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ご訪問 ありがとうございます。
しろくろ、シンプル、すくないモノで暮らす 
すずひのブログです。3人家族。ミニマリスト。

人生のさいごには、
葛籠(つづら)ひとつにおさまるだけ、の 
少ない持ちモノになっていたい。


 *** 読者のみなさまの おかげで ***

* すずひのブログが 1冊の本に なりました *


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幸せになる「勇気」

2019.10.05
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食器の、最新集合写真をとりました。 昨日はとても「集合写真日和」だったの ( ´▽`)


  *************************************


不機嫌な人は、誰かをばかにすることを燃料にしている。
                       しいたけ.




しいたけ.さんは、そうつぶやく。 

どうしたんだろう、何か悲しいことがあったのかな (;_;)

そうか、ばかにすることが「燃料」なのか。
生きるための、動くためのガソリンであり、あるいは 脳におけるブドウ糖、なのか。

生命活動を支えている、ってこと? 悪口で呼吸する感じ?

そう思うと・・・誰かをばかにすることをやめられない、というのは、
その人にとっては、生きる上で、無理もないことなのかな。

誰かをばかにしていないと、誰かの悪口を言ってないと、
燃料(エネルギー)が尽き、自分が機能しなくなってしまうのなら・・・

それはそれで、深刻だ。  

朗らかに暮らしたり、周りの人に優しくいることは、とてもむずかしくなりそうだ。






1年前のこの写真の時は「ひとり13個」でしたね。1個減って、12個、になりました。




「やたらと攻撃的な人」というのも、似ています。
そういう人は、実は見下されるのを恐れている、というのは、とてもよく知られた話です。

今さら驚きもしない話。 

そんなことは ふつうの人なら、もうとっくにみんな知っているのだけれど・・・

それを いまだに知らない人だけが、俺は強いぞ!! 私は強いのよ!! と


「俺を、私を、舐めるなよ!!!」 と。  吠えている。







舐めるなら、食べるなら、燃料なら、せっかくなら「おいしい!」と 吠えたいです ( ´▽`)ノ






吠える人は。「人から見下されるのではないか」という不安を いつもいつも抱えている人。

「新人いびり」をする人なんかは、典型的なそれなのでしょう。
自分の能力や、やっていることや、言っていることに、きちんと信念や自信があれば。
「攻撃」や「権力」「怖そうな感じ」で威圧を与える必要など、ひとつもないはずなのです。

例えば よく吠える犬、だとか、よくミサイルを飛ばすこと、とか。
それを 賢さや強さの証明である、とか わあ!信頼できそう!などとは 誰の目にも映ることなど決してなくて。

自信のなさの裏返しであることや、そうまでして構って欲しいのか、というような
どれほど迷惑で逆効果な行為であるのかは、客観的事例をみれば あっさりそうだとわかるのに。

世の中には、そして「職場」には。 いろいろな人がいるけれど。

そういう人は、あなたさまの周りにも・・・ 今、いますか?


苦しんでいたり、しますか?







人数分、欠かすことのできない食器は、ご飯茶碗とお椀くらいなのかな?という気が。








「人から見下されるのではないか」という恐れを抱えている人って、
他人や身近な人のちょっとした言動にも過剰に、神経質に反応し、
「バカにされた!」と歪んだ受け止め方をし、一転して「被害者感情」を持つ傾向にありますね。

レジの人の態度に怒って怒鳴っている人なんか、大抵は、そうですね。

自分が他人をバカにしているから、自分がバカにされることにも敏感で、
たちまち激高し、烈火のごとく怒って噛み付き、

結果として嫌われたり、無視されたり、「めんどくさい人枠」に放り込まれる。


なのに、雲行きが怪しくなると・・・ 今度は一転して「被害者」や「弱者」を装う。

「ひどい扱いをうけた!」とか、「迷惑をかけられた!」的なことを言い出す。


自分を大切にしてくれなかった、特別扱いしてくれなかった、ということが もしかすると言いたいのかもしれませんが、

自分を特別、とか思うのやめて。 ぜんぜん特別じゃないから。 「ふつう」だから。

そして、こちらを加害者に、人を「悪者」みたいに言ってくるのやめて。 

先に絡んできたのはそっちなのに。


そういう人がそばにいると・・・ こっちの方が 頭がおかしくなっちゃうね(笑)


苦しんでいた頃のわたしのことが。 今朝、なぜか。 ふと、急に思い出された。


そういう頃が、あったなあ。  ここから逃げられないと、うなだれていた。


誰か、お願い、わたしをここから連れ出して! 誰か助けて・・・と 心の中で泣いていた。



自分が変わろうとは、しなかった。  弱かった。



ものにまみれて、窒息しそうな中で暮らしていた頃。  そんな、わたしの話。








取り皿に便利な「ホルテンシエ」は和菓子にも合います。柄物ですが、飽きません ( ´▽`)


 ↓ これのおかげで、あらゆる「丼」を手放すことができました。 便利&丈夫!!


↓ この秋買い替えたのは、ヒビの入っていた「とんすい」。大きめなこちらを選んでみました。








目の前の状況は何も変わっていないのに。

攻撃したり、威張ってみたり、
はたまた今度は「傷ついた」と被害者になってみたり、もうほんとそれはそれでとても大変そう。


心も、脳も、ひと時も休まらなそう。 そりゃ「燃料」も消耗するわ。


で、 最初に戻るのか。 誰かをバカにするのか。  なるほど。
そう思うと「そうなるのも無理もない仕組み」なんだな。
そういう人に会わなければならない毎日があったとして、わたしは、今、耐えられるだろうか。

職場でも、ご近所でも、親戚でも、ママ友でも。 学生さんなら学校でも。

苦しみに耐えている人は。  まさに、いま。 苦しみの渦中にいる人は。


こんなお休みの日の朝は、涙が出そうなくらいに ほっとするんだろうな。

このままどうか時間が止まってほしい。   そう思うんだろうな。


そう思った朝が、いくつも、いくつも、あった。








カップはそれぞれ2個ずつルールも、撤廃です。そんなに常に「1人2個」は要らなかった。


  ************************************



ひどいこと、意地悪なことを先に散々しておきながら、劣勢になった途端 被害者ぶるのやめて。

「私が傷ついてたことわかる?」とか  そんなこと 急に しおらしく言われても。

わかるかボケ!! もとい、わかりませんでしたごめんなさい、という気持ち。                                    (あ、言っちゃった・笑)
 







カップ類は、今は、全部で4個です。 
食器の総数は だから 食器10×3=30、+カップ4個で・・・34個、ですね ♪( ´▽`)




他人をイジメることで、憂さ晴らしをする人。  不機嫌を撒き散らす人。

そこに「罪の意識」をまったく持てない人。


社会の中で、平日、怖い顔して怒っている人は、いったい どんな休日を過ごしているのだろう。 


家族に。 奥さんや、旦那さんや、お子さんや、ワンコ。 猫さま。
彼らに見せる素顔も、そんな風なんだろうか。 
怖い顔をしているのだろうか。 俺を、私を 見下したら承知しないぞ!と。


本当は、とても優しい素顔があるんじゃないのかな、って思うし、



そうであってくれることを・・・ 信じたい。






楽しい撮影の後の、孤独なお片づけ(笑)  あとまわしにせず・・・ すぐにやります!






