・・・・・・・・・・・・・・。

この10連休を「喜んでいる人」に、まだ1度もあったことがありません。
わたしの周りだけでしょうか。 みんな、疲れています。 長すぎるわ!と 怒っています。



さて。


今日は「お花」のお話です。

長いこと、お花をいただく機会のない・・・お花をいただくことのない種類の人生、でした。


ところが。

ここ数ヶ月で・・・ わたしのそんな人生の風向きが ちょっとだけ変わったのです。







ブーケやアレンジは 小分けにして楽しむのが大好き!小分けにすると、うんと長持ちします。




お花をもらえないのは。 自分のせいだと思っていました。


だって、素敵でキラキラした人(のSNSとか)を見ていると、
大切な記念日などには、必ずといってよいほど お花をもらっているでしょう?


お花をもらえないのは。 わたしが(この人みたいに)素敵じゃないからだ。

わたしが(この人みたいに)優しいお母さんじゃないからだ。

わたしが(この人みたいに) お花もらうのにふさわしいような美しい女性じゃないからだ。

(この人のような)魅力が、わたしには ないからだ。  どうせ わたしは、と。








花器はひとつも持っていません。 家にあるマグやコップで楽しみます。
背の高いグラスはこないだの「すずひフリマ」で売れ残っちゃったやつ。残ってよかった(笑)!






それはね。 残念ながら 今も、相変わらず そうなのかもしれない。
わたしが急に素敵になったわけではない。
急に花の似合う、花をプレゼントされるにふさわしい女性になったわけではないのは、確か。



なのに。 お花をいただく機会に恵まれるように、なれた。








「4刷のお祝いに」と贈られたお花は、白とグリーンのアレンジ。 初夏のイメージ ( ´▽`)




お花をいただくようになって、わかったことがあるのです。



まず その前に、そうだ、 このお話をしなければ!

あのね、

わたしがお花欲しいと思っていただなんて、まったく知らなかった、と ある時言われました。
ミニマリストだから、何にもいらないんだと思っていた、と。
花とかあげちゃったら むしろこの人困るのかな、迷惑なのかな? と思っていた、と。


そ、そんなわけ あるはずないじゃないですか (;_;)!!!!


花をもらって悲しい女性が、いったい どこにいると (;_;)?????

でもね、これって、本当にそうらしい。わたしが悪い。 言わなかったわたしが悪い。
「察してくれ」の病、というか、ミニマリストというイメージの弊害というか・・・

伝えるべきことを、何ひとつ伝えられていなかった、ってこと。

「お花が大好きです。」「お花もらうことは、わたしにとって、とてもとても嬉しいことです。」
そういう気持ちを 日頃からちゃんと正直に言葉に出すことで・・・だから、流れが変わった。

ものだらけで暮らしている頃って、そういうこと 言えなかった。
言葉で伝えることを、いつも おざなりにしていた。 苦手だった。
そんなこと、言わなくたってわかるでしょう?!と。 

ものが多すぎるとね。 コミュニケーションが足りていないことに 気づけないのです。
ものが多くて、目にやかましいから、「もの」がやかましいから、人間が、黙っちゃう。

そんなバカな、って思うかな? 
いや、ほんと、そうなのです。 やかましい中では、喋る気って、起こらないでしょう?
声張り上げないと、伝わらない。だったらもう、面倒くさい。
ものがうるさい。黙ってくれない。 24時間、ずっとうるさい喧騒の中にいるみたい。

ものだらけで暮らしていた頃は、「察してくれ星人」だったのです。
そんなこといちいち自分から言うなんて、
そして自分の気持ちを素直に話すだなんて、そんなの「恥」、というか「負け」というか。


恥?  負け?  
 

ああ、あの頃は。なぜあんなに可愛げのない、そしていじけた気持ちになっていたのだろう。
気分のベースが、いつもそうだった。「どうせ」「どうせ」と。 「わたしなんか」と。

察してくれない人に対し「気が利かない人!」と怒っていたわたしは、ウザさの極み。

そんないじけた人に「お花を贈りたい」なんて思ってくれる人が いるとでも (;_;)?






殺風景さを極めたがらーん部屋だからこそ。 ほんのちょっとのグリーンの、この存在感!!





お花をいただくことの嬉しさの中で、気づいたことがあります。


お花って。


お花をもらえる人が素敵な人 だったんじゃなくって、

ほんとは、実はそれは ちょっと反対で。

「お花を贈ってくれる人」こそが、素敵な人なんじゃないかなってこと。


わたしのことを思って、お花屋さんへ足を運んでくれる。
わたしの喜ぶ顔を想像しながら、その人の大切な時間の中でお花を選び、贈ってくれる。

その思いが、優しさが、

そしてもしも「照れて」くれるなら、その照れた気持ちひっくるめて、なんて素敵なんだろう。








素敵なのは「与える人」だった。  もらう人じゃなかった。

ああ、「お花」だけじゃない。  愛情だって、思いやりだって、みんなそうじゃないか。


わたしのまわりには 素敵な人が いてくれる。


人生には。 誰かを羨んで、自分と比べて、いじけてる暇なんて・・・ なかったんだな。

いじけていると。 いじけた世界しか見えない。 いじけた世界でしか生きられない。










毎日掃除をする。 暮らしを気持ちよく整える。  ただ、それだけ。
G.Wも、それだけです。 他の人にはつまらなくても、それがわたしの幸せ。 



高級エステ通いを始めたわけじゃない。 水素水に 夜な夜な浸かってるわけでもない。

わたしが「素敵なキラキラ女性」に生まれ変われるような日課は、なにひとつ 増えていない。

じゃあ、何が変わったのだろう。

お花をもらえずいじけていたわたしが、お花をもらえるわたしになれたのって・・・ なぜ?










無駄なものと、無駄な感情を捨てると、目の前のおなじ現象の捉え方が 変わる。   


世界の見え方が 変わる。


わたしのまわりには、素敵な人がもともといてくれてた、ってことに、ようやくわたしが気づけただけ、なんだ。


ずっとそこにあった優しさに 気づくことのできるわたしになれた。 



なにも欠けてなかった。  足りないものなんて、もともと ひとつもなかった。


わたしを取り巻く世界の本質は、捨ての前と後とでは、きっとなにも変わっていない。


わたしの「見ているもの」が、変わったんだ。  

わたしから見た世界の見え方だけ、が 大きく変わった。


日本は島国ですから。 
例えば 大きな大陸の国々を旅してるうちに価値観が変わった! なんて話を よく聞きます。

それはきっと 本当のことなのだと思います。 

でも、そんなことしなくても。 世界一周をしなくても。 価値観を変えることはできる。
 
人生を楽しむことは、この家の中で、いくらだってできる。 気づきは、いくらだってある。

精神世界は、現実の世界を超えて、はるかに無限なのだから。


どこまでも自由、なのだから。


捨てることは 生まれ変わること。   これもまた、きっと、そういうことなんだ。





                                    おわり






欲しがる人。 与える人。 どちらが素敵な人かなんて・・・考えるまでもなかった(;_;)

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令和最初のお花が、わたしに気づかせてくれたこと。 今日も読んでくださって、ありがとう。

わたしのPCが やっとこさ「令和」の変換を覚えくれたようです。 
「例話」とか「0羽」で、もう、めっちゃ困ってた。 「0羽」て、もう ヽ(;▽;)ノ(笑)










最終更新日  2019.05.03 09:49:47
2019.04.08
似ている人を いつも探していました。

このブログを始める ずっとずっと前。

ものを捨て始めるよりも ずっとずっと前から。

「本当そうだよね!」 「そうそう、それ思ってた!」っていう共感や、
「話がちゃんと伝わること」「わかってもらえること」に対し、ものすごく餓えていたところが わたしにはあるのです。


わたしのブログをずっと読んでくださっている読者さまは、もう ご存知の通り。

わたしは、変わっています。  まあ、だいぶ変人 ですね (笑)
明らかなる少数派、なのです。

ミニマリストそのものも少数派でしょうけれど、その中でも孤立、っぽいでしょう?(笑)

実世界では なかなか巡り会えない、わたしと似た人。
「ああ、わかる!」ってもしかしたら思ってくださる方との出会いを、ここで、この場所で。 
ずっとずっと探し求めているようなところが、だから、わたしには あります。


実社会で少数派をイキり振りかざしていても、良いことなど ほぼないと知っているので、
多数派っぽい、ふつうっぽい、無害っぽいふりをしながら生きています。
しゃばでは。日常では。
自分のちょっと変わったところは、なるだけ封印して生きているわけです。
聞かれれば わたしなりにお話できることはお伝えしますが、
通じてないな、全く響いてないな、というのは 顔を見てたらわかります。(その方が多い)
ものの少ない暮らしの話を自分からしまくったりとかは、だから、全然していないのです。

ものの少ない暮らしの良さを本当にわかってくれる人は、とても少ないと よくわかっている。

うんと親しくなり、「この人にならわたしの暮らしの話をしても大丈夫かな?」って。
そうなってからでないと、「本来の自分らしさ」など、絶対に発揮できないのが、わたしです。

このブログにたくさんのアクセスをいただけることと、現実社会とは 全く別。
そこを混同して「ミニマルライフ」の認知度を勘違いしてしまっては、絶対にダメなのです。 






自分だけのために、ドーナツ 作ってみました。こんなことって、初めてだったかもしれない。

 ♪ 作りやすくて失敗知らず。「ころころドーナツ」の簡単レシピはこちら →




自己肯定感の低さには、若い頃からずっと自信がありました。 ←どんな自信(笑)
自分はなにしてもダメな子だ、と。 
誰かから常に褒められていないと すぐに不安になるし、
他の誰かが褒められていると「それに引きかえ お前は全っ然ダメだな。」と言われたように
聞こえる。(本当にそう聞こえるのです。そういう言葉に変換されてから脳や心に届く。)


そんな人は きっとわたしだけなんだろうな、と。
みんなは魅力にあふれ、自信にあふれ、周りから愛されているように見える。 羨ましいな。
あの子はキラキラと可愛いな。 モテるわけだ。 それにひきかえ わたしときたら。

