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2006年01月30日
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石を愛するもの
 いろんなものを愛撫し尽した果てが、石に来るといふことをよく聞いた。屠琴塢《ときんを》は多くの物を玩賞したが、一番好きなのは石だつた。一生かかつて奇石三十六枚を貯へ、それを三十六峰に見立てて、一つびとつ凝つた名前をつけ、客があるとそれを見せびらかせたものださうだ。鄭《こい》板橋〔鄭|燮《せふ》〕はまた好んで石を描いたが、その石といふ石がみんな醜くて、ずばぬけて雄偉なのには、見る人がびつくりしたといふことだ。東坡が「石は文にして醜だ」といつたのを思ひ合せると、石の醜さを描いたり、愛したりするところに、ほんたうに石を愛するものの本領が見えてゐるはずだ。
宋代の書家として名声を馳せた米元章は、誰よりもすぐれて石を愛した人であつた。淮南軍の知事になつたとき、役所の庭にふしぎな、醜い形をした大きな石があるのを見て、大よろこびによろこび、早速衣冠をととのへてそれにお辞儀をした。そして、
「兄弟。あなたにお目にかかつて、こんな嬉しいことはありません」
といつて、石を兄弟扱ひにしたものだ。この大げさな振舞が上役人に聞えて、元章はたうとう役を罷《や》められてしまつたが、彼が石に対する愛情は、いきなり声をあげて、
「兄弟……」
と、懐かしさうに呼びかけないではゐられなかつたのに見ても、それがいかに深いものであつたかが解るだらう。
 霊璧は変つた石を産するので名高いところだが、米元章はそこからあまり遠くない郡で役人をしてゐたことがあつた。大の石好きが、石の産地近くに来たのだから堪らない。元章は昼も夜も石を集めては、それを玩んでゐるばかしで、一向役所のつとめは見向かうともしないので、仕事が滞つて仕方がなかつた。ところへ、ちやうど楊次公が按察使として見廻りにやつて来た。楊次公は、元章とは昵懇のなかだつたが、役目の手前黙つてもゐられないので、苦りきつていつた。
「近頃世間の噂を聞くと、また例の癖が昂じてゐるさうだね。石に溺れて役向きを疎にするやうでは、お上への聞えもおもしろくなからうといふものだて」
 米元章は上役の刺《とげ》のある言葉を聞いても、ただにやにや笑つてゐるばかしで、返事をしなかつた。そしてしばらくすると、左の袖から一つの石を取り出して、按察使に見せびらかした。
「といつてみたところで、こんな石に出会つてみれば、誰だつて愛さないわけにゆかないぢやありませんか」
 楊次公は見るともなしにその石を見た。玉のやうに潤ひがあつて、峰も洞もちやんと具つた立派な石だつた。だが、この役人はそしらぬ顔ですましてゐた。つると、米元章はその石をそつと袖のなかに返しながら、今度はまた右の袖から一つの石を取り出してみせた。
「どうです。こんな石を手に入れてみれば、誰だつて愛さないわけにゆかないぢやありませんか」
 その石は色も形も前のものに較べて、一段と秀れたものだつた。米元章はそれを手のひらに載せて、やるせない愛撫の眼でいたはつて見せた。だが、楊次公は少しも顔色を柔らげなかつた。
 米元章はその石をもとのやうに袖のなかに返したかと思ふと、今度はまた内ふところから、大切さうに第三の石を取り出した。按察使はそれを見て、思はず胸を躍らせた。黒く重なり合つた峰のたたずまひ、白い水の流れ、洞穴と小径との交錯、  まるで玉で刻んだ小天地のやうな味はひは、とてもこの世のものとは思はれなかつた。
「どうです。これを見たら、どんな人だつて、愛さないわけにはゆきますまい」
 嬉しくてたまらなささうな米元章の言葉を、うはの空に聞きながら、楊次公は呻《うめ》くやうに言つた。
「ほんたうにさうだ。私だつて愛する    」
 そしてすばしこく相手の手からその石をひつ攫《ざ」ら》つたかと思ふと、獣のやうな狡猾さと敏捷さとをもつて、いきなり外へ駆け出していつた。
 門の外には車が待たせてあつた。楊次公はそれに飛び乗るが早いか、体躯《からた》中を口のやうにして叫んだ。
「逃げろ。逃げろ。早く、早く……」
        二
 明国の末に瞿稼軒《くかけん》といふ忠節の人があつた。倒れかかつた国家の柱石として、いろいろ復興の画策につとめたが、時の勢はどうすることもできないで、守つてゐる城は、清兵のために攻め落されて、自分は捕虜の身となつた。
 彼は舁《かつ》がれて独秀山の山路を通りかかつた。ふと、大きな樹の蔭に見馴れない変つた形をした石が生き物のやうにかいつくばつて、醜い顔で天をふり仰いでゐるのを見た。彼は自分を舁いでゐる兵卒を呼びとめた。
「おい。ちょつとここにおろしてくれ。あの不思議な石が眼についたから」
 彼はつねから庭石が好きだつたので、今捕虜として舁がれてゆく途中でも、石を見つけてはそのまま別れてゆくに忍びなかつたのだ。
 兵卒は承知した。地べたにおろされた瞿稼軒は、側に寄つてためつすがめつ石の形相を見てゐたが、やがて襟を正して丁寧にお辞儀をした。
「ここでお前さんに出逢つたのは、ほんたうに幸福だつた。どうか永く側においてもらひたいものだ」
 彼は人に話しかけるやうにいつた。そしていつまで経つても立ち上らうとしなかつた。
                                  〔昭和6年刊『樹下石上』〕





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最終更新日  2006年02月12日 11時47分57秒
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