そのサイクルをどこかで抜け出し、人生を変えるか。 変えないか。


不機嫌なまま生きてゆくことを選ぶのか。 笑顔で、朗らかに、優しく生きることを選ぶのか。




他人を変えることはできないし、変えようなんてお節介なこと、 思わない。 



なぜか。



「そのままでいたい人もいるのだ」ということを、 わたしは知っている。



そして。 本当は。


とても優しい素顔があるんじゃないのかな、って、 いつもどこかで そう思うから。







                                    おわり







すずひ、なにかあったの?! と 優しい読者さまにご心配をかけてしまいそうな日記です。
大丈夫です。何にもないよ。ずっと長いこと下書きの途中で止まっていた日記、なのです。

↓ ずっと温めていた日記を、ようやく今日 書ききることができました。 
      こういうお話ってね、何にもない時にしか 逆に書けないのです。

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今朝、あまりにもお天気が良く、朝焼けも美しく、街の時間が静かに流れているように感じて。
空気だけで「平日ではない」ことを感じたんです。 みんなどんな休日を過ごすのかなあ、って。

今日はお仕事の読者さまも、
お休みの日には、どうかどうか ゆっくりと 穏やかなお気持ちでお過ごしになれますように。


最後まで読んでくださったこと、ありがとう。



 







最終更新日  2019.10.05 23:30:19
2019.09.24
お会いしたことのない方の、胸の内に秘めたお気持ちを知ることができたり。

人生における数多のご経験や、
日々の、心にうつりゆくよしなしごとを 共有させていただくことができたり。

ああ、それはどんなにお辛かったことだろう、と 胸が痛くなったり、
ああ、お子さんはお元気になられたかなあ、口内炎は大丈夫かなあ、と心配したり。


手の短いかわいい猫さまの 、毎日変わるお名前が おもしろかったり。


わあ、そんな嬉しいことがあったんだな。 わたしも嬉しいなあ、って喜んだり。


わたしも明日からまた頑張ろう! と思えたり。


お会いしたことのない方のことを、こんなに「大好きだ!」と思えるのなら。









SNSって、とても恐ろしい側面もあるけれど、


やっぱり、夢みたいなツールだと 思う。  インターネット・ドリーム。


こんなわたしのことを、何かの折にふと思い出してくださる、

大切な kotoさんや、可愛らしい くらためちゃんや、お優しい YASUKOさんや・・・

とっても面白くて、わたしが勝手に大好きな kinakoさんや クドウさんや、abeちゃんや・・・


お会いしたことはないのに「大切な人」が、いまのわたしには、たくさんいる。


ここへいらしてくださる あなたさまも、わたしにとって、とても、とても、大切な人。


**************************************



泣いてしまった、という日の日記があれば、わたしまで 思わず涙が出そうになるし、

ご家族とのあたたかな心のふれあいの日記を拝見すれば じーん と 体温が上がる。


なんども読み、思い出し、心に刻む。


わたしも 今日からまた頑張ろう、と思える。



中途半端な知り合いよりも。 わたしにとって、はるかに大切な人。



勝手にお名前出してしまって ごめんなさい。



大好きなあなたのブログを。  わたしはいつも 本当に 大好きで。



たくさんの元気や気づきを  数え切れないくらい いただいています。



本当に、ありがとう。







                                     すずひ






 短い日記に気づいてくださって、ありがとう

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最終更新日  2019.09.24 19:07:48
2019.09.22
わたしは 生まれてこのかた一度も「twitter」というものをしたことがないのですが。
  (かつて一度だけアカウントを作りかけましたが、たちまち恐ろしくなり、やめました)









好きな人の「つぶやき」を読むことは、とても楽しいのです。 面白い人 いっぱいおられます。

長期的なお金の運用にとてもお詳しいと思われる方の 人気の twitter で、
ある日、こんなことが呟かれていました。


【一般家庭の人がお金持ちになれる権利を捨てる行為・ベスト3】

 ・20年で価値がゼロになる家を買う
 ・「貯蓄額保険」で ぼったくられる
 ・「投資信託」で ぼったくられる

こんな事してたら裕福になれるわけがない。
知らないからこそ 売る側は やりたい放題です。



「お金持ちになれる方法」という表現だったら ありふれているし 反応しなかったと思うのです。「お金持ちになれる権利を捨てる行為」という方向からであることが、おもしろかった。

そっか、お金持ちになりたかったら、これをしなけりゃいいのですね ( ´▽`) ノ と。

お金持ちになりたいわけではないけれど、いや、なれるものならなりたいけれど(どっち・笑)
わたしは「権利」を捨ててはいないらしい、ということに安堵を覚えたのは、正直な気持ち。

詳しいことは全然わからないですから、
このつぶやきの「信ぴょう性」に言及することは わたしにはできないのですが・・・

なんかね、訳もなく、ほっとしたの(笑) twitterって、わたしにとっては、そういうもの。

このつぶやきに対してムカつく人も、きっとたくさんおられると想像できるのです。

けれど、わたしは「ほっとする側」の人間でした。 「平和な側」の人間だった。


立ち向かったり、歯向かったりするのではなく、素直にほっとすることを「選択」しました。



そう、「選択」。








今日の「1日5捨」!
「蜂」の一件で、フェンスに布団を干す、という行為に初めて疑問を感じました。必要か?と。
天候に振り回されながらフェンスに干しても、かえって汚しているだけだったのでは? と。





さて。  たとえば、の話です。



たとえば「片付ける」とき、「掃除をする」とき、「仕事をする」とき。
(A)大切な役割だと感じながらそれをするのか
(B)重い腰を上げ、いやいや取り組むのか

どちらの気持ち取り組むかで、仕事の精度や満足度は大きく異なることでありましょう。


たとえば「病気になって入院する」とき。
(A)人生の目標や成し遂げたいこと、やりたいことがあるから元気になりたい。
(B)こんな目に遭っていることが ただただ恨めしい。この苦痛を、排除したい。

どちらの気持ちで闘病に臨むかで、回復のスピードや程度が驚くほど異なることもあるそうです。


たとえば「意見が大きく食い違った」とき。
(A)責め合うことなく互いに譲歩しつつ着地点を探る。 重大なことでないのなら なおさら。
(B)己の非や勘違いを少しも疑うことなく、お前が間違っている!と 押し切る。



たとえば「人生が、どうもうまくいかない!」というとき。
(A)自分のできることを、とにかく毎日、精一杯 取り組む。
(B)「あの人のせい」「上司のせい」「世の中のせい」と自分以外のせいにし、延々と恨む。

(B)さん怖いです。しまいには巡りめぐって「わたしのせい」にされてしまいそうで(;_;)
 人のせいにして夢が叶ったり、人生が上むきになることは、絶対に、絶対に ありえません。






布団はさみのない人生は、初めてかもしれません。「布団は屋外に干す!」のが 昭和生まれ。
この夏「蜂害」に悩まされるまでは・・・それが一番いい方法なのだと長年思い込んでいました。

↑ 文化的、令和的な生活・・・ ついに、すずひ家、始めます ヽ(;▽;)ノ
アレルゲンをこんなにやっつけてくれるなんて!濡れた靴もたちまちのうちに乾かせるんだね!