なんか、すごく孤独でいじけた気持ちに、しょっちゅうなっていました。
自分で自分の悪口を言うのが日課でしたからね。 朝から晩まで言っていられましたよ。


暗いだろ? (笑)


でも、そんなことは ひた隠しに隠してますから。
わたしは「明るい子」「明朗活発な子」って見なされてたと思います。
そう言う「ふり」が得意だっただけなのです。 心の中は、いつも不安だらけなのに。


「ふり」なのか。 「ふり」してるうちに だんだんと格好がついちゃったのか。
大人になっても、本当の自分がどんな人間なのか、まったく よくわからないまま、でした。 
特に 自分の「良いところ」がわからない。 そんな自分のことを、とても嫌いだった。 


ものを捨てながら沸き起こってきたのは。 そんな自分に謝りたい気持ち。 
自分を嫌ってばかりいたことを自分に謝りたい、っていう不思議な気持ち、でした。
「泣きながら捨てた」って、本に書きましたね。
そこのあたりを 書籍で詳しく触れることはできませんでした。
そういうことは このブログにしか書けない、って。 そう思ったから。

褒められることや 承認されることが 人生の目的だった。
学生時代の勉強もそう。 部活もそう。 仕事も。 結婚してからの家事もそう。 
褒められるなら やろうかな。 褒められないならやる意味ないわ、みたいな気持ち。

家族の笑顔のために、家族の役に立ちたい、という気持ちが とても希薄だった。
自分の笑顔のために、なんて もっと超・希薄で、自分なんて どうだってよかった。

褒められるためじゃなくって、自分の心の声に初めて耳を傾けた、自分の心のままに行動を起こしたのが「捨て」だったのです。
心と行動とが、初めて一致した。 そんな気がした。

なぜだか涙が はらはらと 止まりませんでした。

気持ちと行動が一致すると、こんなにも人って迷いなく動けるんだ。 感動的でした。
痩せたいのに食べちゃう、とか 掃除したいのにダラダラしちゃう、っていうのも、
恐らくきっと 心と行動が乖離した状態。ちぐはぐな状態。これは、心に背いた状態ですね。

思ったことを遂行できない自分に嫌悪を感じるし、常に責め続けるような気分になります。
つらい状態です。そんな自分を「好きだ」とは どうしても思えなくなるんですよね(;_;)


学生の頃は 実はわたしは 読書が今ほど好きではなくて。
ほとんど本を読まなかったな。 読書感想文書かなきゃならない時だけ仕方なく読む感じ。
           (でも、読書感想文は異様に得意でした。あっという間に書ける・笑)


まあまあ大人になってから いろんなジャンルの本を読むようになって、
すると、そこには。
本の中には、探し求めていた「わたしとよく似た人」が、なんと、とてもたくさんいたのです。

中でも、驚いたのは、
自分自身や自分の価値観に自信のある人って 実際には ごくごく一部で・・・
多くの人は 本当は意外とそうじゃないんだ、ってこと。 
自分に自信を持てない人は 意外とたくさんいるんだよ、ってこと。

日本人は世界の中でも稀有な「悲観的な国民」である、とか。
日本の若者の自己肯定感は世界でも最低レベルだ、とか。


なんだ、わたしだけじゃなかったんだ、と。
自分に自信を持てないことが ものすごい劣等感なことには変わりはありませんでしたが・・・
なんか、「一人じゃない」という気持ちに その時 ふと なることができたんですよね。



本を読むようになって、
「浪費」と「自信のなさ」、「物量」と「不安」というのが、実は深層心理ではとても深く繋がっているのだ、ということも併せて知りました。


不安の少ない人ほど、ものを買わない、って。
ものを持ちすぎるのは 豊かなのではなく 貧乏性だ、って。 損失恐怖なだけ、だって。
安心している人は、浪費したりしない、って。


自分のことを、「陽気なお買い物好き」なのだとばかり思っていたけれど。
ああ、そこだったのか。根底にあったのは「不安」だったのか。と。

たくさんの「不安心から買ってしまった不要なもの」を、来る日も 来る日も 捨てながら。

ずーんと。 重たく 重たく 腑に落ちました。   自分の中の「闇」を知った。








おやつやケーキを作るのは、いつも「自分以外の誰か」のためばかり、でした。






買い物をしても。しても。 服が、靴が、食器が、アクセサリーが どんなに増えても。
この一貫した「満足できなさ」は いったい どうしたことなんだ。 
楽しいような気がしている一方で、この毎度毎度の焦燥感の凄さは、一体なに。 

長いこと、自分で自分に説明のつかなかった、この 得体の知れない「不安さ」の正体。

「自信がなかったのか!」と、納得したのです。  自分の人生に、自信がなかった。

確かにです。 その通りです、と 認めざるを得なかった。

くやしかったですけど、ね。







どこのどんな有名ドーナツよりも、このドーナツが美味しいと思う。
ちょっとだけ揚げる時には・・・ 深さのある小さなストウブが とっても便利。

※ オールドファションのような、周りサクサクのしっかりとした生地。
   あつあつのうちに きび砂糖やきな粉をまぶしても とても美味しいです ( ´▽`)ノ






読者さんからいただいたお手紙で、とくに嬉しかった言葉ってね。

「私は昔のすずひさんと とてもよく似ているんです」って言うお言葉。


ミニマリストになる前の・・・
すごくものだらけで、それでも買い物がやめられなくて、買っても買っても満足できなくて、
買ったものといえば、すぐに飽きてしまうようなどうでもいいものばかりで・・・

家の中には、ものが多くて。いつもどこか機嫌が悪くて。周りにあたり散らしたりして。
誰も助けてくれないような感じがして。 コミュニケーションを諦めてて。

これは、きっと、まだまだものが足りないからだ! 
もっと便利で最新な何かを人より多く持てば うんと羨ましがられでもすれば
今に自信が湧いてきて、快適に暮らせるのに違いない!と、もっともっと増やして・・・

それでも不満ばっかりで。 安心もできなくて。 お金はどんどん減っちゃって。


足りない!  足りない!  足りない!  まだまだ全然 何もかも足りない!!



そんなことを。 そんな自分のことを洗いざらい話すことは、とても恥ずかしいことでした。

なのに。  そんなわたしと、自分は似ている、と。  とても似ていた、と。

同じように苦しんでいた、と。 そうおっしゃってくださる方が 何人もいてくださったこと。




わたしのブログにある時出会って。
ちょ、なにこの人! 私と似てる! こういうところ、そっくり! って思ってくださって。


じゃあこの人は。 この「すずひ」って人は、いったいどうやって ここから抜け出したの? 

この人、どうしてガラリと変わることができたの? って、そこに興味を持ってくださって。


読んでみたら、なんか インテリアの好みがちょっと似てる。 持ち物の好みも少し似てる。

服のセレクトも、なんか嫌いじゃない。 ← すずひの1番のよろこびポイント!


そういうところを発端として、そっち側から「ミニマルな暮らし」を 知ってくださった、と。

そこが、嬉しかった。

「ミニマリズムとは」とか。捨て方の極意、とか 捨ての達人を求めて、とか そういう
探し方じゃなくって。


なんか、自分と似た人を見つけた。  そういう始まりかた。 そんな出会いかた。


わたしも探していたけれど、読者さまも、もしかしたら探してくれていたのかも知れない。

ご自分と ちょっと似た・・・ いいえ 「とてもよく似たブロガー」の出現を。


自信のなかったわたしが。
今 こうして ささやかながらも「誇り」を持って このブログを書けているのは。
そういうみなさまが。  そんなあなたがいてくださるから、なのです。

だから、本当に ありがとうね。


なんか、この日は 無性に甘いものが食べたくて。 でも、家の中には何にもなくて。
買いに行こうかな。 でも花粉すごいし、外に出たくないな。 
自分だけのためになんか、わざわざ買いに行く必要ないわ。

いや、ちょっと待て。 自分だけのために作るのも素敵じゃないか!って、そう思った。

サンドイッチやパスタなど、食事っぽいものはふつうに日常的に自分のために作りますが、
甘いものやおやつを作るのって・・・それらとは 気持ちが異なりますね。

おやつ作るのって、自分を愛おしむ感じがある。 自分を喜ばせる感じがある。 

自分のことを好きでないと、できない感じがある。 


もしも、よし、このドーナツ作ってみようかな!って思ってくださったなら・・・

最初の1回目は。

ご家族・お子さんのためじゃなくって、
どうかご自分のために。 「あなた自身」のためだけに 作ってみて欲しいのです。

自分だけのために作ったドーナツってね、涙が出るほど美味しくて、甘さが優しく沁みてきて、

すごくびっくりしたんだよ。

この「びっくりの美味しさ」を・・・ どうか どうか 親愛なる あなたさまにも。







                                      おわり






ずっと長いこと ここにいらしてくださっている読者さまには。
わたしとよく似た方が 実は多くいてくださるような・・・そんな 根拠なき実感があります。

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あと19日で、ここで出会えて なんと1000日、なんですよ ( ´▽`)ノ
1000日も読み続けたブログなんて・・・多分、わたし、ないです。 
初期から読んでくださっている読者さまって、だから、本当に大切な人。 旧友のような人。

いつも、ありがとう。 「闇日記」の今日も、最後まで読んでくださって、ありがとう。













最終更新日  2019.04.08 08:57:34
2019.03.04
今日は、この日記を読んでくださった方が 一体 どうお感じになられるか、想像がつかない
日記を書きます。


そういう日は、やはり ちょっと 怖いですね。


いつも、ここで、このブログで。
様々なことを発信させていただいておりますが、わたしなりに いつもちゃんと想像できているのです。

今日の日記は すっと受け入れていただけるような気がする、とか。
今日の日記は 受け入れてくださるのと 大反発食らうのと 半々かな、とか。

嫌われることを恐れていては、何もかけない。
ブロガーさんって、その覚悟を持っている人と いない人に、客観的に見て 大きく分かれます。

覚悟、というか そこをあえて避けて通っておられる人の文章って どこか よく似ている。

だから、似ていない人の・・・
ちょっとはみ出した方の、これは本心だぞ!っていう感じの文章に出会えた時には、わたしは
たいそう感動するのです。 その方の更新を楽しみに思う気持ちが、俄然 変わってくる。



