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2011.02.17
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カテゴリ:奈良

三条通でも少し西へ目を向けてみます。

やすらぎの道・観光センターから西、JR奈良駅までの区間は、三条通ショッピングモールのエリアです。東の「シネマデプト友楽」跡地とならんで、こちらでは「りそな銀行」関連の二つの跡地が注目されています。

 

奈良銀行本店>りそな銀行の跡地

 

ホテルフジタ奈良の向い、NTTビルのとなりにあるのが奈良銀行本店のあった場所。昨年の「まちなか1300年祭」ではヨーロッパ広場として賑わいましたが、いまはひっそりと更地のままです。

奈良銀行は、官選最後の奈良県知事(その後公選でも4年間就任)だった野村万作氏が創業(1953年)した「三栄相互銀行」が普通銀行に転換して生まれた地方銀行。「三栄」とは、銀行・預金者・融資先の三者を示すものと言う。当初は、戦前に存在した「不動貯金銀行」に範を取って「日本不動相互銀行」という名称で申請されたとも言われる。ちなみに不動貯金銀行は戦時合併で「日本貯蓄銀行」となり、協和銀行>あさひ銀行>りそな銀行と変転し奈良銀行を吸収したというのも何かの因縁か。

さて、旧奈良銀行本店敷地については、もう一つ知る人ぞ知る事実があります。それはこの敷地の西半分は、もともと「友楽座」という谷井興業の映画館だったということ。アラカンこと嵐寛寿郎の演ずる「明治天皇」ものの映画(軍艦の進む海に白いタコ坊主のような大砲の水柱が印象的)などがかかっていたような記憶があります。二つを一つにしたために、奈良銀行本店の敷地はちょっとややこしい形になっていたようです。(左奥に見える民家は、野村家の住居だったのでしょうか)

奈良銀行は設立以来「大和銀行」と関係が深く、「大和」と「あさひ」の合併で「りそな」グループの一員となり、合併でこの場所は一時「りそな銀行新奈良営業部」となりました。

 

みずほ銀行の向いは、協和銀行>りそな銀行の空きビル

 

 一方、協和銀行奈良支店から「協和埼玉銀行」>「あさひ銀行」>「りそな銀行」の奈良支店へ、そして最終的に旧奈良銀行本店と統合して「りそな銀行新奈良営業部」となったのが上の写真の右側の建物。向いの「第一勧業銀行奈良支店」>みずほ銀行奈良支店とともに、この場所は「都市銀行が二つ向き合う場所」でした。

 第一勧銀奈良支店は、石造りの円柱が正面に並ぶ立派な建物でしたが、建替えでなんとなく安っぽくなってしまったような気がします。向うにNTT(旧電電公社)が見えますが、観光センターはもとは奈良郵便局、ホテルフジタは奈良警察署ということで、このあたりは官庁や銀行のオフィス街でした。

 で、結局のところ奈良銀行も協和銀行もみんなまとめて「りそな銀行新奈良営業部」は、JR奈良駅前のビル1F、2Fに移転してしまいました。三条通には「りそな銀行」絡みのまとまった遊休地が二ヶ所発生したことになります。銀行サイドでは、これは第三者に入札・売却して国からの資金の返還の一助としたい意向のようですが、これもまとまった敷地だけに、はたしてどのような事業者が落札するのか、その結果によっては、三条通やJR・近鉄周辺の中心市街地のあり方に大きく影響しそうです。

「りそな銀行」が入るJR西日本不動産開発のビル

 こちらのビル(JR奈良駅NKビル)は、JR西日本不動産開発(正しくは「JR」はカタカナ)が建てたもので、奈良市中心市街地での「りそな銀行」(旧協和、奈良銀)の唯一の店舗が入っています。駅のコンコースとはペデストリアンデッキでつながり、スーパーホテルや医療モールなども入っています。協和銀行の奈良での歴史も古く、地元の奈良銀行の預金者ももちろん多かったわけですが、大安寺支店も統合された現在では、奈良市中心市街地近辺で「りそな銀行のATM」は、ここと近鉄奈良駅ビルだけになってしまいました。(西大寺、学園前、新大宮にはあります)

 

今週で閉店統合の近畿大阪銀行

 前項で、わざわざ「りそな銀行のATM」と書いたのは、りそなグループの近畿大阪銀行(三条通2丁目の松田ビル)のATMでも、りそな銀行の通帳やカードがそのまま使えるからなのですが、実は、この支店の営業は今週いっぱい(2月18日まで)で、来週には富雄支店へと統合されてしまいます。

ということで、三条通のJR奈良駅から猿沢池までの間に残る銀行店舗は、南都銀行(本店営業部とJR奈良駅前支店)と、三井住友銀行(小西通り角)、みずほ銀行(前述)の三行・四店舗となります。

かつては、この通りに都銀(かつては12行が2グループに分れていました)、地銀、第二地銀(もとの相互銀行)のすべてが店舗を持ち、「どのキャッシュカードでも使える」といわれたこともありますが、隔世の感があります。最後に、かつて存在した銀行支店の跡地を少しご紹介しておきます。

 

中京銀行のあった跡地

 こちらは、中京銀行のあったところ。三条通2丁目で隣はもと「都ホテル」の都パーキングですが、こちらも現状はコインパーキングです。中京銀行は、現在内侍原町のやすらぎの道沿道に店舗があります。

 

もとは第三銀行のあった場所

  そして、ここはもう憶えている方も少ないかと思いますが、第三(相互)銀行があったところ。現在、第三銀行はJRの線路のさらに西の方で、三条通に面したところに店舗があります。イオン系の婦人服・洋品店の「ブルーグラス」が入居していましたが現在は空き店舗です。近く、三条通の拡幅セットバック工事に伴う仮店舗として使われるようです。

1300年祭の「秋フェア」開催中は休止状態だった三条通の街路事業・セットバック工事も、年明け以降ピッチが上がってきているようです。現在、街路事業関連のセットバックで、1件が解体完了、2件で解体進行中、他に2ヶ所で準備中のようです。






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Last updated  2011.02.17 17:54:47
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