日常の中で。 
わたしたちはいつも おびただしい数の「選択」を繰り返しています。
その結果が、自分の人生を作るのです。


何をするか。 何をしないか。 何を買うか。 何を買わないか。

自分の叶えたい未来がなかなか実現しない! 人生が思うようにゆかない!と怒っている人って、
はたから見ていると 徹底して(B)を 選んでいるように 見える。

なぜそっちを選ぶの? と とても不思議なのだけれど、 
怒りながら、それでもなぜか好き好んで? 徹底して(B)の方を選び続けている。


変わりたい!もっと幸せになりたい!と いう気持ちは決して嘘ではないと思うのですが、
本当は変わりたくないんだな、このままの「慣れた自分」でいたいんだなと、悲しく思う。

(B)の人がそばにいると・・・いつもこっちが謝らなくちゃならない雰囲気になります。

罪悪感を抱かせることで支配しようとするタイプ、とも言えるのかもしれませんね。
相手の欠点を突くことで、自分の立場を上にしようとするタイプ。

そんな時、自己肯定感が低かったり、従順なタイプの人は、
たとえ自分が悪くなかったとしても いつも「罪悪感」を抱かされることになります。

「悪いのはいつもお前」 と決めつけられ続ける状態。(これは、本当につらいこと。)



支配したがる人って。

「相手が面倒臭がって折れてくれてる」としても、自分は勝った!と 半ば本気で思っています。
そういう勝ちパターンに慣れてしまったらおしまいだと、わたしは思ってる。
そういう時期が、わたしには、ありました。

なんでも謝って折れときゃ楽、みたいな。 逆に、このタイミングで怒れば勝ち! みたいな。


卑怯だったと、今なら、自分で わかる。 恥ずかしいほど「弱かった」、ということも。


そんなわたしに。 


「負けるが勝ち」を 教えてくれたのは、おとーさんかもしれない。



できる限り頑張って、正々堂々と向き合って、精一杯の力を注いで、
それでも負けることや、思い通りにならないことは、生きていたら いくらだってある。 


そんな「負け」なら、きっと、美しい。 泥の中にあっても凛と咲く「蓮の花」のように。
 





このMUJIステンレスバスケットだけは持っておこうか。いいえ、ここは部長、捨てのご決心を!






暮らしの中での小さな選択の連続が、その人の人生を作り、その人の「雰囲気」を作る。

このあいだ読んだ本に「雰囲気美人」のお話がありました。 とても素敵なお話です。

雰囲気のいいところは、「老けない」「減らない」ところです。
素敵な雰囲気は、だから、いくつになっても作ることができるのです。
容姿や若さが期限付きの美しさなら、雰囲気は「一生ものの美しさ」です。 と。






雰囲気は「自分次第」そして「一生もの」なのだ。 ということ。


同じ事柄をどう捉えるかの選択で、
その1日、そして「人生全体」の結果は、必ず変わってきます。 少しずつ。でも確実に。


わたしの、あなたの、人生が変わる。 人生の「雰囲気」が、変わる。 


美人であることよりも、お金持ちであることよりも「雰囲気の美しい人」。


そういうものに・・・  わたしは なりたい。   目指して生きたいです。






                                    おわり








3連休なか日です。 
気温の変化の大きな連休ですが、どうかみなさま、お健やかにお過ごしくださいね ( ´▽`)

 ↓ いつもたくさんのポチッときたよ、を、読者さま、ありがとう。
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ベランダのものが、5個も減りました!! 蜂に苦しめられたおかげ、ですね(笑)
今日もここにいらしてくださって、最後まで読んでくださって、ありがとう。 













最終更新日  2019.09.23 08:27:26
2019.09.18
3連休だったおとーさんが。
その中日に、わたしのいちばん大好きなサンドイッチのお店に連れて行ってくれました。









わたしは。
連休は、いつも 実は、ちょっと緊張しているのです。
最後まで、どうか喧嘩することなく仲良く過ごしたい、と とても思うからです。


仲良く過ごしたいのなら リラックスしていた方がよさそうなものなのですが、
わたしの場合、なぜか、そこのところが 昔から「逆」で。

完全にリラックスしてしまうと、
油断が生じるのか、気が抜けすぎるのか、ろくなことが起こらないの。

ついつい余計な一言を言ってしまったり、気の利かない人になったり、
疲れが顔や態度にもろに出てしまい・・・ 倦怠感丸出しの、だだ漏れになってしてしまう。


「美しくリラックスすること」が、できないのです。(;_;)






ここにあるの以外は、注文を受けてから作ってくださるのです。 もう、幸せの絶頂。







お休みの日にゆっくりする という感覚が、そもそも、正直、よくわからない。

ゆっくりしていたりしたら、3回まわった山盛りのお洗濯物を いったい誰が干すの? 
朝ごはん、お昼や夜ご飯を誰が作り、誰がお鍋や食器を洗って、キッチンを片付けるの?


読者さまは・・・ 「ゆっくり」おできになりますか?


お休みの日にゆっくりすることを、上手にできますか? どうしたらできる (;_;)?

上手に「ゆっくり」できない。 気が休まらない。(自分の気を休めることができない)
お休みの日の方が、平日の何倍も、ヘトヘトになってしまう。


一人でいるときのわたしってね、反対に、異様に「元気」です。
一人で元気って めっちゃキモいでしょ?
元気といってもね、大声で騒いだりとんだり跳ねたり踊り狂ったりしているわけではなくて、
安心してください、もちろん黙っていますよ(笑)  
とっても静かーに、息を吸ったり吐いたりしながら、大人しく、過ごしていますよ。 

けれど心は。「元気」が 炸裂しているのです。 消耗のない、ものすごい「はつらつ」さ。






かぼちゃの冷たいスープ。 別添のクルトンも、大きくて美味しい!





そこを治したくて。

そんな自分を「治療」したくて。 変わりたくて。  今、本を読んでいます。





この本が 面白すぎて。  全然ページが進みません。

面白い本は いつもなら怒涛のスピードで読破するんですけれど(わたしの本を読む早さは、なかなかすごいです)

面白すぎると。 本って、逆に早く読むこと、できないんだ! 

1ページ1ページが面白くて、1行1行を読み返したり唸ったり、
ああ、そうだったのか! ああ、知らなかった!などと、噛み締めたり、感動したり、
いちいち腑に落としたりしていると、


本って・・・ こんなに 進まないんだね(笑)


初めて知ることや、これはぜひ覚えておいて、実践したい!ってことが次から次へと。

ページの角を折る、という 滅多に、滅多に、滅多にしない 禁断の手癖も出た。

「嫌われる勇気」以来かも知れない。

徹底的に読む、と決めた本は。わたしは参考書のごとくズタズタのボロボロにするタイプです。






あー、折っちゃったー!でも、これは本気で読む本の証。 わたしの情熱のバロメーター。





この本は、多くのご夫婦を。 妻を、そして夫を、きっと、救う。

新婚さんや、結婚20年に満たないご夫婦には、まだ読むには少し早いのかもしれません。
と申しますか、切実に受け止められないかもしれない。

わたしは、まさに この本のターゲットだ。  どどどどどどストライクだ。


結婚20年を超えたくらいからの 日本の夫婦を笑顔にするための。 幸せにするための本。


なかよく楽しく暮らしてゆけるための秘訣が 溢れてる。


妻にとっても。 夫にとっても。 「知らなかったことだらけ」 なんじゃないかな。



読めば読むほど・・・

「あれ?わたしたちって、実はものすごくいい夫婦なのでは?」 と。

わたしたちって、最高にいい組み合わせだったのでは!?!? という気がしてくるの。

全ての理由は「脳の違い」にあった。








一番下に塗ってあるきゅうりのやつが、もうたまらなく美味しいの!どうやって作るんだろ。





定年間際のご夫婦に。
これ、自治体から1冊ずつプレゼントするといいのに!って 真剣に感じている。


免許の更新にゆくと、交通安全読本、みたいなの 毎回もらえるでしょう?