わたしね、単に 自分が「読者」として 色々な方の発信する文章を読んでいた頃はね、
なんて言ったらいいんだろう、
ただただ平和(反論されにくい)な文章に対し、とても違和感を感じていたのです。

これは、この人の本心なんだろうか、と。それとも 発信用の作り込まれた世界なのかな、と。
もっと この人の本心に触れたい、というか。 本当の話を聞かせてほしい、というか。
欲張りでしょうか。 そういうブログが読みたいな、って。 いつもそう思ってた。
ありきたりなうわべの話は もうたくさんだ、というような。 生意気言って ごめんなさい。

でもね。 最近、なんとなくわかったのは。

本心を書きすぎてしまうことは、ブログを長く続けようとした時に、とてもネックになるんだろうな、ということ。

本気の感情や持論を吐露したり、
読んでくださる方の思いや感情を あまりに大きく揺さぶることは、かえってそのブログを
「短命」にするのかな、と。


どうでもいいこと・・・あ、違う、そうじゃなくって、そう、こういう言い方がよくない(笑) 
えっと、「どなたさまの気にも なるだけ障らないようなこと」を 書いていた方が、
きっと ブログって、平和に 長く 長く 末長く 続けられるんだろうな、ということ。


わかっているのに。  わかっているんですけれど。

やっぱり 本当の気持ちを 書いてしまうのが わたしです。

結果、色々と苦しくなってしまって 続けられなくなる可能性、というのも
もしかすると  うんと高いことになってしまうのかもしれないのだけれど・・・

それでも、いい。  本当に思ったことを わたしは  わたしの言葉で 書きたいのです。



  ************************************



2月28日は  亡き父の 祥月命日でした。  今年は 十三回忌でした。


ああ、もう そんなに経ってしまったのだなあ と。
わたしも年をとるわけだ、と。 父が亡くなった時は わたしは、30代半ばでした。 


読者さまのご両親は お元気ですか?  ご両親のどちらもが ご存命でいらっしゃいますか?

わたしは今 48歳ですが、
わたしの同世代の友人には、ご両親いずれもがお元気だ!という人が とても多いです。
お元気で 揃ってご長寿なご両親をお持ちの友人が、周りには、多いのです。

すなわち、両家ともの「ご実家」が 結婚前と変わらぬ状態で存在する、という人が とても多い。


親を見送る年齢って、人によって さまざまです。 誰にもわかりません。
だだ、その経験の有る、無し、って・・・ものの持ち方についての意識に、確実に大きな影響を及ぼす。

「捨て」に対する覚悟みたいなものが とても変わってくると思うのです。

最後は誰かが。  「亡くなった本人ではない、別の誰か」が 片付けることになる。

それを 自分の目で、見たことがあるか、ないか。  





瓶で保存も、タッパーで保存も、邪魔だった。 麺の保存、こういうのを求めてた!!






ものを捨てようとする時。  

「あの世には何も持ってゆけないから」って、とてもよく 使われる表現ですね。

これって・・・ 本当にそうなんですけれど、

若い頃って、そうは言っても 正直 全く ピンときませんでした。


そりゃあ、そうだけれど。 
でも あの世にゆくまでに しっかり使って楽しめば いいじゃん、と。

車も 家も、服も、バッグも、指輪も、 それこそ現金だって。


だから 持ち物はどんどん増やしたっていいし、たくさんあった方が楽しいし嬉しいし、
生きてる間に 満足ゆくまでうんと使ったなら、
生きてる間の人生が豊かな時間になるのだというのなら、
あの世に持って行けるとか ゆけないとか、そんなことは、もはやどうだっていいのではないか、と。


それを こうやって 単に「想像」するのと、
本当に 家族が。
大好きな身内が。 実際に「父」がなくなって その現実を 目の当たりにするのとでは・・・


まったく 迫力が 違いました。 思っていたのとは、別物でした。


主人(あるじ)を突然亡くし、その日を境に使われなくなった「もの」の発するパワーって・・・想像できますか?

ものも、主人を失ったことがわかっているのかな、心があるのかな、って思うくらい・・・
「寂しげなパワー」を まるで吐き出すように、放出し始める。


ものの訴えかける 悲鳴にも似たエネルギーに  残された人は、 圧倒される。 


われわれ、これからどうなるんでしょうか! こんなにいっぱいあるんですけど! って、
ものが、口々に 「声なき声」で こちらに向けて叫んでいるように感じられるんです。

これは 感受性の問題だと思います。  気にならない人も きっと いる。

わたしは 「もの」の発する悲しいエネルギーを背負うタイプでした。 憑かれました。 
そういうタイプなのです。




こんな風な素敵なBOXに入って届きます。 保存袋の保存ケース、買わなくていいね!







もっと使いたかった。 もっと使われたかった。 逝く人の気持ち。残された「もの」の気持ち。
そして この世に残された「人」の気持ち。 これからも生きて行く人の 気持ち。


これはもう どうしたって仕方ないことなのですが、


「ものが多すぎる」場合・・・そこのところが ものすごく「アンバランス」になる。

ものが多すぎるとね、
とてもじゃないけれど納得のゆかない残し方、残され方に どうしても 陥りやすい。
優しい思い出なら、どんなにたくさんあっても 逝く人にとっても、残される人にとっても、
それはとても幸せなことだ。

でも、「もの」は・・・ どう?  「物質」 は どう?


思い出の「もの」として、そこにあるだけで 心の支えになる! という時期も きっとある。
でも、でもね、「持ち主を失ったもの」って・・・あるところから 重荷に、なる。 必ず。

残った人は だって、生きていますから。 
涙を拭いて、顔を上げ、前を向いて、自分の人生を、自分の足で 歩いてゆかなければならない。
逝った人は、自分が大量に残してしまったものを もう 自力では どうすることもできない。


どうすることも できないのです。





パスタだけでなく「きしめん」も素敵になりました。 喜ぶ 尾張名古屋人 ヾ( ´▽`)ノ





わたしなら。  あの世で どれほど悔やむだろう、と 思った。
残った家族に、例えば おとーさんや息子に片付けを丸投げしたことを あの世で、どんなに
申し訳ない気持ちになるだろうと。( 男性陣のみが残された場合は特に大変な気がするのです )
悲しみの中で、疲労の中で、それぞれの毎日の生活が待ってはくれない中で、
捨てても捨てても終わらない、大量の、家中の、わたしの遺品を片付け(させ)る。
家族とはいえ、別人なのです。 どこに何を収めてあるやらも わからない。

中を見ないでうっかり捨てたクッキー缶の中に、現金や実印が入っているかもしれない。
どんな封筒やポーチの中も、バッグの中のポケットに至るまで、だから、いちいち確認しながら片付ける。 それが、残された人にとって、どれほど時間がかかり、大変なことか。


元気一杯の状態ではないですからね。 疲れているんです。 
考えられないような憔悴と寂しさ中で、それをするのです。  させてしまうのです。






スライドジップなら、より最高でした。 ジップを上手に閉めるの、苦手なので ヽ(;▽;)ノ





自分が ある日 突然 この世を去った時に、
あまりにもたくさんの「わたしのもの」が残っていることは、本当に 悲しい。
自分が、悲しい。 死んでも死に切れないわ。 
大量の自分ものを、誰かに片付けさせる。  それだけは、絶対に。 絶対に、避けたい。



愛する家族の死から、学んだこと。



なるだけものを残すことなく 潔く この世を去れたらいいなあ、って・・・ 思った。


36歳に なったばかりでしたけれど (笑)



まだ それでも それ以降も 性懲りも無く、相当たくさんの「もの」を買ってしまっていた
煩悩のと欲望のかたまりだったわたしですけれど、
ほどなくして、いざ、ものを 本格的に手放し始めた時・・・

ものへの執着とか 所有欲 みたいなのを断ち切るのに・・・

その時感じた「死生観」みたいなものが ものすごく 力になってくれたのです。

リアルなその記憶があるのとないのとでは・・・ 異次元だったです。


自分は、いつか死ぬ、ということ。 


頭ではわかっていても、心では信じていないようなところがありました。
そうは言っても まだ36歳だよ? まだまだ人生長いよ?
まだまだわたしはずっとずっと永遠に生きていられるような・・・ 万能感? みたいな。


とにかく、いつかもお話したことがあった気がしますが。わたし36歳の頃、
ものすごく「謎の勢い」があったんです。 人生で 1番 調子づいていた(笑)


そんなわたしに。 父が最後に教えてくれた、大切なこと。

もっともっと生きたかった父が、教えてくれた、叡智を授けてくれた、と 思っている。


あの世には 何も 持ってゆけない。 たくさんの釣竿も、ゴルフクラブも、電気のこぎりも。


持って行けるのは 人生を精一杯生きたという思い出だけ、なんだ、と。
「人に優しくできたこと」「頑張ったこと」の 目一杯胸を張れる たくさんの思い出や、
どうしてもっと優しくできなかったのか、あんなことしなければよかった、という決して消すことのできない後悔や、罪や。



生前整理のようなものの捨て方を 冷ややかに 嘲笑されたこともある。
やりすぎじゃない? と。  そんな世捨て人みたいな考え方 理解できないわ・・・って。
バカにしたければ 心ゆくまでバカにすればいいと思う。  今に きっと わかるから。



だって、反対なのです。




自分の人生を 大切な家族を 愛しているからこそ 捨てようって 思えた。

生きているうちに、元気なうちに、自分のものは、自分で始末したいと、そう思った。

世捨て人的な考え方で生きるのなら・・・むしろわたしは ものまみれで暮らしますよ(笑)
生きている今さえ良ければ、わたしの死んだ後のことなど、そんなのどうだっていいわ〜 と。


どうだってよくないわ! このままでは、とんでもないわ! と 本気で気づくことができた。

わたしの「捨て」の根底には、その思いが、揺るぐことなく 常に存在する。  


父は こんなわたしを どう思ってくれているんだろうか。


お前はいつも極端だな、と、ななちゃん 抱いて ちょっと呆れて笑っている気がする。

母の人生を 誰よりも優しく見守っていてくれる気がする。

世界中の大空を飛びまわる孫娘の無事を、夢に向かって勉強に励む下の孫娘の未来を。
そして、初めての「男の子の孫」に心底喜び、本当に本当に可愛がってくれた・・・
この春 大学生になる18歳の息子のことを。


亡くなることは、むしろ 共に 生きること。  心の中に、いつも 最愛の父がいる。

もしも生きていたら・・・わたしの出版を 誰よりも喜んでくれたのは 間違いなく、父だ。



母が、お仏壇の 一番良いところに わたしの「1日1捨」を お供えしてくれていました。
「1日1捨」のスーパーブラックの文字に・・・ 在りし日の、父の笑顔が 重なりました。


もう十三回忌ですから。  もう 涙など出ないだろうと思っていたのに。


とめどなく。 とめどなく。 「お父さん、ありがとう。頑張って生きるからね。」と


優しく温かい涙が じんわり 溢れ出てきました。





                                    おわり







命の「有限」を 「死」を、とても 前向きに意識しながら生きるようになりました。
辛気臭く根暗な人になるかと思いきや、むしろ明るく、命に感謝できるわたしに なれました。

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死んでから後悔したくない、っていう思い、や 命ある今のうちにやる!って気持ち。
「後回し」の癖も治っちゃった。なんでもすぐやる。明日のことなんて誰にもわからないから。

とても迷いながら書いた今日の日記でした。  読んでくださって、本当に  ありがとう。






  **** 「平成最後のスーパーセール」 だそうですー ( ´▽`) ♪ ****


すずひお買い物計画 その1・・・おとーさんの お弁当にひと切れ入れたい お魚の西京漬け。




すずひお買い物計画 その2・・・無性に食べたい カステラの端っこ






すずひお買い物計画 その3・・・ 壊れかけている気がする 自転車の空気入れ













最終更新日  2019.03.05 11:35:05
2019.02.22
「狭い世界に生きる人は、どうでもいいことに悩み、どうでもいいことにプライドを持つようになる。」

為末大さんの言葉です。 

ずいぶんと前になりますが、ご自身のtwitterで発信されたとされる この言葉。

人は誰もが そうなりやすい。そうならないように在りたい。 はっとさせられた言葉でした。


さて。  今日は 前回のお話の続きです  ( ´▽`)ノ


「自分とよく似た人」を・・・ あなたは 好きですか?


   ************************************



自分を好きになる。 
それって とても素晴らしいことなのですが、自分のこと好きか好きじゃないかって、難しい。
自分のことって 細かくわかりすぎるせいで、客観視しようとすると 意外と難しいです。

特に「長所」が わからないです。 きっとあるはずなんですけど(笑)
短所はね、もう、悲しいほど、すごくよくわかるのに(笑々)


そう。 どうしたって、ダメなところに目が行っちゃう。
あと、ここと ここと ここと ここを直すことができたら、わたしももうちょっと良くなれるのに。と。 ダメ出し大会みたいになって、凹んでしまう。


そんな時は。

自分を 自分じゃなくって「話し相手」「親しい友達」と仮定して 客観視してみるといい。

「自分ととてもよく似た人」が身近にいたら・・・ 自分は 果たして 嬉しいか。


はたまた「大迷惑」か。







アルミホイルやラップのストック用アンティーク缶。この10日間だけ、フラワー缶 ( ´▽`)




わたしね、今なら。 今の自分なら。 
こういう、自分みたいな、ミニマルな暮らしを楽しんでいて、何やらブロガーだそうで(笑)
めっちゃ少ない服で暮らしてて、美味しいものが大好きで、 片付けや掃除が好きで、
独特な精神論を持っていて、みたいな感じの 少々 変わった友達がいたら・・・

ちょっと興味あるな、一緒にいたら楽しそうだな、って 今は、そう思えるんです。



ものを捨てる前のわたしは。 

ものを買い増やし続けることしか考えていなくて、ネットショッピングしか趣味がなくて、
お金がなくて、機嫌も悪くて、イライラと怒りっぽく、ケチなのに見栄っ張り。
いつも誰かと自分を比較し張り合って、負けて、いじけて、ひがんで・・・身近な人や、今あるものに感謝のひとつもできない。

足りない。足りない。 何もかも ぜんぜん足りない!! 「足るを知る」って、何語?

うまくいかないことは すべて周りのせい。わたしは悪くない。周りが悪い。 アイツが悪い。
自分に自信がないくせに負けん気だけは人一倍強く、人に弱さを見せられない。
己を省みることが苦手。謝ることも、助けを求めることも、冷静な言葉で伝えることも、苦手。
本当は 頑張り屋なはずなのに、頑張る方向を間違えて、何もかもがうまくいかない。


不平不満とストレスと嫉妬心。 醜い感情を抱えこみ過ぎて、自爆の寸前。 身を滅ぼしそう。 


そんな かつてのわたしと、 わたしは、 「友達」に なりたい・・・?   

そんな地雷みたいな人に、嬉しい時、そして悲しい時、 あなたは そばに居て欲しい・・・?






この景色。 殺風景なキッチンだからこそ、映える。 そして どーんと置ける!(笑)





いつも愚痴や悪口や噂話ばかり聞かされる。会っても楽しくない。そんな自分になっていないか。
あまりにもネガティブすぎて、ちょっとお手上げだわ。 そんな自分になっていないか。
逆にポジティブすぎてついてゆけない。この人のテンションしんどい!そんな自分になってしまっていないか。

そうならないことを 人生の「目標」にする。 大切な人のために。そして 自分自身のために。


こんな人にそばに居てもらったら 堪らん (;_;)!   

そんな自分に 陥っていないか。  自分を、「この人が友達なら、の目線」で 見つめる。


わたしは、明るい人が好きですけれど。 「明るすぎる人」は 実は ちょっと苦手なのです。
炎天下の真夏の直射日光が苦手なことと、それはよく似ています。 

木漏れ日みたいな 優しい明るさが、 やっぱり 過ごしやすい。 

明るすぎず、暗すぎず。 ちょうど良い明るさの人と過ごす時間は、とても心地がいい。
そういう人と一緒にいると・・・ ああ、自分もそうありたいと 心から思う。
程よい明るさ。 ずっとそこにいられるような 木漏れ日のような 優しい日差し。


ちょうどよく明るくて。
ダメなところももちろんあるけれど、いいところだって ちゃんとある。 そんな自分。
その「いいところ」が 優しさや思いやりであれば 最高ですね。
この人が友達だったら、楽しいな。 一緒に食事やおしゃべりをしたいし、また会いたいな。


そんな自分で いられるように 暮らす。
こういう人がそばにいてくれたら嬉しい。 そういう人であれるよう ひたむきに 生きる。


そういう気持ちで暮らすようになってから・・・
自分の中の良くないところに、卑屈ではなく、とても前向きに気づけるようになりました。 
よくないところに気づく。 気づいたら、意識して直す。 それを ただ、素直に繰り返す。
そういう「流れ」が 生まれました。


昔は、自分の悪いところ直す気になんて なかなかなれなくて。
なんか悔しいじゃないですか(笑) 敗北したような気がして。
負けじゃないのにね。 向上できるチャンスなのに。 そういう努力全般が、嫌いでした。
こつこつ努力して人生が上向きになっている人や 成功しているように見える人、
幸せそうな同世代の人が  やたら 気に食わない。 
その人たちの見えない努力など、認めたくない。 認めてたまるか! ただの「運」だろ!


わたしの方が 能力あるかもしれないのに!!  
             世の中は、神さまは、 何もわかっちゃいない!!



そんな かつてのわたしとは・・・友達には絶対になりたくないです。 もう、怖い(;_;)


かつてのわたしにこんな話しても きっと言葉も通じませんし、怒って反発されるだけだから、
お幸せをただただ遠くから願って・・・ そーっと離れたいな。


そして できれば 永遠に 接点持ちたくないな  (;_;)






3年ぶりに逢った可愛い姪っ子から、フライトのお土産。 ECHIRE!(大) ヽ(;▽;)ノ







ミニマルな暮らしは わたしを大きく変えてくれた。
ものを手放しながら、「毒」が 抜けた感じ。 自分の価値を損ね、自分を害する「毒」。

心の発する「毒」って・・・ 身体の状態(老けや病気) に 怖いほど 直結するって。
怒りやストレスの感情って、自分の正常な細胞を自分で攻撃して病変・劣化させちゃうこともあるんですよ、って。

そんなお話を、ヘアサロンで、リラクゼーションサロンで。 すずひは聞いたのです。
校正されない オブラートに包まれない「現場の生の声」は・・・・ 実にリアルだった。



その人の生き様や人間性って・・・
 
   「顔」に「肉体」に、そして「髪」にさえも 顕著にあらわれる。


この手のお話を聞くのは 初めてではありませんでしたが、なんか。すごくリアルだったのです。

ヘアサロンも、リラクゼーションも、精神的・肉体的に、とても「密接した施術」となります。
たくさんの女性が訪れ、おしゃべりをする。 髪に、身体に、じかに、触れる。


髪に? 身体に?   いいえ・・・ むしろ、「心」に 触れる。


その人に 無心に触れていると、
「髪」や「身体」云々よりも・・・「心の状態」が 手に取るように わかるんですって。

それゆえにね、少々「もらっちゃう」ことも 職業柄、避けられないことなのだそう。

もらう? 何を? お客さまの「気」や「念」や「波動レベル」みたいなものを。

カットとか、カラーとか、パーマとか。 数時間くらい、お店に居るその間・・・ 
ずっと「誰かの悪口」言っているお客さん、というのが 意外といらっしゃるのだそうです。
お店の人は、そういう話はやめてくださいよ、楽しい話しましょうよ、とか 言いたくても言えないですからね。 強制的に「聞き役」です。  逃げられない。