夫婦もさ。 誤解や批判を恐れずに申し上げるならば。

結婚25周年超えたら2〜3年くらいごとに更新するシステムにすればいいのに。
その都度こういうご本を配ってくださったらいいのに。

特に、日本は、さ。


夫婦が本当に楽しくなるのは、後半戦。 
安寧の扉が開き、希望の光を二人の手のひらで包めるようになるのは「後半戦」。

でも、その前に。

子育てにかまけ、仕事の忙しさや疲れにかまけ、しっかりと向き合ってこなかった「ツケ」を
ここから払わなければならない。それが後半戦。
 

                         ヽ(;▽;)ノ ひー 恐ろしいー



「結婚70年時代」は 幕を開けたばかり。 これからは まさしく「未知」の時代。


夫婦にとって、定年からの40年は長い。
残念ながら、この事態に。 人類は、まだ慣れていない。


この言葉が、沁みた。 みんな、慣れていないだけなんだ。
初めてだから、知らないから、怖いだけ。

ちなみにこの文章は「はじめに」からの抜粋だ。

「はじめに」を、こんなに何回も読んだ本は、初めてかも知れない。
「はじめに」から 全然先に進めなくて、もうね、次第に笑けてきたよ。
わたし、いつになったら本文に進めるの、と。


知らないことは、誰だって、怖いのです。
知れば、きっと、違う。 闇雲に恐れることは、なくなる。 そして「楽しみ」になる。



夫はなぜ 朝食を食べながら「今日の昼メシなに?」と聞いて妻をイラつかせるのか?
妻はなぜ「どこに行くんだ?」「何時に帰ってくるんだ?」と聞かれるとキレるのか?



定年前には我慢できたあんなこと、こんなことも、
24時間一緒に過ごすとなると、もう、お互いにイライラが止まらない。


その原因は、すべて「脳」にある。 性格とか、思いやりとか、ほとんど関係ない(笑)

夫の脳と、妻の脳は。 そうか、こんなに違うんだ。



   **********************************


でもね、「違えば違うほど、夫婦は、素晴らしいんだ」って、この本には、そう書いてあるの。

「夫婦の考えが同じ」は、かえって危険だ、と。

夫婦は真反対であればあるほどいいんですって。

「ムカつき合うことこそ、愛の正体」なのだ! と。


こういう「夫婦なかよく系」の本って、普通は反対で。
「わかりあい、話し合い、ゆずり合うこと」を推奨してくるでしょう?

同じ景色を「美しいね」とかいって肩を並べて眺めているようでは 生存や存続の可能性の高い夫婦にはなれないのだ、と。
同じ景色なんか見ちゃいない夫婦であれ、と。
妻がキレイな桜に感動しているときに「ああ、ラーメン食いたい」と思っているような夫。

それが、「最もいい夫婦」。

え、これ、なんか、ちょっと、ウチのこと!? 

あなたたちは最強の組み合わせの夫婦よ!  そう太鼓判を押してもらえた気がした。


まだ「第1章」しか 落ち着いてちゃんと読んでないのに!!!!(笑)


   ************************************



読めば読むほど、勇気が湧いてくる。


変わらなきゃ!と思って手に取った本なのに、このままでいいのかも、と思わせてくれる。




わたしたち世代は、結婚70年時代に飛び込む 最初のペンギンだ。

ファースト・ペンギン(の、つがい)だ  ぺんぎん きらきら荒波きらきらぺんぎん


勇気を持って 飛び込みたい。 未知なる大海原だけれど。


旦那さんと。 おとーさんと。 なかよく過ごしたい。
お互いが平等に幸せな、笑顔いっぱいのペンギン 夫婦で いられるように。






キッシュも。 わたしが買える範囲の価格のものの中で、飛び抜けて美味しいと思うの!







それにしても。 

本文すっ飛ばし、先に「おわりに」を読む、という掟破りを犯したわたしは、泣いてしまった。
最初に「おわりに」を読んで、泣いてしまったのです。

この世に生まれ、同じ時代に生まれ、縁あって 夫婦になった。

「この人がいなければ この人生はなかった。」 

そう思える夫婦に、わたしたちも、なりたい。 
最期の時に、お互いそう思えたなら、それはどんなに幸せな人生だろう。


たった一言で絶望させることもできる。 それなら、たった一つの言葉でやり直せることだって。



この調子ですと、わたし この1冊、いったいいつ読み終えることができるのかしらー(笑)







                                     おわり









「家事」は男の想像の6倍あるのだよ、とか。
座ったまま「あれ取って。これ取って。」と、妻を手足の代わりにしてはならない、とか。
なんだか腰が痛くて、という妻に「じゃあ病院いけ!」は 最悪のNGワードである、とか。
ぱらぱらと読んだ「夫の禁則・5箇条」が もうね、めっちゃ面白かった!

 ↓ 今日も長いの最後まで読んでくださって、本当にありがとう ぺんぎん
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男はとても繊細で(女よりも)ずっと優しいのだ! 悪気はないのだ! とか。
口角の下がった仏頂面のおばちゃんになるな!とか
「妻の禁則・5箇条」もあるようですから、しっかり勉強しようと思います(誓)

ちなみに「腰」の件における 「正解ワード」は・・・

「腰か、それは辛いなあ」「痛いの?大丈夫?俺が片付け物するから、座ってな。」だそう。

もう、そんなこと言われたら・・・ 何度でも 何度でも 惚れ直してしまいます!!!













最終更新日  2019.09.18 13:00:26
2019.09.13
昨日の日記の、今日は、少し、 続きです。





なんか、人生の階段、みたい。 1歩、1歩、進みます。 初めてのお店って楽しみ!



  *********************************



わたしの「触角」は、つぶさにそれを感知しました。(見えないけれど、生えている)



大好きなブロガーさんに、どうも、異変が起こっている。


これは、なんと申し上げたら良いかわからないのですが、
好きなもののことって、ほんのちょっとの変化にも気づいてしまうものです。

美味しかったお店やパン屋さんのちょっとした「異変」にも、わたしは気づくところがあります。
表向きには大繁盛していたり、いつもと変わらないように見えていても、
ある時期を境にして、どうも様子がおかしい。 何か、歯車が、狂い始めている。

なんだろう、何かわからないけれど、これまでと違う感じ。
「お客さんにバレないように手を抜くことが上手くなったな」という感じ。

そんなこと、繁盛店なら当たり前のことか、まあいいか、と思って通っていても、
突然の「閉店」に その後なったりすると・・・
自分が異変を感じていた時期と、振り返ると辻褄があったりして、ぞっとすることもあります。


そういう「勘」というか・・・ 触角? (鬼太郎の妖気を感知するアレのようなものです)





   ************************************




大好きだったブロガーさんは、たった一人で、ひた耐えていた。



ある頃から、意地悪なコメントがつき始めた。



重箱の隅をつつくような、 そこ!?!?というというような揚げ足取りや、
「自分の方がものを知っている」ということを誇示したいような人からの書き込みや。


彼女は。  それでも平気そうに見えていたのです。


感情的になることなく、理知的に、冷静に対処していらっしゃいました。




それが、余計にムカつかれてしまったのでしょう。 
嫌がらせのようなコメントが、ますます後をたたなくなりました。


彼女を傷つけることを面白がっている人たちによって「襲撃されている」という感じでした。
見えない安全な場所から、執拗に石を投げつけられていた。

石がたくさん当たって、傷だらけ、血だらけになってゆく 彼女の心を思うと・・・

可哀想だった。 その痛みはどれほどか。  どうか どうか 頑張って欲しかった。

こんなことに負けないで! ここからいなくならないで!!! って いつも 祈った。



でも・・・・ いなくなっちゃった。   わたしは、祈るしか。 何もできなかったです。



追い詰めて、辞めさせるのって、一体、どんな気持ち?  