とにかく3時間、ずっとずっと会社の悪口、友達の悪口、旦那の悪口、芸能人の悪口。 
暮らしへの不満、愚痴、嘘か本当かわからないような どうだっていい うわさ話。 

基本、ずっと怒っていて、ほとんど笑わないのだけれど、うわさ話の時だけ ケケケ、と
笑うのだそうです。 なるほど。 なるほど。 ケケケ、とね。


そういうお客さんって・・・悪口言ってる時、頭皮の色が みるみる変わってゆくのだそう。
鬱血したような、決して良い髪が育つことのなさそうな、抜け毛だらけになりそうな・・・ 
そういう滞った「頭皮の色」に 変わるんですよ。 見てて怖いくらいですよ、って。

人格で、頭皮が変わるの!?  と 驚く すずひ。   

そうですよ、あはは、こんな話お聞かせして ごめんなさいね。 
はっ! これも悪口になりますよね! あああ ごめんなさいっ! って。

いえいえ、そういう時は 3時間お相手するの とても大変ですね。
そんな貴重なお話聞かせてくださってありがとう、と すずひ。

ちなみに すずひの頭皮、どうですか・・・? って  恐る恐る聞いてみました。 
健やかな とってもいい頭皮ですよ! 髪の状態も、とてもいいですよ!って。  ほっ(笑)

リラクゼーションサロンでのお話も、また然り。
肩や首。 筋肉。  全身のコリや 巡りの悪さ。 溜まり感。 詰まり感。 滞り感。
そういうのも「性格」「人格」と もろ直結してるって。 人柄のコリが、そのまま体のコリ。 
優しい人は、 けれど ほぐれやすい。 不機嫌な人は ものすごくほぐれにくい、って。
そんでもって やっぱり「もらう」って。 ネガティブな何かを 受け取ってしまう、って。
そうなんですね (;_;)  それもまた 大変なことですね (;_;)

わたしに触って 大丈夫でしたか? って聞いたら・・・ 「はい!」って。   ほっ。



自分を好きになる って 生きる上で とてもとても大切なことなんでしょうけれど、
自分を好き!とか 大人になると 気恥ずかしくて なかなかそう思えないところもあります。

でも、あの友達が好き! は 思うし、よくわかる。 あの人が苦手!も よくわかる。
人間って 自分以外の人ことは とても詳しく分析できているのです。

自分というフィルターを通してしまうから、そこにはどうしたって 偏りや、えこひいきも生まれることでしょう。
でも、それでいいじゃない。 それこそ、いいじゃない。 それが「好み」ってもんです。


好きなものも 好きな暮らしも 好きな話題も 求める幸せも みんな  みんな 違う。


誰を好きで、 誰を苦手か。  心は 正直だ。

小さな子にだって、生まれたばかりの赤ちゃんにだって「好み」は すでに ちゃんとある。






こんな幸せあるかしら。おばちゃん、「バター」が、パンよりも 好きなのよ ヽ(;▽;)ノ






50歳も近くなりますとね。

同僚とか、上司とか、取引先とか、町内会とか、
そういう自分の意思だけで選ぶことの難しい人間関係に関しては、
どうにも避けられない試練や苦労が ずっと残されるところはあると思うのですけれどね。 


日常生活の中では。  
なんかね、自分と似た人ばっかりが自分の周りにいる、という 嬉しい現象が起こり始めます。

自分とよく似たタイプの人に囲まれて過ごせる時間が 増えるんです。

なんか、聞くところによりますと「あの世」の 仕組みも どうやらそうらしいのですよ。
似た者同士の魂に 同じ種類の魂に、容赦無く振り分けられるんですって。
その時になって、嫌だー!あっちの優しそうなグループがいいー!って泣いて願ったって、
もう 手遅れなのだそうです。 生前の自分の言動を、ただただ悔やむことになるのだそうです。


その仕組みを・・・ 「やった!」と 嬉しく思えるか。 「げ!やばい!」と 思うか。



想像してみてください。 自分の周りの人が、自分みたいな性格の人ばかり、という様子。



そこは「天国」ですか?   それとも さながら「地獄絵図」ですか(笑)?



今現在の ご自分の「人間性」を、自分自身がどう捉えているか、ってことが わかるかも。


このままで大丈夫な自分、なのか。 
このままでは色々とやばいかもしれない自分、なのか。







自分の周りが 自分とよく似たタイプ、考え方の人ばっかりだったら・・・すごく 嬉しい。

もしもそう思えたなら・・・それこそが「自分を好きになる」の正体なのかもしれない。


この世はともかく、
あの世に行ってまでこんな人がそばにいたら、こんな人たちに囲まれたら・・・しんどいわ。  

そういう自分には 決してならない。 と 自分自身に 誓う。




この「戒め」って、とっても わかりやすくて、 嬉しさも、危機感も、実感しやすいです。



「今の自分」のような人ばかりに囲まれたなら・・・  あなたは、 幸せですか ?  


それとも・・・  ぞっとする? (笑)






                                     おわり





自分の悪いところ、ダメなところと向き合うのは 誰にとっても しんどいことです。


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でもね、今生のみならず、死後の自分をも救うため!って思うと・・・
自分の「キラキラあの世ライフ」「幸せ成仏ライフ」のために 素直に頑張れる(笑)
周りの人のためだけでなく、まずは自分のために変わりたい。 変わらなきゃ!って思えます。

とっても長い「前編」「後編」2部作。 最後までお読みくださって、本当にありがとう。











最終更新日  2019.02.22 08:55:59
2019.02.20
最近 とっても気に入っているヘアサロンと、リラクゼーションのサロンがあるんですけれど。


わたしを担当してくださる方が、どちらも本当に 優しくて素敵で、確かな腕をお持ちの方で。
お手頃価格のサロンでは決してないのですが・・・
それでもサービスに対して支払う「対価」が全く惜しくない!というのかな。
その人にお金を払えることにありがとう、って思えちゃうような、そんな素敵なサロンなのです。


若いころは。  いや、ものにまみれていた つい 数年前までは。
そういう「お気に入りサロン」と巡り合うことも なかなか難しかった。


そもそも、そういうところを 常に、すごく ケチっていたから。
すぐに手放すような服や靴やバッグを買いたいが為に、そういう時間やお金を ケチっていた。
形に残らないものにお金を払うことが すごくもったいないように感じてしまって、
どんなにすぐに要らなくなったとしても、たとえ1回しか使わなかったとしても、
服やバッグや靴や食器を買う方が よっぽど価値があるような・・・


傍目的にも価値が・・・「威力」が あるような。  そんな気がしてしまって。


他人の目線や わかりやすい「もの」の増減が・・・いつも「幸せの基準」だったんですよね。





「いちご」とかもね、昔は100円でも安いの探して買っていた。食品にもケチだった。






今は・・・ 全くの 真逆です。

わたしにとって 本当に「威力」があるのは・・・ 
ものよりも「豊かな時間」。「ものの少ないミニマルな暮らし」の方だった、と わかったから。



余計なものを買わなくなって・・・自然と 無理なく なぜか お金が貯まるようになりました。
貯まった、というか・・・
余計なお金を使わないだけで、◯◯円貯めてみせる! と必死の躍起になんかならなくたって
暮らしを小さくするだけで、お財布に、銀行口座に、お金が勝手に「残る」ようになった。 
相変わらず 投資にも 興味なし、です。 増やす必要性を 特に感じないのです。

ミニマリストさんの多くは、そこのところの仕組みを とてもよくご存知ですね ( ´▽`)ノ


そういう「自然に残った」お金を・・・
「形あるもの」ばかりに執着することなく「本当に美味しいもの」や「癒しの時間」に使えるわたしに ようやく なることができました。

昔は、ケチって、よりセコいサロンを追い求めることに燃え、転々とハシゴしていた。  
手もみマッサージも 60分 激安2980円!! とかの「安さ」こそが 絶対条件で。 


ケチって 節約しているつもりでいたけれど・・・結局 心は満たされず、侘しかったなあ。
自分を大切にできてないってことって、そうやって 自分を無意識に下げすさんでゆくんだなあ。




おっと、話がそれました。  戻します。


そう。

素敵な「担当者さん」との巡り合わせの話。
ヘアサロンにしても、リラクゼーションのサロンにしても、そこは人間関係のるつぼ、です。
「気の合わない担当者」に当たってしまうと・・・ その時間って、たいそう苦痛です。
 
さながら 「生き地獄(笑)」です。


そういう時って、きっと  間違いなく相手にも 伝わっている。
向こうも このお客さんとは合わないなあ、ツラいなぁ・・・ って そう思っている。


気まずい・・・?  いいえ、これって とても大切なこと。  超・有益なこと。

それって、いわば「動物的本能」です。 
その察知能力を失ったら、色々と もう大変ですし・・・・ むしろ、危険だ。
「この人とは合わない」という事実に、早めに「自力で」気づくことって、豊かで安全な人生を送るのに、とても とても  とっても大切なことだから。


合わない人とは、関係が深くなる前に上手に距離を置けるのが もっとも理想的です。
それが叶わない場合には、早い段階で さっさと嫌われたり、失望されるなどして 向こうから
離れて、去っていってもらうことを狙う方が 結果的に「楽」で「祝」です。
嫌いな人からもちゃんと好かれようとして苦労している人を、何人も見てきたから、わかる。
わたし自身も、昔は ガチでそうだったから・・・ 悲しいほど、わかるのです。

なんとか自分を好きになってもらいたくて、認めてもらいたくて、命を削って消耗していましたから、ね。


みんなから 好かれたかった。 (それは人間の生まれ持つ普遍的な欲求だと言われます)

ですが それは、あまりにも苦しい生き方でした。

そして みんなから好かれることなんて不可能なのだ、と 明るく悟りました。



精一杯やる。 それで嫌われたら・・・嫌うのは お相手の自由です。 それでいいのです。

「みんなわたしを好きになれ!」というのは・・・

        エゴをも超えた、「幼稚で残念な自己愛」でしかないのだから。






お気に入りのヨーグルトをかけて。 わおわお! たれる! 写真、急げ、急げっ!(笑)





お仕事の上で。 職務上、距離をとれない関係性があることなどは じゅうじゅう承知です。
でもね、そういうライフスタイルを持っている人って、プライベートでも 引きずりがち。

なんか 必死に「苦手な人からも好かれよう」と 頑張ってしまう。


そんな 心と逆行するようなこと。 無理にしない方がいい。

苦手な人からは、寄り付かれるよりも、去ってもらえたほうが、どう考えてみても、いい。







「あまおう」にはまっているのです。こちらは「あまおうサンド」。
大名古屋ビル「CHARLIE'S」にて。「Maison Le Pin Mura 」の、魅惑のフルーツサンド。





嫌いな人、苦手な人、合わない人から 中途半端に好かれてしまって 
継続的な関わりを持ち続けることが、人生において どれほど大変なことか ヽ(;▽;)ノ 
一方的に自分が疲弊するだけ。 かけがえのない人生のひと時を 無駄に消耗する悲劇。

人生の足枷でしかない。 心を砕くことも 本当に無意味。 体に毒。
30代の頃は、そういうことにも必死だった。 受けて立つ!! 願うところだ!! と。


若かったのです。 (いや、ヒマだったのか?)


もう、そんな元気も そんな趣味も ないわ。 48歳になれば、きっと、わかります (笑)


いい感じに 毒が 抜けました。


無理しなくたって幸せでいられますし、好かれることを諦めても、誰からも叱られませんし、

「自分らしくいられる。」「呼吸が楽になる。」ってことに・・・ きっと 気づきます。

身近な大切な人。 わたしを支えてくれる人。 そういう人たちに、心から感謝して生きる。

その とてもシンプルな大切さに・・・ 気づきます。

嫌だ、嫌だと言いながら その人間関係に立ち向い、
苦手なのに必死に関わって、好んで ややこしくして自分を苦しめていたのは・・・ 

他でもない自分自身だったんだな、って 気づく。  自分をいじめる、自分がいた。






バッグよりも靴よりも、うんとお値打ちだけど、同じくらい幸せ!秋にはイチヂクのも出ます。


 ↓ あまおうロールケーキ。大切な人に贈りたい! それとは別に わたしも食べたい(笑) 







こんなお話をさせていただいたのは。

ヘアサロン、リラクゼーションサロン、どちらの担当者さまからも、立て続けに同じようなお話を聞かせてもらって、ちょっと驚いたからです。


それは、人間50歳近くにもなると・・・ 人柄が、生き様が。 隠しても、顔に出る。
優しさも、意地悪さも、穏やかさも、嫉妬深さも、お顔に、お体に はっきり刻まれますよ。 
絶対に嘘つけないですよ、私たちって、僕らって、それ、わかるんですよ、って話。


たくさんの女性を間近でご覧になり、髪に、身体に 直に触れる お仕事。


そういうお仕事をなさっておられる方だからこそ、の ・・・ 偽りなき 真実の お話。



ちょっと怖い、気になる続きは・・・ また  次回に   ( ´▽`)ノ









                                    つづく







初めて行ったヘアサロンの人と気が合わなくて「ちょっとあなたとは合わないようなので帰ります」と言って、カットの途中でお金払って帰ってきた、という友人がいます。つ、強い!
なかなかそれをできる人っていないです。(ちなみに彼女は射手座です。射手座、最強!)
泣きたいほど苦痛であっても、自分を押し殺し、我慢してしまう人が・・・きっと殆どです。

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彼女は太陽のように明るく、優しく聡明な素敵な人。自分にとことん正直なのだと思います。
自分のことをとても好きで、大切にしているのだと思います。 その強さ・・・見習いたい。

次回の続きもどうぞ お楽しみに!  今日も読んでくださって、ありがとう。

いちご・・・ 食べたくなったでしょ?  ヾ( ´▽`)ノ ケーキ













最終更新日  2019.02.20 16:04:39
2018.12.24
このブログを始めて、1回目のクリスマスには わたしは「親しらず」を抜歯していて →
2回目のクリスマスには、Tシャツ辞める辞めないと ひとり騒いでいて →






今年のケーキも「堂島クリスマスロール」。この箱が好き。クリスマスを完全無視した箱(笑)



3回目のクリスマスは・・・
お天気がいいから ソファーカバーを洗って、ほうじ茶を飲む。 そんなクリスマス。

大掃除も、もうすることがない。
年賀状も出しちゃった。 枚数も、年々ミニマルです。 自然に減るのに任せます。






このままでも 十分に「ノエル感」あって素敵なのだけれども・・・








せっかく こんなキラキラのが こうして付いてまいりましたから・・・







ぶっ刺す すずひ(笑) おお!なんだかやっぱりいいですね!いっそう豪華になりました!








今日・明日で お別れの 「スワッグのあるリビング」 の眺め。










カーテンを洗った日に撮った画像なので、部屋が とっても明るいです。
なんかもう、こんなの見ると、カーテン捨てたくなっちゃうねっ ( ´▽`)

ホコリのたまるカーテンレールも捨てたくなっちゃうねっ!  捨てないけどねっ!


やらなければならなかったことや、心配だった事が ひとつずつ ちゃんと片付いて。
こうしてゆっくりとした気持ちで年の瀬を迎えられることの幸せ。 ミニマルな、幸せ。



打ち明け話、です。

去年の今頃は、ブログと向き合うことが、いちばん苦しくなっていた時期でした。
全部削除して、本気で ある日突然  辞めようと、そう思っていました。



このブログが 本当に好きだなあ、って、  今年は しみじみ感じてる・・・ 

                 とっても静かな、そして 嬉しい クリスマスです。


ブログを続けられたのは、みなさんの、おかげです。   

                 ありがとう。   心から  メリークリスマス!





                                    すずひ






どうぞ 素敵なクリスマスをお過ごしください クリスマスツリー
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短いブログの更新に気づいてくださって ありがとう。  メリー・クリスマス ( ´▽`)ノ












最終更新日  2018.12.24 16:52:34
2018.09.13
平成最後の夏が終わり、平成最後の秋も終わったら・・・ 冬が来ます。
冬が来たら、新しい元号の「新年」を迎えることになるわけですが。
わたし、亥年生まれなのです。新しい元号が まさに「亥年」から始まることに 気付きました。 わおわお ヾ(*゚▽゚*)ノ!

なんか、ちょっと嬉しいです。  このたびは「特別な亥年」って感じがして!(笑)





今日の画像は「F」のプレートでいただいた美味しかったもの、の 記録です ( ´▽`)ノ






さて。



この世には。 ぎゅっと狭めて 日本には。

色々な法律や、条例や。 決まりや規則やルールがあって。

法の名の元に罰せらる「罪」というのが もちろんあるのだけれど。

そして 罪人は 法の元に 刑を科せられたり 償ったりするのだけれど。



そういう 報道されるような罪ではないのだけれど、
日々の生活の中で もっとも重罪だと感じることがあります。 それは「不機嫌」です。

不機嫌は、逮捕されたり 懲役をくらうわけではありませんけれど。

それに匹敵するくらいの迷惑を 身近な人に撒き散らしていることを 知るべきです。
いいえ、知ってほしい。  どうか 自分のために。


これは。 昔のわたし向かって 言っています。





トマトソースとソーセージのパン。「F」には 細長い食べものが似合う気がします。




不機嫌でいても、別に逮捕はされないし、
どうかすると 周りが気を使って 腫れ物を触るように接してくれたり ご機嫌をとってくれたり、特別扱いをしてもらえたりもするのだけれど。

周りの大切な人に、それをさせたら・・・ させた分だけ 重罪だ、と。 今は、わかる。


必ず償うことになる。 自らのへの「反射」でもって。 

人さまにぶつけた「不機嫌」は 絶対にチャラ消しにはならない。






エビとアボカドのサンドイッチ。ね!このパンは、「F」に乗せた意味が感じられない(笑)





いつだったかな。 行楽日和の3連休、みたいな日だったかな。 そんなある日の午前中。
おとーさんは仕事で、その1本道でゆくしかない仕事場を目指してて。 
周りの車はみんな 明らかに「家族でお出かけ」や「レジャー」で。
15Kmくらいの ぴたっと止まった渋滞に巻き込まれてしまった時があったらしくて。


おとーさん、なんと 「笑けてきた」んですって。

え!? ムカついてきたんじゃなくって? 「笑けた」の? 腹立たないの!? Σ(゚д゚lll)


そういうところ、ほんとすごいなー・・・ って思ってことを 覚えています。


どうにもならないことや 思い通りにならないことに 怒っても仕方ない、と。
状況の ひっ迫性にも関係するとは思いますが・・・
それでも、そういう場合、イライラと不機嫌になる人と、水のようにやり過ごせる人とに・・



人間は、2種類のタイプに キレイに 分かれる。   







細長いパンの代表パン。大好きな SURIPU の「ヴィエノワ」。「F」に、似合う。






不機嫌でいるということは すなわち 自分を どんどん不幸にするってことです。
次から次へと 数珠つなぎのように 嫌なことやトラブルや不愉快を 引き寄せます。


一見 周りに向けて発散しているように見える「不機嫌」の正体は・・・
だから 仕組み的には、実際には 全部 ぜーんぶ「自分」へと向かっているのです。


自分自身の価値を 幸せを 自ら 損なっている。


あからさまに「不機嫌」な人 というのは。

私は自分の機嫌を自分で立て直すこともできない赤ん坊です。 
私は「言葉」で自分の思いを建設的に、平和的に伝えることができないレベルの人間です。
誰か 愚かで幼稚な私の気分を良くしてください。 この私のご機嫌を直してくださーい!