爽快な、いい気持ち、ですか?  勝利をおさめたような、成敗したような気持ちですか?







素敵なお席で過ごすことができました。Eちゃんの小さなバッグが、もう、可愛い! ( ´▽`)







あなたのことを大好きだった人間が ここにいて。


今、こうして ブログを書いている。


小さかったお子さんは、もう随分と大きくなられたことだろう。

あの素敵な何にもないお部屋は、きっと ますますがらーん と素敵なのだろう。

もう会えないけれど。 伺い知ることはできないけれど。



わたしの心の中に、今も、彼女のブログは、生きている。


最後の更新の日で 止まったまま。  あの日の とても「美しい」まま。



どうか お元気でいてほしい、って、届かなくても、いつも、そう思うのです。





 ***************************************


彼女は、水瓶座でした。


水瓶座は。

世間一般の「普通の人」って、細かいところまで観察すると、いろいろなところが「破綻」しているのが普通なのに、それを、しないそうです。


たとえば「俺はやさしい人間だ!」と言っている人でも、何かとっさに嫌なことがあったら他人を平気で怒鳴りつけるとか、そういう可能性は大いにありますし、
今年はダイエットするぞ!と誓っても、「今日だけちょっとだけ食べちゃお。
ダイエットは明日から」ってやっちゃうのが人間らしい可愛らしさでもあります。

でも、これが水瓶座の場合・・・そういう「破綻」を まず 起こさない。




ダイエットすると決めたのに、ちょっとだけケーキ食べちゃお!とか思った自分を、
本気の本気で許せなくなるって。

本気で自分に罪悪感を抱いてしまう可能性がある」、って。

水瓶座は、自分が決めたことを自らの手で破ることに対して、ものすごく罪悪感を抱く星座なのだそうです。(しいたけ.さん 曰く。)




そうだ!! そのとおりだ!!!!



自分自身を縛る「ルール」「規則」を増やしていきがちな星座であるがゆえ、
「もう少しだけ、いろいろな縛りから解放されたい」という気持ちも、実は人一倍強い。


縛りから解放されたい、という気持ち。


彼女は、もう、解放されたかったんだろうな。 とてもつらかったんだろうな  (;_;)


彼女のブログがなくなってしまったことは、とてもさみしいけれど。 また会いたいけれど。


今、心穏やかに「解放されて」いてくれるのなら・・・ それなら、とても、嬉しい。
読者さんを裏切ってしまった、とか、どうか思わないで、ご自分を責めないでいてほしい。

お幸せで、いてほしい。

わたしは、今も、あなたのことが、とても、 大・大・大好き、ですよ (;_;)




  ************************************



このブログを始めて3年が過ぎ。 今、4年目なのです。

3年、という「大きな壁」が目前に迫ってきた頃、すごく恐ろしくなった時期がありました。

この壁を、わたしは超えられるのだろうか、 果たして、突破することができるのだろうか。

とても大きくて分厚くて強靭で屈強な壁が、
行く手を阻むように、わたしを挫けさせるかのように そびえ立っているように見えた。



けれど。 近づいてみたら。



 1日。 1日。 1歩。1歩。  1捨。 1捨。  自分の歩みで近づいてみたら。




壁だと思っていたそれは、破れない「壁」なのではなくて 「扉」だったのでした。



目の前まで来なかったら。
遠くから見て怖気つき、どこかで諦めてしまっていたとすれば・・・決して わからなかった。



「壁」の隅っこには ちゃんと小さな「ノブ」があってね。(千鳥の「ノブ」じゃないよ)

人ひとりが ちゃんと通れるようなドアが・・・あったよ。 


なんだ、壁じゃなくて扉だったのか! という気持ち。


扉の向こうには、まだ見ぬ新しい世界が果てし無く広がっているってこと、知ることができた。



ブログ書くこと・・・ 今、だから、とても 楽しいです。 


果てしなく広がる景色の入り口に立ち、
投げ出さず、逃げ出さず、続けて来られて、本当によかった、って 心から思っています。


わたしのブログを見つけてくれて。  本当に、ありがとう。









                                   おわり









4年目の毎日を、こんなに楽しく書かせていただけること。
この気持ちを知ることができたのは、読者さまの、あなたさまのおかげです。

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今日の日記は「苦しい日記」でしたけれど、今なら書ける、と思ったのです。
ずっとわたしを支えていてくださる、ここへいらしてくださる読者さま。 本当に ありがとう。












最終更新日  2019.09.13 18:50:56
2019.09.11
ほんとうになにかを伝えたいというときには、
絶対に「ことばがきれい」なほうがいい。



「ほぼ日」の、永田泰大さんのお言葉です。
       (実際には、このことばは「縦書き」で。「たて」で 綴られてありました。)


ああ、なんというシンプルな、けれども「圧倒的」な、この真実。


罵倒したり、怒鳴ったり、汚い言葉で「伝わる」ことなんて なにひとつ、ない。
脅してねじ伏せたり支配するのは暴力でしかないし、無能の証明だ。


かといって、だんまりの沈黙を決め込んでいたのでは、怒鳴る以上になにも伝わらない。


だから、「きれいな言葉で伝える」ということ。



  *************************************


発信をしていると、「評価」をされることは、避けられないです。
そんなジャッジ目線で読んでいないよ、という方は 本当にお優しくて、本当に、ありがとう。


  *********************************




雅姫さんの盛り付けをならって・・・今朝は「バナナとブルーベリーとはちみつのトースト」。






本当に伝えたい、伝わってほしい、と 願うとき、こんなこと、考えたこと、なかった。


感情的になっているときこそ、「言葉」って 見られている。
この人は、どんな表情でどんな言葉を発するのか。 どの程度の品格なのか。 見られている。

命令みたいな、偉そうな、知ったかぶりのキツい話し方をする人なのか。
一方的な同意を求めるような「ですよね」の乱発も、その押し付け感に辟易するし、
当たり障りなく伝えられた言葉というのは、ほんとうに、見事に、当たりも障りもしないし。
妙に自信満々に言いきられるのも、言葉の消化不良を、「言葉あたり」を起こすし。

おもしろく伝えようした文章は、大抵の場合おもしろくないし、
機械みたいに流暢に、専門的に話されるのも、人間味や思いやりを感じられなくて、響かない。


文章って。 「言葉」って。  


「ちゃんと伝わること」って、ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、むずかしい。



  *********************************



本当は、こんなにシンプルなことなのだ、と。

拍子抜けするくらいの、けれど、ずっと昔から知っていたようで、忘れてて、
いま、初めて知ったような気持ちにさせられる。




伝えたいなら。 ほんとうに伝わって欲しいなら。 「きれいなことば」で。



顔がきれいよりも。家がきれいよりも。 

スタイルや体型が、爪が、髪が、肌が、体のパーツのどこが「きれい」よりも。


大切なのは「ことば」、なんだな。   言葉って、その人の「心」そのもの。


ひとりの人間が。 この世に生まれて、そして死ぬまで。 


一生、「きれい」や「美しさ」を保つことが可能なのって・・・ 「言葉」だけなのかも。


そして「心」だけ、なのかもしれないな (;_;) じんわり










きれいな言葉の国に生まれることができた幸せを、今日からまた大切にしたいな、って、


そんなことを じんわり感じた、はちみつトーストの朝でした。







                                   おわり







素敵なものをご紹介されていて、そのショップのリンクなのかと思ってクリックしたら、
なんとそれがブログ村の「INポイント」のバナーでびっくりしたことが最近ありました。

よく見ればわかったのですけれど、え!こんなことって、と、とても悲しい気持ちになりました。

わたしは、大好きなブログを読ませていただいた後、
最後のバナーを とても「心を込めて」押す人間なのです。 大切な、ごあいさつ、と。 
あなたの大切なブログを読ませてくださってありがとう、今日きたよ、また明日もくるね、って。

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ここへいらしてくださる読者さまも。 あなたさまも。
そんな気持ちで押してくださっているのかもしれない、と思うと、ほんとうに嬉しいのです。

このバナーを、心から大切に、わたしは思っています。 唯一の「繋がり」とも。 

いつも、ほんとうに、ありがとう。                    すずひ














あの、ウチにはこういうものがないのですが、やはり1個は持っている方が安心なのでしょうか。




このような残暑きびしき中での、断水、停電・・・ 
台風被害に遭われておられる関東の方々、どれほどご不自由で、 ご不安なことか。   
心よりお見舞いを申し上げます。









最終更新日  2019.09.11 14:50:42
2019.09.06
読んでいた本にあった 一文。

安いもので済まそう、という あの 強い、どうしようもなく強い気持ち。

何年も、何年も、自分が身をもって経験した、あの気持ち。









なのに。 こういうことを伝えたい、伝わるように書きたい、と何度も思ったのに。
そう思って挑戦したのに。

いかんせん稚拙ゆえ、ただの「プチプラ批判」「100均批判」みたいになってしまったことが、
これまで、数え切れないくらい、謝っても謝りきれないくらい わたしには ありました。


そうじゃなくて、こう言いたかった (;_;)

たった数行で、伝えることができたんだ。  この著者の方ように 能力が高ければ。



安いもので済まそうと思うのは仕方のないことなのかもしれません。

しかし「安いもので済まそう=自分は安い人間だ、良いものを与える価値がない」と、繰り返し言い聞かせているようなもの なのです。 ( P.242 )







ああ、刺さる。


安いもので済まそう = 自分は安い人間だ。 


良いものを与える価値など、自分には、ない。 

深いところの、痛いところに、ぐさりと刺さる この言葉。

思い当たることは、たくさんある。  わたし自身も。 そして、身近な人にも。



慣れない価格帯の服を着て家事をすることに対し、
取り返しのつかないことをしているような気持ちに苛まれ、とても緊張する頃がありました。

しかし、経験してみると。

あの緊張は最初の1回〜2回くらいまでのこと、であって、3回目以降には「慣れて」くる。


人間は、慣れる。 大丈夫なんだ、ということを、脳は 学習する。


水がとんでも、ちょっとくらい汚れても、泣き崩れるような気持ちにはならないのです。

この服を着て料理する、家事する自分を、とても好きだ、と 感じられるのです。

(それで「部屋着」というジャンルの服を買う必要も なくなったのです。
  その「どこにも行けない部屋着用の予算」を、好きな服に全て注げるようになりました。)













大人になってしまうと。

1日のあいだに、自分のことを何回「好き」だと思えますでしょうか。
そんなこと、思いもしない。 年に一度も思わない。 そういう頃が、わたしにはありました。


自分が自分を好きでいることは、
        どこの誰から好かれるよりも、よほど大切で、価値があるのに。







部屋着がないと、洗濯物も、実はものすごく減るのです。 家事が楽になる。
スウェット上下、とか、フードが乾きにくく やたらかさばるパーカ、とか、ロングカーディガン、とか なくなるから。



  ************************************



それを、知らなかったから。

他の誰かから好かれなければ! そして 褒められなければ!と 必死だった。

もう、その必要は、小さい。(ない、ではなく、小さい。ちょっとは褒められたい・笑)


気持ちの良い晴天に、大好きなワンピースを洗って、干しながら・・・


【 好きな服を着て過ごそう = 自分はそれに値する人間だ 】



上書きは、今からだって。  いつだって、今この瞬間からだって、できる。



そんな気持ちになった 9月の朝、でした。






                                    おわり







短いブログに気づいてくださって、ありがとう。

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いつも読んでくださってありがとう。
お水、今日もちゃんと出てる!お洗濯できる幸せ! 幸せの基準が変わってしまいました(笑)










* うなぎも、買うなら「美味しさ」で。78歳のわたしの母も唸った「寝床」さんのうなぎ。  いつもよりもうんとお買い得になっています ( ´▽`)ノ



お水が出なかったあの日。「ガスで焼くだけでいただけるもの」に、とても助けられました。


* スーパーセールで注文したストールが、もう届きました ヽ( ´▽`)ノ
  すずひは「SD7330 dark navy」をセレクト。とってもいい「黒い紺」でした。














最終更新日  2019.09.06 16:06:31
2019.09.01
「防災の日」って。


 とても漠然とした、わかりにくい言葉です。

子供の頃から「防災の日」ってありましたけれど、「ぼーさいのひ」とは。
それは わたしの中では、どちらかというと「始業式の日」であり「宿題を提出する日」であり、

午前中で帰れるんだけれど、その前に「避難訓練をしないとならない日」だった。


子供はたいてい訓練中におしゃべりしちゃったり、笑ったりふざけたりしてしまったりして、
先生から、たいそう叱られるのです。 

「まじめにやりなさい!!」と。 


ハンカチで口をおさえ、上履きで校庭に避難した後、長い長いお説教を受けるのです。


逆に、まじめにちゃんとやると、褒められる。
高学年になるとそれがわかってくるので、まじめなふりをして、みんなお利口に頑張る。


「先生を満足させるための避難訓練」。









避難訓練の目的って、黙って上手にお利口に避難することなの?


「命を守ること」「命を失わないこと」、すなわち「生きること」 なんじゃないの?


防災用品を揃えるのも、命を守るため。 災害の中で、生き延びるため。


暮らしを整えることも、片付けることが目的なのではなくて、気持ちよく暮らすため。


気持ちよく 安全に、 快適に、 生きるため。



「防災の日」って言われても、ピンとこなかった。


災ヲ防グ、って、なんか言葉からしてずれているというか、
防ぎたくても防げないのが、防ぎようがなかったのが「災」、という印象を受けるのに。






















「生きる」の日。  「生きていて」。 の日。



わたしの中で、だから、勝手に上書きしている。

防災用品を、嬉々として揃え自己満足する日、なんじゃなくて、
もちろんそれもとても大切なことなのだけれど、なんのために 揃えてるの?と 我に問う。


「生きるため」「生きていてほしいため」だ。  家族の命を、わたしは守りたい、のだ。


たった一つの命だから。  



かけがえのない「命」なのだから。



ハンカチで口をおさえ、走らず静かに校庭に逃げるだけが正解じゃない。  
声を掛け合いながら、駆け上がるように屋上を目指し逃げなければならないことだって起こる。


生きるための方法は、どんなときも、ひとつじゃない。  


命の限り、どうか、生きて欲しい。  そう願う日。    それが 「9月1日」。





                                   おわり






読んでくださって、ありがとう。

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令和元年8月九州北部大雨被害支援募金 楽天クラッチ募金は こちらです →


















最終更新日  2019.09.01 21:23:23
2019.08.29
kotoさんが、ご主人から叱られた日記をお書きになっておられました。
そういうところが、kotoさんの、大好きなところ。 kotoさんの素敵なところ。
そういうお話を、ちゃんと聞かせてくださるところ。
100% kotoさんのお気持ち寄りで読んでいましたから(特に551及び 探し物の下り・笑)
ご主人がkotoさんのことを思って仰られたお言葉は、
遠く離れた見ず知らずのわたしの心にも、じんわりと沁み込ったのでした。


わたしもね、実は、叱られたんですよ。 


そのお話を、今日は みなさま、聞いてくださいますか?