って、 自分で自分のことを 大々的に そうアピールしているようなもので。 


「暴力」にも 似ていますね。 どこか 暴力と通づるところがある。



そう思うと。

いい年をした大人が。 

「不機嫌」という最低な手段で 周りに自分のぐちゃぐちゃな気持ちを撒き散らすだなんて。

ちょっと 引くくらい、恥ずかしいことだとわかります。  なにこの人、大丈夫? と。







小さめのたい焼きも意外と似合いました。 ちょっとボリュームが淋しい気がしたので・・・





平気で不機嫌を撒き散らす大人は、もはや「赤ちゃん」だ。


わたしにも でも そういう時期があって。 思い出すと だから 赤面しそうなのです。
当時迷惑かけた人に、謝って回りたいくらい、です。 
家族には謝ることができたけれど・・・謝って赦されるかどうかは、相手が決めること、ですね。


不機嫌を撒き散らして いいことなんて ひとつもなかったなぁ。
幼稚だと思われ、面倒臭い人だと思われ、この人と関わりたくないと思われ、バカだと思われ。
イライラする気持ち、というのは・・・ ますますイラつく出来事を引き寄せるばかりだった。

わかりやすいところですと、タンスの角に足の小指を もげそうなほどぶつけたり、ね(笑)


わかっているのに、甘えていた わたし。 
それか 強いような、偉いような、特別な自分気取り? だったのか。
そんな自分の振る舞いの数々を 恥ずかしく、嘆かわしく、とても・・・とても後悔している。





バニラアイスクリームのっけ。尾張名古屋の人間は・・・「あんこ+アイス」が好き。







 痛ましい災害が 立て続けに 起こる。

 その都度、微力ながら わたしは 「募金」をする。



その時にね。 わたし、被災地の方々を助けたい、という おこがましい気持ちは微塵もなくて

いつも どこか「過去の自分への懺悔」「償い」「贖罪」みたいな気持ちになるのです。
うまく表現できないのですが。


わたしは 逮捕はされませんでしたが「不機嫌」という罪を平気で撒き散らした過去がある。
謝りたくても 取り消したくても 今はもう叶わないその思いを・・・


今、どなたかの為にほんの少しでも貢献させていただく事で、あの頃の自分の愚かさを償いたい。
そんな気持ち。


そうすると。 「募金」がね。

募金をして差し上げました! というのとは 全く異なる気持ちになるの。

募金をさせていただくことができた、っていう・・・ ありがたい、感謝の思い になるの。

募金をすることで救われているのは、おそらく、わたしのほう、なのです。




不機嫌は、罪。  重罪も重罪。 



わたしは もう10年以上 1日も休まずトイレ掃除をしていますが。

無論、初めの目的は 運気向上(特に金運!)を狙って、の 邪心にまみれた動機で。

でもね、初めのうちは、ほんと効果がなくって。 なんの変化も起こらなくて。
どうなってんだ!! わたし騙されてんのか!? って ぷりぷり怒っていたんですよね。


今は、わかるのです。


あの時は、まだ「返済中」だったんだ。 


ここへいたるまでの過ちや、撒き散らしてきた不機嫌の罪が きっと 大きすぎて。


返済して。「完済」して。    運気は ようやく ゆっくりと 上を向き始める。
                (その前にやめちゃう人が、おそらく、めっちゃ多い!!)


理不尽なこと、辛いことが起こっても。 繰り上げ返済のチャンス到来だ! と 捉える。
苦しいなりにも、すると、どこか前向きに 逃げない気持ちで向き合うことができる。


不機嫌って、それが 周りの人にとって、どれほど不愉快なものなのか、
「不機嫌砲」を・・・ 被害をくらって 初めてわかります。


本当に 本当に 本当に はた迷惑で、嫌なもの。 
あの時 わたし こんな嫌なもの 平気で放っていたの!?  と 愕然としてしまう。


「困惑している」「悲しく感じている」「負担に感じている」「怒りを感じている」
「淋しく感じている」 「助けを求めている」 「不安を感じている」

そして  そして 一番 言いたくて言えなかった言葉。 それは・・・「傷ついている」。

不機嫌に傾きそうな時、気持ちを、こうして「言葉」で ちゃんと伝えられなかった わたし。



それができないままの大人は・・・ たとえ40歳でも、50歳でも 中身は「2歳児」だ。




どんな気持ちで募金をするかよりも、金額そのものの方が もちろん大切なのかもしれません。


募金をしながら 募金できることに「感謝」している自分に ふと気付き・・・
わたしは変わったなあ、と思ったのです。
こう話すと、言葉尻を拾って 災害を歓迎しているみたいだ、と 非難されるかもしれない。
そうじゃないのです。 そんなわけあるはずないじゃないですか。 


純粋な「善行」って。 実は とても・・・ とても難しいことだと思いませんか?
ついつい自分の為だけになってしまったり、こちらは「善」のつもりでも お相手にはそうだとは限らない。

けれど「募金」だけは。 
限りなく純粋な、どなた様にもご迷惑のかからない「善行」なのではないかな、って思うのです。


以前は。 
救世主にでもなったような気持ちで募金をしていたところが どこか自分には あったから。
そういう自分を すごく 「嫌な人間」に感じていたから。
あと、困った時はお互い様だ・・・というような。 それも、今は 違う、と 感じてる。


「この気持ちは なんなのだろう・・・ 」と思っている時に、
ちょうど たまたま「不機嫌砲」を 何発か浴びることがあり・・・


ああ、これは。 この説明のしにくい「感謝」は。 

この「感じて謝る ありがたい気持ち」 というのは・・・

これまでの自分の人生の 幾多の過ちに対する償いの気持ちなのかもしれないなあ、と 

災害から学ばせてもらえることは防災意識だけではないのだなあ、と はたと気づいた・・・ 


今日は、そんな わたしのお話、でした。





                      
                                    おわり







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昨日は、東京からいらしてくだっさった素敵なお客さまと、チーズケーキをいただきました。
掃除を頑張ったすずひ。 今日は褒美にマッサージに行こう! 豪華・2時間コースで!!

日頃掃除をしていても、いつもしないせいで、すごく汚かったところ「第1位」は・・・
照明のカバーの中、でした。 なんかもう、小さいのが いろいろ死んでた ヽ(;▽;)ノ


お客様のおかげでキレイになって、とても嬉しいです。わたしは「ご機嫌」です。
今日もおびただしく長くなってしまいましたのに、読者さま、お読み下さり 本当にありがとう。






最終更新日  2018.09.13 20:58:19
2018.09.02
ミニマリストになる前は。 年がら年中 欲望にまみれていて。
欲しいものがいっぱいあって。 いつも脳内に「ほしい物リスト」が溢れかえっていて。

「トップ10」のうちの何かひとつ買って消えると、
そこにまた すぐにひとつ、下のリストから繰り上がってきて、

そういう仕組みだから。
いつも最低10個は欲しいものがあるし、このままではまだ足りない!という不足感があって。

欲しいものの数が減る、ということがなくて、いつも何かが足りない気がして、 
心の平穏は、買っても、買っても、(繰り上がってくるからさ) 永遠に訪れなかったのです。


これは、実は、そんな頃から。ミニマリストになるずっと前から欲しかったものの一つ、でした。

「ほしいものリスト」に中に 何年もずっと、叶わないまま、消されずに、残り続けていた。



これのほかに、当時何が欲しかったのか、どんなものがリストにあったのか、なんて
もう全く覚えてもいない。  物欲なんて、本来 そんなものなのです。 一時の儚きもの。



この。 この「%」のタンブラー以外、は。








その後、物を捨てて。 捨てて、捨てて、捨てに捨てて。
もう、本当に 欲しいものがなくなって。 物欲というのが薄れてしまって。
何を買ったって、どうせ要らなくなりそうで、買うことが怖くなった時期を経て。

それでも、これはずっと欲しくて、いつか此処へ。 必ずいつか、と、諦められなかった。




わたしが持ち家に住んでいたら。玄関かガレージの地面に この「%」、描きたいわ(笑)




カフェラテを お願いしました。 時は くしくも 土曜日の午後。 
ものすごく混んでいるに違いない、と覚悟しながら八坂の塔を下り たどり着くと・・・

なんと、待ち人は、わたしの前にお1人のみ。 
もう オーダーも済み、お会計もお済みのご様子。お財布をバッグに収める仕草の先客様。
わたしは「2番目」に並ぶことができました。
そのお一人を待つ間に・・・念願の 足元の「%」の、記念の1枚が ちょうど、撮れたのです。 





お土産も同時にお願いし・・・まずは、店内で。ああ、本当にこられたんだなぁ (;_;)


店内は、言葉にできないほど いい香り。  そしてカフェラテの美味しいこと!!
此処のところ、ほうじ茶ばかりで、すっかりコーヒーから遠のいていたのですが・・・
ちょっとこれ、またしばらく わたし、「コーヒーの人」になりそう。

まとわりつかない、すっきりとほろ苦くて、そして優しく甘いカフェラテ。 超・好み!!


この光景を なんども見たことがあるんだよ。 たくさんの 素敵な方のインスタグラムで。





もうちょとマシなスタンプ処理はできなかったのかしらね。スタッフさんとアラビカに謝りたい。



今 わたしは 本当にそれを「肉眼」で見ているのだ。 現実に、ここにいるのだ。 

夢のよう。 

もう、ずっとここで コーヒーの香りに包まれながら、お仕事を見ていたいな (;_;)!







あああああー。 なんなんだこの可愛いバックパックは。 アラビカ印のリュックサック。
昔のわたしなら とち狂って買ってしまっていただろう。 今は大丈夫。これは、買わない!

だがしかし、アラビカ印の「エプロン」が もしもあったりしたら、即・買うだろな。2枚。
                                 (ダメじゃん・笑)


このキャニスターなんて、ちょっともう どうかしてるわ。 可愛いが過ぎる。過ぎます。







でも、これも 無事に堪えて・・・(笑)

本当に。 ここにくる前から決めていたお土産だけを、この通り、3セット、買いました。








さあ、外は35度超えで 暑いけれど。  名残惜しいけれど、お店を後にします。


なぜなら。 此処へ来たなら、あれをしないと! 
あの「ミッション」が すずひには残されている。カフェラテを飲み干してしまう その前に!




これです!





【お題:「%」ラテ。そして、八坂の塔。平成最後、古都の夏。】


ああ、この1枚のために これを撮るために京都にきたと言っても 過言ではない。

しかしながら 、この1枚が、えらく 難しい。  塔にピントが合えば、ラテが ぼける。








そして、ラテにピントが合えば、
今度は塔が、ご覧の通り、何かもわからないほど 無残極まりなく ぼけぼけに(;_;)!