  ************************************



捨てるの行為は、物を大切にしない、とか、もったいない行為 なのではなく。

「自分の失敗を思い知る」の行為です。

自分の間違いや、このままではいけないことを、自分で思い知るための行為、なのだと思う。






今日の1捨。 やっぱり、要らなかった。 付録のポーチ。 なんか、くしゃくしゃだね。 
付録はこれ限りで、ちゃんと、卒業しよう。







これまでに買ってしまった変なもの。 手に入れてしまった、無駄なもの。
なくてもよかったもの。 全然使わなかったものや、期待したほど役には立たなかったもの。

いっぱい いっぱい ありますよね (;_;)

それを捨てないと。 使ってなくても、新しくても捨てないと。

それを、手放さないままでいると・・・「失敗した」ということに 一生気づけない。 
握りしめている間は失敗と向き合わずに、済む。 失敗を認めずに、済む。

片付けとか捨てることが何やらブームのようだけれど、乗せられてなるものか!とさえ思っていたり、「自分は決して買い物の失敗などしていない!」と信じたい気持ち。


全部持ってるし、捨ててないし。 


ということで、これまで自分の買ってきたもの、この家にあるものは、すべて「成功です」と。




本当に、そうかな?



向き合うのが嫌で捨ててないだけ、なんじゃないかな?
買うのは楽しいけれど捨てるのは面倒臭くて、疲れそうで、やりたくないだけ、ではないかな?


自分の改善すべき点を指摘されたり 認めることが ただ嫌なだけ なんじゃ ないかな?


ものだけの話じゃなくって・・・ 「人の心」もまた、そうなんじゃないかな?


  *************************************



一旦 リセットすると・・・ 生きながらにして 本当に 変われることがある。
いや、変わるんじゃない。  多分、還れる。  元の、本当の自分に。
未知の自分じゃなくって、懐かしい 本当の、無垢な、素の自分に還る、という感じ。

これは、捨てたら、きっとわかる。  とことん捨てたこのとある人なら、きっと。







まだ付録など買っておったのか!と読者さまからも叱られてしまいそう! ごめんなさい!!
 愚か理由:1)大好きなDEAN&DELUCAの「グレー」でした。
 愚か理由:2)ポーチなら、きっと何かしら用途がある!だから要る!と思ってしまいました。







「もの」でも「信念」でも。

もったいない。 あるいは 自分は正しい。 といって 捨てられない人というのは、
往々にして「思い知りたくない人」。「自分を曲げたくない人」。

自分の改善点を認めたがらない人な場合が多いです。  めっちゃ頑固なのです。

思考のしなやかさが失われ、思い込みの強固さ 動かざること岩の如し。 なことが多い。

そういう人って「それは違うって!」が口癖だったりもします。
こちらが何か言うと、そう言うのです。 まず否定から入る(笑)
「落ち込んでいる」「悩んでる」という話をしても「それは違うって!」って言います。

そんなのみんな同じだって! とか、 そんなことで悩むのはおかしいって! とか
もっと大変な人はいくらだっているって! など、一見して「励ます」のスタンスを取りながら、わたしが「悲しい」ということを 実は、絶対に認めようとしない。

悲しむことを許してくれない(笑)。


許してよ(笑)。


その人の前では、だから、弱音は、吐けないよね。  弱音を吐くことは許されないのです。



  **************************************



本当のこと言われて怒る人、とかも、そうです。
自分が間違っているとは思いたくない。 そうなると、もうお手上げですね。

その人が喜びそうな話だけして、無難にやり過ごす、という関係になる。
ご機嫌を損ねないようにそっとしとこう、ってなる。 「腫れ物枠」ですね。
この人といる時間は、ただただ笑顔のお面だけ貼り付けて心を殺して頑張ろう、ってなる。

頑張るんですけれど、気持ちと顔が常にバラバラだから、ものすごく疲弊してしまう。

そういう人って 実は この国には とっても多いと思う。
オリンピック種目に「愛想笑い」があれば、日本選手が旋風を巻き起こすんじゃないかしら。

愛想笑いに疲れてしまうと・・・本当に笑いたい時に、ちゃんと笑えなくなる。


顔が、こる。  肩よりも、こる。  で、フェイシャルマッサージに行きたくなる(笑)



  
 

フェイシャルの日用のポーチに(無理やり)しようと思いましたが、こんなに持ってゆかない。
往生際悪く使用目的を捏造しようとするも・・・ やはり、失敗。 もう認めなきゃ。







合っているか間違っているかではなくって、良い悪い、でもなくて、
こういう考え方もありますよ、ということであっても 受け入れることが「負け」みたいに
思えるのか、自分の方が正しい!と言う確固たる信念があるのか、

「防御」「拒絶」または「聞いてはいますけれど受け入れません!」という人っています。


これは、全大人共通の頑固さ、では 決してなくて。


幾つになっても 立派な人でも、聞く耳を持った人は たくさんいらっしゃいます。 
そういう人は 穏やかで素敵ですし、もう、お顔つきからして違うのです。 優しいのです。

大好きです。もっと一緒にいたいな。 そばにいたいな、いてほしいな、って そう思います。



  

今日の「1日1捨」は、このポーチ。
この号の雑誌は実は2冊買って、1冊はEちゃんに差し上げるという大罪も犯しています(懺悔)





大人になってしまうと、耳の痛いことを言ってくださる人、というのは本当に貴重です。

自分が気持ちよくなるために言い放っている人、じゃなくって、
本当に相手のためを、こちらのためを思って言ってくれている場合って、
言われる側よりも、「言う側」の方のほうが、おそらく、相当に苦しいはずなのです。


「言いにくい」のです。


誰だって、わざわざ嫌われたくないじゃないですか。 相手が大切な人なら、なおのこと。
言わずに済むならすませたいし、だれか他の人に言ってもらいたくもなる(笑)
部下への注意とかを「あの人にこう言っておいて」みたいに丸投げする上司っていますけど、
あれって、一番ずるいよね。 文句があるなら自分で言ってくれ!!


「苦言を呈する」という言葉があります。


そう。苦言、なのです。言いにくいからこそ、言う方も苦しいからこそ「苦言」なのです。

そして呈する、のであります。 投げつけたり、いい放つのではなく・・・「呈する」。


相手を敬う気持ち。 言わせていただく、というような どこか「謙虚」な気持ち。 


気持ち良さそうに、意気揚々と言い放っている人は、だからそれは苦言じゃないのですね。
単なるマウントの取りたがりか、憂さ晴らしですね。
相手を下に見ることで、ストレスを発散し、いい気持ちになっている。
万能感にまみれてしまった中学校の先生などに ちょっと多いですね(笑)


めっちゃ怒ってたかと思ったら(確かビンタも食らったよ)
説教の最後、「マイウェイ」を 歌い出した先生がいて、
もう、中学生ながらに その「万能感ぶり」に引きまくった思い出があります。

ちょ、もう帰りたいんですけど。 歌とか勘弁してくれ、と。

部活の時に、おしゃべりしてたか、隠れて水を飲んだか、くらいだったんですよ。

今の時代なら、何らかの処分があって然り、なのではないでしょうか。
ビンタしたあと、気持ちよさそうに歌い出すんですよ。 先生、ちょっと大丈夫?(笑)
学年主任の立派な先生でしたけれど、ね。

おっと、話がそれましたね。









大人になってしまったからこそ。 もうこんな年齢になってしまったからこそ。
言いにくいことを言ってくれる人を、大切にしたいと だから、思う。


言いにくいことを頑張って話す時って、わたし自身も すごく怖いし、緊張します。
ちゃんと伝わるか、相手を怒らせてしまわないか、真剣なあまり、震えてしまうこともある。 


本当の苦言って、きっと そうなんだと思う。


そんな思いをして話してるのに、聞く耳持たない態度とられたら、もう二度と言うか!と思う。
もう放っておこう。 それか この人とは離れよう、って。


この人といるのしんどい。 もう離れたい、って 真剣に思う。


自分のことだと気づけないところがあって、
そういう失敗を、これまで何度もしてしまったし、いまも、多分、している。
わたしには、そばにいてくれる人もいるけれど、離れていってしまった人も、だから、いる。

きっと、その人を どこかの段階で「失望」させてしまったのでしょう。 

無意識だと、難しいです。 自我が勝ってしまったり、忘れてしまったりする。
だから、ふと気付き、かえりみる。 思い出し、気をつける。 いつか、自然に身につく。


それが成長。


それを放棄すると。  人って、本当に 誰からも寄り付かれなくなります。

それでもいいなら、それでいいんだけれど。

もういいや、って思っている部分も 正直どこかあるんですけれど、
それじゃあ、やっぱり寂しいと思うのです。開き直りのようなみっともなさも、払拭できない。


ひとりになることが寂しいんじゃなくて(一人は好きです、)成長を放棄する自分が寂しい。 


しなやかさを失った自分になるのは、寂しい。









わたしの本のレビューにね。

すずひって人のことを「1周回って好きになった」と書いてくださった方がいらっしゃるのです。


わたし、それを読んだとき、心がぎゅーってなって、涙が出ました。
1周回る前は、わたしを すごくお嫌いだったはずなのです。
最初っから ずっと好きでいてくださったんじゃなくって

最初は、わたしを すごくすごくお嫌いだったんだと思う。 なにこいつ、大嫌い、と。

それでも 嫌いなのに、ここへいらしてくださって。
わたしの長いブログを 読んでくださって。 最後まで お話を聞いてくださって。

最初は嫌いだったのに・・・ 1周回って いつしか「好き」になった、と。


そんなことって、あるんですか (´;Д;`) !!!    



  ***********************************


そのお方のお気持ちが、とても とても嬉しかったのです。
しなやかなそのお方を、わたしも見習いたいと 心から思いました。

なんでこんな話をしているのかって申しましたら・・・

おとーさんから、ある苦言を呈されたのです。  つまりは、「叱られた」の。








  



一瞬はね、なんでそんなこと言うの!! 
わたしの気持ちも知らずに!!!!  って すごく嫌な体温の上がり方をしたのです。


けれど、これを言う方がしんどかっただろう、って すぐに、気づいた。
さぞ、言いにくかっただろう、と。

こんなこと、おとーさんの他に いったい誰が言ってくれるのだ? って 思えた。

そして、わたしが間違っていることにも すぐに気づけた。


言われた瞬間は、涙が出るほど、家出したいほど(マジで!!)悔しかったんだけれど、
                   ※ 荷物をまとめる早さには自信があるよ!(笑)


言ってもらえてよかったなぁ、って。 深呼吸して、冷静になったら、ちゃんと そう思えた。
わたしに「聞く耳」があると思ってくれたから、言ってくれたのだろう、と そう感じた。


言っても無駄だ、と思われた時点から、人は何も言われなくなりますものね。



そうなったら、人って、人間関係って、きっと。  そっと「おしまい」なのです。


表面上は続いていても・・・  中身は、静かに、冷たく、「終わって」いる。



  **********************************




1周回って 嫌いだったものを好きになる経験を。 わたしも してみたい。

1度嫌いになったらおしまい、は、それはそれで簡単だし、合理的なのでしょうけれど。


これまでは、わりかしそういう生き方だったけれど。


これは、合理的、というよりも、どこか「傲慢」だ。


人は、変わる。 わたしも、変わる。  ずっと同じままの人なんて きっと、いない。 

また好きになることだって、きっとある。 という気持ちを だから、捨てない。 

なんでも捨てるけれど、そういう「気持ち」は、捨てないわたしでいたい。


不要なものはどんどん捨てるミニマリストだけれど・・・


      しなやかな心を・・・ わたしは、捨てない。  死ぬまで 捨てないぞ!







                                   おわり





1周回って楽しくなったものがあります。 このブログを書くことです。

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モチベーション維持や時間が足りなくて苦しかったところを超え、今、とても楽しいのです。
苦しい時にしっぽ巻いて逃げ出していたら・・・この楽しさを知ることはできなかったですね。

今日は久々に「すずひ尺」でした。 とっても長かったですね。
なのに最後まで読んでくださった読者さま、いつも、今日も、本当に、ありがとう。












最終更新日  2019.08.29 17:53:58
2019.08.23
公開していた、最初の日記をお読みくださった読者さま、ありがとう。





お伊勢たい焼き。 お伊勢街道名物「縁屋(ゆかりや)」さんの たい焼き。
たっぷりの あん と「お餅」の入った、誠に縁起のよろしい たい焼きです。 美味しかった!



***************************************




わたしのブログの読者さまは、
なんとなくなのですけれど、わたしよりもお若いお方が多いような気がしているのです。

お子さんがいらっしゃる場合も、
きっと 今はまだ 中学生だったり、小学生だったり、そしてもっと幼くていらっしゃるような。

同世代のお母さまは どのくらい いらっしゃってくださるんでしょうか。



  *************************************



日々の出来事に対する感じ方って とても 人それぞれです。 さまざまです。
文章の受け取りかたに至っては、そのさらに上ゆく「とても さまざま」なのです。


それなのに。  きっと すごく「想像」してくださったのだと思うのです。


ああ、母親には、そんな気持ちになる日が訪れることがあるのか、って

わたし(と、おとーさん)のその時の様子を 目一杯「想像」してくださって、

見知らぬわたしたちの気持ちを少しでもわかろうと、寄り添ってくださったこと、ありがとう。



たくさんの「読んだよ」を、ありがとう。  「わあ、そうだったの!」を、ありがとう。



お話 聞いてくださった読者さま、本当に、ありがとう。  






                                     すずひ







わたしの日記をいつもお読みくださりながら、
優しくお心を寄せていてくださる読者さまの存在を・・・ 今日、改めて、強く感じました。

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いつも いつも 本当に、ありがとう。











↓10%クーポンが出てた!(※2019年8月23日(金)10:00 ~ 2019年8月28日(水)09:59まで)
 お子と一緒に吞めるまで、あと1年ちょっと。 亡くなった父も、孫と呑みたかっただろうな。










最終更新日  2019.08.23 18:12:17

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