これ、上手に撮るの とっても難しいですね! って・・・
すずひ、同じくこのショットを写メしようと頑張っていた若くて可愛い娘さんと 
ここで、ちょっとだけお友達になりました。

わたしのスマホを覗き込んで、なんとか上手に撮れるように 一緒に考えてくれて。


ありがとう。 可愛いお嬢さん。 おばちゃんをキモがらず、仲良く遊んでくれて (;_;)



結局、何枚頑張って撮っても 
八坂の塔かラテ、どっちかが ぼけぼけ〜にぼけた写真しか 撮れなかった。


けれど、とっても楽しくて、幸せだった。  
ひとり旅なのに、一緒に笑ってくれる見知らぬ女の子と、楽しい時間を過ごすことができました。


こんな知らないおばちゃんに優しくできる 気立ての美しいお嬢さん。
きっと親御さまのお育て方が素晴らしいのだろう。 
優しいお嬢さんと、こんな風に子育てを成せることのできる見知らぬ親御さまに、
楽しいひと時をありがとうの感謝の思いと、尊敬の思いとで・・・胸がいっぱいになりました。



で! これ! 見てくれる (*゚▽゚*)ノ ?  ねっ!がらーん できた甲斐が あるでしょう?







見ているだけで嬉しくなっちゃう、アラビカお土産。 整然と収まる、この様子。







もう、部屋中が たまらなくいい香り! コーヒー豆そのまま食べたい衝動にかられるわ(笑)

コーヒー豆の詳しいことは 全くわからないのだけれど、
我が家がいつも好んで買っている グアテマラ系の香り、苦味、甘みに とてもよく似ている。

おとーさんのお口にも合ったみたいです。 良かった  ( ´▽`)ノ 


アラビカのお店では。 ラテを召し上がっておられる方と。
半々くらいの割合で、何やら透明な レモンの浮かんだドリンクを召し上がっておられる方が。


あれは、なんだ。  あれも、飲みたい (;_;)

だが、もう 腹が、無理  (;_;)


でも、今 飲まなくてどうする!  次いつ来られるかわからないのだ (((;_;))))


心が千々に乱れました。  ( でも、やっぱり腹がもう、どうにも限界でした。)



きっと、また ここに来られる。 あの透明のやつは・・・ そうだ、次へのお楽しみだ!
今、無理していやしく飲んで、腹ん中が大変なことになって気持ち悪くなってしまったりしたら 


今日が・・・ せっかくの「今日」というこの日が、この旅が、台無しではないか!



わたしね、実は。 京都まで、 まさか こんなに早く・・・
名古屋からのぞみの新幹線に乗れば30分ほどで来られるなんて・・・知らなかったのです。

ほんと 無知でお恥ずかしいのですが。

当初予定していた伏見稲荷の散策を見送ったのも、「30分で来られる」と わかったから。

無理して今日参らなくても、もっと季節の良い時にもう一度 来たらいい。 そう思ったの。


今度は アラビカ  も・・・

「嵐山店」に行ってみよう。 嵐山の紅葉を背景に、今度こそ もっと上手に 写真を撮ろう。
スタイリッシュな「藤井大丸店」にも行ってみたい。幻のプロシュートサンドイッチを求めて。

アラビカは、現在 日本に3店舗。 その全てが ここ 「京都」に。
京都には アラビカの他にも 素敵なコーヒーのお店がたくさんあることも、知りました。



此処へくる途中の「八坂神社」でね。
実は、すずひ。 生まれて初めて「紙幣」のお賽銭 というのをしてみたのです。
 (今までは、ほんと5円とか、奮発しても100円でした。神さま、セコくてごめんなさい)


今日、こうして一人で此処に来られたことの 目いっぱいのありがとうの気持ちを込めて 
「感謝のお参り」を したのです。


神さまは、いつも 平等だ。 手を合わせて何かを語る必要は、本来 あってないようなもの。
わたしの心や日頃の暮らし、善行も愚行も、もたらされるべきことも、そうでないことも、
全て、なにもかも つるっと丸っとお見通し、なのだから。 ごまかしなど 一切効かない。

だから むしろ そこで何か願ったりしたらおしまいだ、とさえ わたしは思っている。
今与えられたものに感謝していない証拠。「足るを知っていない証拠」になっちゃうと思うから。

だから。
「どうか大金持ちになれますように」とか「宝くじが当たりますように」とか「もっと幸せになれますように!」とか。 間違っても 言っちゃダメだと思うんですよ ( ´▽`)ノ


叶うのも 自分次第。 叶わないのも 自分次第。  誰のせいでもない。


何でもかんでも叶えればいいってものではないってことを 神さまは 無論 ご承知なのだ。
叶わないほうが良いことは叶えない、という 人間では到底抗えない不思議なやり方で、
神さまは その人を 守ってくれる。 
わたしたちが予見できないような危険や、不幸な巡り合わせからそっと回避させてくれたり、
叶わなかったことで、結果的に叶った以上の魂の成長のチャンスをもたらしてくれたりする。

今の暮らしを1日1日 真摯に、丁寧に、積み重ねるだけ。

命あることに感謝して、毎日 ベストを尽くすだけ。

幸せに生きるのに大切なことって・・・ きっと ただそれだけ、なのでしょう。



八坂の道を 駅に向かって下りながら。 アラビカ東山店を、ふと名残惜しく振り返ると・・・

そこには、なんと20人近い 遠くからも見て取れるような 長い長い行列が Σ(゚д゚lll)!
あれの最後尾に並んでいたら、ひとり旅の貴重な時間を どれほどロスしてしまったことだろう。


わあ、わたし。タイミングよく、全く並ばないで お目当のラテやお土産を買うことができた。

紙幣のお賽銭のご利益・・・ もう きっと ここで 使ってしまいました、ね ( ´▽`) ♪






                                     おわり






なぜ 神社で「お願い」しないのかって?
「今のままでは不満だ!」と 神さまに文句つけていることになると思うから、です。

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「足るを知る」こと。神さまは ミニマリストのこと、もしかしたら お好きかもしれない。
長きにわたった わたしの旅のお話聞いてくださって・・・読者さま、ありがとう ( ´▽`)ノ





*すずひ 楽天スーパーセール お買い物予定*

・オリーブオイル



・「FALKE」のタイツ




・出た!9月からの新フレーバー。「シナモンチャイ」&「はちみつナッツ」(*゚▽゚*)ノ





 






最終更新日  2018.09.02 12:31:01
2018.08.27
写真が多いです。  だけれど 文字数は少ないです。 
みじかいブログを書くことに、今日も挑戦です!



旅行用。とか トラベルサイズ、のものではなく、
いつも使っている通りのものを そのままの状態で持ってきています。





すると。 あることに気づきます。
旅支度が楽なだけでなく、いった先での身支度が とてもスムーズに進む、ということ。
家にいるのと同じように並べて、いつも通り。
小さな試供品のパウチって、旅の荷物を減らすのに便利なようでいて、実際には、すごく使いにくくないですか? 
メディプラスゲルも、これ1本ですからね。 レギュラーサイズのままよー(笑)




さあ、すずひは何処にきたのでしょう。


とても暑いけれど、川沿いを歩くと、風が涼しい。  
もうこの街並みが ヒントを超えて、「答え」ですね ( ´▽`)ノ







もう お分かりでしょうか?







遠くに ちょこっと 見えてきた。  もう 涙が出そう。 あそこまで、歩くよ。








法観寺・八坂の塔。ああ、聖徳太子。 飛鳥時代。 592年に建てられたー(;_;)!


そうです。  すずひの旅は「京都の旅」でした。







もう、外国人の観光客がすごく多くって。 日本人の方が少ないような感じがしました。
古都にいるのに。 日本語が 周りからほとんど聞こえて来ないの。

すずひは 幸い「ひとり」です。 
おしゃべりをせず、静かに 黙々と 景色や街並みを眺めがら 歩きます。





真下です(笑) この天気の良さ。  わたし、旅で雨降ったこと、ないです。

とにかく暑いので、すぐに退散。 もうちょっと歩けば清水寺なのに、ここで 退散。
京都に来て置いて、本当に清水の舞台の目の前まで、すぐそこまで来ておいて 引き返す。
そんな「異常行動」(笑)をできるのも・・・ひとりだからこそ。 誰に合わせる必要もない。

これ3〜4人で来ていたら、きっと多数決で・・・
せっかくなんだよ?清水寺すぐそこなんだよ? ねえ、行こうよ?ってなる(笑) 
拒否したり、反対したり、行かなかったら・・・すずひは頭がおかしい、と 嫌われる(笑々)


ちなみに。 お宿は。  とってもカジュアルなところに泊まりました。
何で選んだかっていったら・・・「朝食」。 その1点のみ、です。


こういうパンは、何処のモーニングビュッフェにでも ございますが。






このホテルの朝食には・・・
なんと、わたしの大好きな「ローストビーフのサンドイッチ」が 用意されている。
このホテルを選んだ、たった一つの理由。 ほんと、そこだけ。 その1点のこだわり、だけ。












もうここまで来たら・・・ なぜわたしが京都へきたのか。
そしてなぜ「八坂の塔」のふもとまで来ておいて 踵を返し 先へは進まず 引き返したのか。


京都をよくご存知の方や  すずひマニア(笑)の 勘の良い読者さまなら・・・



きっと わかるかな   ヽ(;▽;)ノ !!!



さあ、ついた!!  ここが、わたしの 京都へ来た・・・ ただ一つの目的地!







たくさんの神社仏閣も、

四条大橋も、





鴨川の美しい流れも、





八坂神社も、






京都タワーも。






みんな見て歩いて来たけれど。
それは、それらが通り道にあったから(笑)  目的では、決して、ない。

こんな京都観光客は、 きっと この日、 わたしだけかもしれない。
いいのだ!  誰になんと言われようと、それが、わたしだ!  だっ!








満月のような 大きなお月さまが 古都の山並みから ぽっかり。







ここにいるのは、わたしと お月さまだけ。 そんな気持ちになった、歩き疲れた夜でした。




                               さらに つづく




すずひ夢が叶って大興奮。「%」の本編は・・・ また、次回! お楽しみに!

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無事に帰って来ました。 今日からまた いつもの日常です。 がんばろう。
昨日、一昨日の わたしのひとり旅日記に たくさんの合図を・・・ 本当に、ありがとう。






最終更新日  2018.08.27 14:12:32

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